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肺血栓塞栓症又は肺動脈性肺高血圧症をどちらかが発症していた妊婦に対し、適切な医療を提供することなく帰宅した結果、死亡したことに因果関係を認め損害賠償を認めた判例

千葉地裁  令和2年3月27日判決

平成28年(ワ)第2534号

 

       主   文

 

 1 被告は,原告●1に対し,3153万1563円及びこれに対する平成27年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告は,原告●2に対し,802万0391円及びこれに対する平成27年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被告は,原告●3に対し,802万0391円及びこれに対する平成27年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

 5 訴訟費用は,これを10分し,その4を原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。

 6 この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求の趣旨

 1 被告は,原告●1に対し,5099万8685円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告は,原告●2に対し,1301万1693円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被告は,原告●3に対し,1301万1693円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

   本件は,A(以下「A」という。)の相続人である原告らが,当時妊娠〇週であったAが平成〇年〇月〇日に死亡したのは,同月16日,Aを診察したB病院(以下「被告病院」という。)のC医師(以下「C医師」という。)が,Aに対して適切な治療を受けさせなかったためであるなどと主張して,被告病院を開設する被告に対し,民法415条又は715条に基づき(選択的併合),逸失利益等及びこれに対する上記診察日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

  (1)当事者等

   ア Aは,昭和〇年○月生まれの女性であり,平成〇年〇月〇日(以下,月日のみを記載する場合は,平成〇年の月日を示す。)に死亡した(死亡時の年齢は〇〇歳,妊娠週数は〇週)。Aは,その当時,主婦として家事労働を営むかたわら,D株式会社の従業員として稼働していた。

     原告●1,原告●2及び原告●3は,Aの夫,父及び母である。

   イ 被告は,被告病院を開設する×法人である。C医師は,4月16日に,被告病院でAを診察した医師である。

  (2)本件の診療経過等

   ア 平成×年11月頃,Aの妊娠が確認された(甲A1)。

   イ Aは,2月18日,被告病院を初めて受診し,Aと被告との間で,Aの周産期管理に伴う診療行為を行うことを内容とする診療契約が成立した。

   ウ Aは,その後,3月5日及び同月27日,被告病院を受診した。

   エ Aは,4月12日,被告病院に電話し,息切れ及び動悸がつらい旨訴えた。

   オ Aは,4月16日,被告病院を受診し,C医師の診察を受けた。

   カ Aは,4月21日,死亡した。

 3 前提となる医学的知見

  (1)肺血栓塞栓症

   ア 定義

     肺血栓塞栓症(PTE)とは,深部静脈で形成された血栓等の塞栓子が血流に乗って肺動脈を閉塞し,急性及び慢性の肺循環障害を招く病態である(甲B2・249頁,甲B25・2,26頁,乙B15の1・382頁)。

     肺血栓塞栓症は,深部静脈血栓症(DVT)の合併症ともいえ,その1つの病態と捉えられている(甲B1・2頁,甲B8・339頁,甲B34・1823頁,乙B1・1093頁,乙B62・37頁)。

   イ 発症の機序

     本症の塞栓源の多くは,下肢及び骨盤内静脈の血栓であり(約90%),起立,歩行,排便等下肢の筋肉が収縮し,筋肉ポンプの作用により静脈還流量が増加することで,血栓が遊離して発症することが推測される(甲B1・5頁,甲B8・339頁,甲B25・196頁,乙B62・37頁)。

   ウ 診断

     肺血栓塞栓症は,一度発症するとその症状は重篤であり致命的となるので,早急な対処が必要となる(甲B2・249頁,乙B15の1・382頁)。急性肺血栓塞栓症は,主要な症状として呼吸困難,胸痛,頻呼吸(息切れ)があるほか(甲B1・12頁,甲B34・1824頁),症状,理学所見及び一般検査では,後記のとおり,一定の症状,所見及び検査結果を示す場合がしばしばあるものの,特異的といえる所見等はない(甲B1・12頁,甲B8・339,340頁,甲B34・1824頁)。しかし,急性肺血栓塞栓症は,死亡率の高い致死性の疾患であるとともに,急性肺血栓塞栓症と診断された症例の90%は症状から疑われているところ,日常臨床において常にこれを念頭に置くことが重要で,これを疑った場合は,できるだけ早急に診断するように心掛けるべきであり,誘因があって疑わしい症状が認められる場合には,過剰診断を恐れることなく検査を進める必要があるとされている(甲B1・12頁,甲B2・260頁,甲B6・147頁)。

  (2)妊婦の肺血栓塞栓症について

    日本において妊産婦死亡は減少傾向にあるが,肺血栓塞栓症は増加傾向にあり,妊婦の死亡原因の上位を占めている。そして,臨床的に問題となるのは,深部静脈血栓症に起因する肺血栓塞栓症である。(乙B54・104頁)

    妊婦の場合,血流停滞を生じやすいとともに,血液凝固能が亢進するため,妊娠中の深部静脈血栓症の発症率は,非妊婦に比べ5倍以上高率であり(甲B1・5頁,甲B2・250頁,乙B15の1・382頁),妊娠は深部静脈血栓症の危険因子とされている(甲B25・149頁)。

  (3)心不全

   ア 病態

     急性心不全とは,心臓に器質的又は機能的異常が生じて急速に心ポンプ機能の代償機転が破綻し,心室拡張末期圧の上昇や主要臓器への灌流不全を来し,それに基づく症状や兆候が急性に出現した病態である(甲B17・390頁)。

   イ 検査

     心不全が疑われる場合には,BNP又はNT-proBNPの検査が,必要な基本的検査とされている(甲B12・243頁,甲B13・9,12頁,甲B14・15,18頁,甲B16・64頁)。NT-proBNPが400pg/ml(以下,単位を省略する。)を超える場合には,心不全を想定して精密検査が必要であり,4000~8000の場合,重症心不全の疑いがあり,早期の治療が必要であると考えられている(甲B7・8頁,甲B13・7頁)。

