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発悪性腫瘍の滑膜肉腫の治療で週一回投与すべき抗癌剤を7日間連続で投与され多臓器不全で死亡させた案件。医師らに過失が認められた  

さいたま地裁 平成16年3月24日

平成13年(ワ)第951号

       主   文

 

 一 被告学校法人埼玉医科大学、同X1、同X2及び同X3は、原告Zに対し、連帯して、金三九二二万七〇〇五円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 被告学校法人埼玉医科大学、同X1、同X2及び同X3は、原告Z2に対し、連帯して、金三七五七万七〇〇五円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 三 原告Z及び同Z2の、被告〇〇大学、同X1、同X2及び同X3に対するその余の各請求、並びに、同原告らの被告X4、同X5及び同X6に対する各請求をいずれも棄却する。

 四 原告Z3の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

 五 原告Z及び同Z2と被告X4、同X5及び同X6との間に生じた訴訟費用は、同原告らの負担とし、原告Zと被告〇〇大学、同X3、同X2及び同X1との間に生じた訴訟費用、並びに、原告Z2と被告〇〇大学、同X3、同X2及び同X1との間に生じた訴訟費用は、これらをいずれも五分し、その三を各原告の負担とし、その余を各被告らの負担とし、原告Z3と各被告らとの間に生じた訴訟費用は、同原告の負担とする。

 六 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第一 請求

 一 原告X3、同X2、同X4、同X1及び同〇〇大学(以下「被告大学」という。)は、原告Zに対し、連帯して、金九七七七万○一一〇円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 被告X3、同X2、同X4、同X1及び同大学は、原告Z2に対し、連帯して、金九五四六万八二○八円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 三 被告X3、同X2、同X4、同X1及び同大学は、原告Z3に対し、連帯して、金一一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 四 被告X3、同X1、同X5、同X6及び同大学は、原告Zに対し、連帯して、金一一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 五 被告X3、同X1、同X5、同X6及び同大学は、原告Z2に対し、連帯して、金一一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 六 被告X3、同X1、同X5、同X6及び同大学は、原告Z3に対し、連帯して、金六六〇万円及びこれに対する平成一二年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 訴外亡V(以下「訴外V」という。)は、平成一二年七月一〇日から、被告大学の開設する〇〇センター(以下「〇〇センター」という。)において、右顎下部に発生した悪性腫瘍である滑膜肉腫の治療を受けていたものであるが、同〇〇センターに入院中の同年九月二七日以降、抗がん剤を過剰に投与された後、同年〇月〇日に死亡した(以下「本件医療事故」という。)。

 本件は、訴外Vの両親及び妹である原告らが、

 (1) 訴外Vが死亡したのは、被告大学の設立する〇〇センターにおいて、被告X3、被告X2、被告X4及び被告X1らによって抗がん剤を過剰に誤投与されたためであると主張し、上記各被告ら及び被告大学に対し、不法行為に基づき、逸失利益及び慰謝料等訴外Vの死亡に伴う損害の賠償を

 (2) 被告X3、被告X1、被告X5及び被告X6らが、医師としての説明義務に反し、訴外Vの病状及び死因につき虚偽の事実を述べ、あるいは虚偽の死亡診断書を作成するなどして、訴外Vの病状及び死亡が医療過誤によるものである事実をことさらに隠蔽しようとしたことにより、原告らが精神的苦病を被ったと主張し、上記各被告ら及び被告大学に対し、不法行為に基づき、慰謝料等の損害の賠償をそれぞれ求めた事案である。

 以下、特に断らない限り、日付は平成一二年のものを示す。

 一 前提事実(争いのない事実のほか、《証拠略》により容易に認定できる事実)

 (1) 当事者等

 ア 訴外V及び原告ら

 訴外Vは、昭和〇年〇月〇日生まれの女子で、平成〇年〇月〇日当時〇歳の〇〇高等学校の二年生であった。

 原告Z(以下「原告太郎」という。)は、訴外Vの父、原告Z2(以下「原告花子」という。)は、訴外Vの母であり、両原告は、死亡した訴外Vの法定相続人である。

 原告Z3(昭和〇年〇月〇日生まれ。以下「原告竹子」という。)は、訴外Vの妹である。

 イ 被告大学

 被告大学は、〇〇医学部医学科ほか三校の学校を設置する学校法人で、これら学校のほか、埼玉県〇〇において、前記〇〇センターを開設して運営しているものである。

 〇〇センターは、高度の医療技術の開発、評価、教育を実施する能力を有するとして、特定機能病院の認可を受けている総合病院である。

 ウ 被告X5及び被告X6

 被告X5(以下「被告丁原」という。)及び被告X6(以下「被告乙野」という。)は、いずれも医師で、本件医療事故当時、被告丁原は〇〇センター所長、被告乙野は〇〇センター院長として、それぞれ被告大学に勤務していたものである。なお、所長は、〇〇センターの研究部門及び診療部門を統括する最高責任者であり、院長は、〇〇センターの診療部門の統括責任者である。

 エ 被告X1

 被告X1(以下「被告X1」という。)は、耳鼻咽喉科を専門とする医師で、本件医療事故当時、耳鼻咽喉科教授として、被告大学に勤務し、同科の診療部門の統括責任者(科長)として、〇〇センターにおいて治療行為に従事していたものである。

 オ 被告X2

 被告X2(以下「被告X2」という。)は、平成四年四月に医師国家試験に合格した医師で、耳鼻咽喉科を専門とし、本件医療事故当時、被告大学耳鼻咽喉科助手として被告大学に勤務し、〇〇センターにおいて治療行為に従事していたものである。

 カ 被告X3

 被告X3(以下「被告X3」という。)は、平成八年三月、〇〇大学を卒業し、同年四月に医師国家試験に合格した医師で、耳鼻咽喉科を専門とし、本件医療事故当時、〇〇センターの病院助手として被告大学に勤務し、〇〇センターにおいて治療行為に従事していたものである。

 キ 被告X4

 被告X4(以下「被告X4」という。)は、平成〇年〇月に〇〇大学を卒業し、同〇年〇月に医師国家試験に合格した医師で、耳鼻咽喉科を専門とし、本件医療事故当時、研修医として被告大学に勤務し、〇〇センターにおいて治療行為に従事していたものである。

 (2) 本件医療事故当時の被告大学耳鼻咽喉科の構成

 本件医療事故当時、被告大学耳鼻咽喉科には、診療科長である被告X1の下に、講師として訴外戊原四郎、医局長(当該科の医局の統括生責任者)として同丙山二郎(以下「丙山医局長」という。)、助手として被告X2、病院助手として訴外丁川三郎(以下「丁川医師」という。)、同甲川五郎、被告X3、訴外乙原一江、同丙田六郎、同丁野七郎、研修医として被告X4、訴外丁谷三夫、同戊山八郎の一二名の医師が、この序列で在籍していた。

 (3) 本件医療事故

 訴外Vは、四月ころから、右顎下部にしこりがあることを訴えたことから、そのころ、埼玉県北本市所在の福音診療所において、当時外来担当として被告大学から派遣されていた被告X3の診察を受けた。

  被告X3は、訴外V及び付き添っていた原告花子に対し、〇〇センターへの転院を勧告したことから、訴外Vは、七月一○日以降、〇〇センターにおいて治療を受けることになった。そして、被告X3が、訴外Vの主治医として、以後の治療を担当することになった。

 八月二三日、被告X2の補助の下、被告X3の執刀により、右顎下の腫瘍の摘出手術(以下「本件摘出手術」という。)が実施され、摘出された腫瘍は、病理検査に出された。同月二九日、訴外Vは、いったん〇〇センターを退院した。九月七日、病理検査の結果、摘出された腫瘍は滑膜肉腫であることが判明した。

 被告X3は、治療法として、硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドの三種類の抗がん剤を組み合わせて用いるVAC療法を選択し、文献からそのプロトコール(投薬計画量、以下「本件プロトコール」という。)をコピーして入手した。そして、訴外Vに対する投与計画を具体的に作成するに当たり、同プロトコールの薬剤投与頻度が週単位で記載されているのに、これを日単位で記載されているものと誤解し、硫酸ビンクリスチン(商品名オンコビン)を一日当たり二㎎、治療開始日から一二日間連続して、アクチノマイシンD(商品名コスメゲン)を一日当たり○・五㎎、治療開始日及び一二日目、二二日目、三六日目に、シクロフォスファミド(商品名エンドキサン)を一日当たり一二五㎎、治療開始日から六日目以降二年間、それぞれ投与する旨の治療計画を立案し、被告X2及び被告X1の了承を得た。

 被告X3は、訴外Vを入院させた上、九月二七日から、訴外Vに対し、上記計画に従い、硫酸ビンクリスチンの連日投与を開始した。訴外Vは、連続投与開始の翌日から、食欲低下、顎や顔の痛み、喉のひりひり感、舌の腫れ等を訴え始めたが、さらに日を追うごとに、発熱、吐き気、血小板及び白血球の減少による止血機能・免疫機能の低下、強度の全身倦怠感、歩行困難等の症状が出現した。

 一〇月三日、被告X3は、Vの頸部及び下肢に、止血機能の低下を示す点状出血を発見し、硫酸ビンクリスチンの投与を中止した。

 翌四日になると、訴外Vの体温は三九・八度まで上昇し、食事が摂れなくなり、呼吸が困難となった。また、腸管麻痺による腹痛及び排便不能、排尿困難が出現し、同月六日には自力呼吸が困難になり、人工透析が試みられたところ、心臓が一時停止するまでに至った。

 同日午後五時ころ、耳鼻咽喉科の医局員である訴外丁川医師、訴外丙山医局長及び被告X2が、訴外Vのカルテに添付されていた本件プロトコールから、訴外Vに対する投与計画において、一週を一日と誤っていることを発見した。

 その後、訴外Vに対する救命活動が継続されたが、奏功せず、翌七日午後一時一五分、訴外Vは、死亡した。

 (4) 訴外V死亡後の、被告らの原告らに対する説明

 訴外V死亡後の同日午後五時ころ、〇〇センターの霊安室の隣室において、被告X1他の耳鼻咽喉科医局員らから、原告太郎及び原告花子に対し、訴外Vの治療経過及び死因に対する説明が行われたが、その際、被告X3は、「転移していた癌が抗がん剤によってはじけた可能性がある。」等と説明した。そして、原告花子の「抗がん剤の量が多かったのではないですか。」との問いかけに対しては、丙山医局長が「多かったです。」と答えたのみで、その他の医師からも、抗がん剤の過剰投与の具体的内容及び経緯は、明らかにされなかった。

 その後、被告丁原、被告乙野及び被告X1は、原告らの自宅を訪問し、本件医療事故の内容が、週と日の読み違えから、訴外Vに対し、プロトコールで定められた量の七倍の抗がん剤を投与したものであると具体的に説明した。その際、被告丁原は、訴外Vの遺体の病理解剖を申し出たが、原告太郎及び原告花子は、これを拒否した。

 (5) 死亡診断書の作成(作成経緯については、争いがある。)

 被告X3は、訴外V死亡後、訴外Vの死因を、滑膜肉腫に起因する重症感染症による多臓器不全とし、死因の種類を「病死及び自然死」とした死亡診断書を作成した。

 平成一五年八月二七日、さいたま地方検察庁は、横浜地方法務局に対し、上記死亡診断書には虚偽の記載がある旨通知した。このことから、同法務局は、原告太郎に対し、虚偽の記載のある死亡診断書を保管するのは相当でないので、正しい記載のされた死亡診断書を病院から入手して提出するよう求める書面を送付した。

 二 争点及び当事者の主張

 本件における争点は、(1)本件医療事故における、各被告らの不法行為責任の存否、(2)本件医療事故により訴外V及び原告らに発生した損害、(3)被告らにおいて、原告らに対し、医師としての説明義務に反し、訴外Vの死因をことさらに隠蔽した不法行為が成立するか否か、の三点であり、これらに関する当事者の主張は、別紙一「争点及び当事者の主張」に記載のとおりである。

第三 当裁判所の判断

 一 当裁判所の認定した事実

 前記前提事実に、《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

 (1) 訴外Vの生い立ち等

 訴外Vは、昭和五八年一一月一三日、横浜市内で出生し、愛知県及び埼玉県内の小学校、埼玉県内の中学校を経て、平成一一年四月以降、本件医療事故により死亡するまで、私立戊川高等学校に在学していた。

 訴外Vは、出生以降、健康上特段の問題なく成長し、両親である原告太郎及び原告花子の愛情のもと、健全な高校生活を送っていた。

 訴外Vは、アナウンサーを志し、部活動として放送部のある前記高等学校へ進学し、放送部のアナウンス部門に所属して、埼玉県高校総合文化祭、全国高等学校総合文化祭に出場して入賞したり、NHK杯全国高校放送コンテストに出場するなど、積極的に活動していた。また、アナウンサーと同時に、心理カウンセラーとして人の役に立ちたいと話していたこともあった。

 (2) 〇〇センターにおける耳鼻咽喉科医局の構成、診療態勢、被告丁原及び被告乙野の地位権限等

 ア 構成員

  (ア) 耳鼻咽喉科の医局においては、被告X1を科長とし、総勢一二名の医師が在籍していた。

  (イ) 被告X1は、昭和三七年に医師免許取得後、甲本大学医学部耳鼻咽喉科助手、乙沢大学医学部耳鼻咽喉科助教授等を経て、昭和六〇年以降、〇〇センター耳鼻咽喉科の初代教授として勤務していた。

 被告X1は、被告大学の耳鼻咽喉科教授として、臨床、教育、研究を指導監督し、科長として、医局の運営、人事管理を担当するという大学内の事務のほか、日本耳鼻咽喉科学会埼玉県地方部会の会長や、日本耳科学会評議委員、日本喉頭学会評議委員等複数の学会・会合の役員・幹部に就任していた。

 被告X2は、平成四年に医師免許を取得した後、〇〇センター耳鼻咽喉科に勤務し、本件当時、医師として九年目であり、日本耳鼻咽喉科学会が主催する専門医試験に合格していた。

 被告X3は、平成八年に医師免許を取得し、その後〇〇センターにおいて、研修医として二年間、病院助手として約一年間勤務した後、外部の病院で一年間働き、平成一二年五月から〇〇センター病院助手として勤務していたもので、本件当時、医師として五年目であった。

 被告X4は、平成一一年四月に医師免許を取得し、同年五月以降、〇〇センター耳鼻咽喉科で研修を開始し、本件当時、研修医二年目であった。

  (ウ) 被告大学においては、診療科の教授が、診療科の科長を兼務することになっており、科長は、当該診療科の診療業務に関しての最高責任者である。科長は、当該診療科の医局に属する医師の診療・治療行為を個別に監督し、治療行為の実施を最終的に判断する立場にあった。被告X1も、医局の医師から、特定の患者に対して手術を実施したい旨の申出があった場合は、その患者を自ら直接診察するなどして最終的にその適否を判断しており、被告X1の承認がなければ、手術を実施することはできなかった。また、手術以外の治療を実施するに当たっても、被告X1の承認を得る必要があり、その前提として、被告X1に治療内容の報告をしなければならず、主治医その他の担当医が独断で診療・治療を決定・実施することは許されなかった。

  (エ) 研修医は、単独での治療が禁止され、診察等に当たっては必ず先輩医師の指導を受けなければならない立場にあった。研修医は、病棟の点滴・注射係として、他の研修医と当番を決め、毎朝二〇人前後の患者に、各患者の主治医の指示に基づく注射・点滴を行うほか、指示された入院患者の半数前後の担当医となり、病棟を回って先輩医師の指示どおりに治療がされているかを確認したり、カルテ記載、先輩医師の指導に基づく医師指示書の作成、外来患者の診察、手術の補助等を主な仕事とし、週に四日前後は当直をしていた。

 イ 診療態勢等

  (ア) 〇〇センター耳鼻咽喉科では、患者を治療することが決まった場合、その患者を外来等で最初に診察した医師が、以後治療の必要性がなくなるまで、継続して主治医として担当するという慣例に従い、主治医が決められていた。

 そして、耳鼻咽喉科の手術日が、月曜日、水曜日、金曜日と定められ、それぞれの曜日に手術を行う医師が、月曜日は訴外甲川医師及び同丁野医師、水曜日は被告X2及び被告X3、金曜日は訴外丁川医師及び同乙原医師と、研修医を除くと二人ずつ決まっていたことから、主治医が決まると、原則としてその主治医と同じ曜日に手術を行う医師が、主治医とともにその患者を担当することが自動的に決まり、さらに、研修医を一人加えて、当該患者に対する医療チームを編成することになっていた。

 かかるチーム医療の目的は、経験のある指導医と若手の医師、研修医が三名でチームを組み、指導医の指導の下で、若手の医師及び研修医を実地に教育するとともに、その中で最善の治療方法を討議・研究し、治療の安全を確保することにあった。研修医を除く二人の医師のうち、経験の少ない者が主治医となる場合は、他方の医師は、指導医という立場でチーム医療に参加することになっていた。

 個々の患者に対する治療方針・治療方法は、まずチーム内で決定する必要があり、それを最終的に実行するには、前記のとおり、その適否・是非につき、毎週木曜日に医局員が参加して行われるカンファレンスで報告するか、または個別に科長に上申するかのいずれかの方法で、科長に報告して判断を仰ぎ、その承認を得る必要があった。

  (イ) 〇〇センター耳鼻咽喉科では、毎週木曜日の午後三時ころから午後五時ころまで、教授回診とカンファレンスが行われていた。

 教授回診は、医局員らが全員で被告X1とともに病室を回り、担当医が、それぞれの患者の容態等について、被告X1に簡単に説明するものである。カンファレンスにおいては、教授回診に引き続き、医局において、各患者について、主に担当の研修医が、患者の病態、治療方針、治療方法等について報告し、それについて科長である被告X1が質問をする等して検討されるほか、特定のテーマに関する勉強会、手術予定その他の事務に関する連絡等が行われていた。

 個々の患者に関する報告は、主に研修医が行っていたが、特殊な症例や、特殊な治療を行っている患者に関しては、研修医ではなく主治医が自ら報告を行うこともあり、その場合は、科長からの質問等もほとんどなく、済まされることもあった。

 被告X1は、毎週木曜日のカンファレンスに備え、毎週月曜日に入院患者のカルテをチェックし、教授回診やカンファレンスの際に参考にするため、各患者について確認したい事項を、「病室メモ」と銘打ったノートにメモするのを習慣としていた。

 ウ 被告丁原及び被告乙野の地位権限等

  (ア) 被告丁原は、〇〇センターの管理統括部門のトップである所長の地位にあり、〇〇センターの運営方針を決定する運営会議の主催者で、運営に関する最終決定権者であるとともに、医療事故の際には、当事者から直接事故報告を受ける立場にあり、医療事故の対応を指揮する権限を有していた。

  (イ) 被告乙野は、所長の下において、〇〇センターの診療部門を統括し、所長に事故があった場合は運営会議においてその職務を代行する院長の地位にあった。医療事故との関係では、院長は、所長により緊急に招集される運営会議の場で、その発生の報告を受けることになっていた。

 (3) 腫瘍の発見、診断等

 ア 訴外Vは、四月ころ、右顎下にしこりの存在を訴えて、北鴻巣クリニック(埼玉県鴻巣市所在)を受診した。訴外Vは、同診療所で耳鼻咽喉科での受診を勧められたことから、同月二五日、福音診療所(埼玉県北本市所在)を訪れて、〇〇センターから派遣されて来ていた被告X3その他の医師の診察を受けた。

 訴外Vは、同診療所において、抗生物質等の投薬治療を受けたが、しこり(腫瘍)は増大する傾向にあり、被告X3は、訴外V及び原告花子に対し、手術による切除を勧め、〇〇センターへの転院を指示した。

 イ 訴外Vは、七月一〇日、〇〇センター耳鼻咽喉科の外来を受診し、被告X3及び被告X1の診察を受けた。このとき、被告X3は、訴外V及び付き添っていた原告花子に対し、発生位置からして、この腫瘍は良性と考えられると説明した。また、被告X1は、類皮のう胞か、口腔底ガマ腫の疑いもあるとの所見を述べた。

 ウ 訴外Vは、八月一一日、CT検査、血液検査等、手術前の全身検査を受けた。このとき予定されていたCT検査は、造影下に行う予定であったが、訴外Vにあっては、検査当日の朝に食事を摂っていたことから、造影下のCT検査はされなかった。

 被告X3は、八月一八日、全身検査の結果に異常が見られなかったので、被告X1の承認を得て、訴外Vに対して八月二三日に腫瘍の摘出千術を実施することを決め、同月二二日からの入院を指示した。なお、この摘出手術を行うに当たり、事前の生検は行われず、また、手術の要否、適否等について、耳鼻咽喉科医局内で討議がされたことはなかった。

 エ 訴外Vは、八月二二日、〇〇センターに入院し、翌二三日、被告X3の執刀のもと、腫瘍の摘出手術を受けた。手術には、被告X2が立ち会い、また、被告X1が、一時、手術を視察した。

 腫瘍は、顎下腺の横に位置し、直径約四㎝の大きさで、やや硬く、可動性は不良であって、波動があり、周囲の組織との間に軽度の癒着がみられ、摘出した腫瘍を割ると、半透明の液体が貯留し、白色の柔らかい充実性の腫瘍が内容物として存在していた。手術に要した時間は、三五分間であった。

 手術後、訴外Vは、八月二九日に退院した。

 オ 摘出された腫瘍は、病理検査に出され、九月六日、その結果が出た。

 九月七日、被告X3は、夏期休暇のため出勤していなかったが、カンファレンスは通常どおり行われた。その際、訴外甲川五郎医師が、上記病理検査の結果を、被告X3のレターケースから取り出し、摘出された腫瘍の病理診断が「synobial sarcoma」であると報告した。se 被告X1は、「synobial sarcoma」が滑膜肉腫であることを理解したが、丙山医局長以下の医局員は全員、上記病名が何を意味するのか分からず、丙山医局長が医局内の病理学の文献で調べた結果、ようやく、それが滑膜肉腫を意味すること、及び、その予後が必ずしも良好でないことを知った。

 しかしながら、滑膜肉腫は、〇〇センター耳鼻咽喉科においては扱った経験がなかったばかりか、被告X1を含めた医師全員が治療経験のないもので、具体的な治療法について見当がつかなかったため、同日のカンファレンスは、主治医である被告X3に早く連絡することが決まった以外は、治療法等についての討議はされなかった。

 (4) 滑膜肉腫

 ア 滑膜肉腫

 滑膜肉腫は、滑膜を発生母地とする非上皮性腫瘍(肉腫)であり、悪性の軟部腫瘍である。若年成人の四肢関節付近、特に膝関節周辺の筋間に好発し、整形外科領域で扱われる例が多いが、関節のない頭頸部等にも発症し、発症部位を選ばない。滑膜肉腫は、整形外科領域の悪性軟部腫瘍の中でも五ないし一〇パーセント前後の稀なものであるが、頭頸部の発症例については、学会報告や研究は相当数があるものの、耳鼻咽喉科の医師が実際に経験することはほとんどないものである。

 イ 訴外Vの滑膜肉腫

 訴外Vの右顎下腫瘍は、手術時に摘出されたとき、大きさが直径約四冊であり、九月六日付の病理組織検査報告書で、紡錘形細胞が増殖しており、極めて密であること、分裂像は五個/五〇hpf(高倍率視野)であること等が観察され、二相性の滑膜肉腫であると診断された。

 ウ 滑膜肉腫の予後等

 滑膜肉腫は、肺に転移する傾向が強く、一般的には不良とされる。

 もっとも、近時、滑膜肉腫の中でも、腫瘍の大きさや未分化組織像の有無、患者の年齢等様々な因子により危険度に差があり、予後も一律ではないという報告が複数ある。例えば、組織学的に未分化領域のある滑膜肉腫は、未分化領域のない滑膜肉腫に比して予後が悪いと述べるとともに、二○歳未満で腫瘍の大きさが四㎝未満である症例の全期間生存率をほぼ九〇パーセントとする報告や、腫瘍の大きさが五㎝未満の場合の一〇年生存率を一〇〇パーセント、hpf(高倍率視野)一〇に分裂像一〇未満の場合の一〇年生存率を四六パーセント、切除断端における腫瘍細胞がない場合の一〇年生存率を四三パーセントとする報告等がある。

 なお、原告らの依頼に基づき、私的鑑定を行った訴外並木恒夫医師は、訴外Vの肉腫の転移が見つからなかったこと等を挙げて、予後は期待できるとし、同様に私的鑑定を行った同福島雅典医師は、上記報告に照らし、訴外Vの予後について、一〇年生存率は四三から一〇〇パーセントと推測されるとしている。

 エ 抗がん剤とVAC療法

  (ア) 腫瘍細胞は、正常な細胞に比して増殖は早いが、外部からの刺激に弱いという特性を有する。化学療法は、この性質を利用し、細胞を死滅させる機能を有する抗がん剤(抗悪性腫瘍剤。以下単に「抗がん剤」という。)を正常細胞は破壊されないが腫瘍細胞を破壊するに足る量、あるいは、正常細胞は修復しているが腫瘍細胞がいまだ修復していない間隔で投与するというものであるが、それにより当然正常細胞も破壊されるため、投与量及び間隔のコントロールを厳密に行う必要があるとともに、投与開始後においては、正常な体細胞の破壊の度合いを、それを示すCPK(クレアチンホスホキナーゼ活性値)等の各種検査数値により正確に把握して、身体が受けるダメージを制御する必要がある。

  (イ) 悪性軟部腫瘍は、症例が少ないことと、化学療法の導入が遅れたことなどから、化学療法の研究があまり進んでいないが、化学療法を行う場合には、複数の抗がん剤が組み合わせて使われることが多く、組み合わせ方により、CYVADACT(サイバーダクト)療法、CYVADIC(サイバーディック)療法等、使用薬剤の頭文字を取った名前が付けられている。VAC療法はその一つであり、抗がん剤である硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドの三剤を組み合わせて行う化学療法で、現在、アメリカのIRS(横紋筋肉腫治療研究グループ)が、横紋筋肉腫の治療法の一つとして、プロトコール(投与量と間隔を定めた投薬計画)を確立している。

