【弁護士法人ウィズ】医療ミス医療事故の無料電話相談。弁護士,医師ネットワーク

肝細胞癌の治療のために、ラジオ波焼灼術を受けた患者が出血性ショックにより死亡したのは、 注意義務を怠った過失または,術後に定型的な手順として経時的に各検査を行うべき注意義務を怠ったとして賠償を認めた判例

金沢地裁

平成28年(ワ)第539号

令和2年3月30日判決

       主   文

 1 被告は,原告らに対し,それぞれ564万2798円及びこれに対する平成27年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

  被告は,原告らに対し,それぞれ2204万7096円及びこれに対する平成27年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

   本件は,肝細胞癌の治療のために学校法人である被告が開設・運営するE病院に入院し,同病院においてラジオ波焼灼術を受けた亡F(以下「亡F」という。)が,施術の翌日に同病院内で右横隔膜損傷に伴う右胸腔内出血による出血性ショックにより死亡したことについて,亡Fの相続人である原告らが,同病院の担当医師において,亡Fに対する適切な術後管理を怠った過失があると主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として,それぞれ2204万7096円(亡Fの損害としての逸失利益588万6232円,慰謝料2400万円,葬儀費用20万4200円及び診療情報開示費用3760円の合計3009万4192円に法定相続分割合(各2分の1)を乗じた1504万7096円に,原告らの固有の慰謝料各500万円及び弁護士費用各200万円を加算した金額)及びこれに対する亡Fの死亡日(不法行為日)である平成27年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨から容易に認められる事実)

  (1)当事者等

   ア 亡Fは,昭和〇年○月○○日生の男性であり,後記死亡当時,〇歳であった。

     原告X1(以下「原告X1」という。)は,亡Fの妻であり,原告X2(以下「原告X2」という。)は,亡Fの子である。

   イ 被告は,E病院(以下「被告病院」という。)の開設・運営を行う学校法人である。

     G医師(以下「G医師」という。),H医師(以下「H医師」という。)及びI医師(以下「I医師」といい,G医師及びH医師と一括して「被告病院医師」という。)は,いずれも被告病院の肝胆膵内科の医師である。

     G医師は,肝疾患の診療及びラジオ波焼灼術を専門とし,約500症例のラジオ波焼灼術の施術経験があり,平成27年11月10日,同病院において,亡Fに対し同術を施術した(乙A3,証人Gの証言(以下「証人G」と表記する。)。

     H医師は,当時,後期研修医であり,同日午後5時から同月11日朝まで,施術後の亡Fが入院する同病院の当直勤務を担当した(甲A5,乙A4。以下,両日の出来事については,年月の記載を省略する。)。

     I医師は,H医師の1年先輩の医師であり,亡Fの主治医であった(甲A2,証人Hの証言(以下「証人H」と表記する。)。

  (2)診療経過等(甲A1,2,甲B1)

   ア 亡Fは,平成27年10月,被告病院の肝胆膵内科において,原発性肝細胞癌と診断され,その治療としてラジオ波焼灼術(RFA)を受けるために,同年11月9日,同病院に入院した。

   イ ラジオ波焼灼術(ラジオ波熱凝固療法)は,腫瘍内に穿刺した電極周囲をラジオ波(周波数約450キロヘルツの高周波)により誘電加熱し,腫瘍を壊死させる治療法である。G医師は,10日午後2時15分頃から午後3時35分頃まで,被告病院において,横隔膜直下に存在する亡Fの癌の腫瘍病変に対するラジオ波焼灼術を施術した(以下「本件手術」という。)。

   ウ 亡Fは,施術後,被告病院7階西病棟の病室に戻った。10日午後5時から11日朝まで,被告病院の肝胆膵内科では,当直医であるH医師を,亡Fの主治医であり,第一次支援医であるI医師,第二次支援医である勤務6年目の医師がバックアップ支援し,G医師は,亡Fの容体に応じて相談を受ける体制がとられていた。

   エ 11日午前4時30分頃,聴診による亡Fの血圧測定が困難となり,同日午前5時15分頃,亡Fは,心停止の状態に至り,心肺蘇生処置がとられたが,同日午前7時10分,死亡が確認された。