  (4)肺高血圧症・肺動脈性肺高血圧症

   ア 定義

     肺高血圧症は,極めてまれな(発症頻度は100万人に1~2人),特に原因と思われる基礎疾患を持たない高度の肺高血圧を主徴とする疾患であり,安静時に右心カテーテル検査を用いて実測した肺動脈平均圧が25mmHg以上の場合をいう(甲B20・20頁,乙B23・5,18頁,乙B63・20頁)。

     肺高血圧症には,肺動脈性肺高血圧症(肺動脈の圧力が異常に上昇するもの。肺動脈圧の上昇により右心不全を始め心臓や肺の機能に障害が生じる。甲B8・338頁,乙B24・1頁),左心疾患による肺高血圧症等がある(乙B23・5頁)。肺動脈性肺高血圧症は,1つの病気ではなく,様々な病気の合併症としても起きる(乙B24・3頁)。肺動脈性肺高血圧症は,心不全の原因疾患になり得る(証人C医師36頁)。

   イ 発症に関する男女差

     肺動脈性肺高血圧症の患者数は,女性の方が男性より2倍近く多い(乙B24・2頁)。女性の発症年齢については,妊娠可能年齢時に好発することが特徴であると指摘される一方(甲B20・20頁,乙B23・18頁),加齢とともに発症が増え,70歳代がピークであると指摘するものもある(乙B24・2頁)。

   ウ 症状

     軽度の肺高血圧症では症状が出現しにくい。また,初期は,安静時の自覚症状はなく,病気がある程度進行すると,自覚症状として,労作時呼吸困難,息切れ,易疲労感,動悸,胸痛,失神等が出る。症状が出現したときには,既に高度の肺高血圧が認められることが多い。また,高度肺高血圧症には労作時の突然死の危険性がある。(乙B23・7頁,乙B24・2頁,乙B63・11頁,乙B65・733頁)

   エ 診断

    (ア)血液検査

      肺高血圧の結果右心負荷や右心不全が生じれば,その重症度に応じ,血液検査においてBNPやNT-proBNPが上昇する(乙B23・8頁,乙B63・11頁)。

    (イ)胸部X線写真

      右心房や右心室の拡張に伴う心拡大が認められる場合が多い(乙B23・8頁,乙B63・11頁)。

   オ 予後

    (ア)肺高血圧症は,極めて予後が不良な疾患であったが,1990年以降の効果的な治療薬の出現による予後改善が見込まれるようになっている(甲B20・20頁,乙B23・18頁,乙B77・45頁)。

      平成22年に発表されたフランスの報告では,1年生存率が89%,3年生存率が77%,5年生存率が69%とされ,平成24年に発表されたアメリカの研究では,1年生存率が91%,3年生存率が74%,5年生存率が65%,7年生存率が59%とされている(甲B20・21頁,乙B23・19頁)。平成20年から平成25年までのデータを集計した日本における研究では,5年生存率が92%とされたり,最近の日本の報告では,1年生存率が97.9%,3年生存率が92.1%,5年生存率が85.8%と,10年生存率が69.5%とされたりしている(甲B20・21頁,甲B37・11頁)。

    (イ)妊娠に関連した肺高血圧症による死亡率について,平成10年から平成19年までに発表された海外の文献では,20%から60%とされており,平成10年及び平成24年に発表された海外の文献では,30%から50%とされている(甲B36・67頁,乙B48の1,乙B87・218頁)。

      このような死亡率の高さのために肺高血圧症患者の妊娠は,原則禁忌とされている(甲B36・67頁,乙B48の1,乙B87・218頁)。

      もっとも,平成29年に発表された日本の文献では,肺高血圧症を合併した妊婦42例のうち,18名について妊娠30週前後で中絶を行い,適切な投薬,麻酔管理等を行った結果,母体死亡は1例のみであったと報告されている(甲B36)。

 4 争点及びこれに関する当事者の主張

   別紙記載のとおりである。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   前提事実及び争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1)Aは,4月12日の夕食後,苦しさを訴え,会話もできないような状態になった(原告●1 1頁)。しばらくして,会話ができる程度に状態が落ち着いた後,被告病院に電話し,息切れ及び動悸がつらい旨を訴えた。被告病院の当直医は,Aに対し,貧血の可能性もあるが,しっかり休むよう指示をした(甲A3・28頁)。

  (2)4月12日から同月15日までの間のAの様子は,特に強い苦しさを訴えることはなかった(原告●1 5頁)。

    Aは,4月15日,原告●1に対し,「苦しいよ」との電子メールを送った(甲A16)。それを見た原告●1が自宅に帰ると,Aは,苦しそうではあったが,会話はできる状態であった(原告●1 12頁)。

  (3)ア Aは,4月16日の昼に原告らと食事をしていた際,顔色が悪くなり,倒れた(原告●1 6頁)。

   イ その後,Aは,被告病院を受診し,C医師の診察を受けた。被告病院に着いた際のAは,倒れたときよりも症状が落ち着いていたが(原告●3 3,4頁),呼吸は荒く,通常の妊婦が訴える息苦しさよりも強い自覚症状を訴えていた(甲A12の2別紙3頁,甲A17・7頁,証人C医師16頁)。

     C医師は,Aに対し,以下の検査を実施した。

    (ア)SpO2の値を測定したところ,98%であった(甲A3・29頁,証人C医師5頁)。

    (イ)心臓と肺の音を聴診したところ,異常は確認できなかった(甲A3・29頁,証人C医師5頁)。

    (ウ)超音波検査を実施し,下肢の大腿静脈及びそれよりも末端側の血管に深部静脈血栓がないかを検査したところ,血栓は確認できず,同検査の端子による圧迫でも,深部静脈血栓症の存在を疑わせる所見が見られなかった(甲A3・30頁,証人C医師6,7頁)。