  (ウ) 滑膜肉腫に関しても、シスプラチン、アドリアマイシン、アクチノマイシンD、ダカルバジン、硫酸ビンクリスチン等を用いた化学療法を試みた報告や、それらを切除手術の前に用いて実際に腫瘍の縮小をみた例、有効性を報告する研究がある一方、明らかな有効性は認められないとする研究がある等、定説をみない状態である。

 VAC療法は、上記のとおり、IRSが横紋筋肉腫の治療法として作成したものであるが、異なる種類の悪性軟部腫瘍相互間で、化学療法の効果が同程度と考えることは必ずしも誤りとは言いきれないとされ、実際に様々な化学療法が滑膜肉腫に施行されている。また、滑膜肉腫の腫瘍細胞の各種抗がん剤に対する感受性を調べた実験では、滑膜肉腫の腫瘍細胞が、アドリアマイシン、シスプラチン、シクロフォスファミド、硫酸ビンクリスチンの各抗がん剤に一定の感受性を示したとの結果が得られている。

  (エ) 硫酸ビンクリスチンについて

  (1) 硫酸ビンクリスチンは、植物由来のアルカロイド系の抗がん剤で、細胞内に取り込まれると、その分裂を途中で止める作用があり、強い細胞毒性を有する薬剤である。

 そのため、医薬品の解説書や硫酸ビンクリスチンの能書(医薬品添付文書)においては、その投与は、小児については体重一㎏当たり○・○五ないし○・一㎎を、成人については体重一㎏当たり○・○二ないし○・○五㎎を、週一回静脈注射するものとされ、副作用防止のため、一回の投与量は二㎎を超えないものとされていた。

  (2) 硫酸ビンクリスチンが投与されると、その細胞毒性による副作用として、主に、造血機能障害と神経障害が生じる。具体的な造血機能障害の現れ方として、白血球及び血小板の減少と貧血、神経障害の現れ方として、知覚鈍麻、四肢運動障害、麻痺性イレウス(腸閉塞)がある。

 このうち、白血球の減少は、体内の免疫機能を低下させることにより、感染症の危険を増大させ、血小板の減少は、出血傾向を増大させる。また、知覚鈍麻や四肢運動障害は、それ自体で生命を脅かす程度には至らないが、麻痺性イレウスは、腹痛、嘔吐、便秘を引き起こし、消化管における水代謝の調節が阻害されるので電解質バランスが崩れる。また、腸の粘膜細胞が壊死して全身障害をきたすので、これらに対する対処として、栄養の経口摂取を避け、静脈注射の方法によって、電解質バランスの補正と栄養補給、輸液による水分補給を行う必要がある。また、麻痺性イレウスは、多臓器不全の原因にもなるため、個々の臓器に対する対症療法として、腎臓に対しては人工透析を実施するなどの対策が必要となる。

 これらのことから、医薬品の解説書及び硫酸ビンクリスチンの能書には、重大な副作用として、以下の記載がある。

  a 神経麻痺、知覚異常、知覚消失、しびれ感、四肢疼痛、顎痛、めまい、言語障害、筋萎縮、運動失調、歩行困難、排尿困難があらわれることがあり、これらの場合には、減薬または投与を中止すること

  b 倦怠感、錯乱、昏睡、神経過敏、抑うつ等があらわれることがある。

  c 腸管麻痺(食欲不振、悪心・嘔吐、著しい便秘、腹痛、腹部膨満、腹部弛緩、腸内容物のうっ帯等)から移行した麻痺性イレウスがあらわれることがあり、この場合には投与を中止した上、腸管減圧等の処置を行うこと

  d アナフィラキシー様庁状(□麻疹、呼吸困難、血管浮腫等)があらわれることがあり、その場合には投与を中止して適切な処置をすること

  e 息切れ及び気管支痙攣があらわれることがあり、この場合には投与を中止して適切な処置をすること

 また、その他の副作用として、白血球減少、血小板減少・出血傾向、貧血、便秘、腹痛、消化性口内炎、悪心・嘔吐、食欲不振、下痢、肝機能異常、脱毛、皮膚の落屑が挙げられている。

  (3) 副作用のうち、手足のしびれ感は、通常の投与においても比較的よく見られる症状であるが、医薬品の解説書によれば、箸が持てなくなったり、ボタンがかけられなくなった時点で投与を中上するものとされている。

 また、骨髄抑制に伴う血球の異常は、通常の投与なら軽度で問題にならないとされ、イレウスも、通常の投与なら、発症した段階で減薬・中止等を行えば、回復する。

 そして、能書においては、重篤な副作用のコントロールのため、頻回に臨床検査(血液検査、肝機能・腎機能検査等)を行うなど、患者の状態を十分に観察し、異常があれば減量・休薬等の適切な処置を行うこと、感染症・出血傾向の発現または増悪に十分注意することが指示されている。

 なお、国立がんセンターや財団法人癌研究会付属病院の医師らは、副作用の発現は個人差が大きいことから、投与中は患者の容態を細かく確認し、週に二回程度の血液検査をするのが通常であるとしている。

  (4) 硫酸ビンクリスチンの能書及び医薬品解説文献においては、過量投与は致死的な結果をもたらすとされるとともに、能書及び一部の文献には、過量投与に対してフォリン酸の投与が有効であったとする報告があること、また、透析液中にほとんど流入しないので、体外除去を目的とする血液透析は有効ではないことの各記載がある。

 硫酸ビンクリスチンの過量投与に関しては、解毒薬はないとする文献もあるが、フォリン酸やフェノバルビタールが有効ではないかとする症例報告が存在し、集中治療室(ICU)における全身管理の下に、前記の輸液による水分補給、静脈注射による電解質・栄養の補給、人工透析等の血液浄化等、十分な対症療法を初めとする一定の適切な対処がされれば、回復する可能性があり、五日間の連日投与から回復した例もある。

 過量投与が、一時に大量に投与されたものである場合は、身体の代謝機能によって、早期に硫酸ビンクリスヂンを体外に排出することにより、身体の回復を期待することができる。しかし、身体の許容限度を超過した量を、一定期間連日投与した場合は、代謝が追いつかない一方、体内にとどまった硫酸ビンクリスチンにより、各臓器が損傷を受け、身体に対するダメージが大きくなりすぎるため、もはや回復は不能となる。

 オ 滑膜肉腫の治療法

 滑膜肉腫には、現在のところ、確立した治療法はない。

 一般に、悪性軟部腫瘍の治療法として、(1)腫瘍の外科的切除、(2)化学療法、(3)放射線療法の三種類がある。悪性腫瘍は、腫瘍細胞が、血流等に乗って原発巣以外の場所に転移する可能性があるため、おおもとの腫瘍を切除するほか、転移巣をも根治する必要があるとされる。(2)及び(3)は、術前に腫瘍を縮小するために用いられるほか、切除手術後に、転移巣を排除するため、全身に対して行う補助療法として用いられる。

 滑膜肉腫に関しては、このうち、(1)腫瘍の外科的切除が治療の基本になり、周辺組織を十分につけたまま広範囲に切除することが勧められることについては、学会において概ね合意が得られているが、腫瘍自体を切除した後の補助療法である(2)化学療法及び(3)放射線療法に関しては、それらの有効性、必要性を報告するものとこれを否定的に解するものがそれぞれ存在し、外科的切除以外の補助的療法に関しては、確立していない。

 なお、本件において、原告らの依頼に基づき私的鑑定を行った訴外並木恒夫医師は、VAC療法が横紋筋肉腫の治療法であることを理由に、VAC療法の採用は不適切であったとする。

 また、同様に鑑定を行った訴外福島雅典医師は、化学療法の有効性は実証されていないし、本件では転移が証明されていないので、化学療法の適応はないとの意見を述べている。

 カ 〇〇センター耳鼻咽喉科における抗がん剤の使用

  (ア) 〇〇センター耳鼻咽喉科においては、耳鼻咽喉科領域に発症したがんの治療として化学療法を行う場合には、科長である被告X1の許可を得ることが必要とされていた。

  (イ) 〇〇センター耳鼻咽喉科では、喉頭がん、舌がん等の治療として抗がん剤を用いることがあり、シスブラチンや5FU等が比較的よく使用されていた。

 また、平成八年末ころ、当時〇〇センター医局員であった訴外甲山九郎医師が、横紋筋肉腫の患者に対し、CYVADACT療法をアレンジして、硫酸ビンクリスチン、アドリアマイシン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドを投与した化学療法を行ったことがあった。その際、同訴外医師は、埼玉県立がんセンター(以下「県立がんセンター」という。)の訴外乙川十郎医師(以下「乙川医師」という。)、及び、抗がん剤を比較的よく用いる〇〇センター第二内科の訴外丙原医師に相談し、治療計画を立てた。

 しかしながら、それ以外に、〇〇センター耳鼻咽喉科において、硫酸ビンクリスチンが使用されたことはなく、また、VAC療法も行われた例はなかった。

  (ウ) 被告X1は、その経験の中で、硫酸ビンクリスチンを自ら主治医として治療に用いたことはなく、VAC療法の経験もなかった。

 被告X2は、シスプラチンや5FU等の抗がん剤を使用した経験はあったが、VAC療法で使用する三剤を使用した経験はなかった。

 被告X3は、上記訴外甲山医師のCYVADACT療法に、研修医として携わったが、そのプロトコールや、使用薬剤の特性を研究したことはなかったし、〇〇センターで担当する症例も、各種中耳炎、扁桃炎、副鼻腔炎(蓄膿症)等が主で、悪性腫瘍の治療経験は少なかった。

 被告X4は、医学部の講義等で一般的知識を学んだほかは、抗がん剤に関する知識はなく、また、臨床で抗がん剤を用いた治療を経験したことはなかった。

 (5) 術後化学療法の決定

 ア 被上口丙川は、九月八日、上記病理組織検査報告書を受け取って目を通したものの、ゃはり、「synobial sarcoma」という病名を理解することができず、さらに、病理所見の欄の横文字の略語の大半も理解できなかったが、それを調べることはなかった。

 被告X3と被告X2は、同日午前中、外来の診察室で顔を合わせ、上記病理報告と治療法について話し合ったが、両被告ともに滑膜肉腫の知識がなく、特段の方針を決めることはできなかった。

 このとき、被告X2は、被告X3に対し、当時懇意にし、また被告大学耳鼻咽喉科の非常勤講師も務めていた、前記県立がんセンターの頭頸部外科の乙川医師にも相談してみると話した。

 また、そのころ、被告X2は、被告X4に対し、訴外Vに対する医療チームに加わるよう指示した。

 イ 訴外Vは、同日、外来を受診した。

 被告X3は、訴外Vが摘出手術後の抜糸のために部屋を出た直後に、付き添ってきていた原告太郎及び原告花子に対し、「大変なものが出ました。肉腫です。」と告げた。被告X3は、この時点においてもなお、上記病理組織検査報告書の内容について正確な理解がないままであり、診断名である「synobial sarcoma」が何を意味するのかも調べていなかったが、同報告書の病理所見欄の冒頭に「横紋筋」という単語があったことから、原告太郎に対し、「病名は『横紋筋肉腫』である。」と説明し、「高度の悪性を有する腫瘍である。」、「下肢や骨など身体の他の部位から転移した可能性がある。」、「最低一回は化学療法をする必要がある。」、「今後の治療・検査の計画を立てるため、一週間ほど時間がほしい。」、「予後は分からないが、再発の程度に依存し、正確には答えられない。」等と説明した。

 その後、被告X3は、外来診察室の辞書で「synobial sarcoma」を調べ、これが滑膜肉腫であることを理解し、さらに、参考書で滑膜肉腫を調べ、足や関節への発症が多いこと、予後が悪く、五年生存率が二五ないし五〇パーセントであること、若い人に多いこと、といった程度の知識を得た上、図書室の検索システムで「滑膜肉腫」をキーワードに検索し、症例報告を数例入手して読んだ。そして、順頸部には関節がないことから、腫瘍の発生部位である右顎下部以外に原発巣がないかを確認する必要があると考えた。

 そこで、被告X3は、同日の夕方、電話で、原告花子に対し、病名は横紋筋肉腫ではなく滑膜肉腫であること、滑膜肉腫は下肢に発症することが多く、右顎下部にできることは、特発性でない限り発症しないことを伝え、整形外科を受診するよう指示し、また、自らも整形外科の医師に診察を依頼した。また、転移の有無を調べるため、九月一四日に骨シンチグラム検査の予約をした。

 なお、被告X3は、この日、訴外丁川医師に治療法を相談し、同医師が「VACではないか。」等と答えたことから、この日の外来診療録に、「転移または原発(巣)の有無を調べて、VAC療法を予定とする。」と記載した。

 ウ 訴外Vは、九月一一日、整形外科を受診したが、診察では全身の関節に特に異常は見つからず、転移巣の精査のため、ガリウムシンチグラム検査を同月二一日に予約した。

 原告太郎は、同日、訴外Vの整形外科での診察が終わった後、被告X3と面談し、再度、説明を求めた。その際、被告X3は、原告太郎に対し、「正式な病名は滑膜肉腫であり、遺伝子X一八番に異常がある。珍しい病気で、日本では六、七例、世界でも二〇例ぐらいしかない。」、「予後すなわち五年生存率は二五から五〇パーセントである。」、「Vさんは若いから回りが早い。赤子は二週間であっという間に広がって死んだ例がある。」、「今後の治療として、化学療法の必要があり、また、放射線療法も必要になるかもしれないが、放射線療法では白血病になる可能性がある。」、「シンチグラム検査終了後、速やかにこれらの補助的療法を進めたい。」等と説明した。

 このとき、原告太郎は、肉腫すなわちがんということであれば、自宅からも近い県立がんセンターで治療を受けさせたいという希望を有していたので、そのことを被告X3に告げたところ、被告X3は、「県立がんセンターだと入院までに一ないし二か月かかる。」、「こちらでは、九月二五日から入院できる。」と述べた上、県立がんセンター宛に紹介状を書いて、原告太郎に交付した。

 なお、患者を他の病院・医師に紹介する際には、紹介状のほか、レントゲンフィルムや病理検査結果、組織から作成したプレパラート等の資料を患者に持参させるのが通常であるが、被告X3は、紹介状を交付したのみで、それまでに訴外Vの診療に関して作成された病理組織検査報告書や標本、画像などの資料を持たせなかった。

 被告X3は、翌一二日、乙川医師に電話をかけ、訴外Vの診察を依頼した。

 エ 訴外Vは、九月一三日、県立がんセンターの乙川医師の診察を受けた。

 乙川医師は、被告X3からの紹介状に記載された紹介目的が右顎下部滑膜肉腫という病名に対する「御相談」であり、紹介状の内容も、四月以降福音診療所で経過観察をしていたこと、八月二三日に摘出手術を行い、病理検査で「右顎下部滑膜肉腫」という診断を得たこと、家族から県立がんセンター受診の希望があったこと、転移精査中で、二種類のシンチグラム検査を予定し、追加治療として、化学療法及び放射線療法を予定していることが記載されていただけで、正式な病理検査結果や摘出手術の際の状況等が分からなかったことから、診察では触診等の一般的なことのみを行い、また、紹介に対する回答も、正式の病理は何だったのか、摘出手術において、腫瘍の部位の周囲をどのくらい切り取ったのか、腫瘍の残りはあったのかという三点について問いかけ、化学療法を行う場合は将来の不妊について説明した方がよいとか、腫瘍の切除断端に残存がある場合には頚部郭清を行った方がよいという一般的な助言をするものにとどまった。そして、訴外Vが被告X3の患者であるという認識のもと、主治医である被告X3と訴外Vらの信頼関係を壊さないようにとの配慮から、病気に対する踏み込んだ話はせずに、訴外Vや原告太郎、原告花子に対しては、県立がんセンターで治療する場合は、被告X3とよく相談して来るようにと指示し、再来院の日を一〇月一一日と指定した。

 しかし、上記原告らは、九月一一日の被告X3の説明から、早期に治療を開始しなければ、腫瘍が広がり、訴外Vの命にも関わる事態になりかねないと不安を抱き、結局、〇〇センターでの治療を継続することとした。

 オ 一方、被告X2は、九月一二日、被告X3から、県立がんセンターに紹介状を書いたことを聞いた。その時点において、被告X2は、まだ乙川医師に対して訴外Vの治療方法を相談していなかったが、被告X3の上記報告を聞き、訴外Vは、被告X2らの医療チームを離れて県立がんセンターで治療を受けることになったものと思い込んだので、滑膜肉腫についての調査研究をする必要はなくなったとして、以後、何らの検討もすることはなかった。

 被告X2は、九月一四日、別件の手術の打ち合わせのため、乙川医師に電話をかけた。別件の打ち合わせが終わった後、乙川医師は、突然、被土口戊田に対し、「丙川先生のザルコーマの患者の病理、あれは何なんだろう。」等と言って訴外Vのことを話題にし、「以後、どのような治療をしたらいいのだろうか。方針としては、きれいに摘出ができているので、放射線療法か化学療法のいずれを使うかだが、女の子なので、不妊のことは説明した方がよい。」と話した。

 被告X2は、これに対し、訴外Vが県立がんセンターで治療を受けることになったと前記のとおり思い込んでいたことから、乙川医師が、病理も明確に理解できず、治療方針も明確に立てられないような話し方をするという印象を受けた。

 被告X3は、九月一四日か一五日ころ、乙川医師の前記報告書を受け取り、その際、被告X2と話をしたが、被告X2は、九月一四日の電話で受けた印象から、「乙川先生は、滑膜肉腫をあまりわかっていないようだ。」と話した。

 カ 九月一四日は木曜日であったので、毎週定例のカンファレンスが開かれた。被告X3は、被告X1に促され、滑膜肉腫について報告をしたものの、治療方法についての討議は、されなかった。

 被告X1は、その日、看護師らも交えて医療事故防止策を検討するため勉強会を開き、医師と看護師との連携がうまくいっているか等につき出席者の意見を聞くなどし、また、他病院で起きた医療事故の例をまとめたものを配布するなどした。

 キ 訴外Vは、予定どおり、九月一四日に骨シンチグラム検査の注射及び撮影を受け、同一八日にガリウムシンチ検査の注射を受けた。九月一四日の検査の際、検査結果は同月一八日に判明するとのことだったので、同月一八日のガリウムシンチ検査の際、原告太郎が、原告丙川に対し、骨シンチグラム検査の結果を尋ねると、被告X3は、検査結果を見られなかったので、その結果が悪ければ電話すると答えた。

 ク 訴外Vと原告太郎及び原告花子は、九月一八日のガリウムシンチ検査の注射のために、訴外松千と共に〇〇センターを訪れた際、被告X3に面会し、摘出手術の痕の診察を受けた後、抗がん剤治療であれば、〇〇センターでやってほしい旨の希望を述べた。

 ケ 被告X3は、この申出を受け、訴外Vの滑膜肉腫の治療を行うことになった。被告X3は、医局の慣行に従い、引き続き訴外Vの主治医として治療に当たることになったが、それまで滑膜肉腫について何らの調査研究もしていなかったことと、訴外Vが若く、肉腫(がん)の進行が早いと考えたことから、治療方法の決定を急がなければならないと思った。

 同日、被告X3が医局に行くと、そこに丁川医師と丙山医局長がいたので、とりあえず訴外Vの治療方法について相談してみた。

 丁川医師は、それに対し、自らの担当する患者ではなかったため、その治療法等について特段の責任感や関心はなかったので、気軽に、悪性腫瘍に対する化学療法として、三種の抗がん剤を組み合わせるVAC療法を基本に、他の抗がん剤を加除して様々な投与法のバリエーションがあるという知識を持っていたことと、かつて、訴外甲山九郎医師が、前記のとおり、六〇歳代男性の横紋筋肉腫に対し、VAC療法で用いる三種の抗がん剤にアドリアマイシンを加えて投与するサイバーダクト療法類似の治療を行っていたことを思い出したので、自らはサイバーダクト療法及びVAC療法の経験はなかったものの、被告X3に対し、「VACじゃないかな。」等と述べ、検討を勧めた。

 これに対し、被告内川は、VAC療法が化学療法であることの想像がついただけで、その適応症等についてはまったくわからない状態であったが、上記訴外甲山九郎医師のサイバーダクト療法類似の治療において、その指示の下に研修医として携わった経験があったことから、「サイバーダクトではいかがですか。」と聞いた。これに対し、丁川医師は、「やっぱりVACじゃないかな。」と述べた。

 そこで、被告X3は、丁川医師に対し、「プロトコールとかやり方とかお持ちですか。」と、VAC療法の具体的な方法を尋ねたが、同医師は、「わからない。」と答えたので、同じ部屋にいた内山医局長に対しても尋ねてみたが、同様に答えを得ることはできず、「BACじゃなくてVACだよ。」と言われたのみであった。

 被告X3は、上記両医師の回答から、訴外Vに対してVAC療法を実施すればよいと考えたが、その内容は全くわからなかったため、同日ころ、〇〇センターの図書館に行き、「VAC」をキーワードとして、パソコンの検索システムにより検索を行ったところ、整形外科領域の論文等が数点表示された。

 そこで、被告X3は、整形外科関連の本棚から探し出した軟部腫瘍の本である「新図説臨床整形外科講座一三 骨・軟部腫瘍及び類似疾患」(以下「本件文献」という。)の末尾の索引で「VAC」を探したところ、二七七百に「図八 IRSの治療プロトコール」として、本件プロトコールが登載されているのを見つけた。

 本件文献は、「I 総論」として、分類・疫学・予後、画像診断、病理診断、骨・軟部腫瘍の治療体系等についての記載の後、「Ⅱ各論」として、各種腫瘍について、良性骨腫瘍、悪性骨腫瘍、良性軟部腫瘍、悪性軟部腫瘍の分類の下での記載があり、そして、「横紋筋肉腫」「滑膜肉腫」については、「悪性軟部腫瘍」の章に、それぞれ項を別にして、その概念、診断、治療、予後等が記載されていた。

 本件プロトコールは、横紋筋肉腫の項の中で、IRSが行っている方法として、横紋筋肉腫のステージ分類の表とともに引用されているものであり、このプロトコール自体は、横紋筋肉腫の患者をステージ別に分類した後にグループ分けし、それぞれに異なる治療方法を行って、その効果を比較するという、研究の内容を示すものであった。同プロトコールにおいては、表題である「図八 IRSの治療プロトコール」以外の内容はすべて英語で記載され、表題の下に「Group Regimen week」との記載があり、一行目には、○から五四までの偶数が記載され、その後に「\57\2yr」と書かれ、各数字が週を表すことを示していた。そして、その下に、AからFまでの六行に分けて、抗がん剤の投与の間隔が、各薬剤ごとに、緑色の三角形、ピンク色の逆三角形、青色や黄色の四角形、肌色の横線等の記号を用いて表され、注釈として、各記号と各薬剤の対応関係、各薬剤の投与量(一部の薬剤については一回当たりの最大投与量)、投与方法が記載されていた。なお、これらの六行の投与方法は、「I a,bsurgery randomize」にA、Bの二行、「Ⅱ a,b,c surgery randomize」にC、Dの二行、「Ⅲ,Ⅳ biopsy randmize」にE、Fの二行が、各々分類されて記載されていた。

 本件文献には、前記のとおり、「滑膜肉腫」についての項もあったが、同頂では、「治療」として、「本腫瘍にとって確立した化学療法はみられないが、現在、ADR、CDDP、IFOS、VP-16を中心とした化学療法を術後に施行している。」との記載があるものの、VAC療法の適応を述べる記載はなかった。被告X3は、同項にも一応目は通したが、確立した治療法はないという記載から、滑膜肉腫にVAC療法を行うことについて特に疑問を抱かなかった。

 被告X3は、本件プロトコールを見つけたことで、これで訴外松丘に対し、VAC療法を行えば良いと考え、同図を拡大コピーして、本件プロトコールを入手した。しかし、本件プロトコールの内容を熟読することなく、それまで被告X3が使用していたプロトコールが、すべて日単位で記載されていたことから、本件プロトコールも同様であろうと思い込み、本件プロトコールが、一行目の数字に記載された日ごとに、各薬剤の投与を指示するものと誤解した。そして、同図を参照として引用している本文を読むことも、英語による各記載の意味を調べることもせず、さらにはその図に記載されている「Group Regimen Week」との記載にも気がつかず、また、同図の作成された目的も理解しないまま、訴外Vに放射線治療を行う予定がない等のことから、本件プロトコールのAの行の計画に従って(ただし、数字の表示については、日単位で)、同行に記載された薬剤を投与すればよいものと考えた。被告X3は、このとき、硫酸ビンクリスチンが連口投与を禁じられている薬剤であるとは知らなかったが、薬剤の投与方法さえ分かれば足りると考えていたことから、使用薬剤の特性や作用機序、副作用等を調査しようとは思わなかった。

 被告X3は、同日から同月二〇日ころまでの間に、拡大コピーした本件プロトコールを持って、被告X2のところへ行き、そのコピーを渡すと共に、訴外Vが再び〇〇センターで治療を受けることになったことを伝え、その方針としてVAC療法を行うこと、すなわち、同プロトコールのAの行に従い、抗がん剤の投与を行うことを提案した。

 被告X2は、このときまで、訴外Vが県立がんセンターに転院したものと思い込んでいたことと、被告X3に治療法の提案を受けるまで、訴外Vの治療を〇〇センターで行うことになったことは知らなかったことから、「また、戻ってきたんだ。」と驚いた後、被告X3の治療法の説明を聞いた。

 被告X3は、本件プロトコールのAの行を示しながら、同戊田に対し、「ビンクリスチン二㎎を一二日間連続でいきます。アクチノマイシンは、○・五㎎を五回です。サイクロフォスフォマイドは、一二五㎎を、六日目から二年間毎日連続でいくんですよ。」、「このプロトコールには、いろいろなのがありますが、今回は、一番マイルドなのを選びました。」、「カイトリル(吐き気止め)をきちんと使えば大丈夫です。」、「甲野さんは、来週、入院します。」等と説明した。被告内川は、このとき、各抗がん剤の投与量について正確な計算をしておらず、被告X2に対する投与量の説明は、硫酸ビンクリスチンとアクチノマイシンDについてはとりあえず一回当たりの最大量を言い、シクロフォスファミドについては、訴外Vの体重が約五〇㎏だったとの記憶に基づき、一二五㎎程度と考え、その数字を並べるというものであった。

