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新生児室で集団感染によりMRSAになった新生児がMRSA敗血症,右化膿性膝関節炎等を発症し,右下肢に重度の後遺障害をおって後遺障害を6割軽減できたとして病院側が負けた事例

事件番号 横浜地方裁判所判決  平成19年(ワ)第762号

       主   文

 1 被告らは,原告Aに対し,連帯して金2332万6777円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告らは,原告Bに対し,連帯して金132万円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告らは,原告Cに対し,連帯して金132万円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
 4 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
 5 訴訟費用は,これを20分し,その7を被告らの,その余を原告らの各負担とする。
 6 この判決は,第1ないし第3項に限り,仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請求の趣旨
 1 被告らは,原告Aに対し,金6685万5917円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告らは,原告Bに対し,金330万円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告らは,原告Cに対し,金330万円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 1 事案の概要
   本件は,被告神奈川県(当時)が設置・運営していた神奈川県立X病院(以下「被告病院」という。)で出生した新生児である原告A(以下「原告A」という。)が,MRSAに感染し,右化膿性膝関節炎,大腿骨骨髄炎,大腿部化膿性筋炎により右下肢に後遺障害を負った件について,原告A,並びにその両親である原告B(以下「原告B」という。)及び原告C(以下「原告C」という。)が,「被告病院の医師には,①原告AをMRSAに感染させない義務違反,②原告AのMRSA感染を早期に発見して適切な治療を行う義務違反,③原告Aの右膝関節骨髄炎の発症を防止すべき義務違反があった。」などと主張して,被告らに対し,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求として,原告Aにおいては損害の一部である6685万5917円及び遅延損害金の支払を,原告B及び原告Cにおいては,慰謝料等各330万円及び遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。
   なお,本訴は,当初被告神奈川県(以下「被告県」という。)に対して提起されていたところ,その後,被告地方独立行政法人神奈川県立病院機構(以下「被告機構」という。)が設立され,被告機構が訴訟引受けをした。そこで,被告県は訴訟からの脱退を申し立てたが,原告が,被告県の脱退を承諾しなかったため,被告県も被告として残存することになった。そして,原告が被告県の脱退を承諾せず,その免責にも同意していない以上,本件に関して何らかの支払義務が肯定される場合には,被告県と被告機構が,連帯支払義務を負うものと解すべきこととなる(法律上当然に,被告県が免責されると判断すべき根拠は見当たらない。)。
 2 争いのない事実等
   以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠上容易に認めることができる(証拠によって認定した事実は,認定事実の後に,認定根拠となった証拠をかっこ書する。)。
  (1) 当事者
   ア 原告Aは,原告B及び原告Cの子である。原告Aは,平成12年○月○○日(以下,平成12年の出来事については年の記載を省略する。),被告病院において出生した。
   イ 被告県は,神奈川県立足柄上郡(以下略)において被告病院を設置・運営していた地方公共団体である。
   ウ 被告機構は,平成22年4月1日に設立された地方独立行政法人であり,同日,被告県病院事業庁が被告訴訟引受人の設立前に行った病院事業に関する業務に係る一切の義務を承継し,本件訴訟についても訴訟引受けをした(以下,被告県と被告機構とを区別することなく,「被告」ということがある。)。
  (2) 診療経過等
    被告病院における診療経過は,別添診療経過一覧表のとおりであるが,その概要は以下のとおりである。
   ア 被告病院におけるMRSA感染児の発生(背景事情)
     被告病院では,次のとおり,原告Aが出生した○月○○日前後に,9名の新生児から,MRSAが検出されていた。
    (ア) 2月14日
      2月5日出生の新生児からMRSAが検出された。同児に対しては,同月15日から感染症治療が開始されるとともに,同月17日,産科病棟から小児科病棟に転棟させる措置が採られた。
    (イ) 2月23日
      2月19日出生の新生児の眼脂からMRSAが検出されたので,翌24日,感染症治療が開始された。同児は,同月27日に退院した。
    (ウ) 2月29日
      2月20日出生(同月28日退院)の新生児の膿痂疹からMRSAが検出され,外来での感染症治療が開始された。
    (エ) 3月3日
      ○月○○日出生の新生児2名(いずれも原告Aとは別の新生児)からMRSAが検出され,感染症治療が開始された。この2名は,3月4日に退院したため,退院後は外来での感染症治療が行われた。
    (オ) 3月6日
      2月16日に出生した新生児及び同月27日に出生した新生児から,それぞれ,MRSAが検出された。上記2名のうち,2月16日出生の新生児(3月3日に退院)に対しては外来での感染症治療が開始され,2月27日出生の新生児(入院中)に対しては,感染症治療が開始されるとともに,3月9日,産科病棟から小児病棟に転棟する措置が採られた。
    (カ) 3月7日
      3月1日に出生した新生児の眼脂から,MRSAが検出され,感染症治療が開始され,同月9日,小児科病棟に転棟の措置がとられた。
    (キ) 3月8日
      3月2日に出生した新生児の膿痂疹からMRSAが検出され,感染症治療が開始された。同児は,同月9日に退院したため,以後は外来で感染症治療が行われた。
   イ 原告Aの出生及び治療経過等
    (ア) 原告Aは,○月○○日,午後1時37分,2382グラムの低体重児として出生した。翌27日,臍からじわじわしみ出す出血が認められたため,イソジンによる消毒とガーゼを用いた止血処置が採られたが,出血は,2月28日も続いた。
      同日(28日),原告Aは,産科病棟から小児科病棟に転棟した。
    (イ) 3月1日
      原告Aは,同日未明,眼球上転,下肢硬直の発作を起こしたため,翌2日,頭部MRI検査を受けたが,異常は認められなかった。
    (ウ) 3月3日
      臍部からの出血はなくなったが,熱が39.2度まで上がった。同日,咽頭粘液,中間尿,静脈血が採取され,アミカシン及びペントシリンの抗生剤の投与が開始された。
    (エ) 3月4日
      髄液が採取され,菌培養検査がされた。熱は,39.5度まで上がった。
    (オ) 3月5日
      熱は依然として39度台を推移していた。抗生剤がハベカシン及びペントシリンに変更された。
    (カ) 3月6日
      熱は38度台で推移した。おむつを交換する際,激しく泣くようになった。咽頭粘液からMRSAが検出された。
    (キ) 3月7日
      右膝関節に腫脹があり,開排制限が見られ,右膝を伸ばせなかった(後日,右膝関節炎と診断された。)。中間尿,静脈血からMRSAが検出され,バンコマイシンの感受性確認がされた。
    (ク) 3月8日
      38度台の発熱が続いた。整形外科医が診察し,右膝関節炎と診断した。なお,X線写真では化膿性関節炎との明確な診断はできなかった。
    (ケ) 3月10日
      右膝関節穿刺と洗浄がされた。38度台の熱が続いた。その後,同月11日,13日,14日にも,右膝関節穿刺と洗浄がされた。
    (コ) 3月16日
      右膝関節切開手術がされ,右膝関節大腿骨側軟骨が損傷していることが判明した。
    (サ) 3月28日
      膝の症状が改善したので術創が閉鎖された。
    (シ) 4月28日,原告Aは,被告病院を退院し,5月1日以降,被告病院及び神奈川県立こども医療センターに外来通院するようになった。
   ウ イ記載の症状経過を回顧的に評価すると,原告Aは,MRSAに感染し,それが原因となって,MRSA敗血症,右化膿性膝関節炎,大腿骨骨髄炎,大腿部化膿性筋炎を発症したものであると判断することができる。
 3 争点
   本件の争点は,以下の4点である。
  (1) 原告AをMRSAに感染させない義務違反の有無
  (2) 原告AのMRSA感染を早期に発見し,速やかに適切な治療を行うべき義務違反の有無
  (3) 早期に右膝関節炎の治療を行うべき義務違反の有無
  (4) 損害(因果関係を含む。)
 4 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点1(感染防止義務違反の有無)について
  (原告らの主張)
   ア 被告病院では,2月14日に1名の新生児についてMRSA感染が発覚し,同月24日にも別の新生児についてMRSA感染が発覚していた。MRSAは常在菌であり,宿主である人体の免疫力が低下している場合には,日和見感染を起こし,感染症を発症することがあるところ,原告Aは,○月○○日に出生したばかりで健康な成人に比べて免疫力が低い状態にあったのであるから,被告病院の医師は,そのような原告AがMRSA感染を起こすことがないよう万全の感染防止策を講じる義務を負っていたにもかかわらず,次(イないしエ)のとおり,その義務に違反した。
   イ MRSA感染児を早期に完全隔離すべき義務違反(義務違反①-1)