    (エ)触診で下肢の浮腫を確認したところ,特に認められなかった(甲A3・29頁,証人C医師7,21頁)。

    (オ)ふくらはぎを触診で圧迫したところ,疼痛がないことを確認した(甲A3・29頁,証人C医師7頁)。

    (カ)血液検査をしたところ,CRPやWBCの値が基準値を上回っており,何らかの感染が疑われた(甲A3・30頁,甲A5,証人C医師10頁)。

    (キ)胸部単純X線撮影を実施したところ(甲A4),C医師は,特に異常がないと判断した(甲A3・30頁,甲A17・10頁,証人C医師9頁)。

   ウ C医師は,Aについて,肺血栓塞栓症や心不全を疑っており,上記各検査の結果を踏まえても息苦しさの原因を断定できず,自分1人の判断でAを帰宅させることに不安を覚えていたが,血液検査の結果や鼻で呼吸すると苦しさが増すことから,Aの呼吸困難の原因が上気道閉塞にあると考え,Aに対し,耳鼻科受診を勧めた(甲A3・30頁,甲A12の2別紙1頁,甲A17・8,10,15頁,証人C医師5,12,28,30頁)。

     なお,4月16日にAから採取されて凍結保存されていた血清について,同月28日にNt-proBNPを測定したところ,6312であった(甲A8)。

  (4)4月16日以降のAは,息苦しそうにしているときもあり,特に同月18日には階段を上るのが困難な状況となったこともあったが,同月16日と同程度に息苦しそうにしている様子までは見られず,苦しさを訴えていないときには食欲もあり,家事をするなどして過ごしていた(原告●1 9,10頁,原告●3 7頁)。

  (5)原告●1は,4月21日夜,帰宅するとAが倒れているのを発見した(原告●1 10頁)。

    Aは,被告病院に搬送されたが,その日のうちに死亡した。

 2 Aの死因について

   Aの死因について,以下の検討及び当事者の主張内容その他の弁論の全趣旨によれば,肺血栓塞栓症又は肺動脈性肺高血圧症のいずれかであると認められる。もっとも,Aの死因が肺血栓塞栓症であったと高度の蓋然性をもって認めることまではできない。その理由は,以下のとおりである。

  (1)4月16日の時点で肺血栓塞栓症の発症と矛盾しない状況が認められること

    4月16日の時点のAのNt-proBNPの値は6312であり(認定事実(3)ウ),中等度以上の心不全の状態が存在していたと考えられる(甲B7・8頁)。そして,肺血栓塞栓症も心不全の原因疾患となり得るものである(甲B11,甲B14・12頁,甲B16・56頁,証人C医師27頁)。

    その上で,Aは,当時39歳の妊婦であったところ,妊婦であることは,肺血栓塞栓症のリスク因子であり(前提となる医学的知見(2)),35歳以上であるという高齢妊娠は,そのリスクを高める要因であった(甲B2・250頁,甲B19・11頁)。

    また,4月16日時点のAの症状(呼吸困難及び息切れ)は,肺血栓塞栓症の主要な症状と合致しており(前提となる医学的知見(1)ウ。なお,ここでいう呼吸困難は,認定事実(3)イ記載のとおり,通常の妊婦が訴えるものよりも強いものであった。),現にC医師も,認定事実(3)ウのとおり,当時,Aの肺血栓塞栓症を疑っていた(被告も,本件訴訟提起前の段階で,Aの死因として,肺血栓塞栓症の可能性を否定できるものではないとしているし(甲A12の2別紙4頁),被告が提出する医師の意見書の中にも,肺血栓塞栓症が死因である可能性自体は否定しないものがある(乙B28・2頁)。)。

    これらの事実に照らすと,4月16日にAに存在した心不全の状態は,肺血栓塞栓症によるものである,すなわち,Aは同日時点で肺血栓塞栓症を発症していたものであると考えても矛盾しない状況が認められる。

  (2)死因が肺血栓塞栓症ではないとの被告の主張について

    被告は,Aの肺血栓塞栓症の発症を否認し,その理由として以下の点を指摘するところ,これらは,いずれも,肺血栓塞栓症の発症と矛盾するものとはいえない。もっとも,被告の主張を踏まえると,Aについては,呼吸困難,息切れ及び心不全のほかに,肺血栓塞栓症を発症した場合に少なからずみられる典型的な症状等がほとんどなかったことが認められる。

   ア 妊娠週数について

     被告は,当時のAが妊娠23週の妊娠中期の妊婦であり,肺血栓塞栓症を発症する危険性の高い数週ではなかったと主張する。

     しかし,被告がその根拠として指摘する証拠(乙B15の1,15の2)を検討しても,妊娠23週の妊娠中期の妊婦が肺血栓塞栓症を発症する可能性が否定されるとまではいえない。また,妊娠中期の肺血栓塞栓症の発症を報告する文献もある(甲B19・12頁)。

     そうすると,被告の上記主張を踏まえても,Aの肺血栓塞栓症の発症を否定することはできない。

   イ 発症の突発性について

     被告は,肺血栓塞栓症は,最初に起き上がった時や第一歩行時に突発する胸痛や歩行困難で発症することが多いところ,Aの症状は突発的に発生したものでなかったことを主張する。

     しかし,肺血栓塞栓症は,全く無症状のものから突然死を来す重篤なものまで様々あり,その臨床像が複雑であるとされている(甲B8・340頁,甲B25・4頁,甲B28・5頁,甲B34・1824頁,乙B1・1085頁)。

     そうすると,被告の上記主張を踏まえても,Aの肺血栓塞栓症の発症を否定することはできない。

     もっとも,肺血栓塞栓症の発症の傾向に関する被告の上記主張を裏付ける証拠はある(甲B2・252頁,乙B7・29頁)。また,肺血栓塞栓症の発症時の誘因が明らかになっている症例では,安静解除後の起立,歩行や排便,排尿に伴った発症が多いことも指摘されている(甲B1・5頁)。