 被告X2は、この説明に対し、自らがシスプラチンや5FU等の抗がん剤を用いた経験では、六日間の連続投与で、起きあがれなくなる等の相当の副作用が生じたことや、前記訴外甲山九郎医師のサイバーダク卜療法類似の治療においては、投与間隔が数週間に一度程度であったことから、マイルドという被告X3の説明に若干の疑問は感じたが、訴外Vが県立がんセンターで診察を受けたことから、被告X3の説明した方法は、県立がんセンターの医師からアドバイスを受けた上で選択したものと思ったこと、文献から引用したプロトコールに従って行うと言われたこと、硫酸ビンクリスチンは連日投与が禁じられた薬剤であることを知らなかったこと等から、見せられた本件ブロトコールの内容や出典を確認することなく、「それでいきましょう。」等と述べて、被告X3の説明した方法による抗がん剤の投与を承認した。

 コ 被告X3は、医療チームにおける指導医である被告X2の承認を得たことから、今度は科長である被告X1の承認を得る必要があると考えた。被告X3は、同月二一日ころ、たまたま医局を訪れた被告X1に対し、訴外Vに対して化学療法としてVAC療法を行いたい旨申し出た。

 被告X1は、訴外Vの病名が滑膜肉腫と判明した後、手持ちの症例集で滑膜肉腫やその治療法を調べ、その中から入手した論文のコピーを被告X3に渡したり、被告X3が独自に収集した症例報告のコピーを受け取るなどしていた。被告X1は、その作業を通じ、訴外Vの腫瘍の位置が顎下部であることから、放射線療法よりは化学療法の方が望ましいという程度の見当はつけていたが、具体的な治療方法については特段の検討はしていなかった。

 被告X1は、悪性腫瘍に対する化学療法としてVAC療法という治療法が存在するという一般的知識を持っていたことのみから、具体的な治療計画の内容を把握しないまま、被告X3前記申出を承認した。

 これらの過程を経て、被告X3は、訴外Vに対し、九月二五日の入院以降、VAC療法として、硫酸ビンクリスチンを一二日間連続、アクチノマイシンDを治療開始目、一二日目、二二日目、三六日目に、シクロフォスファミドを六日目から二年間毎日、それぞれ投与することを決定した。

 サ 訴外Vは、九月二一日、ガリウムシンチ検査の撮影を受けたが、特に異常は認められなかった。

 (6) 九月二五日の入院から死亡まで

 ア 九月二五日

  (ア) 訴外Vは、術後の体調に特段の異常もなく、午前一〇時三〇分ころ、独歩で入院した。このとき、訴外Vは、退院後に学校に復帰したときに備えて、勉強道具等を病室に持ち込んだ。

  (イ) 被告X3は、本件プロトコールのコピーをカルテに綴り、それに示されている基準に基づいて、訴外Vに対する投与量を計算した。

 本件プロトコールには、硫酸ビンクリスチンについて、体表面積一㎡あたり二㎎と記載されていたため、被告X3は、訴外Vの身長を一七〇㎝、体重を五〇㎏として、医局の文献に載っていた体表面積算定表に当てはめ、体表面積は一・五七㎡であるとの数字を得た。しかし、これに二㎎を乗じたところ、これが一回当たりの最大投与量である二㎎を超えたことから、訴外Vに対する一回当たりの硫酸ビンクリスチンの投与量は、その最大量である二㎎とした。

 また、被告X3は、アクチノマイシンDについても同様に計算したが、訴外Vの体重を五〇㎏(実際は五二㎏であった。)として計算しても、やはり同様に、一回当たりの最大投与量を超えてしまったため、訴外Vに対する一回当たりのアクチノマイシンDの投与量は、その最大量である○・五㎎とした。

 さらに、シクロフォスファミドについては、一㎏当たりの投与量が指示されていたことから、訴外Vの体重を五〇㎏として計算したが、最大投与量の指示がなかったため、計算どおりの一二五㎎とした。

 そして、被告X3は、翌日である九月二六日に血液検査を、同月二七日に尿検査を行い、全身状態を確かめてから、同月二八日以降、訴外Vに対して前記抗がん剤の投与を開始することとし、その日程での投与を指示する医師注射指示伝票を作成した。そして、投与中の血液検査を、一〇月三日及び同月一〇日に実施することとして、カレンダーをコピーし、それに、九月二八日以降に投与すべき各抗がん剤と血液検査の予定を記入してカルテに綴った。

 その後、被告X3は、被告X4に対し、訴外Vに対して上記の日程で検査及び投薬を開始することを説明し、具体的内容はカレンダーに書いてある旨を伝えた。被告X4は、このとき初めて、訴外VにVAC療法が行われることを知り、訴外Vのカルテに綴られた本件プロトコール及びカレンダーを見て、被告X3の投与計画を認識したが、プロトコールを検討することなく、カレンダーに書いてある抗がん剤を、その記載どおりに訴外Vに注射等により投与すれば良いものと考えた。

  (ウ) 被告X3は、この日、訴外V本人に対し、化学療法の治療として、肉腫という悪性の病気であること、化学療法中、髪の毛がほとんど抜けてしまうが、また生えてくること、再度、右顎下部の郭清手術が必要であること等の話をした。

  (エ) 被告X1は、この日の朝、その週の木曜日のカンファレンスに備え、他の患者のカルテとともに訴外Vのカルテを見、その週のカンファレンスで、化学療法について訴外Vに説明した結果(反応)を聞くこととした。

 イ 九月二六日

  (ア) 訴外Vに対し、血液検査が実施された。

  (イ) 被告X3は、上記血液検査の結果に特に異常がなく、腎機能にも問題がないと判断し、若い患者であるので肉腫の進行も早く、早期に治療を開始する必要があると考え、翌二七日に予定していた尿検査の結果を待たずに、翌二七日から、抗がん剤の投与を開始することとし、医師注射指示伝票をもう一枚作成して、一〇月七日までの投与を指示したほか、カレンダーに記載した予定を書き換えた。

 そして、このとき、シクロフォスファミドは一日当たり一二五㎎の投与を予定していたが、同薬剤の製品であるエンドキサン(商品名)が五〇㎎錠であったため、特段の検討をすることなく、同薬剤の投与量を一五〇㎎と変更した。

 被告X3は、この日の午後、被告X4と同じ研修医の立場で、朝の注射や点滴等を担当していた訴外戊山八郎医師(以下「戊山研修医」という。)に対し、翌日から訴外Vに対し、毎日硫酸ビンクリスチンを注射するように指示した。

  (ウ) 被告X3の指示に基づき、耳鼻咽喉科病棟の看護師から、〇〇センター薬剤部に対し、硫酸ビンクリスチンの製品であるオンコビン一㎎の瓶が一四本請求されたが、在庫が三本しかなかったため、三本のみが払い出されて耳鼻咽喉科病棟に供給された。

 薬剤部では、極端に大量の請求や、請求元の病棟に無関係と思われる薬剤に関しては、請求をチェックして各病棟に照会することになっていたが、請求伝票が病棟単位で作成され、患者ごとの投薬量が薬剤請求の段階で把握できなかったことや、請求病棟に当該診療科以外の患者が入院している場合があること等から、薬剤部において、必ずしも、薬剤払出しの時点において厳密なチェックは行われていなかった。

 なお、当時、〇〇センター内の全一六病棟のうち九病棟においては、常駐の病棟薬剤師が配置され、各患者ごとに、医師の作成した処方箋をチェックし、また服薬指導等を行うようになっていたが、耳鼻咽喉科の病棟薬剤師は配置されていなかった。

  (エ) このようにして、翌日から硫酸ビンクリスチンの連日投与が実施されることになったが、その副作用としていかなるものがあり、その中でどういう症状があらわれた場合には投与を中止すべきであるかということについては、被告X3、被告X2及び被告X4は、正確な知識もなかったのにその調査もしなかった。被告X1も、抗がん剤の副作用についての一般的知識はあったものの、硫酸ビンクリスチンのそれについては、対処法を含めて正確な知識はないままであった。

 ウ 九月二七日

  (ア) 被告X3は、午前中、戊山研修医を伴ってナースステーションに行き、「二㎎のオンコビンを、四〇ccの生理食塩水に溶かして、毎日打つ。」と、硫酸ビンクリスチンの投与方法を説明し、ナースステーションの冷蔵庫から硫酸ビンクリスチンの製品の瓶を二本取り出して、一本は自ら注射器を用いて生理食塩水に溶かしてその溶液を作り、もう一本については、同様に、戊山研修医に溶液を作らせた。そして、被告X3は、さらに、アクチノマイシンDについても、製品の瓶を取り出して同様に注射用の溶液を作り、これらを訴外Vの点滴の側管から注射し、戊山研修医にも、同様にして、硫酸ビンクリスチンの投与を行わせた。

  (イ) 午前中、訴外丁田二江看護師(以下「丁田看護師」という。)は、日勤として病棟に勤務していたが、同看護師は、被告X3の作成した医師注射指示伝票が、一日二㎎の硫酸ビンクリスチンを毎日投与することになっていることに気が付いた。同看護師は、小児科病棟での勤務経験を有し、その際の抗がん剤の投与は、週に一回を限度とし、その量も一〇分の一㎎単位であったことから、被告X3の上記指示に疑問を抱き、ナースステーションの冷蔵庫に保管されていた硫酸ビンクリスチンの能書を確認しようとした。

 ところが、たまたまそこに被告X3がいたことから、同看護師は、投与量、及び連日投与の指示に間違いがないかを尋ねた。被告X3は、同看護師の質問にも何ら疑問を抱かず、「そうだよ。」等と答えたのみで、同看護師に対し、硫酸ビンクリスチンの能書を渡すよう求めた。しかし、これは、被告X3が自ら検討するためではなく、耳鼻咽喉科の慣行に従い、訴外Vのカルテにファイルするために要求したものであって、被告X3は、同看護師からそれを受け取ってカルテに綴じたものの、目を通すことはしなかった。

  (ウ) 訴外Vは、硫酸ビンクリスチン及びアクチノマイシンDの投与を受け、目立った吐き気はなかったが、看護師に対し、若干の食欲の低下を訴えた。

  (エ) 被告X2は、翌日から夏休みであり、しばらく出勤しない予定であったため、そのことを医局の当直表に記入したが、出勤しない間の訴外Vの治療等について、被告X3や被告X4と特に打ち合わせ等はしなかつた。

 エ 九月二八日

  (ア) 訴外Vは、午前六時ころ、看護師に対し、食欲がないと訴えていたが、午前九時ころ、予定どおり、硫酸ビンクリスチンの注射が戊山研修医により行われ、吐き気止めの投与も行われた。

  (イ) 被告X4は、訴外Vの吐き気が思ったほど出ていないことを観察したが、食事が三分の二程度しか摂れておらず、顔色が悪いことを確認した。もっとも、訴外Vの全身状態は悪くはなく、訴外Vは、見舞いに来た友人と談話するなどしていた。また、被告X3も、訴外Vの食欲不振の訴えを認識したが、吐き気はそれほどでもないと観察した。しかし、訴外Vは、原告花子に対しては、「顎が痛い。」、「舌が腫れている感じがする。」、「顔が痛い。」、「喉がひりひりする。」等と訴えていた。

  (ウ) 午後、毎週恒例のカンファレンスが行われた。訴外Vについては、抗がん剤治療が行われていたことから、研修医による治療経過等の報告ではなく、主治医である被告X3が、治療経過等を報告することになった。被告X3は、訴外Vが同月二五日から入院していること、化学療法としてVAC療法を行っていることを説明した。これに引き続き、被告X1が、出席した医局員らに対し、「丙川の方法でよいですね。」等と問いかけた。しかし、滑膜肉腫は医局内でも未経験の症例であり、治療方法について簡単に判断できるものではなかったことや、訴外Vが自らの担当する患者ではなかったことから、出席した医局員らの中に、滑膜肉腫の治療法について調査研究をしている者はなく、被告X1の問いかけに対しても、特段の意見や質問は出ず、訴外Vの病状や治療法に関する検討は、結局、被告X3の上記説明だけで終了した。

 なお、被告X1の病室メモには、この日のカンファレンスの結果に関する記載はない。

  (エ) 被告X2は、この日から夏休みを取っていたため、訴外Vの様子は見ておらず、また、カンファレンスは欠席していた。また、被告X3は、この日初めて、被告X2が同日から夏休みであることを知って、指導医がいないままにVAC療法を継続することに若干の不安は感じたが、VAC療法を前日開始してしまっていて、今更中止することもできないので、被告X1の指導を受ければ足りると考え、そのまま継続することとした。

 オ 九月二九日

  (ア) 午前九時ころ、硫酸ビンクリスチンの注射が、被告X4によって行われた。

 訴外Vは、診察に訪れた被告X4に対し、怒った様子で「だんだんムカムカしてきました。」と訴え、また、顔色も悪かった。しかし、まだ吐き気は見られず、食事も全量摂取しており、見舞いに訪れた友人と談話するなど、元気な様子を見せていた。体温は三六・四度であったが、原告花子に対しては、前日と同様の不快感を訴えていた。

  (イ) 被告X2は、夏休みで、医療セン夕ーに出勤しなかった。

 カ 九月三〇日

  (ア) 訴外Vは、午前六時ころ、手洗いへ行って戻ってきたが気持ちが悪いと看護師に訴え、顔色も前日よりさらに悪くなっていた。しかし、硫酸ビンクリスチンの注射は、予定どおり、午前九時ころ、戊山研修医によって行われた。

 午後二時ころ、訴外Vが微熱を出したことから、体温を下げるため、クーリングボトルの使用が開始された。

 午後九時ころ、訴外Vは、舌が腫れている感じがし、舌に歯形がつくと訴えたことから、看護師は、訴外Vに濡れガーゼを含ませた。

  (イ) この日、血液検査が行われたが、血液一立方ミリメートルあたりの血小板数が、九月二六日の一九万二〇〇〇個(以下単位同じ。)から一三万六〇〇〇に減少していた。

  (ウ) 被告X3は、終日、派遣先である他の病院へ勤務に出ていたため、〇〇センターには出勤せず、訴外Vを診ることはなかった。また、被告X2は、午後、自ら主治医として担当する患者の容態を診に〇〇センターに出勤したが、訴外Vの様子は診なかった。

 キ 一〇月一日

  (ア) 訴外Vは、午前六時ころ、看護師に対し、朝になると吐き気がすると訴えた。そして、午前九時三〇分ころ、被告X3は、自ら、訴外Vに対し、硫酸ビンクリスチンを注射した。

  (イ) 午後、被告X3は、訴外V、原告太郎及び原告花子に対し、病状及び治療状況等の説明を行った。その際、被告X3は、病名を「二相型の滑膜肉腫で、最悪ではない。」、ステージとして「クラス一-A」、予後は「クラス一-Aで二相型なので、五〇パーセントを超える。横紋筋肉腫なら九〇パーセントまで持っていけたが、残念だ。」、治療法として、「VAC療法という化学療法を行っている。ビンクリスチンを一二日間投与して、アドリアシンを初日、一二日目、二二日目、三六日目、四八日目に投与して、サイクロホスフォマイド(シクロフォスファミドのこと)を二年間一日二~三回飲む。」等と説明した後、後日、郭清術が必要であることを伝えた。しかし、訴外Vは、気分不良を訴え、説明を座って聞いていることすらできず、被告X3の説明を最後まで聞かないうちに、車椅子で、病室へ戻った。

 原告太郎及び原告花子は、被告X3に対し、アガリクス等の免疫療法を併用したいとの希望を述べたが、被告X3は、「がんに対しても栄養になる。」、「四国の病院に電話して聞いたが、末期がんの患者の安楽死に使うものと聞いた。」等と述べ、両原告に対し、免疫療法を行わないように指示した。

 なお、免疫療法は、悪性腫瘍に対する治療成績は明らかでないものの、一般に、禁忌とされる腫瘍はない。

  (ウ) 訴外Vは、足が思うように動かない様子で、手洗いに行くのにもふらつくようになり、身体の痛みを訴え、午後七時ころ、痛くてものが食べられないと訴えた。被告X3は、VAC療法の副作用が強いと聞いていたことから、訴外Vの症状に対しても、通常の副作用の範囲内であろうと考えたのみで、問題意識は持たなかった。

  (エ) 被告X2は、この日も夏休みで、〇〇センターには出勤せず、訴外Vを診ることはなかった。また、被告X4は、派遣先の病院で当直だったため、〇〇センターには出勤しなかった。

 ク 一〇月二日

  (ア) この日、午前九時ころ、硫酸ビンクリスチンの注射が、戊山研修医に上って行われた。またこの日、シクロフォスファミドの経口薬も投与された。

 訴外Vは、被告X4に対し、「かなりつらい。起きあがれない。」と訴えた。体温は三七・八度に上昇し、吐き気はないものの顔色は悪く、喉、口腔内及び下顎部の痛み、全身関節痛、食欲の低下、強い全身倦怠感、手指のしびれが見られた。しかし、被告X3は、前日同様、抗がん剤の通常の副作用であろうと考えただけであった。

  (イ) 被告X2は、この日、埼玉県上尾市所在の病院へ派遣されていたため、終日不在であり、訴外Vを診ることはなかった。

 また、被告X4も、VAC療法を実施するに当たり、被告X3から、吐き気、脱毛、手足のしびれ、頭痛、発熱等の副作用が出ると聞いていたのみで、これらに注意すればいいとのみ考えていたことから、訴外Vの上記訴えに対しても、危機感は持たなかった。

 ケ 一〇月三日

  (ア) 午前一時ころ、訴外Vは、手洗いから帰って来る際、倦怠感のあまり、椅子に座って休む状態であったが、硫酸ビンクリスチン注射は、予定どおり、午前九時ころ、戊山研修医によって行われた。

 訴外Vの全身倦怠感やしびれ、四肢末梢の痛みはさらに強くなって、午後一時ころには、訴外Vは、歩くことはできなくなり、手洗いには車椅子で行くようになった。また、食欲不振に加え、咽喉・口腔内の痛みのため、食事の摂取はさらに困難になり、ヨーグルトとみそ汁しか摂れない状態になった。体温は、三七度ないし三八度であった。

  (イ) 午後二時ころ、被告X3は、血液検査を見て、血小板が六万九〇〇〇に下がっていたことや、首や下肢に出血傾向を示す点状出血が現れていたことから、出血傾向が強くなりすぎて危険であると考え、硫酸ビンクリスチンの投与を一時中止することを決めた。また、被告X3は、尿検査の結果、糖の消費が阻害されるときに作られる物質であるケトン体が、高い数値を示したことに驚いたが、それに対する特段の処置等はしなかった。被告X3が、午後三時ころ、再度血液検査をしたところ、血小板はさらに下がって五万一〇〇〇となっていたことから、危機感を覚え、対処として血小板輸血が必要と考えて、原告太郎及び原告花子の承諾を得て、午後六時四〇分ころ、血小板輸血を行った。しかし、被告X3は、これらの各症状が単に副作用であろうと考えただけで、自らの投与計画が誤っているとは考えなかった。

  (ウ) 午後五時ころ、被告X3は、硫酸ビンクリスチンの投与を一時中止することを、原告太郎及び原告花子に伝えた。原告花子は、硫酸ビンクリスチンは一二日間連続投与する計画だったと聞いていたことから疑問を抱き、被告内川に対し、「七日で止めていいんですか。」等と尋ねた。被告X3は、とっさの思いつきで「規定量は入っているからよい。」と説明したほか、「白血球の数値が二〇〇〇を下回るといけないが、それよりまだ上回っていたので、本当は投与するところだが、自分としてはここで止めた方がよいと判断した。」、「子供は大人の量の二倍を入れる。Vさんは一六歳と年齢で言えば子供だが、量としては子供の半分の大人の量にした。」等と言った。

  (1) 被告X2は、五同ぶりに訴外Vの様子を見たが、訴外Vが車椅子で移動し、また、首部分が赤く皮下出血を示していたことから、抗がん剤の副作用が強く出ていると思い、被告X3に「大丈夫なのか。」と尋ねたところ、被告X3は、「抗がん剤の副作用です。もう薬は中止しました。」と答えた。被告X2は、抗がん剤の投与が中止されているなら安心であると考え、それ以上の疑問を抱いたり、処置を検討したりはしなかった。

 また、被告X4は、朝に訴外Vを診た後、午後は福音診療所へ外勤に出たが、戻ってきてからカルテを見、血液検査で骨髄抑制が強く出ていること、及び、被告X3が硫酸ビンクリスチンの投与を一時中止したことを知った。

  (オ) 午後一〇時ころ、訴外Vは、強い全身痛を訴えた。これに対し、医師により座薬の鎮痛剤が投与され、看護師が訴外Vの腰をさするなどした。

 この目の訴外Vの尿量は、二一〇〇mlであった。

 コ 一〇月四日

  (ア) 未明から、訴外Vは、腰痛、肩こり、顔面のしびれのほか、呼吸が苦しい旨を訴えた。これに対し、看護師は、医師の指示を仰ぎ、過換気発作の疑いがあるとの診断の下に、口元にビニール袋を当てて呼吸をさせた。また、午前六時前には、腰痛が増強したとの訴えから、再び座薬の鎮痛剤が投与された。

 午前八時三〇分ころ、被告X4が看護師に呼ばれて訴外Vを診察した際も、呼吸苦、四肢末梢のしびれ等の訴えや、酸素飽和度が九八パーセントに下がっていたこと等、過呼吸を疑わせる症状があったことから、被告X4は、同様にビニール袋での呼吸を指示した。

  (イ) 被告X3は、この日は、手術日であったことから、手術の合間に訴外Vを観察していたが、午前一一時ころ、訴外Vの様子を診たところ、訴外Vが食事が摂れない状態であったため、鼻から胃にチューブを入れて、濃流動食を流し込む処置をし、手術に戻った。しかし、硫酸ビンクリスチンの副作用である麻痺性レイウスの可能性を前提とすると、胃に流動食を流し込むことは誤った処置であった。

 その後、訴外Vは、胃痛や腹満苦、下腹部の痛みを訴え、腹部が硬くなるなどしたことから、丁川医師が呼ばれた。同医師は、チューブを一部引き抜いて開放した後、急性腹症の疑いがあるとして、腹部のレントゲン写真を撮るよう指示し、疑われる病変として、ストレスによる胃潰瘍、血小板の減少による腹腔内出血等が考えられるとした。

  (ウ) 正午ころ、被告X4が訴外Vを観察したところ、意識は清明であったが、表情は苦悶様であった。下腹部が硬くなり、圧痛が認められたことから、被告X4は、至急で血液検査を指示した。また、朝から尿が出ていないことからバルーンを挿入し、第一内科の医師に相談することを決めた。

 午後一時ころ、第一内科の医師は、被告X4に対し、訴外Vの症状及び腹部レントゲン写真から、腸管内に便があり、やや麻痺性イレウス(腸閉塞)様であるが、すぐに浣腸をするのもためらわれ、鼻からのチューブを開放して、それから胃の内容物を外に出したらどうか等と助言し、翌日まで痛みが続くようなら、外来に受診させればよいとした。

 午後一時四〇分ころ、血液検査の結果が判明したが、それによると、白血球数が、血液一立方ミリメートル当たり四〇〇個(正常値は五〇〇〇個ないし八〇〇〇個。以下単位同じ。)、炎症を示すCRP値が六・九、CPKが一五三一と異常値を示していた。被告X4は、感染症の危険が高いと判断したが、被告X3や被告X2が手術中だったため、当直室で休んでいた丙山医局長に指示を求め、それに基づき、骨髄細胞を刺激して自血球を増加させる薬剤であるグランを投与した。そして、感染症防止策として、抗生剤をぺニシリンからフルマリンヘ変更したほか、一般の個室に消毒措置等を施して準クリーン室とし、訴外Vを移動させた。ただし、感染症防止のためには、専用の空調を備え、一立方インチ当たりのダスト(埃)数が四〇〇程度の無菌室に入室させる必要があるところ、〇〇センターにはかかる無菌室の設置がなく、ダスト数が一〇〇〇程度であったICUが準無菌室として使用されていた。そして、手術室のダスト数が一〇〇〇〇程度であることから、病室のダスト数はさらに高いものと考えられている。

  (エ) 訴外Vは、血小板の減少に対して、再度血小板輸血を受け、摘便や浣腸も受けた。体温は三九・八度に上昇し、体熱感やふらつきを訴えた。

  (オ) 午後、被告X4は、第一内科に対し、病名は滑膜肉腫で、硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドによる化学療法中の患者であること、腹痛があり、レントゲン上イレウス様に見えること、白血球数が四〇〇、血小板が六万であり、皮下出血等出血傾向があることを依頼書に記載して外来診療を依頼した。これに対し、第一内科の医師は、触診で硬便があり、便による腸管閉塞の可能性があるとし、摘便と下剤投与を継続した上、便通のコントロールがつくまで食事を中止する必要があると診断した。

 訴外Vは、摘便を受けたが、その後、下痢になった。

  (カ) 原告花子は、被告X3に、訴外Vの下痢のことを話したが、被告X3は、「いろんな副作用が出ます。]と述べたのみであった。

  (キ) 被告X2は、この日、手術を行っており、忙しかったため、特段訴外Vの様子を見に行ったりはしなかったが、病室の前を通ったとき、内科の医師が訴外Vを診察しているのを見かけ、被告X3の判断で、内科の医師に副作用の対症療法を相談したものと思い、抗がん剤を中止しているのだから、そのうち快方に向かうだろうと考えた。ただ、訴外Vの容態が回復する兆しを見せていなかったことから、被告X3に対し、「量を間違っていないか。」と尋ねたところ、被告X3は、間違いないと答えた。

  (ク) また、このころ、被告X1は、訴外Vが車椅子に乗っているのを目撃し、抗がん剤の副作用が強いと感じていたが、この日、訴外Vの病室を訪れたところ、訴外Vが個室に移り、白血球や血小板の減少、感染症、無尿状態など、重篤な状態になっていることを初めて認識した。しかし、被告X1は、抗がん剤一般の副作用に関する知識はあったが、硫酸ビンクリスチンの副作用について具体的な知識がなかったため、これらの激烈な症状が、硫酸ビンクリスチンの大量投与によるものとは考えなかった。