     被告病院の医師らとしては,遅くとも2人目のMRSA感染児の存在が判明した2月24日の時点で,感染が更に拡大することを防止するため,MRSAに感染した新生児を完全に隔離する義務があったにもかかわらず,これを怠った。
     被告らは,2月5日に出生した新生児(2月14日にMRSA検出)は17日に転棟し,同月19日に出生した新生児(2月24日にMRSA検出)も,同月23日に母子同室となり,隔離されたと主張しているが,これらの感染児の動静が完全に把握されていたとはいえないのであるから,「完全な隔離」があったとはいえない。
   ウ 除菌義務等違反(義務違反①-2)
     被告病院の医師らとしては,2月24日の時点で,MRSAに汚染されていた可能性がある新生児室や陣痛室等の床,器機器具,リネン,沐浴槽等の除菌を行うとともに,MRSAの移動を防ぐべく,職員にゴム手袋・マスクの着用等を行わせるべき義務があったのに,この義務も怠った。
     被告らは,2月26日から29日にかけて,職員に対する臨時MRSA保菌状態調査を行い,その結果,1名の職員が保菌者であったことが判明したので,直ちにバクトロバン塗布による除菌を実施したと主張する。しかし,除菌措置の実施時期自体が遅きに失している上,除菌措置が行われた具体的な時期,方法,範囲も不明であって,新たな感染を防止するに足りる徹底した除菌が行われたとは到底いい難い。このことは,被告らのいう除菌措置が行われた後も,新たなMRSA感染児が次々と現れていたことからも明らかである。
   エ MRSA保菌職員からの隔離義務違反(義務違反①-3)
     被告病院の医師らは,2月24日の時点で,医師・看護師をはじめとする病院職員に対してMRSA感染の有無の検査をし,保菌者であることが判明した者には,新生児の処置をさせないよう配慮すべき義務を負っていたのに,職員に対する保菌状態調査を2月26日まで行わなかった。2月26日の保菌状態調査の結果,助産師1名がMRSAの保菌者であることが判明しているのであるから,被告病院の医師らは,保菌状態調査の遅れにより,MRSAを保菌していた助産師を原告Aと接触させ,MRSA感染をさせた疑いがある。
   オ なお,被告らは,感染経路が特定されないことから,被告病院の医師らの義務違反によって,原告AがMRSAに感染したとはいえないと主張する。しかし,①原告Aの出生前後に,新生児室で9名もの新生児がMRSAに感染している中で,原告Aも新生児室においてMRSAに感染していることからすれば,原告Aは,新生児室内において,水平感染した可能性が十分に考えられること,②原告Aは,臍帯からの出血を繰り返していたため,これが感染経路となった可能性が大きく,また,皮膚や鼻孔粘膜,肛門周囲等からの感染の可能性も十分考えられること,③MRSA保菌者であった助産師が,2月26日,同月29日及び3月3日と,複数回にわたって授乳指導や腹部マッサージ等で原告C及び原告Aに接触しており,同人の手指から直接,あるいは,同人が接触した原告Cの乳首を介してMRSAが感染した可能性もあり得ることなどの事情を考慮すると,被告病院の医師らの何らかの義務違反によって原告AにMRSA感染が生じたことは十分に推認できるところである。それにもかかわらず,感染ルートが具体的に特定されていないことを理由に被告らの責任を否定するのは余りにも不当である。
  (被告らの主張)
   ア 感染ルート及び原告Aの感染可能性について
     MRSAの感染経路については,入院患者,外来患者,新生児の母親,面会者等,様々な者を介したルートが考えられ,感染経路を特定することはできない。また,MRSAが体内に侵入する経路についても,鼻咽頭部,傷部等,複数の経路が考えられる。このように,感染経路は特定できないことに加え,被告病院は感染防止対策を講じていたことを併せ考えると,被告病院の医師らの義務違反によって原告AがMRSA感染したとの認定をすることは到底困難というべきである。
     また,この点を措くとしても,被告病院の医師らの義務違反に関する原告らの主張は,次のとおり失当である。
   イ 義務違反①-1(MRSA感染児の隔離義務違反)について
     原告Aが出生した○月○○日には,感染児は既に隔離されていた。すなわち,原告Aの出生時点でMRSAが検出された2名の新生児のうち,1名は2月17日に小児科病棟に転棟となり,もう1名は2月23日に個室で母児同室となり,それぞれ隔離されているのであるから,隔離義務違反はない。
   ウ 義務違反①-2(除菌義務等違反)について
    (ア) 被告病院は,従前から,次のとおり,感染防止取扱い基準を実施していたが,これは,平成12年当時の医療水準からすれば,十分な感染症対策(消毒措置)といえるものであった。
     ① 服装
       患者専用の衣類
       医療従事者予防衣着用・サンダル
       担当看護師専用のユニフォーム・帽子・サンダル
     ② 手洗い
       流水と石鹸で手洗い後,速乾性擦式手指消毒剤で消毒
       年1回,病棟ごとに手洗いの勉強会
     ③ 室内の清掃
       専用のモップ・雑巾・バケツ使用
       床と上拭き0.1パーセント塩化ベンザルコニウム液で毎日拭く
       出入り口には除塵粘着マットを使用し毎日交換
     ④ リネンの取り扱い
       シーツ・肌着・おむつカバー 院内洗濯場で高熱乾燥処理
       おむつは委託業者
     ⑤ 機械器具の取り扱い
       コットは0.1パーセント塩化ベンザルコニウム液で拭く
       クベースはコットと同様に扱い,殺菌灯で1時間消毒
       注射器,止血ガーゼは,滅菌済みのものを使用していた
    (イ) また,原告Aが出生した○月○○日当時,被告病院は,上記に加え,職員の手洗いの徹底,沐浴槽の区別,MRSAが検出された新生児の個室管理,エコリシン点眼の個人処方,エコリシン点眼時における手洗いの徹底,新生児に使用する物品の消毒の徹底等の対策を追加実施していた。これらにより,必要な消毒等は十分に行われていたということができる。
   エ 義務違反①-3(MRSA保菌職員からの隔離義務違反)について
     新生児室において,2例目のMRSA感染症が発覚した平成12年2月24日の時点は,未だ新生児から初めてMRSAが検出された同月14日から10日が経過したにすぎず,水平感染を疑う状況にはなかったのであるから,同日時点において,直ちに職員に対するMRSA保菌状態調査を行う必要があったとはいえない。
     そして,被告病院は,2月26日から29日にかけて,臨時の職員MRSA保菌状態調査を行い,職員1名が保菌者であることが判明したため,直ちにバクトロバン(MRSA除菌薬)塗布による除菌を実施した。MRSAは常在菌なので,就業を停止するのではなく,除菌をするのが一般的な対応であり,被告病院の措置は,この一般的な対応に従ったものである。
     以上のとおり,職員に対する検査や,MRSA保菌者である職員に対する対応にも問題はなかったものである。
  (2) 争点2(早期発見,治療義務違反の有無)について
  (原告らの主張)
   ア 原告A出生以前の時点で既に新生児室にいた2名の新生児からMRSAが検出されていたこと,2月29日までに1名の助産師がMRSA保菌者であることが判明したこと,原告Aは2月27日以降,3月2日頃まで臍部より出血が続き,感染しやすい状態にあったことなどからすると,原告AにMRSA感染の危険があったことは明らかなのであるから,被告病院の医師らとしては,少なくとも臍部が完全に止血して,臍帯動脈,臍帯静脈が閉口したことを確認するまでは,MRSA感染の有無を継続的に検査し,感染の疑いが生じた場合には,直ちに適切な治療を行うべき義務を負っていた。そして,原告AにMRSA感染が疑われた場合には,MRSAに対し広い感受性を持ち,耐性菌も生まれにくいとされており,MRSA感染した他の新生児に対する検査結果でも感受性があることが確認されていたバンコマイシンをまず投与すべきであった。
   イ ところで,原告Aは,3月2日に37度台の発熱をし,それが同月3日には39.2度にまで上昇したこと,感染症の判断の指標であるCRP値が1.5mg/dlであり,正常値の0.3mg/dlを遥かに超えていたことからすれば,被告病院の医師らとしては,遅くとも3月3日の時点で,原告Aが重症感染症に罹患していることを疑うべきであり,現に,担当医であるC医師(以下「C医師」という。)も重症感染症を疑っていたものであるところ,上記のとおり,新生児室では既にMRSA感染が生じており,原告AについてもMRSA感染の危険が認められた以上,担当医としては,重症感染症の起因菌としてまずMRSAを疑い,バンコマイシン投与を行うべきであった。
     また,仮に3月3日の時点でバンコマイシン投与に踏み切れなかったことはやむを得なかったとしても,その後,3月4日には,体温が39.5度まで上がり,CRP値も3.5mg/dlとさらに高くなっており,細菌培養によりMRSAが検出され,同月5日には,MRSA敗血症を発症していると診断され,3月6日には,咽頭粘液から検出されたMRSAについて,バンコマイシンの感受性ありとの結果が出されているのであるから,同月4日から6日の間には,バンコマイシンの投与を行う必要があった。
   ウ ところが,被告の担当医は,3月3日の時点では,MRSAには適応がないペントシリンとアミカシンを投与したのみで,MRSAに感受性のある抗菌薬を投与しておらず,3月5日になって初めてMRSAに適応のある薬剤を投与したものの,投与する薬剤としてバンコマイシンではなくハベカシンを選択し,3月8日になって初めてバンコマイシンを投与しているのであるから,上記の義務に違反したことは明らかである。
   エ なお,被告らは,原告AからMRSAが検出されたのは,3月6日であると主張するが,カルテ上(乙A2の18頁)に「3.4 MRSA(血培)+」との記述がされていることや,3月3日午前6時に検体が採取され,培養が開始されていることからすれば,3月4日までにMRSAを同定することは十分に可能であったと考えられること(現に,被告病院作成の事故報告書にも,5日に,血液培養検査の結果,MRSAであると判明したという趣旨の記載がある。)などからすれば,被告らの上記主張は,到底信用することができない。