   ウ SpO2の値等について

     被告は,被告病院受診時のAのSpO2が98%で正常値であり(認定事実(3)イ(ア)),胸部の聴診でも異常がなかったこと(認定事実(3)イ(イ))を主張する。

     しかし,肺血栓塞栓症を発症した場合でも,代償性に過換気となることで低酸素血症を免れることがあり,比較的広汎な肺血栓塞栓症でも,低酸素血症がはっきりしない場合もある(甲B6・149頁,乙B1・1085頁)。現に,C医師も,当時にAの上記SpO2の値が判明した後も,最も可能性が高いものとして肺血栓塞栓症を考えていたことが認められる(証人C医師5頁)。被告も,酸素飽和度が正常の肺血栓塞栓症の症例があること自体は認めている(被告準備書面(10)16頁,乙B83,84)。

     また,胸部の聴診で異常がなかったからといって,肺血栓塞栓症を除外できることをうかがわせる証拠もないし,C医師も,肺塞栓は聴診では分からないとしている(証人C医師6頁)。

     そうすると,被告の上記主張を踏まえても,Aの肺血栓塞栓症の発症を否定することはできない。

     もっとも,医学文献では,SpO2が90%未満であれば肺血栓塞栓症を疑うと指摘されたり(甲B19・22頁),肺血栓塞栓症の主たる病態や典型例は,急速に出現する肺高血圧及び低酸素血症であると指摘されたりしている(甲B1・5,13頁,乙B7・29頁)。また,被告が提出する医学文献では,肺血栓塞栓症を発症した場合,SpO2が低下する事例がほとんどであることが指摘されている(乙B56)。

   エ 下肢に対する検査所見について

     被告は,4月16日の時点において,超音波検査で下肢に血栓が確認できなかったとともに,同検査の端子による圧迫でも深部静脈血栓症の存在を疑わせる所見が見られなかったこと(認定事実(3)イ(ウ)),触診でも下肢の浮腫がなく(認定事実(3)イ(エ)),下肢の把握痛もなかったこと(認定事実(3)イ(オ))を主張する。

     しかし,肺血栓塞栓症は,肺動脈に新鮮血栓が流入する疾患であるところ,肺に新鮮血栓が多数あっても,下肢には,血栓のほとんどが出払ってしまって血栓が全く存在しないこともあり(甲B25・148頁,甲B29・1044,1045頁。この点は,C医師も認めている(証人C医師21頁)。),肺血栓塞栓症患者で下肢の深部静脈血栓が見つかるのは12~39%とされている(甲B25・148,196頁,乙B1・1093頁)。また,その結果,深部静脈血栓症の症状として多いとされている下肢の疼痛や腫脹等の症状が見られないこともある(甲B28・4頁,甲B29・1044頁)。さらに,深部静脈血栓症は,無症状のことも多くあり,浮腫の症状がないからといって,その存在を否定することはできないとされている(甲B26の2・242頁,甲B26の3・258頁)。

     これらの医学的知見に照らすと,超音波検査や触診において血栓の存在を疑わせる所見がなかったことをもって,Aの肺血栓塞栓症の発症を否定することはできない(被告も,酸素飽和度が正常で,かつ,下肢血栓のない肺血栓塞栓症の症例があること自体は認めている(被告準備書面(10)16頁,乙B83,84)。)。

   オ 胸部単純X線写真について

     被告は,胸部単純X線写真においても明らかな心拡大が見られなかったこと(認定事実(3)イ(キ))を主張する。

     しかし,肺血栓塞栓症を胸部単純X線写真で診断するのは難しく,異常所見が見られない場合もあり,むしろ,呼吸困難や低酸素血症が強いのに胸部単純X線写真で胸郭や肺野に異常を認めない場合に肺血栓塞栓症を疑うことが診断のきっかけになると指摘されている(甲B6・148頁,甲B25・48頁,乙B1・1089頁,乙B29・1頁)。

     そうすると,被告の上記主張を踏まえても,Aの肺血栓塞栓症の発症を否定することはできない。

     もっとも,肺血栓塞栓症の場合,胸部単純X線写真が診断に極めて重要であること(甲B2・254頁,乙B7・29頁)や,7割に心拡大が見られること(甲B1・13頁,甲B6・148頁)が指摘されている。

   カ 症状の増悪と寛解を繰り返す点について

     被告は,4月16日前後のAの症状が増悪と寛解を繰り返している点は,肺血栓塞栓症と矛盾すると主張し,C医師は,認定事実記載の同月12日以降のAの症状(寛解と増悪を繰り返していること)に関し,結果として死に至るような肺塞栓があった場合に,1回詰まった塞栓子が抜けていってその症状が寛解するということは,非常に考えにくいことからすると,当時のAが肺血栓塞栓症であったと考えるのは当時の症状と矛盾すると供述する(証人C医師35~36頁)。

     しかし,肺血栓塞栓症は,再発を繰り返したり,血栓塞栓の自然融解により病像が刻々と変化したり,全く無症状のものから突然死を来す重篤なものまで様々あったりしてその臨床像が複雑であり,発症即死亡するようなもの(1回発症型)もあれば,臨床症状を有しているが短時間で死亡することはなく,治療がされない場合に肺塞栓の再発を繰り返して致死性となるもの(再発型)もある(甲B25・4,148,195頁,甲B28・5頁,乙B1・1085,1087頁。この点については,被告も,本件のような経過をたどる致死的な肺血栓塞栓症(再発型)が少数であるというにとどまり,そのような経過をたどる肺血栓塞栓症が存在しないとは主張していない(被告準備書面(10)2,6,7,12頁)。)。また,肺は血管溶解作用が強く,そのため,何らかの臨床症状を現すが,肺で急速な血管溶解が働いて一過性に経過するので,臨床診断不能な肺血栓塞栓症があるとともに,発症時に失神を呈するような急性の重症例でも,その多くは部分的に血栓が自然に溶解し,回復傾向を示すことがある(甲B25・4,28頁)。このように,肺血栓塞栓症は,反復性又は再発性の塞栓子によって起こってくると考えられる慢性の経過をたどって増悪する場合もある(甲B25・2,150頁,甲B29・1045頁)。