  (ケ) 午後一一時ころ、訴外Vの体温は三九・八度であり、お腹が張る感じがすると訴えた。医師の指示で導尿を行い、一○○mlの排尿があったが、腹満感は同様であり、この目の尿量は二五〇mlで、前日の二一〇〇mlから極端に減少した。

 サ 一〇月五日

  (ア) 午前一時ころ、吐き気が見られたが、訴外V自身は、「気持ち悪いかどうかわからない。管(チューブ)のせいかな。」等と、チューブの違和感を訴えた。頸部が腫脹して点状出血が増大し、午前七時ころには体温が四〇・六度に上昇した。訴外Vは、口渇から、うがいと飲水を繰り返した。全身の倦怠感と痛み、体熱感があり、また、腹満感があったが、グル音や排ガスは低下し、便はない状態であった。午前一一時ころ、訴外Vは、便意を訴えたが、足がしびれていたため立つことが困難であったので、原告花子に支えられて手洗いに行く状態であり、意識も朦朧となった。そして、呼吸数が一分間に五六回まで増加したことから、午後一時三〇分ころ、酸素の投与が開始された。

  (イ) 被告X3は、午前中、被告X2とともに手術を行っていたが、その際、手術に立ち会っていた乙川医師から、訴外Vにどういう治療をしているかを尋ねられた。それで、被告X3は、「VACやってます。」と答えたところ、乙川医師はそれ以上のことは聞かなかった。

 午後、被告X3は、丁川医師から、第二内科の訴外丙原医師に、訴外Vの症状の対策を聞いてくるよう指示され、同医師に対し、「VACをやっている患者なんですけど。」と説明して、対策を相談した。

 同医師は、被告X3に対し、体温の上昇については解熱剤を使用せず、クーリング(強制的に冷やすこと)のみとすること、白血球減少に対してはグランを投与すること、血中ヘモグロビン値は投薬により維持すること、血小板については再検査の上輸血を検討すること、血中ナトリウム、カリウム等については輸液で維持すること、炎症反応については抗生剤を投与すること等を指示した。

  (ウ) 被告X2は、終日、別の患者の手術等を行っていたため、訴外Vを診なかった。

  (エ) 夕方になると、訴外Vは、下痢便を失禁するようになり、嘔吐も継続し、「苦しい、気持ち悪い。」等と訴えた。血液検査が実施されたが、CPKは測定されず、白血球数は三〇〇、血小板は五万七〇○○であり、カリウム値等の電解質が異常を示し、CRPも一八・九と高値を示した。チアノーゼが見られ、脈拍も一九〇近くまで上昇した。

  (オ)訴外Vは、「もうやだ。やめたい。」「この会社はダメだ。」等と発言し、意味不明の言動が見られるようになった。

 シ 一〇月六日

  (ア) 午前○時四〇分ころ、訴外Vの両鼠径部、両腋窩、腸骨部に潰瘍が発見された。上半身に発赤疹があり、両下肢には出血班様の発疹が出た。また、口唇や爪にはチアノーゼが生じ、次第に悪化した。

 訴外Vは、普通に会話ができることもあったが、意味不明なことを言うようになり、苦痛を訴えて手足を激しく動かしたりした。

  (イ) 午前四時ころ、訴外Vの状態が悪いため、看護師が当直の訴外丙田医師、及び、被告X3を呼んで処置を求めた。訴外丙田医師が診察したところ、酸素飽和度は九〇パーセントに低下し、体温は三九・八度で、意識は朦朧とし、心拍数は上昇していたため、同医師は、血液検査を行うとともに、第二内科の訴外戊野医師の往診を求めた。

 訴外戊野医師は、訴外Vの症状から、敗血症、腸炎、薬品アレルギー、重症感染症、横紋筋融解症の疑いがあるとし、便培養、皮膚科の受診、肝臓の超音波検査等を指示したので、被告X3は、同医師の指示に従って各処置を行った。

  (ウ) 原告花子は、〇〇センターに泊まり込んでいたが、午前五時過ぎころ、原告太郎に対し、訴外Vの調子が悪いと連絡し、午前七時ころには再度連絡を取って、〇〇センターに来てほしいと求めた。原告太郎は、午前七時五〇分ころ、〇〇センターに到着した。

  (エ) 訴外Vは、午前七時ころ、呼びかけに反応しなくなり、呼吸も努力様となったため、人工呼吸器による管理が開始された。また、午前一〇時ころには、無尿状態となった。また、鎮静処置が施行され、強心剤が投与された。

 被告X3は、原告太郎及び原告花子に対し、「チューブを外してしまうので、眠り薬で眠らせています。」等と述べた。

  (オ) 被告X3は、この日は外来診察の担当だったことから、午前中外来診療に出ていたが、被告X1に「こんなところで何やってるの。」と叱責され、訴外Vの病室に戻った。

 被告X1は、午前九時ころ、外来診察中の被告X2に対し、「あの女の子、丙川は、量を間違ってないだろうな。」と、訴外Vの抗がん剤の投与量に間違いがないかを確認したが、被告X2は、被告X3から、投与量には間違いはないと聞いていたことから、間違っていないと返答した。

  (カ) 被告X3は、午前一一時二〇分ころ、原告太郎及び原告花子に対し、訴外Vが重症感染症であること、急性腎不全で無尿状態であり、人工透析を必要とすること、重症感染症の原因として、白血球の減少により、膀胱、腸腹筋、腎臓に感染が進んだことが考えられること、危険な状態であることを説明した。

 正午ころの血液検査の結果、CPKは九一〇八〇、CRPは二七・二、白血球は四○○、血小板は七万二〇〇〇であった。

  (キ) 午後一時ころ、訴外Vに対し、腹部超音波検査が実施された。その結果、胆嚢から子宮にかけて腹水があったため、穿刺が試みられたが、吸引することはできなかった。

  (ク) 午後二時ころ、第四内科の医師が、訴外Vに対し、人工透析を実施するため、鼠径部の血管に針を刺したところ、訴外Vの心臓が停止した。これに対し、心臓マッサージや強心剤の投与が行われた結果、蘇生した。

 このとき、被告X3は、原告太郎及び原告花子らに対し、「今、透析を行おうとして、透析の針を刺したら、ショックで心臓が止まりました。蘇生を行ったら戻りましたが、次に止まったら危ないです。」等と述べ、「尿が出ないので、腎臓が悪いのではないか。手術前の全身検査で腎臓の数値が少し疑問に思ったが、さほど影響がないので特に言わなかった。若い女の子なので、ダイエットをしていると思ったので。」等と言った。

  (ケ) 午後四時ころ、被告X2は、第二内科の前記訴外丙原医師が耳鼻咽喉科のナースステーションにいるのに気づき、声をかけたところ、同訴外医師は、訴外Vのカルテを手に持ち、「あの患者はすごいことになっているね。このプロトコールはどこから手に入れたの。なんか、おかしいんだよね。」と言って、ナースステーションを出て行った。被告X2は、同訴外医師が、抗がん剤による治療経験を多く有しながら、プロトコールの内容に疑問を示したことから不審に思い、カルテを医局に持って行き、丁川医師とともに本件プロトコールを見、病棟から被告X3を呼んだ。しばらく三人で同プロトコールを見ていたが、丁川医師が「一年は何週だっけ。」と言ったことから、同プロトコールの投与頻度が、日単位ではなく週単位による記載であることが初めて判明した。

 被告X2は、すぐに電話で被告X1を教授室から呼び出し、週と日を間違えて抗がん剤を投与したと報告した。これに対し、被告X1は、直ちに〇〇センターの幹部へ連絡する必要があると考え、訴外甲原十夫事務長(以下「甲原事務長」という。)を捜しに行った。

  (コ) 被告X3、被告X2及び丁川医師は、やっと訴外Vの容態が改善しない原因を理解すると共に、ミスの重大さに驚愕したが、訴外Vの治療に全力を尽くすことにした。

 被告X3は、被告X2に対し、過剰誤投与の事実を、原告太郎及び原告花子に告げるべきかを相談したが、被告X2は、訴外Vの救命治療が第一だと考えていたことと、家族への説明について考える余裕がなかったことから、被告X3に対し、「まだ、いいだろう。今は、とにかく助けることだけを考えろ。」と指示した。

 被告X3は、訴外Vの病室へ戻り、強心剤や昇圧剤の投与、輸血等の処置を行ったが、訴外Vの体温は四〇度前後から下がらず、自発呼吸はあるものの、重篤な状態は改善しなかった。

  (サ) 午後八時ころ、甲原事務長と連絡がついたので、被告X1は、丙山医局長、被告X2、丁川医師とともに、事務長室へ行き、甲原事務長に対し、抗がん剤の週と日を問違えて投与したと報告した。

 甲原事務長は、この報告を受け、被告丁原に連絡を試みたが、被告丁原は帰宅途中の電車が事故で不通となっていたため、連絡は取れなかった。甲原事務長は、病院の方針として、家族に正直に説明することと、患者の治療に全力を尽くすことを決め、被告大学が設置する埼玉医科大学付属病院の訴外乙田広報室長(以下「乙田室長」という。)に、その方針の是非を確認するため連絡を試みたが、その連絡もつかなかった。

 午後八時三〇分ころ、先に乙田室長と連絡が取れたことから、甲原事務長は、上記方針を確認した後、来室していた被告X1、丙山医局長、被告X2及び丁川医師に対し、「患者はまだ生存しているから、説明する時期が難しい。」と言いつつも、家族にはミスを説明し、治療に全力を尽くすようにと指示した。

 午後九時ころ、事務長室から医局へ戻った被告X1らのもとに、被告X3を除く全医局員が集まった。被告X1は、本件医療事故のあまりの重大さに、家族に対して説明を行う勇気が出ず、「家族にどう話したらいいかなあ。」等と言い出して、本件医療事故の内容を原告ら家族に話すことを躊躇する姿勢を見せ始めた。これに対し、丙山医局長は、一刻も早く真相を家族に告げるべきとの考えから、「きちんと話しましょうよ。」等と被告X1に進言したが、被告X1は、「うーん、どうしようか。」等と発言し、原告ら家族に説明を行う決心がつかないままであった。

 被告X2は、抗がん剤の過剰投与からの救命方法について教えを乞うべく、第二内科の訴外丙原医師を耳鼻咽喉科の医局に呼び、「硫酸ビンクリスチンを、週と日を誤って七日間連続投与した。」旨を説明した。同訴外医師は、以前、抗がん剤を毎日投与したこともあるので、硫酸ビンクリスチンの連日投与が必ずしも死因になるかはわからないが、今回は間違いであるから、正直に説明すべきだと述べた。医局員らは、その後、夜を徹して訴外Vの救命治療を模索し、治療に当たった。

 午後九時二〇分ころ、甲原事務長は、帰宅した被告丁原と連絡が取れたことから、被告丁原に対し、「抗がん剤に関する医療ミスが発生したようだが、どうしたらよいか。」と報告し、なるべく早く被告X1と連絡を取ってほしいと伝えた。被告丁原は、とりあえず治療に専念するようにと指示するとともに、翌朝、被告X1に報告に来させるよう指示した。

  (シ) 一方、訴外Vは、午後六時の時点で白血球は二〇〇に、血小板は一万二〇○○に減少し、自発呼吸及び瞳孔の対光反射はあるものの、脈拍は早く、弱い状態で、夕方以降、強心剤、昇圧剤の投与や血小板輸血が行われた。体温は四〇度前後から下がることはなく、尿からは多量の潜血と蛋白が検出され、血圧も、昇圧剤によりやっと保っている状態であった。

 また、訴外Vには、時折流涙が見られた。

 ス 一〇月七日

  (ア) 午前一時ころ、被告X2は、カルテに綴られた硫酸ビンクリスチンの能書を読んだところ、能書の三頁に、〔使用上の注意〕第八項として、「過量投与」との記載があるのを発見した。同項には、支持療法のほかに、それと併せてフォリン酸を投与すると、過量投与の治療に有益であったとする症例報告がある旨の記載があった。

 被告X2は、丁川医師や被告X4、戊山研修医に対し、フォリン酸について調査するよう指示し、自らも薬剤文献等を調査したが、医薬品の製品としての存在を確認することはできなかったし、〇〇センター五階の研究所に問い合わせても、実験材料に使用する薬剤であって、現在在庫がないとの回答しか得られなかった。結局、訴外Vが死亡するまでの間に、フォリン酸を投与することはできなかつた。

  (イ) 未明にかけて、訴外Vの体温は四〇度を下回ることはなく、心拍は一五〇台の状態が続き、また、血圧が時折七〇ないし八〇㎜Hgに下がることがあり、その度に昇圧剤が投与され、量も次第に増やされた。訴外Vの全身は、むくみ、腫脹していた。

  (ウ) 午前八時三〇分ころ、被告丁原は、耳鼻咽喉科病棟を訪れ、被告X1と面談し、所用で出かけることを伝えるとともに、治療に全力を尽くすように指示した。

 その後、被告丁原は、被告乙野と共に、被告大学短期大学の訴外丙野元教授の葬儀に出席するため〇〇センターを出発したが、その車中で、被告乙野に対し、耳鼻咽喉科で薬の投与ミスがあったらしいという話をした。

 葬儀に引き続き、両被告は、被告大学の介護施設の開設式に出席したが、その際被告丁原は、出席していた被告大学の理事長に対し、〇〇センターで医療事故が起こったと伝えた。

  (エ) 午前九時ころ、被告X3は、訴外Vの祖母の希望から、同人に対し、訴外Vの病状について、「悪性の肉腫であり、抗がん剤を使っている。多臓器不全で、腎臓と心臓に障害があり、心臓と呼吸の管理をしている。尿が出ておらず、人工透析が必要であるが、血圧が低く、透析をするとさらに血圧が下がる。抗がん剤のために白血球が減少したため、重症感染症を起こしている。強心剤を使いながら透析をするが、非常に危険な状態である。」と説明した。

  (オ) 午前一〇時四五分ころ、訴外Vの血圧が六〇㎜Hg台に低下し、昇圧剤及び強心剤が追加・増量されたが、血圧はさらに低下し、正午ころには五〇㎜Hg台となった。

  (カ) 午後○時二〇分ころから、第四内科の医師らにより、人工透析が実施されたが、開始後五分程度で心臓が停止し、昇圧剤の投与や心臓マッサージ、カウンターショック等の蘇生処置が施行されたが、心機能は再開せず、午後一時三五分、訴外Vの死亡が確認された。

 (7) 訴外V死亡後の経過

 ア 訴外V死亡後、丙山医局長は、医局員全員を招集し、被告X1を交えて緊急医局会議を開いた。被告X1及び医局員らは、全員、訴外Vの死因は硫酸ビンクリスチンの連続投与であるという認識であり、上記医局会議では、原告ら家族に対し、そのことをどう説明するかが専ら話し合われた。

 医局会議開始後二〇分程度で、原告ら家族に対する医局としての説明を、遺体の処置が終わった後に、霊安室で原告らが訴外Vの遺体と対面する際に行うことが決まるとともに、医局員全員の意見として、硫酸ビンクリスチンを連続投与した結果、訴外Vを死亡させたという事実を、原告ら家族に告げるべきであるとの意見がまとまったが、被告X1は、それを躊躇し、「何とかうまく説明できないか。」等と言って、上記事実を率直に原告ら家族に告げることの決心がつかなかった。これに対し、丙山医局長は、被告X1に対し、正直に言うべきだと何度も進言し、また、第二内科の前記訴外丙原医師も、「順序立てて正確に話すべきだ。」との意見を述べたが、被告X1は、「少し多かったという言い方でどうだろうか。」等と発言し、最後まで上記事実を原告ら家族に正直に話すという意思を見せなかったため、医局の結論として原告ら家族にいかなる説明をするかは決まらないまま、一時間程度で医局会議は終了した。

 医局会議終了後も、丙山医局長と被告X1は、同様の議論を続け、被告X1は、「いきなり七倍っていうのはまずいから、もう少し軟らかい表現の方がいいかな。」等と述べた。

 イ 医局会議が終了した後である午後三時ころから、被告X3及び被告X2は、耳鼻咽喉科のナースステーションで、死亡確認時刻のカルテへの記入や、投与薬品に対応する傷病名の記入、保険診療報酬請求手続に使用する病名通知書の作成等、訴外Vのカルテの整理を始めた。

 被告X3は、上記病名通知書を作成するに当たり、調査の結果、VAC療法が、横紋筋肉腫に対しては医療保険の適用があるが、滑膜肉腫に対する治療としては保険の適用外であると認識したことから、主病名として、滑膜肉腫の他に横紋筋肉腫と記載し、さらに、慢性胃炎、抗がん剤による嘔気、胃腸障害も記入した上、滑膜肉腫及び横紋筋肉腫と併せ、治療開始日を九月二五日と記載した。また、傷病名に急性気管支炎も記載し、治療開始日を九月二六日とした。

 ウ 被告X3は、訴外Vの死亡診断書を作成するに当たり、直接死因の欄に多臓器不全、その原因の欄に重症感染症と書き入れたものの、抗がん剤の過剰投与の事実をどの様に記載すべきかわからなかったことから、カルテを整理していた被告X2に尋ねた。しかし、被告X2も、その記載方法がわからないとした。

 被告X3は、その後、重症感染症の原因として滑膜肉腫と記入して死亡診断書を完成させ、そのコピーを取るため医局へ行った。被告X1は、医局において、被告X3が持っていた死亡診断書を見たが、何も言わずに返した。

 被告X3は、死亡診断書を訂正することなく、これを看護師に渡し、死亡診断書は、看護師を通じて、原告太郎に交付された。しかし、その後、看護師が、「死亡診断書は、入院費の精算と同時にお渡しします。」と言って、交付された死亡診断書を回収した。これに対し、原告太郎が、突然のことだったので持ち合わせがないと言ったところ、精算は後日にするとの約束で、再び、入退院窓口で交付された。

 被告大学においては、診療基本マニュアルが作成されており、それによれば、診療継続中の患者が診療に関わる疾病と関連しない原因により死亡した場合には、死亡診断書ではなく死体検案書を作成するものとされている。

 エ 午後四時ころ、被告丁原は、〇〇センターに戻り、被告X1を呼んでその後の経過を尋ねた。被告X1は、訴外Vが午後一時三五分に死亡したことを報告したが、被告丁原は、死亡診断書の確認をすることには考えが及ばず、また、直ちに司法解剖に委ねなければならないという意識もなかった。

 オ 午後五時ころ、医局に、訴外Vの遺体の処理が終わったとの連絡があり、被告X1及び医局員らで、原告ら家族への説明に向かうことになった。医局の部屋を出る際に、被告X1は、「丙川が簡単な病状を話せ。適当なところでストップをかけて、丙山先生に過剰投与を説明させる。」と言って、霊安室での説明における役割分担を決めた。これに対し、丙山医局長は、被告X1に対し、「抗がん剤が多かったことを説明してもいいですか。」と尋ねたが、被告X1は、これに答えなかった。

 説明は、霊安室の隣の部屋で行われたが、初めに、被告X1が、「このたびはこのようなことが起こりまして大変申し訳ございません。努力したが、お嬢さんを助けてあげられなかった。」と発言し、「丙川、勉強してやったんだろ。」と述べて、経過を被告X3から報告するよう促した。被告X3は、カルテを見ながら、抗がん剤の過剤投与には触れず、病状の経過を逐一述べていったが、その中で、「転移していたがんが抗がん剤によりはじけて、全身に回った可能性がある。」との説明をした。原告太郎は、骨・ガリウム両シンチグラム検査で転移がないとの結果を得ていたことから、被告X3のこの説明に疑問を抱き、被告X3にこの点を質したところ、被告X3は、「その検査は、大きさが二冊以上のがんでないとわからない。」と答えた。さらに、原告太郎が、訴外Vの全身状態が悪化していくのに抗がん剤の投与を続けたことについて質したところ、被告X3は、「私たちはデータを見てやっている。一〇月一日のデータは悪くなかった。一〇月三日は血小板が下がったので止めた。」と答えた。

 このとき、被告X1は、「その後の話は、丙山の方からありますから」と言って、丙山医局長に話を振った。原告花子が、丙山医局長に対し、「抗がん剤の量が多かったのではないですか。」と問いかけたが、丙山医局長は、被告X1が最後まで誤投与の内容を説明する意思を示していなかったことから、正確な説明をすることをためらい、「多かったです。」とのみ答えた。

 その後、原告太郎は、訴外Vの死因の説明を文書で出してほしいと思い、その場にいた医師らに対し、訴外Vの妹である原告竹子に説明するための文書が欲しいと希望した。これに対し、被告X1は、「じゃ、丙山先生書いてください。」と指示し、丙山医局長は、「丙川先生と書きます。」と言った。

 原告ら家族は、これらの説明に釈然としないものを感じながらも、訴外Vの死因が医療事故によるものであるとは全く認識しないまま、被告X3に対し、礼を述べて握手を求め、訴外Vの遺体を自宅へ運んだ。

 医局員らは、医局へ戻ったが、被告X2は、泣きながら、「丙川、悪かったな。俺がもっとちゃんと見ていればよかった。」等と言った。

 カ 霊安室の隣の部屋での説明が終了した後、被告丁原は、被告X1や被告X3らを秘書室に呼び、事故の内容を家族に正確に説明したか、病理解剖の申出は行ったかと尋ねた。被告X1は、「流れに沿って上手く話した。ご遺族には理解していただき、被告X3が頑張ったことを感謝していた。経過についての書類が欲しいそうだ。」と述べ、誤投与の内容は具体的に話していないし、病理解剖の話もしていないと報告した。これに対し、被告丁原は、被告X1を叱責し、すぐに遺族へ説明しなければならないと言って、被告乙野及び被告X1を伴い、原告ら宅へ説明に向かった。

 キ 被告丁原らは、午後七時ころ、原告ら宅へ到着し、被告丁原を中心として誤投与の内容を説明した。その中で、被告丁原は、原告ら宅へわざわざ説明に来た理由として、原告太郎が、診療所を有する丙林社に勤務しているので、死因を説明する文書につき、原告ら家族に事実関係を説明しておく必要を感じたと述べた。

 そして、被告丁原は、訴外Vの死因が誤投与にあることは認めるとした上、「大学としてきちっとしたい。」等と述べ、訴外Vの遺体の病理解剖をさせてほしいと申し入れたが、原告花子は、これ以上遺体を痛めつけるのはやめてほしいと言って断った。

 説明の途中、原告ら家族が、ソファに座っていた被告丁原に対して、正座の上謝罪するよう求めても、被告丁原は応じようとしなかった。また、原告らは、霊安室の隣の部屋での説明において、原告太郎からの質問にもかかわらず、誤投与の具体的内容及びそれが訴外Vの死因となったことに触れずに終了したこと、原告太郎の勤務先に言及した被告丁原の説明及び病理解剖の申入れから、被告らが訴外Vの死因を隠蔽しようとしているとの不信感を抱いた。

 なお、被告乙野が事故の具体的内容を知ったのは、このときが初めてであった。

 ク 原告らは、被告丁原らが帰った後である午後八時三〇分ころ、川越警察署へ、殺人被疑事件として通報した。

 甲原事務長は、被告丁原らが原告宅へ出発した後、〇〇センターで待機を命じられていたが、午後九時ころ、自らの判断で、川越警察署に対し、医療ミスにより患者が死亡する事故が発生したと通報した。

 ケ 一〇月八日、被告X3、被告X2及び被告X4は、丙山医局長と共に、原告ら宅へ謝罪に訪れた。原告太郎が、霊安室の隣室での説明において、医療ミスを隠したのではないかと追及すると、上記三被告ら及び丙山医局長は、「すみません。隠してました。」等と述べた。また、被告X4はずっとうつむいたままであり、被告X2はしかるべき処分に服したいと述べるなどしたが、被告X3は、今後については、「訴外Vのことを忘れないようにしたい。医者ができれば、肝に銘じて仕事をしたい。」と述べるなどした。原告らは、被告X3の態度に反省や謝罪の意を感じることができず、ますます怒りや不信感を募らせた。

 コ 同日、甲原事務長は、被告大学理事長の指示に基づき、埼玉県庁へ医療事故の報告をした。

 サ 一〇月一〇日、被告大学は、厚生省医薬安全局監視指導課、文部省高等教育局医学教育課大学病院指導室、埼玉県健康福祉部等の官公庁へ報告書を提出した。同日、被告大学は、緊急事故対策室及び事故調査委員会を設置した。

 シ 一〇月一一日、被告大学は、本件医療事故を発表する記者会見を開いた。その中で、被告乙野は、「病理解剖をお願い申し上げました。しかし、ご遺族の許可を得られませんでしたために、死亡事故として直ちに川越警察署に届出をいたしました。」と述べた。また、被告丁原及び被告X1は、記者の質問に対し、「医療過誤があったことは認めるが、それと訴外Vの死亡との因果関係はまだわからない。司法当局の鑑定を待って判断したい。」と述べた。

 ス 一〇月一八日、被告乙野及び甲原事務長が、〇〇センター代表として、原告ら宅を謝罪に訪れた。

 セ 一〇月二四日、被告X3は、弁護士に伴われて原告ら宅を訪れ、経過を説明すると共に、謝罪したが、原告らは、被告X3の反省や謝罪の意を感じ取ることができなかった。

 被告X3は、一二月九日にも、原告ら宅を訪れた。

 ソ 原告らは、平成一三年八月九日、被告大学を除く被告らを、業務上過失致死罪及び虚偽診断書作成・同行使罪で告訴した。

 被告X3、被告X2及び被告X1は、平成一四年一〇月一五日、業務上過失致死罪でさいたま地方裁判所に起訴され、同一五年三月二〇日、いずれも有罪判決を受けた。また、被告X4は、訴外Vに対する業務上過失致死被疑事件においては、不起訴処分となった。

 被告X1は、被告X2及び被告X3に対する虚偽診断書作成被疑事件は、被告X1については検察審査会の不起訴不当の議決を経たが、いずれも最終的に不起訴処分となった。

 タ 訴外Vの遺体には、躯幹部を中心に胡桃大、大豆大の大泡、手のひら大またはそれ以下の表皮の剥離がみられ、また、頸部の表皮は軽度の擦過で剥離した。

 司法解剖の結果、粘膜や各臓器には血流の阻害を示す点状出血が見られ、細胞が変性し、腫瘍臓器に機能不全を示す所見があり、それらの障害の存在する部分には、免疫組織化学的に硫酸ビンクリスチンが検出される等したことと、訴外Vに対して行われた診療の経過から、訴外Vの直接の死因は多臓器不全であり、その原因として、過剰に投与された硫酸ビンクリスチンの細胞毒性が最も考えられるとされた。