  (被告らの主張)
   ア 原告AがMRSA感染をしていることが判明したのは,中間尿,静脈血からMRSAが検出され,陽性同定・感受性確認がされた3月7日である。そして,臍部からの出血はMRSA感染を疑わせる症状ではないし,MRSAに感染した新生児が現れたからといって,直ちに新生児室全体にMRSA感染の危険が生じたと判断できるものでもないのであるから,実際にMRSAが検出される以前にMRSA感染の診断をするのは困難であり,原告らの主張は過大な要求をするものといわざるを得ない。
   イ 上記のとおり,3月7日よりも前の時点でMRSA感染を疑うことは困難であったというべきであるが,被告病院の医師は,3月3日の時点で原告Aに感染症を疑わせる症状が発生したため,広域の抗菌剤(ペントシリンとアミカシン)の投与を開始し,同月4日,5日には細菌感染に対応するために免疫グロブリン製剤(ベニロン)を投与し,更に,3月5日にはMRSA感染の可能性も考慮して,抗MRSA剤の1つであるハベカシンを投与している。さらに,3月7日にはMRSAが検出され,同日夜から原告Aの右膝に腫脹が見られたので,同日午後11時頃,抗菌剤をハベカシンからバンコマイシンに変更する指示を行い,翌8日午前2時からバンコマイシンの投与を開始している。
     以上のとおり,被告病院の医師は,原告Aの症状等に応じて適切と考えられる抗菌剤を投与しているのであって,投与する薬剤の選択に誤りはない。原告らは,3月3日からバンコマイシンを投与すべきであったと主張しているが,バンコマイシンは副作用が強く,感受性が認められる菌の範囲も狭いので,MRSA検出後に菌種を同定し,菌の感受性を確認した上で使用するのが通例であり,菌不明の段階では使用しない。したがって,MRSAが検出される前にバンコマイシンの投与を決定することはできなかったものであるから,原告らの上記主張は失当である。
  (3) 争点3(右膝関節炎に対する早期治療義務違反の有無)について
  (原告らの主張)
   ア 穿刺による排膿義務違反
    (ア) 原告Aは,3月5日にMRSA敗血症と診断され,6日にはおむつ交換時に痛がって激しく泣くようになり,7日には静脈血からもMRSAが検出された上,右膝関節に腫脹,発赤,圧痛が見られ,膝を伸ばすことができず,他動的に進展させると痛がって泣いていた。また,3月3日以降抗生剤の投与が行われていたにもかかわらず,CRPの値が,3月4日以降,正常値を大きく上回って上昇を続け,白血球数も3月4日に23000/ul,3月6日に24700/ul,3月7日に22800/ulと,正常値(4000~8000/ul)を大きく超えていた。そして,3月7日の時点では,原告Aの足が,右膝部少し上から膝部にかけて腫脹し,ぷよぷよと膝関節に水がたまっているようなさわり心地にまでなっていたのである。
    (イ) 以上の経過からすれば,3月7日には,原告Aが右膝関節炎を発症していることは明らかであるから,被告病院の医師としては,直ちに穿刺による排膿も実施する義務があったのにこれを怠り,同月10日まで穿刺による排膿を実施しなかった。
   イ 切開による排膿義務違反
    (ア) ア(ア)記載のとおり,3月7日以後,感染症によるものと思われる右膝関節炎の症状が現れ,同月8日には,被告病院整形外科を受診し,右膝化膿性関節炎と診断された。
      そして,3月10日には,右膝関節に,穿刺による排膿が実施されたのであるが,その際には,既に引ききれないほどの量の膿が貯留しており,以後も数回にわたり穿刺による排膿が実施されたものの,症状は改善されず,CRP値が同月10日に22.7mg/dl,同月11日に6.4mg/dl,同月13日に13.0mg/dlと正常値を著しく上回る状態が続き,3月16日に切開排膿が実施された際には,既に右関節骨髄炎を発症し,関節軟骨が壊死していた。
    (イ) 以上の経過からすれば,被告病院の医師としては,原告Aに膝関節炎の徴候が現れた3月7日ないし3月8日の時点,あるいは遅くとも同月13日の時点において,抜本的な処置を行わなければ感染性の関節炎が増悪していく危険があるものと判断し,関節切開術を行って抜本的な排膿を行い,化膿性関節炎による骨損傷を防止すべき義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り,同月16日まで関節切開術を実施しなかった。
  (被告らの主張)
   ア 穿刺による排膿について
     穿刺を行うべきか否かは,穿刺に伴うリスク(局所感染等)を踏まえ,液の貯留の存否によって決めるのであり,発熱やCRPの値で決めるのではない。被告病院の医師は,この観点から,適切な時期に排膿を行っており,穿刺時期が遅れたと非難されるいわれはない。その理由は,次のとおりである。
     3月7日の時点では,CRPの値は改善傾向にあり,穿刺を必要とするほどの膿の貯留もなかった。
     3月8日の時点では,原告Aの右膝腫脹は軽快し,膝蓋跳動(膝に水が溜まった場合に見られる症状)も認められなかった。もっとも38度台の熱が続いていたこと,右膝軽度腫脹及び可動制限が見られたことから,整形外科医が診察を行ったところ,「passiveなjoint movement(外からの力による関節可動性)」は左右同等に感じられた。しかし,化膿性膝関節炎を疑い,念のため膝関節のレントゲン撮影を行ったが,化膿性関節炎の明確な診断はできず,膿の存在を疑わせる兆候である液貯留も示唆されなかったため,3月10日に改めてレントゲン撮影を行い,その結果に基づいて,関節穿刺などの処置を検討することとした。また,同日,股関節にも「passiveにもextensionに抵抗(外からの力による屈曲しようとする抵抗(痛みへの反応)」が認められたため,股関節レントゲン撮影も行われた。しかし,(Waldenstrom’s sign(水ないし局所の炎症性変化等により,股関節レントゲンで大腿部が外方に偏位すること)」は認められず,この点についても,経過観察の方針とした。
     3月9日は,右膝の腫脹はあったものの,熱感,発赤は引いており,膿の存在を疑わせる兆候もなかったので,穿刺の必要性は認められないと判断された。
     そして,3月10日,右膝の腫脹は変わらず,膝蓋跳動が見られ,膿の存在が疑われたので,整形外科医により,右膝関節穿刺と洗浄が行われたものであり,穿刺の時期が遅れたとはいえない。ちなみに,3月10日の穿刺時も,黄色の膿が約2ml吸引されたにすぎず,このことからしても,より早期に穿刺をすべきであったとはいえないのである。
   イ 切開による排膿について
     処置の順番としては,侵襲性及びリスクの低い穿刺・洗浄処置をまず行い,投薬と穿刺・洗浄の効果を見た上で,必要な場合に関節切開術を行うのが一般的な処置の在り方である。そして,原告Aの場合,股関節の感染も疑われており,仮に関節切開を行うのであれば膝と股関節を同時に切開すべきところ(関節切開は,全身麻酔によって行うため,麻酔の副作用を考えると,短期間に連続して実施することはできなかった。),股関節切開については未評価であったことから,3月10日の時点では未だ,関節切開術の実施に踏み切ることはできなかった。
     そして,3月10日,11日にそれぞれ穿刺・洗浄が行われたが,いずれの場合にも排膿はわずかであった上,3月13日の朝には,体温が36度台に改善し,投薬(バンコマイシン)と穿刺・洗浄の効果は上がっていると判断される状況にあった。
     さらに,原告Aは,3月12日,13日に全身のアレルギー反応を起こし,全身状態が低下していたため,全身麻酔を行うのにはリスクが高い状態にあった。
     このような中で,3月14日の穿刺で排膿量が増加した一方で,原告Aの全身状態は依然として良いとはいえない状態にあったものの,アレルギー反応は収まりを見せつつあったため,同日,関節切開実施の方針が決定され,同月15日のMRI検査によって,切開部位は膝のみで足りると判定され,同月16日,関節切開術が実施されたものである。
     以上のとおり,被告病院の医師らは,原告Aの状況を踏まえ,適切な時期に関節切開術を実施しているものであって,実施時期が遅れたとの原告らの主張は失当である。
  (4) 争点4(損害(因果関係を含む。))について
   (原告らの主張)
   ア 原告Aに生じた損害
    (ア) 現症状と因果関係
      原告Aは,MRSA感染に起因する右化膿性膝関節炎,大腿骨骨髄炎,大腿部化膿性筋炎により,右膝関節の成長が阻害され,右脚と健康な左脚とで5.2センチメートルの脚長差を生じている。右大腿骨遠位は約18度外反変形している。右大腿骨遠位骨端に形成不全がある。これらの症状につき,右化膿性膝関節炎及び大腿骨遠位骨骨髄炎後の右下肢変形・短縮と診断されている。
      そして,これらの後遺症は,MRSA感染が防止されていた場合はもとより,抗菌薬の早期投与や,右膝関節炎に対する早期治療が行われていた場合にも,生じなかった結果であるから,原告らに生じた損害は,すべて因果関係のある損害であるということができる。
    (イ) 逸失利益 4576万8717円
      原告Aの基礎収入 497万7700円(平成12年全労働者平均賃金)
      0歳児に対するホフマン係数 16.4192
      労働能力喪失率 56パーセント
       5センチメートル以上の脚長差は,自動車損害賠償保障法別表2,8級の「1下肢を5センチメートル以上短縮したもの」に該当し,大腿骨遠位が18度外反変形していることは,同表12級の「長管骨に変形を残すもの」に大腿骨遠位骨端に形成不全があることは,同表12級の「長管骨に変形を残すもの」及び「膝関節の機能に障害を残すもの」に,それぞれ該当するので,これらを併せると,原告Aの後遺障害等級は7級と評価されることになる。同級の労働能力喪失率は,56パーセントである。
      計算式
       4,977,700×16.4192×0.56=45,768,717
    (ウ) 後遺障害慰謝料 1000万円
    (エ) 入通院慰謝料 330万円