     上記の医学的知見に照らすと,増悪と寛解を繰り返していたというAの当時の症状は,肺血栓塞栓症と矛盾するものではないといえる。そうすると,これに反するC医師の上記供述を採用することはできない(なお,被告は,血栓は難溶性であり,一度肺に形成された血栓が治療により溶解するには,数週間から数か月を要すると主張するが,その根拠として指摘する医学文献(乙B73)は,昭和44年に発表されたものであり,現在も妥当する医学的知見を提供するものであるのか疑問があることに照らすと,上記文献をもって,上記認定に疑問を生じさせるに足りるものであるとはいえない。)。

   キ 死後CTについて

     被告は,死後のCT検査結果において肺血栓塞栓症を示唆する所見が認められなかったこと(肺動脈の血管内に血の塊が確認できず,血液の固形成分と液体成分が分離した液面が形成されていたこと,末梢肺動脈の狭小化がみられないこと等)(乙A3)に照らすと,Aの死因を肺血栓塞栓症と確定できないことを主張する。

     しかし,被告は,本件訴訟提起前の交渉段階における原告からの照会に対し,上記CTの結果は,肺血栓塞栓症の可能性を否定できるものではないと自認している(甲A12の2別紙4頁)。また,死後のCTでは,肺血栓を診断することが困難であると指摘する医学文献がある(甲B21・9頁,甲B22)。

     そうすると,被告の上記主張を踏まえても,Aの肺血栓塞栓症の発症を否定することはできない。

     もっとも,原告が指摘する上記医学文献(甲B21)は,心臓や血管内腔の循環停止に伴う死後変化である血液就下や凝血塊といった所見が,生体の血栓症と類似する所見であり,その鑑別について検討しているものである(甲B21・7頁)。これをもって,肺血栓塞栓症を発症していたにもかかわらず,死後CTで血栓を確認できないことが通常であるとか,一般的であるとかと認めることはできない。

   ク 小括

     このように,被告の上記主張を踏まえても,Aが当時肺血栓塞栓症を発症していたとして矛盾する点があるとはいえない。そして,4月16日の時点で肺血栓塞栓症の発症と矛盾しない状況が認められること(上記(1))に照らせば,当時のAの肺血栓塞栓症の発症の蓋然性をかなりの程度に認めることができる。

     しかし,被告の上記主張を踏まえると,Aについては,4月16日と死亡後のいずれの時点でも血栓の存在が確認できていないこと,肺血栓塞栓症として典型的であると考えられる症状(低酸素血症,発症の突発性等)が確認できていないことが指摘できる。そうすると,本件では,肺血栓塞栓症の発症が証明されたといえるかどうかについて,なお慎重に検討する必要があるといえる。

  (3)死因が肺動脈性肺高血圧症であるとの被告の主張について

    被告は,Aは当時肺血栓塞栓症を発症しておらず,肺動脈性肺高血圧症を発症しており,死因もそれであった旨主張する。

    確かに,肺動脈性肺高血圧症は,発症頻度が100万人に1~2人という,非常にまれな疾患である(前提となる医学的知見(4)ア)。

    しかし,肺動脈性肺高血圧症は,妊娠可能年齢の女性に好発するとされているところ(前提となる医学的知見(4)イ),Aはこれに該当する。また,肺高血圧症では,動脈酸素圧(PaO2)が正常のままであるか,わずかに低い程度であるとする文献があるところ(乙B25),Aは,動悸や息切れによる症状を強く訴えるにもかかわらず,SpO2の値が保たれていた(認定事実(3)イ(ア))。さらに,Aに下肢の血栓症を示唆する把握痛などがなかったこと(認定事実(3)イ(エ)),Aの発作が突発的でなく,増悪と寛解を繰り返していたこと,CRPの値が基準値を超えていたこと(認定事実(3)イ(カ),乙B77・47頁),死後CTで血栓が確認できなかったことも,肺動脈性肺高血圧症と矛盾しない。

    これらは,いずれも,上記(2)クのとおり,肺血栓塞栓症であったとしても矛盾しないものでもあるので,被告のこれらの主張をもって,Aの肺血栓塞栓症の発症が否定されるものではない。しかしながら,これらを踏まえると,肺動脈性肺高血圧症が非常にまれな疾患であることを踏まえても,Aがその当時肺動脈性肺高血圧症を発症しており,それが死因であった可能性も否定し難いものといわざるを得ない。

  (4)小括

    以上の検討によれば,Aは,4月16日の時点で肺血栓塞栓症を発症していた可能性がかなりの程度に認められる。しかし,Aの症状に肺血栓塞栓症の典型的な症状がいくつも確認されていたわけではないことに照らすと,Aの肺血栓塞栓症の発症が強く裏付けられているとか,それ以外の可能性が排除されているとまではいえない。

    他方,被告が主張する肺動脈性肺高血圧症の発症と矛盾する症状があったわけではなく,肺動脈性肺高血圧症がまれな病気であることを踏まえても,その可能性は否定できない。

    そうすると,当時のAが肺血栓塞栓症を発症していたことについて高度の蓋然性が認められるとまではいうことができない。すなわち,当裁判所の判断としては,Aの死因が,肺血栓塞栓症か肺動脈性肺高血圧症のいずれかであるとまでは認められるが,それ以上にAの死因を特定することは困難であるというほかはない(なお,上記のとおり肺血栓塞栓症の可能性が否定されているわけではないこと及び指定難病としての肺動脈性肺高血圧症の認定のためには,肺血栓塞栓症でないことを確認する必要があるとされていること(乙B24)に照らすと,Aが肺動脈性肺高血圧症を発症しており,それが死因であったと特定することもできない。)。