 (8) 訴外Vの救命可能性について

 ア 訴外Vの救命可能性について、前記〇〇センター救命救急センター教授の訴外丁山二夫医師は、訴外Vに対する業務上過失致死被疑事件の捜査の中で、警察官に対し、一〇月一日の時点で応援要請があれば、救命する自信があるが、同三日及び四日の応援要請については、治療してみないと分からない、同月五日以降の応援要請については、回復の見込みは薄いと考えると述べた。

 イ 東京大学医学教育国際協力研究センター教授で、抗がん剤を使用する頻度の多い血液内科を専門とする訴外北村聖医師は、上記捜査の中で、検察官に対し、訴外Vに対して行われた、一日二mgの硫酸ビンクリスチンの七日間連続投与は、体内の分解代謝機能によっては毒性を十分に低下させることができない投与であり、投与を中止した一〇月三日の時点では、もはや救命は不可能と考えると述べた。

 二 当裁判所の判断

 (1) 訴外Vの死因について

 前記認定事実によれば、訴外Vは、硫酸ビンクリスチンの過量投与によって引き起こされた多臓器不全によって死亡したものと認められることは明らかである。

 (2) 争点1について

 ア VAC療法を採用した過失について

 滑膜肉腫については、化学療法自体の必要性・有効性を否定するものが存在すること、本件で訴外Vの滑膜肉腫の治療法として採用されたVAC療法は、そのプロトコールがアメリカの横紋筋肉腫の法療方法として確立されたものであり、滑膜肉腫に対しては必ずしも治療法として一般的と認められているわけではないこと、原告らの依頼に基づき本件について私的鑑定を行った訴外並木恒夫医師及び同福島雅典医師は、いずれも、本件において化学療法ないしVAC療法の適応はないとしていることは、前記のとおりである。

 しかしながら、他方、本件においては、全身に存在する可能性のある転移巣を排除するための補助療法を行う必要があったものであるところ、化学療法は、悪性腫瘍に対する補助療法として、一応一般的に承認されているものであること、滑膜肉腫に対する治療方法は、未だ確立していないのが現状であり、本件において、VAC療法と称して投与が計画された薬剤による治療が行われた例も存在すること、軟部悪性腫瘍相互間で、化学療法の効果が同程度と考えることは必ずしも誤りとは言いきれないとされていること、いずれの抗がん剤も、肉腫に対して一定の効果が認められている薬剤であることも、前記認定のとおりである。

 これらを総合すると、滑膜肉腫に対してVAC療法を採用したこと自体は、誤りであるとは言い得ないから、訴外Vに対してVAC療法を選択したことが医学的に誤りであることを前提とする原告らの上記主張は、採用できない。

 イ 被告X3の過失について

  (ア) 原告らは、被告X3には、プロトコールを精読せず、硫酸ビンクリスチンの添付文書も読まなかった過失、訴外Vに対し、硫酸ビンクリスチンを過剰に誤投与した過失、及び、副作用を看過して救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失があると主張する。

  (イ) 前記認定のとおり、硫酸ビンクリスチンは、抗がん剤として、腫瘍細胞の増殖を抑える機能を有する反面、正常細胞に対する影響も大きく、使用に当たっては慎重な注意及び投与中も厳重な管理を要求される薬剤であったこと、被告X3は訴外Vの主治医であったが、滑膜肉腫についての研究をほとんどしていなかったことから、治療方針の決定を焦り、訴外丁川医師から授けられた手がかりを唯一のよりどころとして、VAC療法を実施すれば良いと考え、図書室で探し出した文献にVAC療法のプロトコールがあるのを発見したので、その内容を精読・検討することなく、また、使用される抗がん剤の効能や危険性、副作用等について、薬剤の添付文書を読む等の調査研究をしなかった結果、十分な知識もないまま、同プロトコールに従って投薬を行えば足りると考えたが、投薬頻度が週単位で記載されているのにそれを日単位であると軽々に誤解して、投薬計画を作成し、九月二七日から一〇月三日に至るまで、訴外丁田二江看護師の注意喚起を顧みることもなく、訴外Vに対し、硫酸ビンクリスチンの投与を継続したこと、訴外Vは、一〇月一日には歩行が困難となり 同一日には自力で起きあがれなくなるなど、重篤な神経障害を呈していたのに、副作用及びその対処の必要性について十分な知識を有していなかったために、通常の範囲内の副作用であろうと考えたのみで、何の対処もせず、投与を直ちに中止しなかったこと、一〇月三日または四日の時点では、可能性は小さいながらも、なお救命の可能性が残っていたのに、その投与を中止した後も、硫酸ビンクリスチンの細胞毒性により訴外Vに発現することが予想される全身状態の悪化、及びその管理の緊急かつ高度の必要性に考慮を払わず、一〇月三日に血小板輸血を行ったほかは、一〇月四日、濃流動食をチューブを通して流し込む処置をする等したのみで、自ら内科に対する応援依頼をしたのは、一〇月五日に訴外丁川医師の指示を受けてからであったこと、同月三日以降、訴外Vの症状が急激に悪化していくのに、訴外Vの観察すら十分に行っていないこと、訴外Vが死亡するまで、救命救急センターへ救命治療の依頼を行っていないことが認められる。

 そして、その結果、訴外Vに対して、硫酸ビンクリスチンが、一回当たりの最大投与量である二mgを七日間連続して投与されたことにより、訴外Vは、その細胞毒性により多臓器不全を発症して死に至ったものであることも、前記認定及び判断のとおりである。

  (ウ) 以上によれば、被告X3は、訴外Vの主治医として 同女に対し、身体に対する侵襲の大きい抗がん剤を使用した治療を行うに当たり、その危険性に対する認識、及び、その際に要求される注意を著しく欠き、極めて安易に誤った治療計画を立案・実行したものであるから 原告らの主張する各過失が認められる。

  (エ) 被告X3は、訴外Vの治療方法につき、被告X2及び被告X1の承認を得たので、承認を得た以上それ以上の調査研究をする必要はなかったと主張するが、上記(イ)に指摘した事実に照らせば、被告X3は、研修医と異なり独立して治療行為を行うことができる地位にあり、訴外Vの主治医として、治療計画の策定のみならず、それに引き続く治療計画の実施、さらには最終的な滑膜肉腫の治癒を目指した治療行為を行うべき立場にあったもので、治療計画につき上級医のチェックが不十分であったからといって、その過程における医師としての注意義務が減免されるものではないことは明らかであるから、同主張は採用できない。

 また、被告X3は、訴外丁田二江看護師から量が多いのではないかとの指摘を受けたことはないと主張するが、少なくとも看護師から投与量についての質問を受けたことは、関係各証拠から明らかであるところ、前記認定事実によれば、被告X3がこれを顧みなかったのは、抗がん剤である硫酸ビンクリスチンの危険性に対する認識を著しく欠き、十分な調査研究をしていなかったからにほかならないものと認められる。

 ウ 被告X2の責任について

  (ア) 原告らは、被告X2には、訴外Vに対しVAC療法を行うに当たり、その詳細について十分に調査研究及び確認すべき義務があるのにこれを怠った過失、訴外Vに対する硫酸ビンクリスチンの過剰投与を看過した過失、及び、副作用を看過して救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失があると主張する。

  (イ) 被告X2は 被告X3及び被告X4とともに、訴外Vの担当医として医療チームを組んでいたことには争いがなく、前記認定のとおり、〇〇センター耳鼻咽喉科では、各患者について、若手医師と経験の長い医師に研修医を加えた三人で医療チームを組み、治療方針・方法は、まず、当該チーム内で討議し、チームとしての方針を決め、それをさらに科長に上申して承諾を得、初めて患者に実施することになっていたこと、治療方針は、カンファレンスにおいて報告され、他の医局員の討議に供されることに一応なっていたとはいえ、治療着手前においては、カンファレンスでの討議を経ずに、科長の承諾を得るだけで済ませることもあったこと、被告X2は、当時医師として九年目で、訴外Vに対する医療チームにおいて、指導医という立場にあり、同チームの三人の医師の中で最も経験が長く、患者の容態や治療における問題点について、もっともよく評価しうる能力を備え、またそれを期待されていたこと、被告X3は、当時医師として五年目で、単独で治療を行うようになってからいまだ日が浅く、患者の治療に当たっては、知識や経験をより多く有する先輩医師の指導と助言が不可欠であったこと、滑膜肉腫は、耳鼻咽喉科全体でも臨床経験のないもので、中耳炎や蓄膿症等、ある程度定型的な治療方法が一般に知られている症例とは異なり、経験の少ない医師に全面的に任せられるようなものではなかったこと、被告X3からVAC療法として、硫酸ビンクリスチンの連日投与を告げられ、硫酸ビンクリスチンやVAC療法についての知識も経験もなかったにもかかわらず、これを調査することもせず、硫酸ビンクリスチン自体の危険性、また、その連日投与の危険性を認識せず、また、被告X3の提出したプロトコールの記載の確認を怠ったことから、被告X3の誤った投薬計画を漫然と承認したこと、被告X2は、九月二八日から夏期休暇を予定していたところ、被告X2は、その予定を当直表に記入したのみで、被告X3に明確に伝えず、同日以降も訴外Vに対して硫酸ビンクリスチンその他の抗がん剤が投与されることを知っていながら、すべて被告X3に任せきりにして、その間注意すべき症状や対処等について、被告X3と何らの協議もしなかったこと、一〇月三日、訴外Vが、重篤な神経症状である歩行困難を呈し、車椅子で移動していた様子を見たが、硫酸ビンクリスチンの副作用及び対処の必要性について正確な知識を有していなかったため、被告X3に投与中止を告げられたことに安心し、一〇月六日に過剰投与が判明するまで、自ら積極的な治療を検討・実施せず、訴外Vの観察すら十分にしなかったことが認められる。

  (ウ) 被告X2は、訴外Vを担当する医師として、医局内の他の医師に比して格段に重い注意義務を負い、かつ、単なる監督にとどまらず、被告X3と並んで訴外Vを観察し、主体的に治療を行う義務があったと解すべきところ、上記の事実関係に照らせば、被告X2がその義務を怠ったことは明らかであり、その結果、被告X3の誤った過剰誤投与計画が遂行され、副作用に対する適切な処置も取られないままに、訴外Vを死亡するに至らせたのであるから、被告X2には、原告らが主張する各過失が認められる。

  (エ) 被告X2及び被告大学らは、被告X2の責任につき、多くの医療従事者が関与する高度医療において悪しき結果が発生したときは、全体の診療について考えるべきであり、「その方針の決定に関与しかつこれを統括していた者」に責任を集中すべきであるところ、被告X2は、被告X3と手術日が一致したから医療チームに加わったが、途中までは県立がんセンターに転医したと思っており、その後も休暇を予定していたので、手術指導、術後管理はできないことについて、訴外丙山医局長の事前の了解を得ていたとした上、たまたま医療チームの一員であったからといって責任を問われるべきではないと主張する。

 しかしながら、同主張のうち、多くの医療従事者が関与する高度医療の場合、「その方針の決定に関与しかつこれを統括していた者」に責任を集中すべきであり、個々の医療従事者の責任は否定すべきとする部分は、被告X2が訴外Vに対する医療チームにおいて、被告X3と並び、医師として治療行為を主導し、その内容をチェックすべき立場にあったことからすれば、採用できない。また、休暇を取ること自体は責められるべきことではないが、前記のとおり、被告X2は、九月一八日ころ、被告X3に言われて〇〇センターで訴外Vの治療を引き受けることを認識した後及び休暇の前後において、可能であった調査研究、治療方法の確認、被告X3に対する指導等を著しく怠っていたのであるから、被告X2の前記主張は、上記判断を左右しない。

 エ 被告X1の過失について

  (ア) 原告らは、被告X1においては、診療科長として、訴外Vに対する誤ったVAC療法の治療計画に承認を与えた過失、訴外Vに対する硫酸ビンクリスチンの過剰投与を看過した過失、及び、副作用を看過して救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失があると主張する。

  (イ) 前記認定のとおり、被告X1は、〇〇センター耳鼻咽喉科科長として、耳鼻咽喉科の診療業務に関し最高責任者の立場にあったこと、耳鼻咽喉科における手術や治療方法の決定は、科長である被告X1の承認を得なければ実施することが許されなかったこと、被告X1は、滑膜肉腫の治療経験がなく、また、自ら硫酸ビンクリスチンを使用した経験も、VAC療法を行った経験もなかったこと、硫酸ビンクリスチンは、身体に対する侵襲の程度が大きく、使用に当たっては慎重な注意及び投与中も厳重な管理を要求される薬剤であったこと、被告X1は、訴外Vの治療としてVAC療法を行いたいとの上申に対して承認をした際、硫酸ビンクリスチンを初めとする抗がん剤の効能や副作用等について十分な知識がなく、また、被告X3の計画した具体的な投薬内容や検討過程を把握しないままであったこと、九月二八日の教授回診及びカンファレンスの際も、治療内容について実質的な検討を行わなかったこと、一〇月初旬に訴外子が車椅子に乗っている姿を目撃した際も、副作用及びその対処法に関する知識が不十分であったため 訴外Vに行うべき診療に関して何らの指示も行わなかったこと、その結果、訴外Vに対する誤った抗がん剤治療計画が遂行され、訴外Vが死亡するに至ったことが認められる。

  (ウ) これらの事実によれば、被告X1は、診療業務の最高責任者として、個々の患者の生命・身体に対する危険を防止すべく、治療の具体的内容にわたり、間違いのないように監督する義務を負っていたものであるところ、訴外Vに行われようとする治療が、生命に危険を及ぼしかねない抗がん剤治療であることを認識していた上、被告X1は、科長としての権限に基づき、個々の患者に対する治療をコントロールし得たのであるから、被告X1がその危険性を認識し、各薬剤の副作用等を含めた内容について自ら十分に理解し、確認していれば、訴外Vに対する過剰投与は防ぐことができ、また、副作用についても適切な処置が行われた可能性があるのであって、被告X1には、原告らの主張する各過失が認められる。

  (エ) 被告X1は、その責任に関し、以下のとおり主張するので、検討する。

  (1) 別紙一第一(被告X1の主張)四(1)及び(4)について

  a 被告X1は、その注意義務の程度について、その仕事が多忙を極めており、また、医師国家試験に合格した医師が主治医についている以上、治療行為に関する監督は概括的なもので足り、また、稀な症例に対してはより高度の注意義務が課されるとしても、薬の投与量は主治医に任せてよい範囲の事項であって、それを間違えていないかということまでチェックする義務はないと主張する。

  b しかしながら、診療業務の最高責任者として、患者の生命を預かる立場にいる以上、科長は、患者の生命・身体を保護するのに必要十分な注意をすべき義務を負うと解すべきであり、そのために、実際に治療行為に当たる医師らに対する指導権限を有しているのであるから、生命に危険を及ぼすべき治療行為については、自らも十分にその内容を理解した上、患者の容態を注視することが必要であり、本件の抗がん剤治療のように、量について厳密なコントロールが必要とされる医療については、投与量のチェックの具体的把握、確認も、科長としての注意義務に含まれると解すべきである。

  c 被告X1は、(イ)医療過誤の勉強会を開いたこと、(ロ)被告X3に対して県立がんセンターに相談するよう指示したこと、(ハ)本件の化学療法において量を間違えるなという指示をしていたこと、(ニ)常々、分からないことについては申し上げをするように指示していたことをもって、科長としての概括的監督義務を果たしていたとする。

 仮にこれらの各事実を前提としても、前認定のとおり、訴外Vが重篤な状態に陥った後の主な対症療法が、医局内の複数の医師が関わっているにもかかわらず、すべて被告X1に対する事前の報告なしに行われていたこと等からすると、よほどのことがない限り、被告X1に対する相談・報告は行われないのが常態であったものと推認されることなどからして、上記(イ)ないし(ニ)の行為だけで、患者の生命・身体を守るに十分であったとは到底いえない。

  d また、被告X1は、医療チームの医師の誰からも、訴外Vに対して副作用が強く出ているとの申し上げを受けていないので、副作用に関する注意義務の前提がないと主張するが、既述のとおり、訴外Vに行われることになったVAC療法については、自ら経験がないだけでなく、〇〇センター耳鼻咽喉科においても全く経験がない上、身体に対する侵襲の度合いが大きく、副作用が激しく出現する可能性もあって、生命に危険を及ぼす可能性が大きいものであることは了知していたのであるから、単に医師らからの申し上げを待つだけではなく、自ら注意を払うほか、主治医その他の担当医に対し、自らその具体的報告を求める等の必要があったというべきである。

  e 以上によれば、被告X1の上記各主張は採用できない。

  (2) 別紙一第一(被告X1の主張)四(3)について

 被告X1は、滑膜肉腫について調査し、症例を入手してその写しを被告X3に交付したほか、治療方針について県立がんセンターと相談するよう指示をしたとして、治療方法の調査の懈怠はなかったと主張する。

 しかしながら、被告X1が、訴外Vの治療について把握していたことは、悪性肉腫一般についてVAC療法という化学療法が存在するということのほか、抗がん剤の副作用として発現する症状の一般的な知識のみであり、自らの医師としての経歴の中でも、また、〇〇センター耳鼻咽喉科においても、臨床経験のない滑膜肉腫の治療法について、十分な研究をしていたとは言いがたい。また、被告X3に対して県立がんセンターに相談するようにとの指示をしたと認めるに足りる証拠はない。

 以上によれば、被告X1の上記主張は、失当である。

  (3) 別紙一第一(被告X1の主張)五について

  a 被告X1は、被告X3が、プロトコールを読み違えたり、硫酸ビンクリスチンの医薬品添付文書を読まないなどという、医師としての基本的注意義務に反した過失行為を行い、また、指導医である被告X2もそれを看過するという事態は、通常あり得ないことで、被告X1にとって到底予見できないものであり、また、被告X1が事前に被告X3の投与計画やカルテを確認しなかったこととの間に相当因果関係がないと主張する。

  b しかしながら、不法行為上の過失の要件としての予見可能性は、通常払うべき注意義務を尽くしたならば、結果の発生が予見し得たか否かを問題にするものであるところ、既述のとおり、被告X1は、科長として尽くすべき注意義務を怠っていること、そして、被告X1が、事前に投与薬剤について十分な知識及び理解を得、被告X3の投与計画を確認していれば、その誤りを当然発見し得たはずであり、また、訴外Vに発現した副作用に対する処置の遅れを防ぎ得たものであることは明らかであるから、上記予見可能性及び相当因果関係の不存在の主張は、採用できない。

 オ 被告X4の過失について

  (ア) 原告らは、被告X4において、VAC療法及び使用する抗がん剤についての調査研究の懈怠、及びこれにより抗がん剤の過剰投与を看過した過失、硫酸ビンクリスチンを誤って過剰に投与した過失、副作用を看過し、救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失があると主張する。

  (イ) 被告X4は、訴外Vの治療においては研修医という立場にあったことは争いがないところ、前記認定のとおり、研修医は、医師免許を取得後二年を経過しない者で、その知識や経験はいまだ不十分であるとして、単独診療が禁止され、治療方針を決める権限を有しなかったこと、その仕事の内容は、患者の観察及びカルテへの記入(記録)のほかは、先輩医師の指示の実行としての投薬その他の処置、ないしは先輩医師の指示が正しく実行されているかを確認することが主であったこと、被告X4ら研修医の医療チームへの参加は、それ以外の医師らとは異なり、手術日の組み合わせによって自動的に決まるのではなく、上級医のランダムな指名によって決められていたこと、本件において被告X4は、訴外Vの治療をともに担当する先輩医師である被告X3の指示に従って、訴外Vに対する各治療行為を行い、被告X3の指示を前提として、訴外Vの観察をしていたこと、副作用が発現し始めた後の処置も、丁川医師や丙山医局長等の先輩医師の指示を仰ぎ、それに従っていることが認められる。

 これらの事実関係を前提とすれば、〇〇センター耳鼻咽喉科における研修医は、先輩医師の指導を実行していく過程で得る経験を積むことによって、医師として必要な知見を養う時期にある者であって、医師として治療方針の決定に主体的に参画するという役割は、期待されていなかったものである。

 もっとも、前記認定によれば、被告X4は、訴外Vに対する医療チームの一員として名を連ねていたこと、VAC療法及び滑膜肉腫に関して、自ら積極的に勉強しなかったことは認められ、また、被告X4がVAC療法あるいは硫酸ビンクリスチンについて調査研究を行っていれば、訴外Vに対する抗がん剤の投与計画の誤りを発見できた可能性も否定はできないが、上記のような研修医の従属的立場や、治療方針が実質的には専ら研修医以外の医師らによって決せられていたことからすれば、被告X4が、本件において、訴外Vの死亡について法的責任を負う立場にあったとは認められない。

 したがって、被告X4の不法行為責任に関する原告らの主張は、採用できない。

 力 以上によれば、被告X3、被告X2及び被告X1には、原告らの主張する各過失が認められ、訴外Vの死亡につき不法行為による損害賠償責任を負うものであるところ、上記各被告らは、いずれも、被告大学に医師として雇用されていた者であり、本件医療事故は、その「事業ノ執行ニ付キ」生じたものであることは明らかであるから、被告大学は、使用者として、上記各被告らと連帯して、その不法行為により生じた損害を賠償する責任を負う。

 (3) 争点2について

 ア 訴外V自身に生じた損害について

  (ア) 前記のとおり、訴外Vは、本件医療事故により死亡した当時、一六歳であり、私立戊川高等学校二年生であったものである。これを前提に訴外Vの各損害を算定すると、以下のとおりである。

  (1) 逸失利益 四〇三五万四〇一〇円

 基礎年収を、平成一二年度女子全労働者平均年収三四九万八二〇〇円、生活費控除率を三〇%とし、利率を五パーセントとして中間利息を控除するのが相当である。

 就業終了六七歳-死亡時一六歳=五一年間に対応するライプニツツ係数一八・三三八九

 就業開始一八歳-死亡時一六歳=二年間に対応するライプニッツ係数一・八五九四

(計算式)

 三、四九八、二〇〇×(一-〇・三)×(一八・三三八九-一・八五九四)=四〇、三五四、〇一〇

  a 原告らは、基礎年収につき、全労働者平均賃金または大卒女子労働者全年齢平均賃金を用いるべきであると主張し、《証拠略》によれば、訴外Vの在学していた私立戊川高等学校は、その卒業生の相当部分が大学に進学していることが認められるが、なお、訴外Vが、上記全労働者平均賃金ないし大卒女子労働者全年齢平均賃金を得ることができた蓋然性があるとは認めるに足りない。

  b また、原告らは、中間利息につき、これを三パーセントとして控除すべきであると主張するが、約五〇年の長期にわたる利率の変動を正確に予測することは困難であり、また、これを三パーセントで計算すべき特段の事情があるとも認められないので、採用できない。

  c 訴外Vの予後につき、被告X1は、訴外Vが滑膜肉腫に罹患していたので、平均余命まで生きられた可能性は低く、平均余命を前提に損害額を算定すべきではないと主張する。

 滑膜肉腫については、一般的に、肺に転移しやすく、予後は不良とされ、一般的生存率としては、「整形外科・病理 悪性軟部腫瘍取扱い規約」(日本整形外科学会骨・軟部腫瘍委員会編)では、「五年生存率は五〇~六〇%前後であるが、一〇年生存率は急激に落ちる。組織型と予後との間には明らかな関係はないが、低分化性のものの方が悪い。」とされ、国立がんセンターホームページでは、「(生存率)五年生存率をみると、滑膜肉腫九一・七%でした。」等とされている。

 他方、前記認定のとおり、滑膜肉腫が悪性軟部腫瘍とされながら、長期生存例が見られ、近時、滑膜肉腫の予後因子の抽出を目的とする研究が相当数発表され、それらにおいては、患者の年齢、腫瘍の大きさ、手術方式(広範切除か辺縁切除か、四肢に発生した場合には切断術が行われたか)、術前・術後補助療法の有無・種類、腫瘍細胞の形状、腫瘍の壊死の有無等に着目した統計学的分析が行われていること、手術技術その他の治療技術の向上により、生存率が次第に改善されており(甲四一の三六添付「滑膜肉腫の治療と予後因子について」)、「二五歳未満の患者の生存率は、五年及び一〇年生存率がともに約八〇パーセント、一五年生存率が約七〇パーセント、二〇年生存率が約六〇パーセントであった。」とか、「腫瘍が五cm未満の患者の生存率は、五年生存率が八〇パーセント強、一〇年及び一五年生存率が八〇パーセント弱、二〇年生存率が約六〇パーセントであった。」等の報告がされていて、滑膜肉腫は、肺へ転移しやすく、腫瘍部位の局所コントロール(再発防止)と十分な全身療法が必要な疾患ではあるが、その長期間の生存率は必ずしも低いとはいえない上、前記のとおり、訴外Vが一六歳であったこと、腫瘍が四cm大であったこと、核分裂像が一〇hpf当たり一ないし二であったこと、転移が発見されていなかったことを考えれば、その生存率は高くなるものと推測されるので、訴外Vが平均余命まで生存し、六七歳まで就労する蓋然性は高いものと推認される。

 以上によれば、上記被告X1の主張は、採用できない。

  (2) 慰謝料      二五〇〇万円

 訴外Vは、いまだ若年でその将来も長く、夢や希望に満ち、日々の高校生活を送っていたものであるところ、滑膜肉腫との診断を受けてから、〇〇センターを大学病院であると信頼して、苦痛を伴う抗がん剤治療にも積極的に取り組もうとしていたのに、前記被告らの著しい注意義務違反により、苦しみの中で死を余儀なくされたものである。