      原告Aは,平成12年4月28日までは被告病院に入院し,退院後,同年5月1日から平成13年12月までは被告病院及び神奈川県立こども医療センターに通院しており,治療期間は1年9か月に及ぶから,これに対する慰謝料は225万円を下らない。また,平成14年1月以降,現在に至るまで,年数回の割合で通院しており,この間の治療期間は5年間,通院実日数は40日に及ぶから,これに対する慰謝料は105万円を下らない。
      両者の合計額は330万円である。
    (オ) 入通院交通費 64万7860円
    (カ) 入院雑費 9万3000円(1日当たり1500円×62日間)
    (キ) 入院付添費 52万3900円(1日当たり8450円×62日間)
    (ク) 通院付添費 39万9300円(1日当たり3300円×121日間)
    (ケ) 装具費用 12万3140円
    (コ) 上記(イ)ないし(ケ)の合計金額 6085万5917円
    (サ) 弁護士費用 600万円
   イ 原告B及び原告Cに生じた損害
    (ア) 慰謝料 各々300万円 合計600万円
    (イ) 弁護士費用 各々30万 合計60万円
  (被告らの主張)
    損害及び因果関係に関する原告らの主張は,争う。
    原告Aに対しては,変形矯正と骨延長の手術が可能であり,症状が改善する余地が残されているのであるから,症状は固定していない。また,原告らは,逸失利益の計算においてホフマン係数を使用しており,不適切である。
第3 当裁判所の判断
 1 診療経過等
   上記の争いのない事実等(第2の2)に加え,下記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告の診療経過について次の事実が認められる。
  (1) 被告病院におけるMRSA感染児の発生と被告病院の対応
    第2の2(2)アの各事実及び証拠(甲A3,乙A8,証人C)によれば,被告病院におけるMRSA感染児の発生と,被告病院の対応に関し,次の事実が認められる。
   ア 2月14日
     2月5日出生の新生児に結膜炎が発生したため,眼脂の培養検査が行われたところMRSAが検出された(2月10日に培養検査実施)。同児に対しては,2月15日にバンコマイシンの点眼が開始され,さらに肺炎を発症していたことから,点滴治療のため同月17日に小児病棟へ転出措置がとられ,同日からはハベカシンが,同月19日からはハベカシンに代わりバンコマイシンが投与された。
   イ 2月23日
     2月19日出生の新生児に結膜炎が発生したため,眼脂の培養検査が行われたところMRSAが検出された(培養検査は2月21日実施)。同児に対しては,同日,個室で母子同室とする隔離措置がとられ,翌24日からバンコマイシンの点眼が開始された結果,同月27日に退院となった。
   ウ 2月29日
     2月20日出生し,同月28日に退院した新生児の膿痂疹からMRSAが検出された(培養検査は2月26日実施)。同児に対しては,外来で感染症治療が行われた。
   エ 3月3日
     ○月○○日出生の新生児2名(原告A以外の者)に結膜炎が発生し,眼脂の培養検査が行われたところ,MRSAが検出された(培養検査は3月1日実施)。同日,同児らに対して感染症治療が開始され,翌4日,いずれも退院となった。
   オ 3月6日
     2月16日に出生した新生児及び同月27日に出生した新生児の膿痂疹から,それぞれ,MRSAが検出された(培養検査は,2月16日に出生した新生児については3月2日,2月27日出生の新生児については3月3日に実施されている。)。2月16日出生の新生児は,既に3月3日に退院していたため,外来で感染症治療が開始され,2月27日出生の新生児については,感染症治療を開始され,3月7日には個室に移動,同月9日には小児病棟に転棟の措置がとられた。
   カ 3月7日
     3月1日に出生した新生児に結膜炎が発生したため,眼脂の培養検査が実施され,MRSAが検出された(培養検査は3月4日実施)。同児に対しては,感染症治療を開始するとともに,同月9日,小児科病棟に転棟の措置がとられた。
   キ 3月8日
     3月2日に出生した新生児に結膜炎が発生したため,眼脂の培養検査が行われ,MRSAが検出された(培養検査は3月5日実施)。同児に対しては,感染症治療を開始するとともに同月9日,退院となった。
  (2) 原告Aの治療経過等
   ア ○月○○日
     原告Aは,午後1時37分,2382グラムの低体重児として出生した。出生後まもなくの午後3時35分,採血され,一過性の低血糖が認められた(乙A1の1頁)。
   イ 2月27日
     原告Aは,臍帯の臍付着部分に血腫とじわじわしみ出す出血があったため,イソジン消毒と滅菌ガーゼによる止血処置が行われた(乙A1の1頁,98頁)。
   ウ 2月28日
     午前零時30分,見た目では臍からじわじわしみ出す出血が止まっていたものの,ガーゼを当てるとガーゼに血液が付着しており,完全には止血できていない様子であったので,止血処置が継続された。その後,一時的に止血したものの,午前6時30分には再度出血が見られたため,止血処置が継続され,翌29日夜には臍からの出血は見られなくなった。なお,原告Aは,2月28日に産科病棟から小児科病棟に転棟した。また,同日時点におけるCRP値は,0.1mg/dlであった(乙A1の85頁,98頁,99頁,106頁)。
   エ 3月1日
     同日未明,原告Aは,眼球上転,下肢硬直の発作を起こした。小児科D医師は,低血糖による発作とは考えにくいと判断した。なお,臍からの出血は見られなかった(乙A1の2頁,106頁)。
   オ 3月2日
     前日の眼球上転,下肢硬直の発作に対する検査として,頭部MRI検査が施行されたが,頭部に異常は認められなかった。朝,臍からの出血が少量見られたため,イソジン消毒及び滅菌ガーゼによる保護が行われた。なお,同時点では,明らかな発熱はみられなかった(乙A1の2頁,107頁)。
   カ 3月3日
     臍部からの出血はなくなったが,熱が39.5度まで上がり,CRP値は1.5mg/dlであった。同日,培養検査のため,咽頭粘液,中間尿,静脈血が採取された。小児科担当のC医師は,何らかの感染症を考え,菌不明のため,広域の抗生剤であるアミカシン及びペントシリンの投与を開始した(乙A1の2頁,3頁,43頁,85頁,92頁,107頁)。
     なお,同日の時点で原告Aが感染症に罹患したものと認められることは上記のとおりであるが(担当医であるC医師も,証人尋問においてこれを認めている。),回顧的に見れば,原告Aは,この日の時点でMRSAに感染していたものと考えられる(乙B9)。
   キ 3月4日
     培養検査のために髄液が採取された。原告Aの熱は39.5度まで上がり,CRP値は,3.5mg/dlとなった。この日は,アミカシンとペントシリンに加え,細菌感染への対策として免疫グロブリン製剤(ベニロン)が投与された(乙A1の27頁,44頁,85頁,92頁,107頁)。
   ク 3月5日
     熱は依然として38度ないし39度台を推移しており,クーリングをしても,体熱感著明であった。また,臍脱するも,じくじくとした出血がみられ,臍側にもドロっとした血液がついていた。C医師は,原告AがMRSAに感染している可能性も考え,抗生剤をハベカシン(抗MRSA薬)及びペントシリンに変更した(乙A1の14頁,45頁,99頁,107頁,証人C)。
   ケ 3月6日
    (ア) 熱は38度台で推移し,CRP値は,12.3mg/dlであった。おむつを交換する際,激しく泣くようになった。また,3月3日に検体採取された咽頭粘液からMRSAが検出され,かつ,バンコマイシン感受性ありとの検査結果が出されたが,C医師は,菌種の同定と感受性の確認がされてからバンコマイシンを投与するのが妥当であるとの判断の下,翌7日に検査結果が出るまでは,ハベカシンとペントシリンの投与を継続することとした(乙A1の3頁,85頁,92頁,107頁)。
    (イ) 証拠判断
      なお,原告らは,被告病院の整形外科医であるE医師(以下「E医師」という。)作成のカルテ上に「3.4 MRSA(血培)+」との記載があること(乙A2の18頁)や,被告病院が保険会社宛に作成した事故報告書にも,3月5日に血液検査の結果,MRSA感染が判明した趣旨の記載があること(甲A3)を根拠に,原告AからMRSAが検出されたのは,3月6日よりも前であると主張する。しかし,細菌検査等の指示をした主体である小児科のカルテ(乙A1の3頁,4頁)には,3月6日にMRSA(+)との検査結果が出され,同月7日にバンコマイシンに感受性があるとの検査結果が出されたとの明確な記載があり,細菌検査報告書(乙A1の92頁)の日付もこれに合致している一方,E医師は整形外科医であって,カルテの記載は,実際に経験したことを記載したものではなく,後日説明を受けた内容をメモしたものであると考えられ,その正確性は,小児科のカルテに劣るものと考えられるし,病院の報告書も,その内容に照らし,後日作成されたものであることが明らかである上,MRSAが検出された日付に関する記載は,C医師のカルテとも,E医師のカルテとも異なっており(そのような独自の日付を認定した根拠に関する説明もない。),やはりその正確性には疑問があるといわざるを得ない。以上の次第で,MRSAが検出されたのは3月6日であったと認めるのが相当である。
   コ 3月7日
     中間尿,静脈血からMRSAが検出され(陽性確認は3月6日),かつ,バンコマイシンに対する感受性も確認され,MRSA敗血症と診断された(乙A1の3頁,4頁,14頁,47頁,85頁)。CRP値は,9.1mg/dlであった。この日は,ハベカシンとペントシリンが投与されていたが,夜になって原告Aの右膝に腫脹,発赤等がみられるようになったため,午後11時,抗MRSA剤をハベカシンからバンコマイシンに変更する旨の指示がされ,翌8日午前2時,バンコマイシンが投与された。なお,これ以降,原告Aに対しては,抗生剤としてバンコマイシンが継続投与されるようになった(乙A1の3頁,4頁,14頁,28頁,46頁,47頁,81頁,92頁,100頁,108頁)。
   サ 3月8日