    以下では,この判断を前提に,各争点に対する判断を示す。

 3 争点(1)(C医師の過失)について

  (1)上記2のとおり,Aは4月16日の時点で肺血栓塞栓症か肺動脈性肺高血圧症を発症していたと認められるところ,C医師は,当時,肺血栓塞栓症及び心不全を疑っていた(認定事実(3)ウ)。その上で,C医師は,認定事実(3)イ(ア)から(キ)までの事情を踏まえて,血液検査の結果や鼻で呼吸して苦しさが増すことから上気道閉塞があり得るのではないかと考えていたものである(認定事実(3)ウ)。

    しかし,当時のC医師は,苦しさの原因を断定できず,自分1人の判断でAを帰宅させることに不安を覚えていたのであるから(認定事実(3)ウ),急性肺血栓塞栓症が死亡率の高い致死性の疾患であり,これを疑った場合は,できるだけ早急に診断するように心掛け,過剰診断を恐れることなく検査を進める必要があるとされていること(前提となる医学的知見(1)ウ),心不全も致死性の病態である上(甲B14),その背後には様々な重大な原因疾患が存在している可能性があると考えられることを踏まえるならば,上記各認定事実の検査結果をもってAの肺血栓塞栓症や心不全の発症を否定する判断をすべきであったとはいえず,肺血栓塞栓症の確定診断のために更なる検査,具体的には,造影CT,肺シンチグラフィ及び肺動脈造影を実施すべきであったといえるし(甲B1・14,17頁。過失①),心不全が疑われた場合の基本的な検査であるNT-proBNTを測定すべきであったといえる(前提となる医学的知見(3)イ。過失④)。仮に,C医師自身がこれらの検査を実施できなかったのであれば,被告病院の循環器内科や胸痛センター等に対し,Aの検査・治療を委ねるなどの措置を講じるべきであったといえる(過失②,⑤)。なお,上記各検査や措置のために入院が必要であれば,Aを入院させることまで含むものである(過失③,⑥)。

  (2)被告の主張について

   ア 被告は,妊娠中であったAに対する造影CT及び肺動脈造影の検査義務に関し,それらの実施時における被爆に関するリスクや造影剤投与のリスクを指摘する。

     しかし,肺血栓塞栓症を発症した妊婦に対する造影CTが有用であるとの指摘があり(甲B19・22頁,乙B7・29頁),造影剤についても,胎児の甲状腺機能への影響を考慮することが推奨されているが,妊婦に対する使用を禁止すべきことを示唆する指摘はない(甲B10,乙B21の1,乙B21の2)。かえって,妊婦でも肺血栓塞栓症が疑われたら積極的に造影CTや肺動脈造影を実施して診断を確定しなければならないとの指摘がある(甲B2・254頁)。

     これと,上記のとおり肺血栓塞栓症が,死亡率が高く,その疑いがある場合にはできるだけ早急に診断すべきであると考えられていることにも照らすと,被告が指摘する上記リスクが,本件で造影CTや肺動脈造影の検査義務を否定すべきことを裏付けるものとは評価できない。

   イ 被告は,肺シンチグラフィの検査義務に関し,放射線医薬品を使用するため,胎児被爆のリスクがあることを指摘する。

     しかし,肺シンチグラフィによる胎児の被爆量は,10mGy未満であるところ(甲B9),妊娠10から27週では,100mGy未満の被爆では影響がないと説明して差し支えないとの指摘があり(乙B17・58頁),肺シンチグラフィによる被爆によって胎児に奇形,精神発達遅滞,発育遅延は発生しないとされている(甲B9)。

     そうすると,被告が指摘する上記リスクは,肺シンチグラフィの検査義務を否定すべきことを裏付けるものとは評価できない。

  (3)小括

    そうすると,C医師には,上記各検査を実施するか,被告病院の循環器内科や胸痛センター等に対し,Aの検査・治療を委ねるなどの措置を講じるべきであったのに,それらを怠ったという過失が認められる。

 4 争点(2)(因果関係)について

   仮にAが肺血栓塞栓症を発症していた場合,上記3で認定したC医師の過失は4月16日のものであるところ,Aが実際に死亡したのは,その5日後である同月21日であること(前提事実(2)カ),同月16日から同月21日までのAの様子に,重篤な症状を示唆するものが特段認められないこと,肺血栓塞栓症は,診断されず未治療の症例では,死亡率が約30%であるが,十分に治療を行えば予後は比較的良好であり,死亡率は2~8%まで低下するとされ,早期診断及び適切な治療が大きく死亡率を改善するとされていること(甲B1・7,18頁),再発型の急性肺血栓塞栓症は,再発する前に正しく診断し,適切な治療を行えば,致死性の肺血栓塞栓症の発症を未然に防ぐことが可能であるとされていること(甲B25・195頁)を踏まえると,4月16日の時点で,上記3記載のC医師の過失がなければ,Aは,肺血栓塞栓症と診断された上で,それに対する治療の第一選択とされている抗凝固療法(甲B1・21頁,甲B8・340頁,甲B25・150頁)を受けることで,その死亡を回避できたといえる。

   また,仮にAが肺動脈性肺高血圧症を発症していた場合でも,上記3記載の心不全に対する検査が実施され,NT-proBNTの値が測定されれば,直ちに中程度以上の心不全の状態にあることが明らかになり,入院措置が執られるとともに,心不全の原因究明のための更なる検査が実施されたと考えられ,これにより,Aが肺動脈性肺高血圧症を発症していることが直ちに確定できなかったとしても,肺動脈性肺高血圧症も視野に入れた心不全に対する対応と治療が実施されたであろうから,Aが4月21日の時点で死亡することは回避できたといえる(ただし,その後どの程度の期間生存できたかに関する検討は,下記5のとおりである)。