 これらの事情からすれば、訴外Vの死亡慰謝料は、二五〇〇万円が相当と認められる。

  (3) 弁護士費用     六五〇万円

  (4) 小計   七一八五万四〇一〇円

  (5) 相続

 訴外Vの死亡に伴い、その両親である原告太郎及び原告花子が、上記損害賠償請求権を各自二分の一の割合で相続した。

 イ 原告の損害について

  (ア) 原告太郎の損害三九二二万七〇〇五円

  (1) 慰謝料       一五〇万円

 原告太郎は、長女である訴外Vが滑膜肉腫と診断されたことを案じ、治療を早期に開始して訴外Vの予後を少しでも良くしたいとして、自らの判断で、県立がんセンターでの治療ではなく、〇〇センターを信頼してその治療を任せたものであるところ、前記被告らの著しい注意義務違反により、愛娘である訴外Vを、悲惨な状況の中で失うことになったものである等、その他諸般の事情を総合勘案して、訴外Vに対する前記慰謝料に加え、その固有の精神的苦痛を慰謝すべき金額として、一五〇万円を相当と認める。

  (2) 葬儀費用      一五〇万円

  (3) 弁護士費用      三〇万円

  (4) 小計        三三〇万円

  (5) 相続   三五九二万七〇〇五円

 上記のとおり、訴外Vの死亡に伴い、同訴外人の損害賠償請求権を二分の一の割合で相続したものである。

  (6) 合計   三九二二万七〇〇五円

  (イ) 原告花子 三七五七万七〇〇五円

  (1) 慰謝料       一五〇万円

 原告花子は、原告太郎同様、慈しみ育ててきた長女である訴外Vを、十分な治療能力があると信じて前記被告らに治療を委ねたのに、被告らの著しい注意義務違反によってその信頼を裏切られ、訴外Vが甚だしい苦しみの中で命を落とすのを見ていなければならなかったものであるので、前記原告太郎と同様に、その同有の精神的苦痛を慰謝すべき金額として、一五〇万円を認める。

  (2) 弁護士費用     一五万円

  (3) 小計        一六五万円

  (4) 相続   三五九二万七〇〇五円

 上記のとおり、訴外Vの死亡に伴い、同訴外人の損害賠償請求権を二分の一の割合で相続したものである。

  (5) 合計   三七五七万七〇〇五円

  (ウ) 原告竹子

 原告竹子は、訴外Vの妹であり、民法七一一条所定の者に該当しない。また、原告ら主張の各事実関係を前提としても、原告竹子が、訴外Vとの間で、同条所定の者と実質的に同視し得べき身分関係があったとまでは認められず、原告竹子に同条を類推適用すべきとの原告らの主張は、採用できない。

 よって、原告竹子の慰謝料請求は、理由がない。

 (4) 争点3について

 ア 医療契約は、患者に対する適切な医療行為の供給を目的とする準委任契約であって、医療行為は高度の専門性を有するものであるから、委任者である患者は、医師らの説明によらなければ、治療内容等を把握することが困難であること、医療行為が身体に対する侵襲を伴うものであり、医師らとの間に高度の信頼関係が醸成される必要があること等のことから、医療契約における受任者である医療機関は、その履行補助者である医師らを通じ、信義則上、医療契約上の付随義務として、患者に対し、適時、適切な方法により、その診療経過や治療内容等につき説明する義務を負うものと解すべきである。また、医療機関による治療後に患者が死亡し、その遺族ないしそれに準ずる者らから患者の死亡した経緯・理由につきその説明を求められたときは、医療機関は、信義則上、患者の遺族等に対し、その説明をする義務を原則として負うものと解するのが相当である。

 これらの説明義務は、医療契約の主たる目的が適切な医療の供給にあることに照らし、上記のとおり信義則を根拠とする付随的な契約責任の一内容であるが、患者ないしその遺族等は、これに対応する権利を有していると解すべきであるから、当該説明が、患者に対する害意に基づいて、ことさらに患者の不安を煽る目的・態様で行われたり、また、患者の死因が医療機関側の不手際であるのに、その事実をことさらに隠蔽することによりその責任を免れる目的で、積極的に虚偽の説明をした上証拠を隠滅するなどし、その結果真相の究明が著しく困難となるなど、当該説明義務違反の態様が、医師としての地位を故意に濫用し、患者ないし遺族等に対する加害目的、あるいは積極的に死因を隠蔽する目的の下に行われたものと認めるべき事情、ないしはこれに準ずる事情があり、医療機関が、故意または過失により、信義則に反し、違法にこれらの説明義務を怠ったものと評価される場合には、患者ないしその遺族等の権利を違法に侵害したものとして、不法行為が成立すると解すべきである。

 また、死亡診断書は、死因に関する医師の見解を示すものである点において、遺族等に対する上記説明と性質を同じくするものであるから、それに虚偽の記載をする行為が遺族等に対する不法行為を構成するためには、上記説明義務違反と同様に、医師としての地位を故意に濫用し、積極的に死因の隠蔽を図る意図の下に行われたものと認めるべき事情、ないしはそれに準じて、故意または過失により、信義則に反して違法に行われたものと評価すべき事情を要するというべきである。

 イ(ア) 本件において、被告大学と訴外V(法定代理人原告太郎及び原告花子)が、七月一〇日の段階で医療契約を締結したことは、争いがない。

  (イ) 前記認定によれば、被告X3が本件医療事故を認識したのは一〇月六日の夕方であるから、それ以前に被告X3が医療事故を認識しながらその説明を怠ったとする原告らの主張(別紙一第三(原告らの主張)三(1)ア)は、その前提を欠き、採用できない。

  (ウ) 次に、本件医療事故が判明した一〇月六日以降、訴外Vが死亡するまでの状況(別紙一第三(原告らの主張)三(1)イ、(2)ア、(3)ア)についてみると、前記認定のとおり、被告X2及び被告X3は、事故判明後、ミスのあまりの大きさに相当動揺しており、救命治療を焦るあまり、訴外Vの父母である原告太郎及び原告花子に対する説明を行うまでの精神的余裕がなかったこと、被告X3が説明を行わなかったのは、原告太郎及び原告花子に対する本件医療事故の説明の必要性を被告X2に打診したが、被告X2からそれを止められたことによるものであること、甲原事務長は、被告X1から医療事故の報告を受けた時点で、被告大学の方針として、速やかに家族に説明するとの方針を決め、これを被告X1ほかの医師らに指示していたこと、被告X1は、本件医療事故判明後、事故の大きさに驚愕するあまり、その説明を行う勇気が出なかったために、甲原事務長の指示にもかかわらず、説明をためらっているうちに訴外Vが死亡したこと、被告丁原は、訴外Vの死亡後、霊安室で不十分な説明しかしていなかった被告X1を叱責し、直ちに原告らへの説明に着手したこと、被告乙野が本件医療事故の具体的内容を知ったのは、訴外Vの死亡後であり、また、院長の上位に位置する所長である被告丁原が、本件医療事故が判明した当初からその知らせを受けたので、それに対応する行動をしていたこと等の事情が認められる。

 これらの事情からすれば、被告X3、被告X2、被告丁原及び被告乙野において、ことさらに本件医療事故を隠蔽して責任を免れようと企て、原告らに本件医療事故の説明を行わなかったものとは認められず、他に、上記被告らにおいて、前記評価すべき事情を認めるに足りる証拠はない。

  (エ) さらに、訴外Vが死亡した後の状況(別紙一第三(原告らの主張)三(1)ウ、(2)イ、(3)イ)についてみると、前記認定のとおり、被告X1を含む医局員らは全員、訴外Vが死亡した原因は、硫酸ビンクリスチンの過剰投与であることを認識していたこと、訴外V死亡直後の医局会議では、被告X3及び被告X2を含む医局員らは、本件医療事故を原告ら家族に説明すべきとの意見でまとまったにもかかわらず、被告X1がただ一人、事故の大きさを恐れて、丙山医局長から再三にわたって説得されてもなお、正直な説明をする決心がつかなかったこと、医局のトップである科長である被告X1がそのような状態だったがゆえに、霊安室の隣の部屋での説明においては、被告X3及び丙山医局長をはじめとして、正確な説明をすることができなかったこと、被告丁原は、訴外Vの死因が、硫酸ビンクリスチンの過剰投与による副作用と認識していたが、霊安室の隣の部屋での説明に関する被告X1の報告を聞き、直ちに原告らへ説明する必要があるとして、霊安室の隣の部屋での説明が終了してからごく短時間のうちに、原告ら宅へ赴き、医療事故の内容を具体的に説明したことが認められる。

 これらの事情からすれば、訴外Vの死因に関する説明は、当初、被告X1が不適切な説明をしたものの、それは被告X1が本件医療過誤の大きさに驚くあまり、冷静な判断力を失っていたことによるものであり、積極的に医療過誤を隠蔽する意図に基づいて行ったものではないし、また、被告丁原らは、被告X1の不十分な説明に対し、直ちに行動を起こし、原告らに対して真の死因に関する具体的な説明を行った結果、短時間のうちに原告らの誤解は解消されているのであるから、死因の説明義務を怠ったとまではいえないし、さらに、上記被告らに、前記評価をすべき事情を認めることもできない。

  (オ) 被告丁原において病理解剖を申し出たことは前記認定のとおりであるが、被告丁原は、病理解剖を申し出る前に医療事故の内容を告知していること、病理解剖の途中で司法解剖に切り替わる例が皆無ではないこと、本件医療事故後、〇〇センター内部で行われた調査において、被告丁原が、医療事故により死亡したことが明確である場合に、病院で病理解剖を行うことが不適切であることを認識していなかったことが判明していることからすれば、これが死因の隠蔽の積極的な意図のあらわれではなかったことは明らかであり、病理解剖を迫ったことが不法行為となるとする原告らの主張(別紙一第三(原告らの主張)三(3)ウ(イ))は、採用できない。

 さらに、警察への届出を原告らに対する説明後まで留保していた点についても、甲原事務長が、被告丁原らの指示を待たずに、自己の判断で警察へ届け出ていることは、前記認定のとおりである。

  (カ) 以上によれば、病状説明及び死因説明義務違反を不法行為とする原告らの主張は、採用できない。

 ウ 虚偽診断書作成について(別紙一第三(原告らの主張)三(1)エ、(2)ウ、(3)ウ(ア))

 被告X3が作成した、訴外Vの死因を滑膜肉腫とする死亡診断書は、訴外V死亡当時の被告X3、被告X2及び被告X1の認識からしても虚偽のものといえるが、その作成過程では、被告X3に対し、死因として硫酸ビンクリスチンの過剰投与を記載してはならないと積極的に指示した者はないこと、被告X1、被告X2及び被告X3に対する虚偽診断書作成被疑事件は、いずれも不起訴処分となっていること、及び、上記イ(ウ)で述べた事情からしても、本件における虚偽診断書の作成が、死因の隠蔽を図る積極的な意図に基づくものとは認められないし、他に前記評価をすべき事情を認めることもできない。

 また、被告丁原及び被告乙野が、上記虚偽診断書の作成に関与し、あるいは、死因の隠蔽を図る積極的な意図をもって、虚偽の診断書の作成・交付を放置したと認めるに足りる証拠はないし、他に前記評価をすべき事情を認めることもできない。

 これらの事情からすれば、被告X3、被告X1、被告丁原及び被告乙野において、上記診断書を作成した行為が、原告らに対する不法行為を構成すると解することはできない。

 エ 以上によれば、争点3に関する原告らの主張は、その余の点を検討するまでもなく、採用できず、説明義務違反及び死因の隠蔽を内容とする不法行為に基づく原告らの請求は、いずれも理由がない。

第四 結論

 以上の認定及び判断の結果によると、原告太郎の請求は、被告X3、被告X2、被告X1及び被告大学に対し、連帯して、金三九二二万七〇〇五円及びこれに対する不法行為の日の後である平成一二年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告花子の請求は、被告X3、被告X2、被告X1及び被告大学に対し、連帯して、金三七五七万七〇〇五円及びこれに対する不法行為の日の後である平成一二年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、両原告の上記被告らに対するその余の各請求及び被告X4、被告丁原及び被告乙野に対する各請求並びに原告竹子の各請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 廣田民生 裁判官 大工強 上原三佳)

 別紙一 争点及び当事者の主張

 第一 争点1(本件医療事故における、各被告らの不法行為責任の存否)

 (原告らの主張)

 一 訴外Vに対する治療及び死亡について(各被告らの責任の前提となる事実)

 (1) 訴外Vの直接の死因は、多臓器不全であり、その原因は、敗血症である。そして、この敗血症は、抗がん剤である硫酸ビンクリスチンが連続投与され、その副作用として骨髄抑制が起こり、感染症から発症したものである。

 したがって、訴外Vは、硫酸ビンクリスチンの過剰投与という医療過誤によって死亡したものである。

 (2) 訴外Vに対し採られるべきであった治療方法

 ア 一般に、悪性腫瘍が疑われる患者に対しては、良性・悪性の診断、悪性の場合は病期の決定、最適な治療の実施、という過程を経て治療を行うべきであり、本件訴外Vに対しては、顎下腫瘤に対する一般的な診断過程に従い、以下の手順で診断・治療すべきであった。

  (ア) 頸部の精密な触診により、当該腫瘤と周辺組織との関係、リンパ節腫大の有無を確認する。

  (イ) 口腔、咽頭、喉頭を精査し、原発巣の有無を検索する。

  (ウ) 末梢血液検査

  (エ) CT及び/またはMRI検査

  (オ) 穿刺細胞診またはバイオプシー検査(生検)による病理組織診断

 上記のとおり、正しくは、事前の生検によって、良悪性の別を含めた病理組織像を明らかにした上、摘出手術自体の可否や、摘出手術におけるリンパ節郭清の要否など、重要な治療方針を決定すべきであった。また、事前の生検を省略したとしても、摘出手術の最中に、迅速病理診断を行い、その結果から、リンパ節郭清の要否を判断すべきであった。

 にもかかわらず、本件においては、事前の生検(上記(オ))が行われないまま、腫瘍摘出手術が行われ、術中の迅速病理診断も行われなかった結果、手術後になってから、再発の危険性や頸部郭清の必要性を指摘され、骨シンチグラム等転移確認検査を実施するに至っているのであり、摘出手術に至る手順は、悪性の疑われる腫瘍に対する標準的診断・治療方法とはいえない、中途半端かつ不十分なものである。

 イ 滑膜肉腫に対する第一の治療法は、外科的手術により、広汎に周辺組織を切除し、腫瘍を完全に切除することである。そして、手術部位の断端や、所属リンパ節に腫瘍の存在が疑われる場合には、術後に放射線療法を行うべきである。

 医学上も、術後放射線療法は、滑膜肉腫の局所制御に有効であるとか、統計的に有意義であるとする報告がされている。

 ウ 滑膜肉腫に対して補助療法として行われる化学療法は、患者の生存率に対して明らかな影響がなく、医学的に根拠がない。また、VAC療法は、横紋筋肉腫に対する治療法であって、滑膜肉腫に対する標準的な治療法ではない。

 エ 以上によれば、訴外Vに対しては、腫瘍の切除とリンパ節郭清を行った上、術後放射線療法を実施すべきであったのであるから、術後化学療法を選択したこと、及びVAC療法の実施は、医学的に誤りである。

 (3) 救命治療の懈怠

 訴外Vには、九月二七日の硫酸ビンクリスチンの投与開始後から、食欲の低下、吐き気、全身倦怠感、顔色不良、全身関節痛、手指のしびれ等抗がん剤の副作用と思われる明らかに異常な症状が現れており、訴外Vのこれらの所見に照らせば、医師であれば、一〇月一日には、これが通常の副作用の範囲を超えていると判断し、同日において抗がん剤の投与を中止すべきであった。

 また、同日に救急治療を開始すれば、訴外Vの救命は十分に可能であったのであるから、被告らとしては、同日に抗がん剤の投与を中止した上、速やかに救命救急部門に訴外Vの診療を委ねるべきであった。

 にもかかわらず、被告らはこれを怠り、救命の機会を逸し、訴外Vを死亡させた。

 二 被告X3の責任について

 (1) 治療担当チームとしての責任

 被告X3は、医局員の中から訴外Vの治療を担当するチームとして選ばれた一員であり、被告X2及び被告X4と協力して、訴外Vに対し適切な治療が実施されるよう努めるべき注意義務を負っていた。

 (2) 訴外Vに対し、VAC療法を採用した過失

 被告X3は、訴外Vの主治医という立場にあり、滑膜肉腫及びその治療方法について、最も綿密かつ周到な文献検索、また、悪性腫瘍治療の専門医に対する相談等、調査検討を尽くし、訴外Vに対して最も効果的で安全性の高い治療法を選択すべき注意義務を負っていた。にもかかわらず、被告X3は、これを怠り、標準的な治療法とは異なる手順で摘出手術から治療を開始し、その後、適応のない化学療法を行うという誤った選択をした。

 (3) プロトコールを精読せず、硫酸ビンクリスチンの添付文書も読まなかった過失

 被告X3は、訴外Vの主治医として、化学療法であるVAC療法を採用する以上、その投与方法につき、文献や当該抗がん剤の添付文書を精読して十分に確認し、抗がん剤の副作用によって、訴外Vの生命に及ぶ危険を防止すべき注意義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告X3は、これを怠り、被告大学の図書館で見つけた医学文献の中から、横紋筋肉腫に対する化学療法のプロトコール(本件プロトコール)をコピーして訴外Vのカルテに貼り付けたものの、精読せず、また、硫酸ビンクリスチンの添付文書も読まなかった。

 (4) 訴外Vに対し、硫酸ビンクリスチンを過剰に誤投与した過失

 被告X3は、硫酸ビンクリスチンの投与方法につき正確な知識を欠いたまま、漠然と本件プロトコールの記載に目を通したが、その際、一週間に一度投与すべきところを毎日投与するものと誤解し、その誤解に基づいたまま、誤ったプロトコールを前提として、九月二七日、訴外Vに対する硫酸ビンクリスチンの投与を開始し、一〇月三日までの七日間にわたり、これを継続した。

 しかも、被告X3は、九月二七日、丁田二江看護師から、硫酸ビンクリスチンの量が多いのではないかとの指摘を受けながらこれに注意を払わず、硫酸ビンクリスチンの添付文書や本件プロトコールの確認もしなかった。

 (5) 副作用を看過し、救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失

 被告X3は、化学療法開始後の訴外Vについて、抗がん剤の副作用等その状態の推移を注意深く観察し、救命可能な時期に異常を発見すべき注意義務、また、副作用が発現した場合には、回復困難となる前に、速やかに専門医の治療を受けさせるべき注意義務を負っていた。

 被告X3は、これを怠り、九月三〇日には容態を確認せず、また副作用が明らかであった一〇月一日、さらに同月三日になっても、本件プロトコールの再確認をしなかった上、専門医に委ねることもせず、漫然と耳鼻咽喉科で治療を続けた。

 三 被告X2の責任について

 (1) 治療担当チームとしての責任

 被告X2は、医局員の中から訴外Vの治療を担当するチームとして選ばれた一員であり、被告X3及び被告X4と協力して、訴外Vに対し適切な治療が実施されるよう努めるべき注意義務を負っていた。

 (2) 訴外Vに対し、VAC療法を採用した過失

 被告X2は、訴外Vに対する治療担当チーム内で指導医という立場にあり、主治医である被告X3の調査研究に助言・指導すると共に、自らも滑膜肉腫及びその治療方法について調査研究を尽くし、訴外Vに対して最も効果的で安全性の高い治療法を選択すべき注意義務を負っていた。

 被告X2は、これを怠り、滑膜肉腫の臨床経験がないのに、標準的な治療法とは異なる手順で摘出手術から治療を開始し、その後、適応のない化学療法を行うという誤った選択をした。

 (3) VAC療法及び使用する抗がん剤についての調査研究の懈怠、及びこれによる被告X3に対する指導の懈怠

 被告X2は、訴外Vに対しVAC療法を行うに当たり、自身を含めてVAC療法の経験がなかったのであるから、自らその詳細を調査研究し、被告X3や被告X4とも協議し、適切な使用法について確認すべき注意義務があったのに、これを怠った。

 (4) 硫酸ビンクリスチンの過剰誤投与を看過した過失

 被告X2は、訴外Vに対する治療担当チームの指導医として、同丙川からVAC療法のプロトコールを記載した文献のコピーを見せられ、硫酸ビンクリスチンを一二日間連続投与すると説明を受けたにもかかわらず、自らその記載を確認しなかったため、その誤りに気づかず、結果として硫酸ビンクリスチンの過剰投与を防がなかった。

 (5) 副作用を看過し、救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失

 被告X2は、化学療法開始後の訴外Vについて、抗がん剤の副作用の発現等その状態の推移を注意深く観察し、異常を発見すべき注意義務、また、副作用が発現した場合には、回復困難となる前に、速やかに専門医の治療を受けさせるべき注意義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告X2は、これを怠り、漫然と耳鼻咽喉科で治療を続けた。

 四 被告X1の責任について

 (1) 被告X1の立場

 被告X1は、耳鼻咽喉科教授であり、また診療科長の地位にあったのであるから、耳鼻咽喉科で診療を受ける患者の治療全般について指導監督すべき責任がある。具体的には、以下のことを行うべきである。

 ア 少なくとも週に一度症例検討会(カンファレンス)を開催し、入院患者について、入院理由や治療目的、診療計画、手術予定等について、各医局員相互に意見交換・討議させること。特に悪性腫瘍については、疾患の重大性や治療法の危険性などから、重要な検査、手術、化学または放射線療法等、診断・治療の段階ごとに議論をすること。

 イ 自ら回診して患者の状態を把握すること。

 (2) 訴外Vに対し、VAC療法を採用させた過失

 被告大学耳鼻咽喉科では、滑膜肉腫に対する治療経験が皆無であったのであるから、教授であり診療科長である被告X1は、自ら調査研究し、また医局員に対しても同様の調査研究を命じることにより、訴外Vに対し、医療水準に適合した治療法が選択されるようにすべき注意義務を負っていた。

 また、被告X1は、耳鼻咽喉科における手術すべてにつき、承認を与える立場にあり、かつ、訴外Vの腫瘍摘出手術(八月二三日)に立ち会っていたのであるから、訴外Vに対する治療につき、医局員である被告X3らを指導監督することが十分可能であった。

 被告X1は、これらを怠り、被告X3らにおいて、滑膜肉腫に対する標準的治療法とは異なってまず摘出手術から治療を開始し、その後化学療法(VAC療法)を行うという、誤った治療法を選択させた。

 (3) 抗がん剤過剰誤投与計画に対し、承認を与えた過失

 被告X1は、診療科長として、訴外Vに対し化学療法であるVAC療法を実施するに当たり、各薬剤の投与方法や副作用につき、文献や薬剤添付文書等を精読して十分に確認すると共に、化学療法について経験の乏しい被告X2、被告X3及び被告X4ら治療担当チームの医師に対しても同様の調査研究を尽くさせ、抗がん剤の副作用により、訴外Vの生命に対する危険を防止すべき注意義務を負っていた。

 被告X1は、これらを怠り、被告X1自身VAC療法及び硫酸ビンクリスチン使用の経験がなく、硫酸ビンクリスチンの副作用やその対処法等の基本的知識を欠いていたのに、被告X3ら治療担当医が立案した、誤った抗がん剤投与計画について、その検討過程を吟味することもなく、極めて安易に承認した。

 (4) 硫酸ビンクリスチンの過剰誤投与を看過した過失

 被告X1は、抗がん剤の副作用が時として重篤な結果を招くことを知っていたのであるから、訴外Vに対する抗がん剤の投与方法(量、間隔等)が適切であるか、現に重大な副作用が出現していないか、常に注意を払うべき義務を負っていた。

 被告X1は、耳鼻咽喉科の入院患者数からして、入院患者のカルテを見て、個々の患者の治療内容や容態を確認することは可能であった。また、硫酸ビンクリスチンの投与開始後である九月二八日には教授回診もあり、これらの機会に、本件投与計画を是正することは可能であった。

 被告X1は、上記注意義務を怠り、投与開始前後にかけて、誤った本件投与計画が実施されるのを放置した。

 (5) 副作用を看過し、救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失

 被告X1は、上記カルテ閲読に加え、一〇月初旬には車椅子でトイレに行く訴外Vの姿を見て、またその他の機会にも訴外Vの様子を見ていたので、化学療法の副作用が強く表れていることは容易に認識可能だったのであるから、その時点で抗がん剤の投与を中止させ、副作用に対する治療を行わせるべき義務を負っていた。

 被告X1は、上記注意義務を怠り、車椅子に乗った訴外Vの様子に、「ちょっと副作用が強いな。」と感じたのみで疑問を抱かずにこれを看過し、また、副作用に対する治療薬であるフォリン酸の投与を指示したり、専門の内科医等に対して抗がん剤の過剰投与を告げて治療を依頼する等もせず、訴外Vが抗がん剤の副作用に対して適切な医療を受ける機会を失わせた。

 (6) 被告X1の自認

 被告X1は、一〇月一一日に被告大学で行われた、本件医療事故に関する記者会見において、自らのチェックミスから抗がん剤の過剰投与を看過したとして、その責任を自認している。

 五 被告X4の責任について

 (1) 治療担当チームとしての責任

 被告X4は、医局員の中から訴外Vの治療を担当するチームとして選ばれた一員であり、被告X2及び被告X3と協力して、訴外Vに対し適切な治療が実施されるよう努めるべき注意義務を負っていた。

 (2) VAC療法及び使用する抗がん剤についての調査研究の懈怠、及びこれにより抗がん剤の過剰誤投与を看過した過失

 被告X4は、治療担当チームの一員として、たとえ研修医であっても、医師免許を有する医師なのであるから、訴外Vに対しVAC療法を実施する以上、抗がん剤の使用法やその副作用について、文献等で自ら確認すべき注意義務があり、それは時間的にも可能であったが、被告X4は、これを怠り、何の調査研究も確認もしないまま、VAC療法を実施した。

 (3) 硫酸ビンクリスチンを誤って過剰に投与した過失

 被告X4は、治療担当チームの中では最も経験の少ない医師ではあったが、チームの一員として、VAC療法が正しく実施されていることを日々確認すべき注意義務があったのに、自らは初めて使用することになる硫酸ビンクリスチンの添付文書さえ読まず、プロトコールの内容も確認しなかった。

 その結果、硫酸ビンクリスチンの連続投与という重大な誤りに全く気づかないまま、これを是正しなかった。

 もし、被告X4が硫酸ビンクリスチンの添付文書やプロトコールをよく読んでいれば、過剰投与に気づいた可能性がある。

 (4) 副作用を看過し、救命治療を遅滞した上不十分にしか行わなかった過失

 訴外Vは、化学療法開始後、抗がん剤の副作用である症状が発現していたのであるから、被告X4は、日々訴外Vの治療を担当していた医師として、訴外Vが回復困難となる前に、速やかに専門医の治療を受けさせるべき注意義務を負っていたのに、これを怠り、漫然と耳鼻咽喉科内で治療を続けた。