     38度台の発熱が続いており,右膝に軽度腫脹,可動制限がみられたことなどから,整形外科医の診察が行われることとなり,整形外科E医師が原告Aの診察をした。E医師は,受動的な関節可動性は左右同じに感じられたものの,化膿性膝関節炎の疑いがあると判断し,膝関節のレントゲン撮影を行った。しかし,明確な判断はできず,また,膝蓋跳動も認められなかったところから,3月10日に改めてレントゲン撮影を行い,関節穿刺の処置を判断することとした。なお,E医師は,受動的伸展に対する抵抗(痛みへの反応)が認められたので,Hip(骨盤の中,股関節)にも何か問題があるかもしれないと疑い,股関節のレントゲン撮影も行ったが,「Waldenstrom’s sign(水ないし局所炎症性変化等により,股関節レントゲンで大腿部が外方に偏位すること)」はなかったことから,股関節についても経過観察の方針とした(乙A1の4頁,14頁,81頁,乙A2の2頁)。
   シ 3月9日
     38度台の発熱が続き,CRP値は10.1mg/dlであり,右膝関節腫脹が強かった。一時,熱感や発赤は引いたが,再び,圧痛,腫脹,発赤,熱感がみられるようになった(乙A1の4頁,108頁)。
   ス 3月10日
     右膝の腫脹に変化がみられず,膝蓋跳動がみられ,膿の存在が疑われたので,右膝関節穿刺と洗浄が行われた。黄白色混濁の関節穿刺液が約2ml吸引された。なお,発熱は,概ね38度台で推移しており,CRP値は22.7mg/dlであった(乙A1の4頁,5頁,85頁,108頁,乙A2の3頁)。
   セ 3月11日
     右膝に腫脹がみられたので,右膝関節穿刺と洗浄が行われ,約2mlのピンク色の膿が吸引された。念のため行われた右股関節の穿刺では,膿等は吸引されなかった。CRP値は6.4mg/dlに改善し,体温も38度台前半となり,右膝の疼痛も軽減しているようにみられた(乙A1の5頁,乙A2の3頁)。
   ソ 3月12日
     薬剤アレルギー(バンコマイシンによるレッドマンシンドロームあるいはポピドンヨードのアレルギー反応)による全身発赤が認められた。また,右大腿部が全体的に腫脹し,おむつ交換時や右側臥位をとった時には,痛みがあるようで啼泣した。熱は,37度台から38度前後で推移していた(乙A1の5頁,101頁,109頁)。
   タ 3月13日
     熱は,朝方に一時期36度台に低下したほかは,概ね37度台で推移していた。全身にじんましん様のものが出現し,右大腿腫脹は増悪して,右足の腫脹に触れると大泣きする状態であった。そこで,右膝関節穿刺と洗浄の結果,血性のドロッとしたものが少量(約1ml)引けたが,それ以上は吸引されなかった(乙A1の5頁,109頁,乙A2の3頁,4頁)。
     同日,整形外科のE医師は,こども医療センターの医師に相談をし,「①子ども医療センターでもMRSA敗血症+関節炎の症例が数例ある,②両股+1側膝のタイプが多い,③原則通りにopenすべきであり,④openしないで見ていた例では骨関節の破壊は必発である。」という趣旨のアドバイスを受けた。同日夜,E医師は,原告C及び原告Bに対し,いずれ時期を見て手術をせざるを得ないが,全身状態が悪い時期に手術を行うと麻酔による呼吸障害等のリスクが高いので,今後全身状態を見ながら,全身状態が良い時期に手術を行う予定であること,症状が出て5日目であり,股関節への波及の診断が未確定であるし,今日,明日オペが必要な状態ではないこと等の説明をした。なお,CRP値は,13mg/dlに上昇していた(乙A1の86頁,102頁,乙A2の3頁,4頁)。
   チ 3月14日
     右膝に腫脹が見られたので,右膝関節穿刺と洗浄が行われたところ,膿様のものが約4ml,血性のものが2ml吸引された。洗浄については,針先が当たったためか,洗浄液が入っていかず,洗浄はできなかった。また,股関節穿刺も試みられたものの,針が正確に入らなかったため,中止された。右足を伸ばすと啼泣が激しかった(乙A1の102頁)。
     同日夜,整形外科と小児科,産婦人科の各担当医が話合いを行って関節切開術を実施する方針を決定し,原告B,原告Cに電話をし,手術の説明のため,来院して欲しいと依頼した(乙A2の3頁)。
   ツ 3月15日
     38度台の熱が続いており,右膝から大腿部にかけての腫脹も改善がみられなかった。そこで,E医師は,右膝関節のレントゲン撮影及び股関節のMRI検査を行った上,翌16日に関節切開術を行うこととし,原告B及び原告Cに手術の内容やリスク(全身麻酔のリスクを含む。)の説明をし,同意を得た(乙A2の3頁,5頁)。
   テ 3月16日
     右膝関節切開術が実施された。手術所見では,関節内の見える範囲の軟骨及び骨は光沢正常にみえたが,膝関節から膿が引けたほか,吸引チューブが筋層内に入り,大腿中央まで進入できる状態で,筋層内から吸引された膿も含めるとかなりの量の膿が引けた状態であり,膝蓋上嚢が損傷している可能性が考えられた(乙A1の7頁,乙A2の5頁)。
   ト その後,3月18日には平熱となり,同月28日には膝の術創が閉鎖され,4月24日には抗生剤治療が終了となり,同月28日,原告Aは被告病院を退院した(乙A1の8頁,9頁,13頁)。
   ナ 退院後,原告Aは,被告病院に定期的に通院し,平成21年8月から平成23年3月までは,骨延長手術,抜釘手術及びそのリハビリ等のため長期入院をし,その後もリハビリと経過観察のため,被告病院等に通院している(甲A4)。
     なお,原告Aは,右化膿性膝関節炎,大腿骨骨髄炎,大腿部化膿性筋炎により,右膝関節の成長が阻害されており,平成18年12月7日の時点において,右脚と健康な左脚とで5.2センチメートルの脚長差を生じた結果,右大腿骨遠位は約18度外反変形し,右大腿骨遠位骨端に形成不全が認められており,右化膿性膝関節炎及び大腿骨遠位骨骨髄炎後の右下肢変形・短縮であると診断されている(甲A1,甲A4)。
  (3) 感染防止対策について
   ア 被告病院は,遅くとも平成10年に感染防止取扱基準を定め,本件当時,同基準に従い,院内感染対策を実施していた(乙A4,乙A8)。
     すなわち,①服装については,患者専用の衣類,医療従事者予防衣着用・サンダル,担当看護師専用のユニフォーム・帽子・サンダルを着用し,②流水と石鹸で手洗い後,速乾性擦式手指消毒剤で消毒して手洗いを徹底するとともに,年1回,病棟ごとに手洗いの勉強会を行っており,③室内の清掃については,専用のモップ・雑巾・バケツ使用して床と上拭き(0.1パーセント塩化ベンザルコニウム液で毎日拭く。)を行い,出入口には除塵粘着マットを使用して毎日交換し,④リネンの取扱いについては,シーツ・肌着・おむつカバーは院内洗濯場で高熱乾燥処理とし,おむつは委託業者が高熱乾燥処理又は焼却処理を行い,⑤機械器具の取扱いについては,コットは0.1パーセント塩化ベンザルコニウム液で拭くこととし,クベースはコットと同様に扱い,殺菌灯で1時間消毒し,注射器,止血ガーゼは,滅菌のもののみを使用することとしていたものである。
   イ また,原告Aが出生した○月○○日当時,被告病院は,上記に加えて更に,職員の手洗いの徹底,健康なベビーと感染したベビーを区別して沐浴槽を使用し,MRSAが検出された新生児を個室管理(隔離)し,エコリシン点眼を個人処方するとともに,エコリシン点眼時における手洗いの徹底を行い,新生児に使用する物品の消毒の徹底する等の対策を追加実施していた(乙A8)。
   ウ 更に被告病院は,2月26日から29日にかけて,臨時の職員MRSA保菌状態調査を行った。その結果,職員1名(助産師)が保菌者であったので,3月1日,バクトロバン塗布による除菌を実施した(乙A8)。
  (4) 本件に関する医学的知見
   ア 化膿性関節炎(甲B2,甲B3,証人E)
     関節とその周囲に及ぶ細菌感染症である。関節周囲の感染巣から関節内に感染が波及する場合と,血行性に感染が生じる場合以外に,手術や開放創,あるいは関節内注射などにより,細菌が,直接関節内に侵入することが原因となる。乳幼児に多く,起因菌は,黄色ブドウ球菌が最も多い。開放損傷の場合の起因菌は,グラム陰性桿菌が多い。
     臨床症状としては,局所に,発赤,腫脹,熱感,疼痛,可動域減少等がある。血液検査で白血球の増加,赤沈の亢進,CRPの高値などの炎症所見を認める。
     治療法としては,早期の切開排膿及び十分な洗浄が重要とされている。なお,関節炎は,部位によって処置の対応が異なり,股関節炎であった場合には,非常に迅速に対応しなければならないとされる。
   イ 骨髄炎(甲B2)
     骨髄と骨膜及びその周囲の軟部組織に生じる感染症である。臨床症状としては,化膿性関節炎と同様,発赤,腫脹,熱感,疼痛等がある。骨髄炎の中で最も多いのが,細菌性の化膿性骨髄炎で,黄色ブドウ球菌によるものが最も多い。小児の場合は,他部位からの血行性感染が多く,好発部位は,解剖学上,骨幹端部に好発しやすく,成長障害を生じることがある。
     血液検査で白血球の増加,赤沈の亢進,CRPの高値などの炎症所見を認める。また,治療の基本は,感染壊死組織の除去,抗菌薬投与,局所の安静である。
   ウ MRSAについて(甲B4)
     常在菌である黄色ブドウ球菌が,抗生物質の多くについて耐性を持つに至ったものをいう。その感染源としては,感染症患者ないし保菌者としての患者と,保菌者(ないし感染者)としての医療従事者が考えられるが,後者の例は少ないと考えられている。感染様式として,空気感染や環境からの感染は通常は多いものではないと考えられており,医療施設内での感染の場合,MRSA感染患者と直接接触した医療従事者や高度にMRSAに汚染されたものを扱った医療従事者の手指に付着したMRSAが,手指を介して他の患者に感染していくのが主要な感染経路であるとされている。したがって,基本的な手洗い,患者に直接接触した医療器具類のアルコール消毒の励行がMRSA感染防止にとって効果的であるとされている。
   エ 抗菌剤について
    (ア) ハベカシン(甲B11,乙B5,証人C)
      アルベカシンに感性のMRSAを適応菌種とし,適応症は敗血症,肺炎のみである。副作用は,腎毒性や聴器毒性等である。
    (イ) バンコマイシン(甲B14,乙B4)
      適応菌種は,バンコマイシンに感性のMRSAであり,適応症は,敗血症,骨髄炎,関節炎,化膿性髄膜炎など幅広い。副作用としては,聴力低下,難聴等がみられることがあり,腎障害も副作用として知られている。使用上の注意として,①特に,小児等適応患者の選択に十分注意し,慎重に投与することとされ,②また,耐性菌の発現を防ぐため,感染症の治療に十分な知識と経験を持つ医師の指導のもと,原則として他の抗菌薬及びバンコマイシンに対する感受性を確認した上で,疾病の治療上必要最低限の期間の投与にとどめ,③新生児に対しては慎重に投与するよう,能書に記載されている。