   したがって,本件では,C医師の過失とAの死亡との間の因果関係が認められる。

 5 争点(3)(損害額)について

  (1)Aの損害額

   ア 逸失利益

    (ア)就労可能期間

      仮に,Aが肺血栓塞栓症を発症していた場合,原告主張の就労可能年齢まで生存した高度の蓋然性が認められるが,そもそも,Aが肺血栓塞栓症を発症していたことについて証明があったとまではいえないことは,上記2のとおりである。

      そこで,Aが肺動脈性肺高血圧症であった場合のAの生存期間について検討すると,前提となる医学的知見(4)オ記載の肺動脈性肺高血圧症の生存率,その患者が妊娠した場合の死亡率が高いこと,他方,1990年以降の効果的な治療薬の出現による予後改善が見込まれるようになっており,今後も更なる改善が期待できることに照らすと,C医師の過失がなかった場合,控えめに見積もって7年間であれば,Aが生存できた高度の蓋然性が認められると解するのが相当である。

      そこで,本件では,逸失利益の算定に当たっての就労可能期間としては7年(ライプニッツ係数は,5.786)を採用する。

    (イ)逸失利益の算定

      Aは死亡時点で39歳であり(前提事実(1)ア),家事労働に従事していたところ,基礎収入は,原告ら主張のとおり364万1200円と認めるのが相当である。これに,生活費控除率を30%として,上記ライプニッツ係数を採用すると,逸失利益は,1474万7588円となる。

   イ 慰謝料

     Aが妊娠中であり,本件の結果,胎児も死亡したこと,その他の本件に関する一切の事情を斟酌すると,Aに関する慰謝料は,2300万円が相当である。

   ウ Aの損害の合計額及び各原告の相続額

     Aの損害の合計額は,3774万7588円であるところ,原告●1はAの配偶者としてその3分の2(2516万5058円),原告●2及び原告●3はAの両親としてその6分の1ずつ(629万1265円)を相続したものと認められる(甲C1~4)。

  (2)原告●1の損害額

   ア 相続した額:2516万5058円

   イ 葬儀費用:  150万0000円

     甲C6によれば,Aの夫である原告●1は,その負担において,Aの葬儀を行ったと認められるところ,葬儀費用相当の損害は150万円と認めるのが相当である。

   ウ 慰謝料:   200万0000円

   エ 弁護士費用: 286万6505円

     本件事案の内容や認容額等を考慮して定めた(その余の原告についても同様である。)。

   オ 総額: 3153万1563円

  (3)原告●2及び原告●3それぞれの損害額

   ア 相続した額: 629万1265円

   イ 慰謝料:   100万0000円

   ウ 弁護士費用:  72万9126円

   エ 総額:    802万0391円

 6 認容する請求について

   原告らは,民法415条又は715条に基づく請求を選択的に併合して請求しているところ,遅延損害金の始期について原告らにとってより有利である後者の請求を認容することとする。

 7 遅延損害金の始期について

   不法行為に基づく損害賠償債務は,損害発生時としての不法行為の時から遅滞に陥ると解されるところ,本件で原告らが主張する損害が発生した時は,Aが死亡した4月21日である。そのため,遅延損害金の起算日も,同日であると解される。

第4 結論

  以上によれば,原告らの請求は一部理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。

    千葉地方裁判所民事第2部

        裁判長裁判官  内田博久

           裁判官  貝阿彌千絵子

           裁判官  瀧澤孝太郎

 

別紙

       争点及びこれに関する当事者の主張

第1 争点

 1 C医師の過失

 2 因果関係

 3 損害額

第2 争点に関する当事者の主張

 1 C医師の過失(争点1)

  (1)原告らの主張

   ア Aの死因が肺血栓塞栓症であると考えられることを前提にした過失の主張

    (ア)過失①

      Aの死因は,肺血栓塞栓症であると考えられるところ,肺血栓塞栓症は,診断がつかず適切な治療が行われない場合には死亡の確率が高く,他方で,適切な治療がなされれば死亡率が顕著に低下する疾患であり,また,症状,理学的所見,一般検査(胸部X線,心電図,血液生化学検査)で特異的なものがなく,これらの点のみでその可能性を除外することができない疾患である。そこで,C医師は,4月16日の診察時に,Aが肺血栓塞栓症であることを疑ったのであるから,肺血栓塞栓症及び深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドラインに従い,心エコー検査等のスクリーニング検査に加え,Dダイマーの測定を行った上で(仮にDダイマーの測定を行わない場合はスクリーニング検査後直ちに),造影CT,肺シンチグラフィ若しくは肺動脈造影のいずれかの検査又はその組合せによる検査を施行して確定診断を行うべきであったが,これを怠った。

    (イ)過失②

      肺血栓塞栓症は,死亡率が高いため,少しでもこれが疑われたら高次医療機関へ転送し,循環器内科医等の集学的治療が必要であるとされ,また,診断に自信が持てない場合には確定診断した上で適切な治療を行うためにも,確定診断に必要な画像検査の実施が可能な施設への速やかな移送が求められる。国立大学病院である被告病院は,循環器内科や,循環器内科医を中心に,救急科医師とともに24時間態勢で迅速な診断と最適な治療を実施する「胸痛センター」を有している。そして,C医師は,4月16日の自身の診察について,心臓や肺の専門家ではなく,1人の診断でAを帰すことが不安であったと説明している。そのため,C医師は,4月16日の診察時に,肺血栓塞栓症の確定診断又は所要の治療を得るべく,被告病院の循環器内科や胸痛センターなどに対し,Aの検査・治療について相談するか,それを委ねるなどの措置を講じるべきであったが,これを怠った。

    (ウ)過失③

      C医師は,4月16日の診察時に,Aの呼吸困難等の原因を突き止められなかったのであるから,原因精査のため,Aを入院させ,過失①及び②と同様の措置を講じるべきであったが,これを怠った。

   イ 心不全に関する過失の主張(過失④~⑥)