 六 被告大学の責任について

 被告大学は、被告X3、被告X2、被告X1及び被告X4を医師として使用していたのであるから、被告大学は、上記四名の被告らの不法行為につき、使用者として責任を負う。

 (被告大学、被告丁原、被告乙野、被告X2及び被告X4の主張)

 一 訴外Vに対し採られるべきであった治療方法(VAC療法の妥当性)

 (1) 滑膜肉腫を含む悪性軟部腫瘍の治療には、局所治療(外科療法、放射線療法、温熱療法)と全身療法(化学療法、免疫療法)があり、治療の主体は外科療法であるが、悪性度の高い腫瘍や転移が疑われる場合には、全身療法を併用するとされる。

 化学療法には、全身に抗がん剤を行き渡らせる全身投与と、腫瘍に血液を送っている動脈に抗がん剤を注入し、局所の腫瘍を死滅させる動脈内投与がある。現在、悪性軟部腫瘍に対しては、アドリアマイシン、硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシン、シクロフォスファミド、ダカルバジンのうち、二ないし三種類の併合投与を行うのがよいとされる。

 (2) 本件においては、まず局所治療としての外科療法を行い、腫瘍の摘出手術に成功した。

 しかし、診断名である滑膜肉腫は、成人の膝、足、手関節近傍に好発するとされるものであるところ、本件で発見されたのは顎であり、他の好発部位からの転移が疑われたこと、摘出部位が顔面であり、郭清(完全切除)の問題も残ることから、全身療法の化学療法を併用することにしたのであり、その判断に誤りはない。

 (3) 滑膜肉腫には、確立した治療法はないが、VAC療法の適応性を肯定する意見や報告があり、これを否定する原告らの主張は、誤りである。本件は、VAC療法の適否ではなく、投与量の適否の問題である。

 二 被告X2及び被告X4の責任について

 (1) チーム医療

 患者側が、医師ら医療関与者の責任を追及する場合、病院が診療契約または不法行為(監督者)に基づく責任の主体とされるので、本来、病院に対する請求だけで賠償請求は蔽われてしまうはずであるが、本件のように病院と担当医師が共同して訴えられるときは、同一の損害に向けられた二つの請求権が併存することになる。

 ところで、重篤な疾患の患者で高度の医療措置を要する場合、その手術等のため多くの医師ら医療従事者が関与し、その過程において関与医師の一人に不手際があり、診療結果が達成できないだけでなく、目的外の悪しき結果が発生したときの責任については、全体の診療について考え、「その方針の決定に関与しかつこれを統括していた者」に責任を集中し、医療水準に照らして裁量違反はなかったか、診療と結果との間に因果関係が認められるかを問い、全体としての診療義務違反とそれによる結果についての損害を算定するのが妥当である。

 本件において、被告X2及び被告X4は、以下のとおり、「その(治療)方針の決定に関与しかつこれを統括していた者」に該当せず、かつ、被告X2においては事実上、被告X4においては立場上、被告X3の治療方針を確認すべき法的義務を負わせることは、難きを強いるものであり、単に診療チームの一員であったことのみによって、法的責任を問われるのは相当ではない。

 (2) 被告X2について

 被告X2は、訴外Vの手術日が週間予定表に合致したため、主治医である被告X3の先輩医師としてチームに加わったが、途中までは訴外Vが県立がんセンターに転医したと思っており、その後もたまたま休暇を予定していたので、手術指導、術後管理はできないことについて、訴外丙山医局長の事前の了解を得ていた。

 (3) 被告X4について

 被告X4は、研修医としてチームに参加したが、研修医には治療法を決定する権限を与えられてはいないし、現実の医療現場は、昨今の新聞報道をにぎわしている研修医の過労死に象徴されるほどの多忙さであった。

 (被告X1の主張)

 一 訴外Vに対し採られるべきであった治療方法(VAC療法の妥当性)

 (1) 一般に、悪性腫瘍の治療の基本には、(1)手術療法、(2)放射線療法、(3)化学療法、の三とおりがあるとされ、その選択は、(1)症例(患者)の臨床所見(大きさ、転移の有無、広がり、切除可能性、全身所見)、(2)癌そのものの性質、性状(病理組織の所見、悪性度)、(3)その他の条件(手術拒否、薬希望)により、単独でまたは複数を組み合わせて行われる。

 手術で完全に腫瘍が除去されにくい症例や、手術に体力が耐えられない症例では、手術以外の療法を用いる。また、放射線に感受性のあるものに対しては、放射線療法を主体とし、抗がん剤に感受性のあるもの、非固形癌(血液癌等)、転移性のもの、全身に広がっている可能性があるものに対しては、化学療法を用いる。(2)以下の各事情からすれば、訴外Vに対して化学療法を採用したのは妥当である。ア 一般に、滑膜肉腫は、関節の滑膜肉腫に由来する悪性腫瘍であり、発症部位は四肢、特に下肢関節に多く、耳鼻科領域からの発症は多くない。したがって、顎下部の腫瘍は、原発性ではなく、身体の他の部位の関節に存在する原発巣から、転移してきたとも考えられる。訴外Vの場合、整形外科受診やCT撮影等の検査の結果、転移陽性の所見はなかった。しかし、CT等の画像診断では、腫瘍が少なくとも直径五印以上にならなければ発見できないと言われており、画像診断で陰性でも病変がないと判断できない。イ 一般に、若年者の滑膜肉腫の予後は悪いとされている。訴外Vは、若年者であり、十分な治療の必要性がある。ウ 滑膜肉腫は、放射線の感受性が弱いと言われている。(3)VAC療法は、宇野論文一一九八九年一でも報告されているように、若年者一一二歳男性一の、耳鼻科領域である頚部の滑膜肉腫に使用され、良い治療経過を収めた治療法であり、滑膜肉腫に対して適応がある。二 被告X3の過失内容(1)本件は、資格のある医師である被告X3が、プロトコールを読み違え、医薬品添付文書を看護師から受け取りながら読まず、硫酸ビンクリスチンの投与問隔につき週と日を取り違えたという、通常考えられない初歩的なミスから発生したものである。また、チームの担当医は誰一人それについて認識せず、文献で確認することもなかった。(2)被告X3は、過去に硫酸ビンクリスチンを使用した経験がある。(3)被告X3は、医薬品添付文書を読まなかったほか、一〇月三日、自らの治療方針にも反して硫酸ビンクリスチンの投与を中止し、かつ、これを被告X1に報告せず、投与方法の再確認もしなかった。また、被告X3は、同日、被告X2から、投与量を誤っていないか尋ねられ、調査もせずに間違っていないと回答し、これがもとで、被告X2は、同月六日、抗がん剤について疑問を持った被告X1に対し、抗がん剤の量は間違っていないと答えた。(4)被告X3は、九月二八日のカルテ回診の際、本件における具体的投与方法の報告をしていない。三 被告X2の過失内容(1)チームの担当医は、直接患者と接して治療行為を行うのであるから、被告X3のみならず被告X2も、抗がん剤の具体的投与方法について確認しておくべきであった。(2)訴外Vには強い副作用が発現し、被告X2も血小板の減少を知っていた以上、死という結果を回避すべく措置を執るべきであった。(3)被告X2は、被告X1に対し、検査結果や副作用の報告をしていない。四 被告X1の責任について(1)被告X1の職務及び指導等ア 被告X1の職務は、概ね以下のようなものであった。(7)教授として・診療一臨床一 自ら主治医となった患者の診察。外来患者について医局員からの治療方針等の相談に応じる。入院患者について週一回教授回診を行い、病室の回診や、主治医から申し上げ一報告一のあった問題事項を検討。手術予定を話し合ったり、医局内の事務の調整を行う。医局員の学会発表の指導。依頼に基づく手術立会い。・教育 大学の講義、臨床実習・研究 臨床研究一臨床症例について、学会報告や医局員の論文指導等一、基礎的研究一扁桃の免疫組織学等をテーマに、論文作成、医局員の論文指導等一(イ)大学内での仕事・耳鼻科長として 月一回の科長会議、医局員の人事、研究費の使途の決定、大学内の雑務・各種委員として 保険委員会委員一保健医療事務指導)など約八委員会の委員(ロ)大学外での仕事・準公的なもの 埼玉県社会保険診療報酬支払基金審査委員(月二回一、埼玉県心身障害児就学指導委員会委員一年数回)・学会関係 杜団法人日本耳鼻咽喉科学Δパ評議員、日本耳鼻咽喉科学Δπ埼玉県地方部会会長ほか一五学会・研究会の役員イ アのとおり、被告X1は、事件当時、大学内外において多数の役職に就き、また、大学での授業や、耳鼻科科長としての業務も担当し、多忙を極めていた。ウ 本件において、被告X3が主治医としてついており、また、チーム医療の体制も組まれていた。被告X3及び被告X2は、共に、医師国家試験に合格している資格を持ったプロの医師である。被告X1は、具体的な治療行為からは遠い立場にあった。工 上記アないしウの事情からすれば、被告X1の管理監督責任は、主治医が存在する患者に対する治療行為については概括的な監督で足り、薬剤の投与間隔や投与量等、個別具体的な治療行為についてまで逐一チェックする注意義務はない。仮に、本件が稀な症例であったので被告X1が注意すべきであったとしても、それは、資格を持った医師が抗がん剤の投与量を間違えていないかなどということをチェックする注意義務があるのではなく、経験の少ない医師に任せられない高度の治療行為について指導監督する場面において注意義務を課すべきで、本件のようなケースには当てはまらない。オ 被告X3は、過去少なくとも二回、硫酸ビンクリスチンの使用経験があり、また、硫酸ビンクリスチンは、メジャーな薬であって、その具体的な投与量は、主治医に任せてよい範囲の事項である。

 被告X3のミスは、投与量の能書を見誤ったという極めて初歩的な考えられないものであり、看護師から硫酸ビンクリスチンの医薬品添付文書を受け取りながらこれを確認しなかったことが問題であるところ、主治医である被告X3が、かかる医師の基本的注意義務すら怠ったことについてまで、耳鼻科科長である被告X1に責任を問うのは、不合理である。

 力 被告X1は、以下のとおり、上記エにいう概括的な監督義務は果たしていた。

  (ア) 九月一四日に、医局の勉強会で医療過誤の問題を取り上げ、申し上げ(報告)の徹底による情報の共有、指差し確認による初歩的なミスの排除等の指導を行っていた。

  (イ) 主治医である被告X3に対し、抗がん剤については、県立がんセンターと十分相談して種類を決めるようにという概括的な指示をしていた。

  (ウ) 本件において、抗がん剤について量を間違えるなという概括的な注意をしていた。

  (エ) 常々、何か分からないことがあったら、申し上げをするように言っていた。

 キ 被告X1は、被告X3から、VAC療法において使用する抗がん剤の投与量の説明を受けたことはないし、プロトコールを見せられるなどしたこともない。九月二八日に被告X1のもとで行われた回診の際には、詳しい説明はなく、VAC療法を採ることのみが報告された。

 また、副作用が強くて一〇月三日に硫酸ビンクリスチンの投与を止めたという報告も受けていない。

 被告X1は、一〇月五日ころ、初めて、訴外Vに副作用が強く出ているとの報告を受けた。そして、同六日になって、被告X2及び丁川三郎医師により過剰投与が発見され、被告X1にその報告があった。

 医療チームの医師の誰からも、被告X1に申し上げのない状態では、被告X1に監督義務を課す前提を欠く。

 (2) VAC療法を採用したことについて

 被告X1は、九月初めか中旬ころ、主治医である被告X3に対し、県立がんセンターに訴外Vの治療法を問い合わせるように指示した。そして、主治医である被告X3は、その結果として、VAC療法を行うと言ってきた。

 被告X1は、VAC療法自体一般的な治療法であること、被告X3がVAC療法について調べて資料も持っていたこと、被告X1自身症例を調べてそれを被告X3に渡してあったこと、チームで検討した上での結果ということ等から、これを了解した。

 VAC療法は、滑膜肉腫に適応のある治療法であり、これを採用したことは、誤りではなく、過失ではない。

 (3) 被告X1の行った調査研究等

 被告X1は、滑膜肉腫について調査し、VAC療法の症例を見つけ、その文献を被告X3に渡しているほか、治療方針について県立がんセンターと相談するように指示をした。治療方法の調査の懈怠はなかったし、義務は尽くしている。

 (4) 訴外Vに発現した副作用に対する認識

 被告X1は、一〇月初めに訴外Vが車椅子を使っていることを目にしたが、主治医や担当医から副作用や血液検査に対する報告はなく、抗がん剤の副作用には個人差があることから、重大なこととの想像はつかなかった。副作用の発現について、被告X3及び被告X2から申し上げ(報告)がなかった以上、被告X1に監督責任を問うことはできない。

 また、被告X1は、同月五日ころ、副作用が強く出ていることは認識していたが、その時点では既に、担当医や他の内科の医師が、全力で治療に当たっていた。

 五 予見可能性及び相当因果関係の不存在

 (1) 資格を持った医師である被告X3が、プロトコールを読み違え、医薬品添付文書を確認しないという過失行為を行い、被告X2が、被告X3が投与計画を説明した際にプロトコールを確認せず、副作用発現後も自ら医薬品添付文書を確認しなかったことで、被告X3の過失を看過するというようなことは、被告X1にとって、到底予見できず、予見可能性はなかった。

 (2) また、被告X1が被告X3の投与計画を事前に確認しなかったことや、カルテを確認しなかったとしても、被告X1としては、当然現実に治療に当たる被告X3や被告X2が、プロトコールや医薬品添付文書等を確認することを予想しており、それなしに投与を行うなど考えられないので、被告X1のこれらの行為と結果との間には、相当因果関係がない。

 また、カルテをチェックしなければ、その後主治医や他の担当医が投与量を見誤ったり、確認を怠り、それらが重なって過剰投与による医療過誤が生じるなどということは、通常あり得ない因果の流れであり、予見不可能である。

 (3) 抗がん剤が副作用の危険が大きいことは、主治医や担当医が医薬品添付文書や解説書を慎重に確認する期待の度合いが高くなるということである。また、主治医と担当医が二重にミスをしている。

 これらの点からも、被告X1にとって予見可能性はなく、その行為と結果との間に相当因果関係はない。

 (被告X3の主張)

 一 VAC療法の妥当性について

 被告X3は、VAC療法の妥当性については、判断し得ない。訴外Vが、県立がんセンター受診後、〇〇センターで入院治療することが決まったので、治療方法について訴外丁川三郎医師に相談したところ、同医師から「VAC療法」と言われたため、それに従い、「VAC療法」をキーワードにして検索し、そのプロトコールを調べた。したがって、被告X3は、自身では滑膜肉腫に対するVAC療法の適応性を調査していないので、適切かどうかについては、不明である。

 二 治療法に関する調査研究について

 被告X3は、訴外丁川医師から、VAC療法の指示を受け、そのプロトコールを被告X2に示して、その治療内容(硫酸ビンクリスチンを〇ないし一二日目まで静注、アクチノマイシンDを〇、一二、二二、三六日目に静注、シクロフォスファミドを六日目から内服)を口頭で説明し、さらに、被告X1に対しても、口頭でVAC療法の上記治療内容を説明し、両人から了解を得た。したがって、それ以上に、被告X3が、治療方法について自ら調査研究をする必要はなかった。

 また、VAC療法及びそれに使用される抗がん剤の使用方法などについて、被告X3は、本件での治療内容を被告X2及び被告X1の両名に確認して了解を得ていたので、それ以上、能書や薬学書で確認する必要を感じなかった。

 三 被告X3は、丁田二江看護師から、硫酸ビンクリスチンの量が多いのではないかとの指摘を受けたことはない。同看護師からは、硫酸ビンクリスチンの本数を確認されただけである。

 第二 争点(2)(本件医療事故により訴外V及び原告らに発生した損害)

 (原告らの主張)

 一 訴外Vの損害金一億五七九三万六四一六円

 (1) 逸失利益 金八三五七万八五六〇円

 基礎年収     四九六万七一〇〇円

 生活費控除      三〇パーセント

 ライプニッツ係数二五・九五一一二七-一・九一三四七〇

 (中間利息の利率を三パーセントとする。

 死亡当時一六歳から就労終期六七歳まで五一年間に対応する係数-死亡当時一六歳から就労始期二二歳まで六年間に対応する係数)

 ア 算定の基礎とすべき年収について

 訴外Vは、死亡当時未就労であり、将来多様な就労の可能性があった。また、男女の賃金格差が減少傾向を示していることや、性別のみを労働能力の格差をもたらす要素と考えることに合理性はないことからすれば、女子労働者の平均賃金を用いることは合理的ではなく、全労働者平均年収額を基礎に算定すべきである(主位的主張)。

 また、訴外Vは、四年制大学への進学を希望しており、また、訴外Vが在学していた戊川高等学校は、卒業生の約八五パーセントが主要大学に合格している進学校である。さらに、訴外Vは、事故当時通信教育を受けて大学受験に備え、原告太郎は訴外Vのために学費を準備していたことから、訴外Vが将来、四年生大学を卒業して稼働した蓋然性が極めて高い。

 したがって、訴外Vの逸失利益は、大卒女子労働者全年齢平均賃金を用いて算定すべきである(予備的主張)。

 イ 控除すべき中間利息の利率について

 近時の日本経済において、超低金利の状況が続いており、また、今後、過去のような経済成長を示す蓋然性も極めて低いと予測できるから、少なくとも近い将来において預金金利が五パーセントに達するとは予測しがたく、年五パーセントの割合による複利の利回りでの運用利益を上げるのは困難であって、運用利益の見込みは年三パーセントを上回らないというべきであるから、中間利息の控除割合も三パーセントとして計算すべきである。

 ウ 訴外Vの予後について

  (ア) 滑膜肉腫の患者について、二〇歳未満の者の全期間生存率は、約八〇パーセントであり、そのうち、腫瘍の大きさが五センチメートル未満の者の全期間生存率は、外科的手術しか行われていなくても、約九〇パーセントである。

  (イ) 訴外Vの腫瘍は、径五センチメートル以下で、分裂増は一〇hpfで二個ないし五/五〇hpf、切除断端陰性であり、一〇年生存率は四三ないし一〇〇パーセントである。

 また、骨シンチグラム及びガリウムシンチグラムにより、転移のないことが確認されており、統計的にみて、その予後は良好と推測され、適切な治療が実施されていれば、死亡せずに通常の社会生活を営む蓋然性が高かった。

 (2) 慰謝料      金六〇〇〇万円

 本件は、医師が症例検討も文献検索も行わず、抗がん剤の添付文書も全く確認しないままに投与計画書を読み誤り、その誤りに医局の医師の誰一人として気づかないまま、抗がん剤を過剰投与し、さらに、これを隠蔽するため、救命治療も怠ったという事案であり、いわゆる医療過誤の範ちゅうを超えるものである。

 加えて、訴外Vは、死亡当時わずか一六歳であり、洋々たる将来も夢も断ち切られたものであり、また、死亡に至るまでに訴外Vが訴えた各種の症状や、死亡態様からしても、訴外Vが抗がん剤の過剰投与を受けて死亡に至るまでの苦痛には、想像を絶するものがある。

 これらの事情からすれば、訴外Vの慰謝料は、六〇〇〇万円を下らない。

 (3) 弁護士費用金一四三五万七八五六円

 二 原告らの損害

 原告太郎 金一八八〇万一九〇二円、原告花子 金一六五〇万円、原告竹子 金一一〇〇万円

 (1) 訴外Vの死亡に伴う慰謝料

 原告太郎 金一五〇〇万円、原告花子金一五〇〇万円、原告竹子 金一〇〇〇万円

 ア 原告太郎及び原告花子は、本件により、大事に育ててきた愛娘を失い、また、日を追って衰弱していく訴外Vをただ見ていなければならなかった。また、同様に原告竹子は、最愛の姉を失った。

 イ 慰謝料増額事由

 以下の各被告らの応訴態度は、原告らの慰謝料を増額する事由となる。

  (ア) 被告X3が作成した死亡診断書は、訴外Vの死因を、滑膜肉腫に起因する重症感染症による多臓器不全としたが、これが虚偽の内容であることは明らかである。しかし、被告X3は、本訴においてこれを否認し、上記診断書の記載は真実であり、また、抗がん剤の過剰投与を記載しなかったのも、被告X2及び同乙山の同意を得たことであって、死亡診断書に虚偽の記載をしたとの認識はなかったとまで強弁した。

  (イ) 被告丁原及び被告乙野は、本訴において、被告X3が作成した虚偽の死亡診断書について、それが虚偽であることさえ否定する極めて不誠実な態度に終始している。

 ウ 原告竹子に対する民法七一一条の類推適用

 不法行為による生命侵害があった場合、民法七一一条に定める者に文言上該当しない者であっても、被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は、同条の類推適用により、被害者に対し直接に固有の慰謝料請求をなし得ると解すべきところ、以下の事情からすれば、原告竹子に対し、民法七一一条を類推適用し、固有の慰謝料請求を認めるべきである。

  (ア) 原告竹子は、訴外Vの三歳年下の妹であり、生まれたときから本件事故当時まで、訴外Vと同居していた。

  (イ) 訴外Vは、原告竹子の高校受験に備え、学習塾に通わなかった原告竹子の勉強を教えていた。また、原告竹子が思春期特有の情緒不安定な状態に陥ったときでも、訴外Vは、原告竹子を叱ることなく優しくたしなめ、原告竹子の精神的な支えとなっていた。

  (ウ) 原告竹子と訴外Vは、二人きりの姉妹であり、通常一般的な姉妹とは異なる緊密な関係であった。

  (エ) 原告竹子は、訴外Vが急速に衰弱して死亡する様子に、計り知れない精神的苦痛を受け、平成一二年一〇月六日に病院を訪問した際、変わり果てた訴外Vの姿に、ショックのあまり身体が硬直して声も出ない状態になった。

 (2) 葬儀費用(原告太郎の損害)金二〇九万一九〇二円

 (3) 弁護士費用

 原告太郎 金一七一万円、原告花子 金一五〇万円、原告竹子 金一〇〇万円

 (被告大学、被告丁原、被告乙野、被告X2及び被告X4の主張)

 損害については、不知。

 一 中間利息について

 年五分の割合によるライプニッツ方式によるべきであり、本件において、これを不合理とする特段の事情は存在しないし、遅延損害金を年五パーセントとしながら中間利息の控除割合を年三パーセントとすることは、整合性がない。

 二 平均賃金と生活費控除

 逸失利益算定の基礎となる平均賃金は、女子労働者平均年収を用いるべきである。全労働者平均年収を基礎として算定するなら、生活費控除率も全労働者平均(三〇ないし五〇パーセント)を採るべきである。

 三 原告竹子の民法七一一条類推適用について

 原告竹子は、本訴訟及び刑事訴訟の法廷で意見を述べたわけではない。原告竹子の精神的苦痛は、陳述書(甲三九号証)でうかがい知ることができるものの、未だ「親と子との関係にも比すべき家族的生活関係」が構築されていたとは言えないし、父母が固有の慰謝料及び訴外Vの逸失利益の相続分の支払を受ければ、その父母と親子関係にある原告竹子の精神的苦痛は慰謝されるものと解すべきであり、民法七一一条の類推適用は認められない。

 (被告X1の主張)

 損害については、否認ないし争う。

  訴外Vの予後について

 滑膜肉腫の五年生存率を四五パーセント、一〇年生存率を一六パーセントとする報告や、肺転移をきたしやすいとする報告があることから、滑膜肉腫の予後は不良である。

 したがって、平均余命を前提に損害額を算定するのは問題である。癌の一種である以上、平均寿命を全うすることの可能性は低い。

 (被告X3の主張)

 否認もしくは争う。

 第三 争点(3)(被告らにおいて、原告らに対し、医師としての説明義務に反し、訴外Vの死因をことさらに隠蔽した不法行為が成立するか否か)

 (原告らの主張)

 一 医師の説明義務

 (1)医療機関及び医師は、診療契約という準委任契約に基づく報告義務ないし条理上の義務として、患者やその近親者に対して医療行為に関する説明義務を負っており、説明する以上は真実を説明すべき義務を負っている。

 (2) 医療機関及び医師は、医療ミスを犯した場合、その事実を隠蔽することなく直ちに真実を説明する義務を負っているというべきである。

 もし、医療ミス及びその結果である症状が患者に説明されなければ、患者は、当該医療ミスによってもたらされた身体の侵襲の原因を理解できず、したがってまた、患者が、それに対し、対処方法を検討・選択することが不可能になり、患者の自己決定権に対する重大な侵害となるからである。特に、医療ミスによって重篤な症状が生じた場合には、患者は、医療ミスについて直ちに正確な説明を受けられなければ、自らの救命措置につき、適切な方法を検討・選択することができず、結果は重大である。

 (3) 医療機関及び医師は、医療ミスにより患者を死亡させた場合、遺族に対し、死因に関して、上記と同様に説明義務を負う。

 医療行為は、高度な専門技術性を有し、患者やその遺族は、かかる医療行為を提供する医療機関に対し、強い期待や信頼を寄せているところ、患者に施行した医療行為の内容や死への転帰をたどった経過については、患者の死亡の時点においては、当該医療機関及び医師のみがこれをよく知る立場にあり、したがって、患者の死因についても、当該医療機関及び医師が最もよく知りうる立場にあるのだから、医療機関及び医師は、診療契約上ないし信義則上、これらの者に対し、患者の死因について適切に説明を行うべき義務を負っているというべきであり、説明する以上は、虚偽の内容を説明してはならず、真実を説明すべきである。

 (4) 医療事故の隠蔽を目的とした、意図的な、上記診療契約上ないし信義則上の説明義務違反は、これにより契約当事者に損害を与えた場合は、契約違反のみならず、契約当事者に対する不法行為をも構成する。