 2 争点1(感染防止義務違反の有無)について
  (1) 上記認定事実1(2)のとおり,原告Aは,回顧的に見れば,3月3日の時点でMRSAに感染していたことが認められる(C医師も,現時点では,3月3日の時点でMRSA敗血症に罹患していたと考えられる旨証言している。同証人調書52頁。)。他方,被告病院における新生児のMRSA感染状況は上記認定事実1(1)のとおりであって,1か月弱の間に,原告Aを含め,10名の新生児からMRSAが検出されているのであるから,被告病院の新生児室に入院していた新生児らの間で,MRSAの集団感染が発生していたことは明らかである。これらの事実に,原告Aが,他の感染経路からMRSA感染したことを疑わせる具体的な事情が存するわけではないことを併せ考えると,○月○○日に出生した原告AのMRSA感染も,上記集団感染の一環であり,新生児室内で発生していたMRSAが,何らかの形で原告Aに感染したものと考えるのが相当である。
    そして,原告らは,原告AがMRSAに感染したことについては,①MRSAに感染した患児の隔離義務違反,②除菌義務等違反,③保菌職員からの隔離義務違反があったと主張するので,以下,これらの点について検討する。
  (2) 除菌義務等違反の主張(義務違反①-2)について
   ア 便宜上,除菌義務等違反の主張から判断するに,被告病院では,遅くとも平成10年に感染防止取扱基準が定められ,この基準に基づき,着用すべき衣類の分類,流水と石鹸,手指消毒剤による手洗い(手洗いの勉強会の実施を含む。),室内の清掃,機械器具の滅菌等に関する対策等が実施されていたこと,更に,原告Aが出生した○月○○日当時は,上記に加えて,職員の手洗いの徹底,健康なベビーと感染したベビーを区別した沐浴槽の使用,MRSAが検出された新生児の個室管理(隔離),エコリシン点眼の個人処方,エコリシン点眼時における手洗いの徹底,新生児に使用する物品消毒の徹底等の対策が追加実施され,その後,2月26日から29日にかけて,職員に対する臨時のMRSA保菌状態調査が実施され,その結果,保菌者であることが判明した職員1名(助産師)に対しては,3月1日,バクトロバン塗布による除菌が実施されたことは,上記1(3)において認定したとおりであるところ,これらの措置は,証拠(乙B3,乙B9)などによって認められる,MRSA感染に対する一般的な防止対策に合致したものであることが認められる。
     したがって,被告病院における一般的な感染防止対策に不備があったと認めることはできない。
   イ 原告らは,(1)記載のとおり,被告病院新生児室でMRSAの集団感染が起こっている以上,除菌等の措置が十分であったとはいえないと主張する。
     しかし,本件診療後である平成13年5月の時点においても,日本小児科学会新生児委員会において,感染リスクがより高い人の集団である病院の中で,MRSAを皆無にすることは困難であるという見解が表明されていたこと(乙B9添付資料1)を考慮すると,十分な除菌措置等が行われていれば,MRSAの集団感染が発生することはあり得ないと断定することはできない。したがって,除菌措置等の不備を裏付ける具体的な根拠がないにもかかわらず,集団感染が発生したという結果のみから除菌措置等が不十分であったとするのは結果論であって相当ではない。
     また,原告らは,被告病院の感染対策に関する報告書(甲A3)中に,3月6日の記述として,「新生児室において,どんな小さい処置でも一人終わるごとに,手洗いかウェッシュクリーン消毒する」などといった記載があるところから,同日以前には,手洗いや消毒が徹底されていなかったと主張する。しかし,上記報告書には,同日以前にも,手洗いや消毒の徹底について再三にわたって記述があること,その他報告書の記述全体を検討してみれば,被告病院においては,それ以前から,手洗いや消毒の徹底について指示がされていたが,3月6日には,新生児室における取扱い等について,改めて再確認がされ,詳細な手順が定められたものと理解することができるから,原告らの上記主張も失当である。
  (3) MRSA感染児の隔離義務違反の主張(義務違反①-1)について
    原告らは,被告病院の医師らとしては,遅くとも2月24日の時点で,MRSAに感染した新生児を完全に隔離すべきであったのにその措置が採られていないと主張する。
    しかし,原告らが問題にしている2月24日の時点では,MRSA感染が判明した新生児は2名のみであり,しかも,1例目の判明が2月14日,2例目の判明が2月23日であって,感染児の発生には相当程度の間隔があり,MRSA感染児が続出したといえるような状況にはなかったものである。このことに,被告病院においては,当時の医療水準に沿った感染防止対策が行われていたことを併せ考えると,2月24日以前の時点で,既に集団感染が発生していると判断すべきであったとか,集団感染の具体的危険が発生していると判断すべきであったということは困難である。
    以上の点に,2月14日にMRSA感染が判明した新生児は3日後に小児科等に転棟となり,2月23日にMRSA感染が判明した新生児は,直ちに個室で母子同室とされるというように,一応の隔離措置が採られていることを併せ考えると,隔離措置に関する義務違反があったと認めることもできない(原告らは,小児科棟に転棟となった感染児や個室で母子同室のなった感染児の動静が明らかではないから,十分な隔離措置が採られたとはいえないとも主張するが,別室に収容すること自体がそれなりの隔離措置となることは明らかであるし,ほかに,被告病院においては,一般的な感染防止対策が実施されていたことも併せ考えれば,被告病院の措置は,集団感染の具体的危険が生じたとは認められない段階のものとしては適切なものであったということができ,原告らの上記主張を採用することはできない。)。
    以上の次第で,この点に関する原告らの主張も失当である。
  (4) 保菌職員からの隔離措置(義務違反①-3)について
    原告らは,保菌者であったF助産師が,2月26日,同月29日,3月3日に原告Cに対して授乳指導を行い,その際,原告Cの乳房や乳首に直接触れたことは,保菌者である職員を,感染しやすい状況にあった原告Aと接触させないよう配慮すべき義務に違反したものであると主張する。
    しかし,(3)において説示したとおり,2月24日の時点では,未だMRSA集団感染の具体的危険が存在すると判断できるような状況にはなかったことからすると,職員に対するMRSA保菌状態調査の実施が2月26日から同月29日となったこと自体に義務違反があったということはできない。したがって,上記保菌状態調査の結果が判明した3月1日までは,F助産師がMRSAの保菌者であることは判明していなかったのであるから,2月26日,2月29日に関する原告らの主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。
    これに対し,3月3日の時点においては,F助産師がMRSAの保菌者であることが判明していたのであるから,それにもかかわらず,同助産師を原告Cと接触させたことが妥当であったかどうかについては,問題の余地があり得るし,この点を原告らが問題視していることは,心情的には理解できないではない。しかし,MRSA感染に関しては,保菌者の鼻腔等からMRSAが直接飛沫感染を起こす危険性はほとんどなく,保菌状態にある鼻腔等に触れた手指や器具等を介して,感染を起こすのが通常であると考えられることからすれば(乙B3),手洗いや手指の消毒等を徹底した上であれば,MRSA保菌者である医療従事者が,患者あるいは患者と接触する可能性のある家族と接触したとしても,それを直ちに義務違反に当たるというのは相当ではないものというべきである。そして,3月3日当時,被告病院においては,職員に対し,手洗いや手指の消毒等を徹底するよう指示がされていたことは既に認定したとおりなのであるから,そのような状況の中で,MRSA保菌者であるF助産師が,原告Cと身体的な接触をしたこと(それを許容したこと)が義務違反に当たるということはできず,この点に関する原告らの主張も失当である。
  (5) 以上の次第で,被告病院に感染防止義務違反があったと認めることはできない。
 3 争点2(早期発見,治療義務違反の有無)について
  (1) この点について,原告らは,遅くとも3月3日の段階で,原告AがMRSA感染したと判断し,抗MRSA剤(特にバンコマイシン)を投与すべきであったと主張するところ,上記認定(1(2)カ)のとおり,原告Aは,3月3日の時点で,39.5度の高熱を発し,CRP値も高値となっており,何らかの感染症の発症を疑うべき状態になっていたことは明らかであるし,C医師自身,感染症罹患の診断をしていたことを認めている。そこで,問題は,感染症の起因菌は何かということになるが,3月3日当時,被告病院の新生児室におけるMRSA感染児は既に5名に達しており,特に,3月3日前後は,2月29日に1名,3月3日に2名と,立て続けにMRSA感染児の存在が判明する状況になっていたこと(1(1)ウ,エ)や,原告Aについて,別の感染源が具体的に想定されるような事情があったとは認められないこと(そのような事実を認めるに足りる証拠はない。)などからすれば,起因菌として最も可能性が高いと考えられるのはMRSAであったということができる。そして,以上の点に,MRSAが多くの抗生物質に対して耐性を持つ細菌であって,その治療は困難化することも考えられることをも考え併せると,被告病院の医師としては,たとえ菌種の同定がされていないとしても,MRSA感染の危険性が具体的に考えられる以上,3月3日の時点で,MRSAに感受性があり得る抗菌薬の投与など,MRSA感染を想定した治療を開始すべきであったというべきである。この点について,C医師は,3月3日当時は,MRSA感染よりも,大腸菌やB群溶血性連鎖球菌感染の可能性が高いと判断していたという趣旨の供述をしている(同証人の尋問調書10,11頁)。しかし,同証人の供述を検討してみても,一般的抽象的可能性という以上に,大腸菌やB群溶血性連鎖球菌感染の具体的可能性があったことをうかがわせるような事情が存在したとは認められないのであるから,同医師としては,実際に感染例が発生しているMRSA感染を優先して考慮すべきであったというべきであり,上記供述を採用することはできない。