     C医師は,4月16日の診察時に,下肢の検査で肺血栓塞栓症を除外診断した後,息苦しさの症状から考えられる他の疾患として,Aが心不全であることを疑って血液検査を実施したのであるから,この血液検査においてAが心不全であることを鑑別するために,心不全の鑑別検査として,医療従事者にとって広くその有用性が知られていた基本的な検査であるBNP又はNt-proBNPを測定し,その結果を踏まえ,心電図等の心不全の確定診断のために必要な検査を実施するとともに,その原因疾患の特定や確定診断のために必要な検査を実施するべきであったが,これを怠った(過失④)。そうでないとしても,被告病院の循環器内科や胸痛センターなどに対し,Aの検査・治療について相談するか,それを委ねるなどの措置を講じるか(過失⑤),Aを入院させた上で,過失④及び⑤と同様の措置を講じるべきであったが(過失⑥),これを怠った。

  (2)被告の主張

   ア 肺血栓塞栓症の発症等について

     Aが被告病院受診時に肺血栓塞栓症を発症していたことは否認する。本件で死因は確定されておらず,仮に,Aの死因が肺血栓塞栓症であったとしても,その原因となった血栓の形成及びAの肺血栓塞栓症の発症は,被告病院におけるAの診察以降に発生したものと考えられる。

   イ 考えられる死因

     ①動悸や息切れによる症状を強く訴えるにもかかわらず,SpO2が保たれていたこと,②胸部X線写真等で肺うっ血等の左心不全を示唆する兆候を認めないのにNT-proBNPが高値であったこと,③下肢の血栓症を示唆する把握痛などもなかったことに照らすと,Aの死因としては,特発性肺動脈性肺高血圧症が考えられる。

   ウ C医師の処置について

     C医師は,胸部単純X線撮影及び各種検査等の医学的に妥当な手順を踏まえた上,Aの上気道閉塞や副鼻腔炎を疑っており,過失は認められない。

   エ 他科へのコンサルテーションや入院をさせなかったことについて

     4月16日のAの検査結果等に照らすと,肺血栓塞栓症や心不全が存在する可能性は極めて低いと判断でき,循環器内科や胸痛センターなどに相談すべき状態は存在しないので,C医師が,同日の時点で,Aについて,他科へのコンサルテーションをしなかったり,入院をさせなかったりしたことは過失といえない。

 2 因果関係(争点2)

  (1)原告らの主張

   ア 過失①から③までについて

     Aが死亡したのがC医師の診療の5日後であったことから,4月16日時点ではAの肺血栓塞栓症はいまだ軽症であったと考えられること,肺血栓塞栓症は急性期において適切な治療が行われれば,死亡率が2%から8%に低下するとされていることに照らすと,4月16日にAに対して適切な治療が開始されれば,Aを救命できた高度の蓋然性が認められる(過失①,②)。このことは,4月16日の時点で確定診断できずに入院した場合でも,同日中には肺血栓塞栓症の確定診断が得られ,そのための治療が開始されたと考えられるので,同様である(過失③)。

   イ 過失④から⑥までについて

     仮に,4月16日の時点で,心不全及びその原因疾患の特定や確定診断のための適切な検査が施行されていれば,当日中には心不全及びその原因疾患の確定診断が得られ,その治療を開始できたはずである(過失④,⑤)。また,確定診断ができずに入院となった場合でも,入院後速やかに確定診断のための検査が行われれば,当日又は翌日には心不全及びその原因疾患の確定診断が得られ,治療が開始されたはずである(過失⑥)。そうすれば,いまだ救命のための時間的余裕があったと考えられるので,Aを救命できた高度の蓋然性が認められる。

  (2)被告の主張

    否認する。

   ア 本件の死因としては,特発性肺動脈性肺高血圧症が考えられるところ,仮に,C医師が心不全に対する一般的な治療(利尿薬,血管拡張薬,強心薬,補助循環等)を行ったとしても,Aの突然死を予防できたか疑問である。なぜならば,利尿薬,血管拡張薬,強心薬等は,心不全に伴う体液貯留と組織循環不全に対して行われる治療であり,補助循環は,ショック状態に対して行われる治療であるところ,4月16日当時のAの身体所見や検査結果からは,浮腫や胸水貯留等の体液貯留はなく,肺うっ血もなかったため,上記の一般的な治療による効果が得られるほど血行動態が破綻した状態は認められなかったからである。

     また,死因が特発性肺動脈性肺高血圧症の場合,妊娠に合併した際の死亡率が平成12年以前は約3割と非常に高率であったことや,特発性肺動脈性肺高血圧症の症例では,入院管理し,なんとか分娩にまでは至っても,その後の死亡を回避できなかった症例があり,入院が必ずしも救命につながらないことに照らすと,死亡を避けられた高度の蓋然性は認められない。

   イ 仮に死亡原因が肺血栓塞栓症だったとしても,Aの症状の程度に照らすと,強く肺血栓塞栓症を疑う状況でなく,妊婦という特殊性を考慮すると造影CT検査及び肺動脈造影を行うには至らず,4月21日の時点でも原告の示す死亡率30%(診断されず未治療の症例)の状況が存在したと考えられ,高度の蓋然性を持って救命できたとはいえない。

 3 損害額(争点3)

  (1)原告らの主張

   ア Aの損害

    (ア)死亡による逸失利益:3797万2873円

       基礎収入:      364万1200円

       生活費控除率:    0.3

       就労可能期間:    67歳までの28年間

       ライプニッツ係数:  14.8981

    (イ)慰謝料:2400万円

   イ 原告●1固有の損害

    (ア)葬儀費用: 204万7192円

    (イ)慰謝料:      300万円

   ウ 原告●2固有の慰謝料: 150万円

   エ 原告●3固有の慰謝料: 150万円

   オ 弁護士費用

    (ア)原告●1: 463万6244円

    (イ)原告●2: 118万2881円

    (ウ)原告●3: 118万2881円

  (2)被告の主張

    否認ないし争う。

                                 以上



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