 二 虚偽の死亡診断書作成の責任

 虚偽の死亡診断書を作成する行為は、刑法上及び行政法上の責任のみならず、民法上の責任を追及されるべき行為である。

 医療機関及び医師が、医療事故を起こして患者を死亡するに至らせながら、この医療事故及びこれによる死亡の事実を隠蔽するため、虚偽の診断書を作成して遺族に交付し、さらに虚偽の事実をカルテに記載した行為は、著しく患者ないし遺族の期待に反し、その信頼を裏切るずさんかつ不誠実な診療行為であり、患者ないし遺族の法的地位を違法に侵害する行為である。

 その結果、患者ないし遺族に精神的損害を与えた場合には、診療契約の当事者である医療機関が契約責任及び不法行為責任を負うのみならず、医療に従事して上記違法行為を行った医師についても、不法行為責任が問われるべきである。

 三 各被告らの責任

 (1) 被告X3の責任

 ア 一〇月三日以降における病状に関する説明義務違反

 被告X3は、遅くとも一〇月三日に硫酸ビンクリスチンの投与を中止した時点で、硫酸ビンクリスチンの大量誤投与の事実、そしてこれにより訴外Vが重篤な状態になっている事実を知り、この時点で、直ちに原告らに対し、硫酸ビンクリスチンの大量誤投与の事実、及びこれにより訴外Vが重篤な状態に陥っていることを説明して、訴外Vの救命方法を検討・選択する機会を原告らに与える義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告X3は、これを怠り、一〇月三日以降、原告らに対し、硫酸ビンクリスチンの大量誤投与の事実や、これにより訴外Vが重篤な状態になっている事実を説明しなかったばかりか、硫酸ビンクリスチンの大量誤投与という医療ミスを隠蔽するため、原告らに対し、以下のとおり、虚偽の説明を行った。中には、重体の原因を訴外V自身の責任であると決めつけるものも含まれ、悪質である。

  (ア) 「白血球の数はまだ余裕があるが、抗がん剤の投与は中止する。」

  (イ) 「白血球の数値が二〇〇〇を下回るといけないが、それよりまだ上回っていたので、本来は投与を続けるところだが、私としてはここで止めた方が良いと判断した。子供は大人の量の二倍を入れる。Vさんは、一六歳と年齢で言えば子供だが、量としては大人の量にした。」

  (ウ) 「子供の方が新陳代謝が多いので(薬の)量は多くなる。」(以上一〇月三日)

  (エ) 副作用でいろいろな症状が出る。(一〇月四日)

  (オ) 「チューブを外してしまうので、眠り薬で眠らせています。」(訴外Vが意識不明になったことについて。一〇月六日午前七時五〇分)

  (カ) 「心臓が強く打てば(脈拍)は下がる。一三〇台になればよい。」(脈拍が多いのではとの原告太郎の質問に対し。一〇月六日)

  (キ) 訴外Vは、重症感染症に罹患しており、その原因は、白血球の低下により腎臓に感染が進んだことと考えられ、人工透析が必要であるとした上、「今、透析をしようとして針を刺したら、ショックで心臓が止まった。蘇生を行って呼吸が戻ったが、次にとまったら危ない。」

 「尿が出ないので、腎臓が悪いのではないか。手術前の全身検査で、腎臓の数値を少し疑問に思ったが。さほど影響がないので特に言わなかった。若い女の子なのでダイエットをしていると思ったので。」(同日午後二時)

 被告らは、一〇月一日以降、訴外Vに発現した副作用に対し、一〇月三日の時点ではICUによる全身管理、同月四日の時点では胃及び腸管内容物の排出、十分な輸液、血液浄化法の検討、クリーンルームへの入室、同月五日の時点で人工呼吸、カリウム含有輸液による調整等の治療をすべきであったのであり(被告大学丁山教授)、これによれば、原告らは、一〇月三日の時点で、硫酸ビンクリスチンの大量誤投与の事実、及びこれによる訴外Vが重篤な症状の真実を説明されていれば、この時点で医師であれば当然採る、ICUでの全身管理による治療を受けることができた。

 イ 一〇月六日以降における説明義務違反

 被告X3は、被告X2及び被告X1らがこれらの事実を認識した一〇月六日以降も、本件医療事故を隠蔽するため、説明義務に違反し、これらの事実を原告らに一切告げなかった。これにより、原告らは、訴外Vの救命に向けて、医療機関及び医師、あるいは最適な治療方法を選択することができなかった。

 ウ 死因に関する説明義務違反

 被告X3は、訴外V死亡後、原告らに対し、訴外Vの死因が硫酸ビンクリスチンの大量誤投与による多臓器不全であることを説明すべき義務があったにもかかわらず、本件医療事故を隠蔽するため、一〇月七日、被告X1、被告丁原、被告乙野及び被告X2らと共謀し、真実を告げなかったばかりか、以下のとおり、死因について虚偽の説明を行った。

  (ア) 「転移していた癌が抗がん剤によってはじけ、癌が全身を回って死亡した。」

  (イ) 「私たちはデータを見てやっている。一〇月一日の時のデータは悪くなかった。一〇月三日の時に、データが悪くなった。血小板の数が減った。それでやめた。」

 エ 虚偽の死亡診断書作成

 被告X3は、訴外Vが死亡した一〇月七日、被告X2及び被告X1と共謀し、訴外Vの死因を、滑膜肉腫に起因する重症感染症から多臓器不全に陥ったためとする、虚偽の死亡診断書を作成した。

 この結果、同日、原告太郎は、被告大学に勤務する訴外戊海副婦長から、上記診断書を交付されるに際し、訴外Vを死亡させた被告らの不法行為に関する費用の支払まで請求され、さらに、原告らがこれを使用して訴外Vの死亡届を出したことから、訴外Vは、現在に至るまで、公的な記録上は病死とされたままである。

 オ 応訴態度

 虚偽診断書作成は、客観的に明らかであるのに、被告X3は、本訴においてこれを否認し、上記診断書の記載は真実であり、また、抗がん剤の過剰投与を記載しなかったのも、被告X2及び被告X1の同意を得たことであって、死亡診断書に虚偽の記載をしたとの認識はなかったとまで強弁した。かかる応訴態度は、慰謝料増額事由である。

 (2) 被告X1の責任

 ア 一〇月六日以降における説明義務違反

 被告X1は、遅くとも一〇月六日午後四時、硫酸ビンクリスチンの大量誤投与の事実、及び、これにより訴外Vが重篤な状態になっている事実を認識した。

 したがって、この時点で、被告X1は、診療契約上あるいは信義則上、訴外Vの診療における責任者として、直ちに原告らに対し、上記各事実を説明し、原告らに対し、訴外Vの救命に向けた治療方法を検討・選択する機会を与える義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告X1は、これを怠り、本件医療事故を隠蔽するため、自ら硫酸ビンクリスチンの大量誤投与の事実を原告らに一切説明せず、また、担当医師である被告X3及び被告X2に対し、これを原告らに説明するように指示しなかった。

 イ 死因に関する説明義務違反

 被告X1は、耳鼻咽喉科の責任者として、訴外V死亡後、原告らに対し、死因が硫酸ビンクリスチンの大量誤投与による多臓器不全であることを説明すべき義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告X1は、本件医療事故を隠蔽するため、上記義務に反し、以下の行動をとった。

  (ア) 訴外Vが死亡した一〇月七日、午後二時ころから開催された緊急医局会議において、医局員から真実の死亡原因を説明すべきとの意見が出たのに、「うーん。」とためらいがちな態度を取り、「何とかそこをうまく言えないか。」「量が少し多かったということでどうだろうか。」等と述べ、真実の死亡原因を説明しないよう指示した。

  (イ) 同日、霊安室横の小部屋での原告らに対する説明において、被告X3に、「転移していた癌が抗がん剤によってはじけ、癌が全身を回って死亡した。」等の虚偽の説明を行わせ、また、自ら真実を説明しなかった。

 ウ 虚偽診断書の作成

 被告X1は、上記同日午後三時ころ、被告X3が作成した虚偽の死亡診断書の内容をチェックし、「これでよし。」と言って、記載内容を承諾した。かかる行為は、被告内川と共謀して、虚偽診断書を作成したことに該当する。

 (3) 被告丁原及び被告乙野の責任

 ア 病状に関する説明義務違反

  (ア) 被告丁原は、遅くとも一〇月六日午後九時過ぎ、被告大学甲原事務長から、抗がん剤の過剰誤投与の事実、及びこれにより訴外Vが重篤な状態になっている事実を知らされた。

 被告丁原は、被告大学の責任者であり、本来、陣頭に立って、訴外Vのカルテを確認し、救命治療に全力を尽くし、また自ら原告らに対して、この医療事故を報告すべき義務を負っていた。また、仮に自ら陣頭に立てないとしても、被告X1らに、救命治療及び原告らに対する報告について具体的な指示を行い、その経過を把握して指導すべき義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告丁原は、これに反し、本件医療事故を隠蔽するため、最初に抗がん剤の過剰誤投与について報告を受けた際も、原告らへの報告を指示せず、一〇月七日朝に被告X1の説明を受けた際も、原告らへの報告に関して具体的な指示を行わず、その経過についても把握しようとしなかった。

 被告丁原は、一〇月七日、被告X1に対し、「最悪の事態が生じた場合は、医療過誤、過剰投与の事実を認めること」と指示したが、これは、訴外Vが死亡しなかった場合には、医療過誤及び過剰投与の事実は認めるなという趣旨であるし、訴外Vが死亡した場合でも、遺族の追及がなければ、自ら積極的にこれらの事実を説明しないというものであるから、医療過誤の事実を隠蔽しようとしていたことが明らかである。

  (イ) 被告乙野は、一〇月七日午前九時ころ、被告丁原から、抗がん剤の過剰誤投与の事実を告げられたのに、被告大学の責任者として、これを原告らに報告すべき義務があったにもかかわらず、本件医療事故を隠蔽するため、自ら原告らに報告せず、また部下である医局員に報告を指示しなかった。

 イ 死囚に関する説明義務違反

  (ア) 被告丁原は、一〇月七日午後四時ころ、被告X1から、訴外Vが同日午後一時三五分に死亡したとの報告を受け、被告乙野も、同じころ、同報告を受けた。

  (イ) 被告丁原及び被告乙野は、被告大学の責任者なのであるから、かかる報告を受けたならば、本来、陣頭に立って、原告らに対して、真実の死亡原因を説明する義務を負っていた。仮に、自ら陣頭に立てないとしても、被告X1らに、原告らへの報告について具体的な指示を行い、その経過を把握して指導すべき義務を負っていた。

  (ウ) また、被告丁原及び被告乙野は、被告大学の責任者として、訴外Vが死亡したとの報告を受けたならば、直ちに、本件医療事故について警察に通報し、遺体について司法解剖の手続きを経るようにすべき公法上の義務を負っていた(医師法二一条)。

  (エ) にもかかわらず、被告丁原及び被告乙野は、本件医療事故を隠蔽するため、自ら死因について説明せず、また、被告X1らにより、真実の死亡原因が説明されたかどうかについて、具体的な事実の把握も行わなかった。

 さらに、被告丁原は、本件医療事故を隠蔽するため、警察への通報を怠り、被告X1に対し、原告らに病理解剖の承諾を求めるよう指示した。

 また、被告乙野は、訴外Vが死亡した経緯について、被告X1が書き上げた抗がん剤の過剰投与の事実を隠蔽したあらすじを、手直しして報告書にまとめ、被告大学の理事長及び文部科学省に提出した。

 ウ 虚偽の死亡診断書の作成、原告らに対し病理解剖を迫ったこと

  (ア) 被告丁原及び被告乙野は、被告大学の責任者であるから、訴外Vの死亡後、その死亡診断書を正確に作成するよう、被告X1、被告X3らに指示すべき義務を負っていた。

 にもかかわらず、被告丁原及び被告乙野は、本件医療事故を隠蔽するため、死亡診断書作成について全くチェックせず、その結果、被告X3や被告X1らにおいて、虚偽診断書作成という犯罪行為の実行を放置した。

  (イ) 被告丁原及び被告乙野は、一〇月七日に原告らの自宅を訪問した際、死因が硫酸ビンクリスチンの過剰投与であることを隠蔽するため、また、警察への届出義務、司法解剖を回避するため、執拗に、遺体の被告大学での病理解剖に承諾するよう迫った。

  エ 応訴態度

 被告丁原及び被告乙野は、本訴において、被告X3が作成した虚偽の死亡診断書について、それが虚偽であることさえ否定し、原告らからその撤回を迫られたにもかかわらず、今日までなおその主張を維持し、極めて不誠実な態度に終始している。かかる応訴態度は、慰謝料増額事由である。

 (4) 被告大学の責任

 被告大学の履行補助者である被告X3、被告X1、被告丁原及び被告乙野は、原告らに対する説明義務に違反し、本件事故の隠蔽工作を図った。

 また、被告大学は、上記被告丁原及び被告乙野と同様、本件訴訟において、虚偽の死亡診断書につき、「被告大学において相応の客観的な根拠に基づいて亡Vの死因を滑膜肉腫に起因する重症感染症による多臓器不全と判断し、その判断に基づいて、原告ら遺族に対して死因に関する説明を行った。」との理不尽な主張を繰り返した。

 被告大学は、上記違法行為により原告らが被った損害について、民法七〇九条により自ら責任を負うほか、同法七一五条一項の使用者責任を負う。

 (5) この隠蔽行為により、原告らに発生した損害は、以下のとおりである。

 ア 慰謝料

 原告太郎金一〇〇〇万円、原告花子金一〇〇〇万円、原告竹子 金六〇〇万円

 イ 弁護士費用

 原告太郎 金一〇〇万円、原告花子 金一〇〇万円、原告竹子 金六〇万円

 (被告大学、被告丁原、被告乙野、被告X2及び被告X4の主張)

 一 訴外Vの死因について

 被告大学は、VAC療法の硫酸ビンクリスチンの投与量につき、一週間当たりを一日当たりとした過剰投与がされたことは争わない。

 しかし、一〇月七日の死亡診断書の作成及び遺族に対する説明の段階では、未だ病理・司法いずれの解剖もされていないので、死亡に至る診療経過から、死囚を「滑膜肉腫に起因する重症感染症による多臓器不全」と判断したことに誤りはない。

 また、鑑定書(甲四一号証の三)においては、死因は多臓器不全とされ、その原因としては、過剰に連続投与された硫酸ビンクリスチンの細胞毒性が最も考えられるとされ、断定をしていない。

 二 死因説明義務について

 ア 医療機関は、患者との間の診療契約に基づき、患者に対し、医療水準に適合した真摯かつ誠実な医療を尽くすべき義務を負うが、診療契約は患者の死亡によって終了するから(民法六五六条、同六五三条)、診療契約の内容として、医療機関が、死亡した患者の遺族に対して死因説明義務を負担していると解することはできない。

 イ いわゆるインフォームド・コンセントの法理(医師の説明義務)は、基本的には、患者が、自らが受けるべき医療行為の内容を主体的に選択判断することを可能にするための前提条件に関するものであるから、これから、死因の説明義務を直接に導き出すことは困難である。

 ウ 原告らが主張する、医療行為の専門技術性や、医療機関への患者・遺族の期待、信頼、医療機関の立場等からすれば、医療機関においては、死亡した患者の遺族の求めがある場合、死亡診断書作成・交付義務から導き出されるものとして、信義則上、これらの者に対し、死因について適切に説明を行う義務を負うと解する余地がある。

 そして、信義則に基づく死因説明義務は、上記諸事情に加え、一般に病理解剖が死因解明の最も直接的かつ有効な手段とされていることから、具体的事情により、社会通念に照らし、医療機関において、遺族に対し、病理解剖の提案をしてその実施につき検討する機会を与え、求めがあった場合には、適宜これを実施し、その結果に基づき、死因を遺族に説明すべき信義則上の義務を負うべき場合があり得るという、限定的なものと解すべきである(東京高判平成一〇年二月二五日 判例時報一六四六号六四頁)。

 しかし、本件では、被告大学において、未だ病理・司法両解剖が実施されていない段階で、相応の客観的根拠(当時のカルテ等に記載された、死亡に至る診療経過)に基づき、訴外Vの死因を、滑膜肉腫に起因する重症感染症による多臓器不全と判断し、それに基づいて、原告ら遺族に対し、死因の説明を行った上、病理解剖の提案をしたが拒絶されたのであるから、たとえ原告らがその説明に納得しなかったとしても、社会通念に照らし、改めて訴外Vの死因を原告らに説明すべき信義則上の義務を負っていたということはできない。

 三 死亡診断書について

 上記一のとおり、鑑定書は、訴外Vの死因を、硫酸ビンクリスチンの細胞毒性が最も考えられるとしつつ、断定はしていない。司法解剖を経た平成一四年七月二九日の時点でさえ死因を断定できないのであるから、平成一二年一〇月七日の死亡診断書作成時にまで遡って、多臓器不全の死因を抗がん剤の過剰投与とする死因の特定、及びその旨を明記した死亡診断書の作成は、被告らに難きを強いるものである。

 四 死因の隠蔽に関する被告丁原の責任について

 (1) 被告丁原は、一〇月六日午後九時二〇分ころ、被告X1及び訴外甲原事務長からの電話で、「抗がん剤が少し多かったかもしれない」という程度の報告を受け、救命に全力を尽くすよう指示した。

 被告丁原及び訴外甲原事務長は、翌七日午前八時三〇分ころ、被告X1からプロトコールの読み違いによる抗がん剤の過剰投与であると報告を受け、救命に万全を尽くすこと及び家族に病態をきちんと説明するよう指示したが、それはもちろん、「最悪の事態が生じた場合」に限定したものではない。

 さらに、被告丁原は、同日午後四時ころ、被告X1から、訴外Vが午後一時三五分ころ死亡したことを知らされ、かつ、VAC療法の硫酸ビンクリスチンの量を、一週間当たりを一日当たりとした過剰投与であると聞かされたので、遺体を自ら確認したいと考え、遺体を自宅に帰さないように指示した。

 同日午後六時三〇分ころ、被告丁原は、被告X1から、霊安室横の小部屋での説明の報告を聞き、医療過誤であることを十分に説明しておらず、遺体も返してしまったとのことだったので、被告丁原は、被告乙野及び被告X1と共に、原告方へ赴き、謝罪及び具体的説明を行い、病理解剖を申し出た。そして、被告丁原は、医師法二一条により二四時間以内に警察に届け出る義務があることを十分承知していたので、病理解剖を拒否された直後の一〇月七日午後九時ころ、川越警察署に届け出た。

 (2) 被告丁原は、明らかな病死以外はすべて異常死であり、司法解剖は、(1)遺族が届ける場合、(2)病院・医師が届ける場合、(3)警察が聞きつける場合、(4)病理解剖中に事故の疑いが強くなり、司法解剖に切り替える場合、とがあると考えていた。本件でも、所見が悪性の癌のように珍しい症例は、まず病理解剖を試み、病理解剖中に司法解剖に切り替わるケースもあるとの理解のもと、死因を解明したいという医師の熱意から出たものであり、司法解剖を免れて死因を隠蔽しようなどという目的はなかった。

 (3) 死亡診断書は、訴外Vが死亡した一〇月七日の午後三時ころ作成され、被告丁原が訴外V死亡の報告を受けた同日午後四時ころには既に交付されていたもので、被告丁原が死亡診断書に関与する余地はない。

 (4) 被告丁原は、原告方に赴くに際し、本件事故を川越警察署に届けるべく、訴外甲原事務長を待機させていたのであり、死因隠蔽の意図がなかったことは明らかである。

 (5) 被告丁原は、原告方において、本件事故の原因が抗がん剤の過剰投与であることを認め、埼玉県や川越保健所等の監督官庁にも届けると発言しているのであるから、もはや隠蔽の余地は残されていない。

 五 死因の隠蔽に関する被告乙野の責任について

 (1) 被告乙野は、一〇月七日午前九時ころ、訴外丙野医師の葬儀に向かう車中で、被告丁原から、「〇〇センターで薬の投与事故が発生したらしい。」と聞き、初めて本件医療事故の発生を知った。

 そして、同日午後六時三〇分ころ、〇〇センターの秘書室内の話し合いに呼び入れられ、初めて訴外Vが死亡したことを知らされた。その際、被告丁原から「これからご遺族の自宅に説明に行くので、一緒に来てほしい」と言われたが、このときはまだ事故の詳細を知らされておらず、原告方で初めて、事故の具体的内容を知った。

 (2) 被告乙野は、上記のとおり、被告X1作成の報告書など受け取っていないし、手直しもしていない。また、死因を隠蔽しようとする意図など全くない。医療事故が判明してから被告X1との接触はなく、被告X1との共謀はもちろん、被告丁原との共謀もない。

 (3) 被告乙野は、原告方に赴くに際し、本件事故を川越警察署に届けるべく、被告丁原と共に、訴外甲原事務長を待機させていたのであり、死因隠蔽の意図がなかったことは明らかである。

 六 原告らの主張は、二六〇〇万円の慰謝料請求の根拠となり得ないこと

 仮に原告の主張がそのとおりだとしても、本件事故の原因については、一〇月七日午後九時ころに川越警察署に事故届が出された時点で、司法解剖の結果を待つことになったのであり、原告らが訴外Vの死亡した同日午後一時三五分から上記午後九時ころまでの約七時間余り、被告らの説明に満足できない状態が続いたということであり、慰謝料二六〇〇万円を請求する根拠とは到底なり得ない。

 七 応訴態度について

 被告丁原及び被告乙野の応訴態度に関する原告らの主張は、被告らの応訴権さえ封殺しようとする暴論である。

 (被告X1の主張)

 一 虚偽診断書作成への関与について

 被告X1は、虚偽診断書の作成には関わっていない。死亡診断書の改ざんを指示したり、過剰投与の隠蔽を指示した事実もない。

 死亡診断書は、あくまで主治医である被告X3の判断で作成されたものであり、被告X1がこれに影響を与えたことはない。被告X1が死亡診断書を見たのは、訴外Vの死亡直後の混乱の中でのほんのわずかな時間のことであり、被告X3が報告という形で持ってきたのではなく、被告X3が持っていたのをたまたま見ただけである。

 耳鼻科では、全くと言っていいほど死亡事故がなく、被告X1は、死亡診断書の書き方についてはよく知らなかったし、事故の場合には死体検案書を作成しなければならないということも知らなかった。被告X1は、本件で被告X3が作成した診断書が、虚偽のものであるという認識はなかった。

 この点、検察庁は、被告X1を被疑者とする虚偽診断書作成罪の刑事処分につき、検察審査会の不起訴不当の決議にもかかわらず、重ねて不起訴としており、その理由は、同被告に事前共謀が認められないというものであった。

 二 被告丁原の指示について

 被告X1は、一〇月六日、過剰投与の事実が発見され、直ちに被告丁原に対し具体的な事故内容を報告した。また、翌七日、被告丁原は、耳鼻咽喉科の医局を訪れたので、そこでも重ねて事故内容を具体的に聞いている。

 被告丁原の指示は、当面治療に専念し、重大な結果が生じた場合は、すべてを家族に説明せよというもので、決して直ちに原告らに医療事故を伝えろという内容ではなく、患者がいまだ生存している状況では、家族が動揺するので、今はまだ事実を伝えないようにという留保つきのものであった。

 被告X1が、過剰投与判明後、直ちに原告らに説明をしなかったのは、上記被告丁原の指示にしたがったものであり、被告X1独自の判断で原告らに説明をしなかったのではない。

 三 死因の説明について

 一〇月七日、霊安室横の小部屋で行われた説明の際、被告X1は、明確に医療事故であることを言わず、また、投与した抗がん剤の数量等ミスの具体的内容も説明していないが、薬が多かったとの事実の説明、及び謝罪を行った。

 この時点では、訴外Vは、既に死亡しているのであるから、確かに、被告丁原の指示によっても、積極的に医療事故の発生及びその具体的内容を説明すべきであった。

 しかし、被告X1は、死亡直後の遺体を目の前にし、足が震えた状態で、医療過誤の詳しい内容まですべての内容を話せなかったのであり、女子高校生の医療事故による死という事態の重大さに躊躇し、教え子であった担当医らのあまりに初歩的なミスの内容を、原告らに告げることができなかったのであって、計画的な隠蔽ではない。

 そして、同日夕方、被告X1は、被告丁原らと共に原告らの自宅へ謝罪に赴き、自ら、医療過誤の内容を正直に説明した。霊安室での説明が意図的な隠蔽ということではなく、説明が不十分という趣旨である。

 (被告X3の主張)

 一 被告X3は、一〇月六日になって初めて、硫酸ビンクリスチンの過剰投与を知ったものであり、一〇月三日の時点では、硫酸ビンクリスチンの過剰投与の事実には気がつかなかった。

 被告X3が、硫酸ビンクリスチンの投与を中止したのは、副作用が強く出ていたためであり、過剰投与を知っていたからではない。

 二 被告X3は、訴外Vが死亡するまでに、訴外Vの体質に問題があったと述べたことはない。

 三 被告X3は、「転移していた癌が抗がん剤によってはじけた可能性がある。」と述べたことはあるが、それが死亡原因であると説明したことはない。上記説明は、訴外Vに腹部症状が出現した原因の一つとして、転移していた癌が抗がん剤によってはじけたことが考えられるという趣旨である。

 四 被告X3が、死亡診断書に、抗がん剤の過剰投与を記載しなかったのは、その記載方法が分からなかったからであり、滑膜肉腫に起因する重症感染症から多臓器不全に陥ったことが訴外Vの死因であると考えていたからではないし、被告X1が、抗がん剤の過剰投与の事実及びそれが死因である事実の隠蔽を図るという意向を緊急医局会議において示したことを受けたからでもない。

 被告X3は、抗がん剤の過剰投与を死亡診断書に記載する必要があるか、被告X2に確認したところ、被告X2は必要ないと回答した。

 そのため、被告X3は、滑膜肉腫に起因する重症感染症から多臓器不全に陥ったことを死因として記載したまま、診断書のコピーを取るため医局に戻ったところ、被告X1がこれを見て、これで良いと言ったので、それ以上の記載をしなかった。

 また、被告X1が、抗がん剤の投与量は『少し多かった』という説明をするよう指示したのは、訴外丙山医局長に対してのみであり、被告X3は、指示を受けていない。

 五 被告X3の応訴態度の主張及びこれが慰謝料の増額事由になるとの主張は、否認し、争う。

 六 原告らの損害の主張は、争う。

 別紙二 証拠《略》



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