  (2) 次に,原告Aに対し,どの抗菌薬を投与すべきであったかについてみると,原告らは,バンコマイシンを第1順位とすべきであったと主張するのに対し,被告らは,バンコマイシンは,副作用や耐性菌の問題等があるため,菌種が同定され,感受性が確認されるまでは投与することができない(それまでは,ハベカシンを第1順位の選択とすべきである。)という趣旨の主張をしている。
    しかし,耐性菌の問題は,バンコマイシン,ハベカシンのいずれについても起こりうるものであるし,このことは副作用についても同様と考えられるのであるから(両者の能書である乙B4と乙B5を比較しても,副作用や使用上の注意について特段の違いがあるとは思われないし,ハベカシンの投与を優先すべきであるという趣旨の記載があるわけでもない。),バンコマイシンよりもハベカシンの使用を優先すべきであるとか,バンコマイシンに限っては,感受性の確認等がされるまではこれを投与することができないとするだけの根拠があるとは考えられない。他方,MRSA感染の治療に当たっては,バンコマイシンを第一選択とすべきであるとか,ハベカシンよりもバンコマイシンの使用を優先すべきであると判断するだけの文献上の根拠等を見出すこともできない(乙B4と乙B5を比較すると,両者は,いずれもMRSAを適用菌種とする点では同様であるものの,ハベカシンは適応症として敗血症,肺炎のみが掲げられているのに対し,バンコマイシンは,敗血症,肺炎のほか,関節炎,骨髄炎等様々な疾患が適応症として掲げられていることが認められる。したがって,ハベカシンには適応がないが,バンコマイシンには適応がある疾患に罹患していることが疑われている場合には,バンコマイシンの投与を優先すべきであるといえるが,3月3日の原告Aについては,そのような事情があったとは認め難い。)。
    以上のように考えていくと,被告病院の医師としては,3月3日の時点において,MRSAに感受性があり得る抗菌薬を投与すべきではあったものの,その抗菌薬としてバンコマイシンを選択すべきであったとまで断定することはできず,ハベカシンを選択することも許容される余地があったものというべきである。ただし,3月3日にハベカシンの投与を開始して数日しても著効が認められない場合には,ハベカシンの効果がない可能性が高くなるのであるから,そのような場合には,投与する抗菌薬をハベカシンからバンコマイシンに変更することも考慮する必要があったと考えられる。
  (3) 以上のとおりであるところ,被告病院の医師は,3月3日の時点では,抗MRSA剤を投与していないのであるから,この点において義務違反があったとの判断を免れないものといわざるを得ない。
  (4) なお,原告らは,被告病院は,易感染性の状態にあった原告Aに対しては,少なくとも臍部が完全に止血して,臍帯動脈,臍帯静脈が閉口したことを確認するまでは,MRSA感染の有無を継続的に検査すべき注意義務を負っていたと主張している。そして,この主張は,3月3日より前から,検査を実施すべきであったという趣旨に受け取れないではないが,感染の具体的な徴候が現れる前から,MRSA感染の有無を検査すべきであるというのは過大な要求であるといわざるを得ず,この点に関する原告らの主張は失当である。
  (5) 以上のとおり,被告病院の医師には,3月3日の時点で,MRSA感染を疑い,抗MRSA剤の投与を開始しなかった点において,義務違反があったものというべきである。
 4 争点3(右膝関節炎に対する早期治療義務違反の有無)について
  (1) 穿刺による排膿について
    原告らは,原告Aに対し,3月7日の時点で直ちに穿刺による排膿を実施すべきであったのに,穿刺・排膿の時期が3月10日まで遅れたのは義務違反に当たるという趣旨の主張をする。
    しかし,3月7日に右膝の腫脹や発赤が現れ,翌8日も右膝の軽度腫脹や可動制限が認められたところから,関節の炎症等の可能性を考慮し,3月8日に整形外科を受診させたという経過(1(2)コ,サ)は,やむを得ないものであったといえるし,同日,化膿性関節炎の可能性を疑った整形外科医(E医師)が,レントゲン撮影を行ったものの,明確な所見を得ることはできず,液貯留を示唆する膝蓋跳動も認められなかったところから,直ちに穿刺を行うだけの必要性は認められず,3月10日に再度検査をするとの判断をしたこと(1(2)サ)も,誤りであったとは言い難い。
    そして,3月10日に再度整形外科医による診察が行われ,膝蓋跳動が認められたこと等から直ちに穿刺による排膿が実施されている(1(2)ス)のであるから,被告病院の医師らによる上記対応は,概ね適切であったということができ,穿刺による排膿の時期が遅れたと決めつけることはできないものというべきである。
  (2) 切開による排膿について
    また,原告らは,被告病院の医師らは,遅くとも3月13日までには関節切開術による排膿を実施すべきであったのに,その実施時期が3月16日まで遅れており,この点について義務違反があるとも主張する。
    そして,被告病院の医師(E医師)は,3月13日にこども医療センターの医師に相談をし,MRSA敗血症+関節炎の症例では,open(切開)をしないで様子を見ていた場合,骨関節の破壊は必発とのアドバイスを受けており,自らも,同様の認識を持っていたことが認められ,このことなどからすれば,同日ころには,関節切開術による排膿を行う必要性について意識し始めていたことがうかがわれる。
    しかし,穿刺による排膿を始めた3月10日以降の経過は,1(2)のスないしタに認定したとおりであって,穿刺による効果が著しく上がっていたとはいえない反面,症状が大幅に悪化していたともいえないのであるから,直ちに関節切開術を実施することが必須であったということはできない(なお,原告らは,原告Aの症状は,3月7日,8日の時点で関節切開を要する状況になっていたとも主張しているが,(1)で説示した点に照らしてみても,そのような状況にあったとは認め難い。)。
    そして,関節切開術を実施するためには全身麻酔が必要であるところ,全身麻酔にも一定のリスクがあり,特に全身状態が悪い新生児に対して実施した場合には,相当程度のリスクを伴うことが予想されるのであるから,関節切開術を実施するかどうかの判断に当たっては,患児の全身状態を踏まえ,これを実施する場合のリスクと,実施せずに他の手段で対応しようとした場合のリスクとを比較する必要がある。この観点から考えた場合,①原告Aの全身状態は,12日,13日には,投薬アレルギーによる全身じんましんがみられており(乙A1の5頁,101頁,102頁),14日時点でも,それが完治しておらず,そのような状態のまま全身麻酔を実施すると,呼吸障害等が発生する危険があったこと,②関節切開術を行う範囲を確定するためには,MRI検査が必要であったところ(乙A8),新生児の場合には,MRI検査を行うためにも睡眠剤や鎮静剤等を用いる必要があるため,この観点からも,全身状態の回復を待つ必要があったこと,③当時,原告Aについては,膝関節の関節炎のみならず,股関節の関節炎も疑われており,仮に関節切開をするのであれば,何度も全身麻酔の負担をかけないようにするためにも,両者を同時に切開する必要があったところ,股関節の状況については,3月15日にMRI検査が行われるまで診断が未確定であったこと(乙A1の14頁,同102頁,乙B9,証人E)などの事情を指摘することができるのであって,これらの事情からすれば,原告Aの全身状態がある程度回復し,股関節の状況(関節切開の必要はないこと)が判明した3月16日まで関節切開術が実施されなかったことは,やむを得ない事柄であったといわざるを得ない。
 5 因果関係(損害も含む。)について
  (1) 上記3で判断したとおり,被告病院の医師には,3月3日の時点において,原告AがMRSAに感染をしていると判断し,抗MRSA剤を投与すべき義務に違反したものと認められる。そして,この義務違反がなければ,原告Aに対しては,3月3日からハベカシンの投与が行われ(3において認定したとおり,C医師は,バンコマイシンよりもハベカシンを優先して投与するという方針を持っていたものであり,この方針そのものが誤っていたということはできないので,3月3日の時点で抗MRSA剤を投与するとの判断がされた場合には,ハベカシンの投与がされていたものと考えられる。),細菌検査の結果MRSA感染が確認され,バンコマイシンに対する感受性も確認された3月6日又は3月7日の時点で,抗MRSA剤がハベカシンからバンコマイシンに変更されていた可能性が高いものと認められる。他方,実際の診療経過は,3月3日の時点では抗MRSA剤は投与されず,3月5日からハベカシンの投与が開始され,3月8日早朝からそれがバンコマイシンに変更されていたのであるから,本件における因果関係の問題は,3月3日からハベカシンが投与され,3月6日又は7日にそれがバンコマイシンに変更されていた場合,違う結果が生じていたかどうかという問題であることになる。
  (2) そこで,この点について検討してみるに,一般的・抽象的可能性としていえば,より早期に抗菌薬が投与されていれば,その効果も大きかったものと考えられる。そして,本件の場合,MRSA感染の時期や,化膿性関節炎,骨髄炎の発症時期がいつであったかを厳密に確定することはできないものの,右膝に腫脹等の症状が現れ始めたのは3月7日ころであったことなどからすると,3月3日の時点では,MRSA感染は生じていたものの,化膿性関節炎は未だ発症していなかったか,発症していたとしても,ごく初期の段階であった可能性が高い(したがって,骨髄炎については,未だ発症していなかった可能性が更に高い。)ものと考えられるのであるから,このような段階で,化膿性関節炎や骨髄炎の起因菌となったMRSAに感受注のある薬剤が投与されていれば,症状の進展を阻止するか,たとえ進展したとしても,その程度を軽減させることができた可能性は十分にあり得たものと考えられる。
    ただし,現実の診療経過においても,右膝に腫脹等の症状が現れる前である3月5日の時点からハベカシンの投与が開始され,3月8日早朝にはそれがバンコマイシンに変更されたにもかかわらず,重篤な骨髄炎にまで症状が進展していることからすると,原告Aの場合,ハベカシンがどの程度効果を発揮していたのかには疑問の余地があるものといわざるを得ない。これに対し,バンコマイシンは,3月6日,7日の感受性試験で感受性が認められているのであるから,効果を期待することができたものと考えられるものの,3月3日の時点から更に症状が進展した後である3月6日,7日の時点で,その投与が開始されたとしても,その効果は限定的なものにとどまった可能性があることは否定し難い。
    このように考えていくと,被告病院の医師が,MRSAに対する早期治療義務を尽くしていたとしても,それによって結果の発生を完全に阻止することができたと考えるのは困難であり,障害の程度を軽減させることができたと認めるのが限度であると考えられる。そして,これまで指摘した事情,その他諸般の事情を考慮すると,軽減させることができた障害の程度は,6割程度であると認めるのが相当であるから,被告らが賠償すべき金額も,原告らに生じた損害額の6割とするのが相当である。
 6 争点4(損害)について
   損害額について検討する。
  (1) 原告Aに生じた損害
   ア 症状固定の有無
     現状において,原告Aの症状が固定したといえるかどうかについて争いが存するので,まず,この点について検討する。
    (ア) 原告Aの症状
      原告Aは,右化膿性膝関節炎,大腿骨骨髄炎,大腿部化膿性筋炎により,右膝関節の成長が阻害されており,そして,平成18年12月7日時点で,右脚と健康な左脚とで5.2センチメートルの脚長差を生じ,右大腿骨遠位は約18度外反変形しており,右大腿骨遠位骨端に形成不全が認められ,これらの症状につき,右化膿性膝関節炎及び大腿骨遠位骨骨髄炎後の右下肢変形・短縮と診断されている(甲A1)。
    (イ) ところで,原告Aは,成長するにつれ,正常な左足の成長に伴い,障害のある右足との脚長差及び膝下の外反が進んでおり(甲A4),平成21年には,脚長差が6センチに達したことから骨延長手術を受け,骨矯正及びリハビリを行っている(甲A4,原告C)。そして,上記手術を実施した後も,成長に伴う脚長差が発生しており,脚長差を補正するための靴を履いているし,再び補装具を作ることも予想されており,更に,成長期が終わった時点では,再度の手術を行う必要が生じる可能性が高い(原告C)のであって,これらのことからすれば,原告Aの障害が,現時点で完全に固定したとはいい難い状況にあることは事実である。
      しかし,原告Aの症状は,右膝関節の成長が阻害されている右足と,正常に成長を続けている左足との間で脚長差ができることによって生じているのであるから,今後これが拡大する可能性はあったとしても,縮小する可能性はほとんどないものと考えられる。その意味で,損害が拡大する可能性はあるとしても,縮小する可能性はないのであるから,原告らが,現時点における障害(損害)を前提として損害賠償を請求するというのであれば,それを否定する理由はないものというべきである(ただし,現時点における障害を前提とした損害賠償を請求する以上,将来生じる治療費,入院費,通院費等の費用や入通院慰謝料等はともかく,逸失利益や後遺症慰謝料については,もはや原則として追加請求をすることは許されなくなるものと解される。)。
      したがって,以下においては,現在の障害程度を前提に,損害額を算定していくこととする。
   イ 逸失利益 2104万4322円
     既に認定したとおり(1の(2)のナ,6の(1))原告Aは,①右大腿骨遠位骨端に形成不全があり,その結果,②通常通り骨が成長している左脚と,骨の形成不全がある右脚とで5.2cm以上の脚長差が生じており,③そのような脚長差により,右大腿骨遠位が約18度外反変形しているところ,①は自動車損害賠償保障法別表2「長管骨に変形を残すもの」及び「膝関節の機能に障害を残すもの」として障害等級12級に,②は同表「1下肢を5cm以上短縮したもの」として同8級に,③は同表「長管骨に変形を残すもの」として同12級に該当するものといえるから,これらを総合すると,原告Aの障害等級は7級に相当するものということができる(なお,現在原告Aが,手術によって脚長差を改善させていることは既に認定したとおりであるが,改善手術を受けなければならないような脚長差が生じていること自体が障害であり,損害であるということができるから,上記の点は,障害等級の認定に影響を及ぼさない。)。
     そして,平成12年度全労働者の平均賃金497万7700円,障害等級7級の者の労働能力喪失率56%,0歳児が18歳から67歳まで就労したと仮定した場合のライプニッツ係数7.5495を用いて逸失利益の額を算出すると,2104万4322円となる。
     497万7700(円)×0.56×7.5495=2104万4322(円)
   ウ 後遺症慰謝料 1000万円
     障害等級7級の後遺症に対する慰謝料としては,1000万円が相当である。
   エ 入通院慰謝料 300万円
     証拠(甲A4及び原告Cの証言)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,平成12年○月○○日に出生してから同年4月28日まで被告病院に入院し(そのうち,原告Cが退院した後の55日は,通常の出産のための入院とは異なる入院と評価される可能性がある。),また,退院後も,平成18年まで,別紙のとおり被告病院及び神奈川県立こどもセンターに通院したことが認められる。これらの入通院に対する慰謝料としては,300万円は相当であると認めることができる。
   オ 入通院交通費 37万1200円
    (ア) 原告らは,原告Aが入院中(平成12年2月26日から同年4月28日まで)の62日間,原告Bは毎日,原告Cは自らが退院した後の55日間,付添のために通院したとして,そのための通院費(1人当たり,往復1回1740円)が損害に当たると主張する。しかし,原告Cが退院するまでの期間は,通常の出産であっても母子双方が入院する必要があったと考えられるし,原告Cが退院した後,両親が揃って付添をしなければならないような事情があったとは認め難い。したがって,この間の通院慰謝料は,1人1日1740円の55日分である9万5700円とすべきである。
    (イ) また,原告らは,原告Aは,被告病院から退院した後,平成14年12月までの間に,被告病院に83日,神奈川県立子ども医療センター(以下「子ども医療センター」という。)に6日通院したところ,それらの通院にも両親である原告Bと原告Cが揃って付き添ったとして,その交通費を損害と主張している。しかし,これについても,両親が揃って付き添わなければならないような事情があったとは認められないから,1人分の交通費を損害と認めるべきである。そして,1人1回当たりの交通費は,被告病院の場合1740円,子ども医療センターの場合4060円であると認められるから,その合計額は,16万8780円となる。
    (ウ) 最後に,原告らは,原告Aは,平成15年から平成18年までの間に,被告病院に10日,子ども医療センターに22日通院し,それらの通院には,両親である原告Bか原告Cのいずれかが付き添ったとして,その交通費を損害と主張している。この損害算定は,相当であると認められるところ,その金額は,10万6720円となる。
    (エ) 以上の合計は,37万1200円となる。
   カ 入院雑費 8万2500円
     オ(ア)において説示したとおり,被告病院の医師の義務違反と相当因果関係のある入院日数は55日間であると認められるから,入院雑費は,1日当たり1500円の55日分である8万2500円とするのが相当である。
   キ 入院付添費 35万7500円
     入院付添費は,1日当たり6500円の55日分である35万7500円とするのが相当である。
   ク 通院付添費 39万9300円
     幼児である原告Aが通院するには,保護者の付添が不可欠であったと認められるから,通院付添費も損害に当たるものと考えられるところ,その額は,通院日数合計121日に1日当たり3300円を乗じた39万9300円とするのが相当である。
   ケ 装具費用 12万3140円
     原告Aは,化膿性関節炎に伴う脚長差を補正するために靴型装具を装着しなければならないところ(原告C,甲A4),その費用の額は,12万3140円とするのが相当である。
   コ 上記イないしケの合計金額 3537万7962円
   サ 被告らが負担すべき損害額 2122万6777円
     5において説示したとおり,被告らが支払うべき損害賠償額は,コの6割に当たる2122万6777円とするのが相当である。
   シ 弁護士費用 210万円
     本件と相当因果関係のある弁護士費用の額は,210万円とするのが相当である。
   ス 以上の合計金額 2332万6777円
  (2) 原告B及び原告Cに生じた損害
   ア 慰謝料
     原告Aが出生直後にMRSAに感染し,その後の長期間にわたる入通院及び手術は,原告Aだけでなくその家族にも相当の精神的負担をかけるものであったこと(原告C),その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,慰謝料の額は,それぞれ200万円とするのが相当であるから,このうち,被告らが負担すべき金額は,その6割である120万円ずつということになる。
   イ 弁護士費用 それぞれ12万円
   ウ 合計 原告B及び原告Cそれぞれ132万円ずつ
第4 結論
   以上の次第で,原告らの請求は,被告らに対し,原告Aにおいて2332万6777円,原告C及び原告Bにおいて各132万円と,これらに対する平成19年3月15日(訴状送達の翌日)から支払済みまで,民法所定年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,これを超える部分はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条,65条,仮執行の宣言につき同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

 



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