   オ 11日午前9時頃から被告病院で実施された病理解剖の結果,亡Fの死因は,右横隔膜損傷に伴う右胸腔内出血による出血性ショックであるとされた(亡Fの死因について,当事者間に争いがない。)。

 3 争点及びこれに関する当事者の主張

   本件における争点は,①被告病院医師の過失の有無,②被告病院医師の過失と亡Fの死亡との間の因果関係の有無,③原告らの損害である。

  (1)被告病院医師の過失の有無(争点①)

   ア 原告らの主張

     亡Fの症例のように,横隔膜直下に存在する腫瘍に対するラジオ波焼灼術では,施術に際し,穿刺ルートや呼吸による横隔膜の移動に伴い,気腹針やラジオ波電極が横隔膜を損傷するおそれがあり,その結果,術後合併症としての横隔膜からの出血が発生する可能性が高まるとされている。

     したがって,被告病院の当直医(H医師)は,本件手術後の術後管理として,亡Fに対し,出血の有無を経時的に観察し,出血の可能性を認識した場合には,打診,聴診,画像検査等を行って,出血の有無や出血部位を精査し,これを同定した上で,止血措置や輸液・輸血措置を行うべき注意義務を負っていた。

     しかるに,亡Fは,術後5時間を経過した10日午後8時35分頃の収縮期血圧が82mmHg,酸素飽和度が88%と低下し,同日午後9時頃,血圧低下に起因すると考えられる1度目の茶色水溶物を嘔吐し,同日午後10時頃,横隔膜損傷又は血胸に伴う放散痛である,右頸部から右肩,腰部,背部痛を訴えており,胸腔内出血に伴うと思われる症状が生じていたのであるから,H医師は,遅くとも同日午後10時の時点で,横隔膜からの出血の可能性を認識して,直ちに上記各措置を講じなければならないのに,これを怠り,静脈性出血であるから自然止血に至るものと安易に考えて漫然と対症的治療を継続し,しかも,当直医であるH医師から施術医であるG医師等への適宜適切な報告や関係医師間での必要な情報共有がされなかった結果,出血に対する措置が遅れ,これにより,亡Fを出血性ショックにより死亡させた過失がある。

   イ 被告の主張

     ラジオ波焼灼術の合併症としての出血として最も頻度が高いのは肝臓からの出血であり,横隔膜からの出血は通常想定できないところ,本件手術終了後の超音波検査でも出血はなく,H医師は,経時的に亡Fのバイタルサインや主訴を確認し,10日午後9時30分頃に,少量の消化器出血を疑っていたが,出血源として大きな動脈は想定し難く,比較的末梢の静脈損傷によるウージングのような出血が続いているだけで,自然出血に至るものと考えていた。また,亡Fの収縮期血圧の低下がジクロフェナク坐薬の挿肛による一過性のものであり,亡Fが訴えた嘔気や放散痛が本件手術の副作用であると考えられるなど,亡Fの症状は,ラジオ波焼灼術後に通常生じる合併症と鑑別できないものであったから,10日午後10時の時点で,H医師は,亡Fの横隔膜からの出血の可能性を認識することはできず,その後,亡Fが出血性ショックにより死亡するという結果を予見することはできなかった。

     なお,亡Fの横隔膜からの出血の可能性を認識することができた時点は,G医師のような専門医であっても,亡Fのバイタルサインや主訴が悪化した11日午前0時頃であり,H医師が現実に亡Fの出血を認識したのは,同日午前3時頃であった。

     一般に,多くの病院で,専門医の負担軽減及び研修医等への教育的配慮から,経験の乏しい研修医等を当直医に充てることが広く行われておりH医師は,他の当直業務を行いつつ,亡Fの状態を上級医に相談し,投与する薬剤の指示を受けるなど,当直医としてなすべきことは行っており,H医師から報告を受けた上級医も,直接亡Fの状態を把握できない以上,適切な助言等ができず,出血に対する措置が後手に回ったとしてやむを得ないところがあった。

     したがって,被告病院医師に過失はない。

  (2)被告病院医師の過失と亡Fの死亡との間の因果関係の有無(争点②)

   ア 原告らの主張

     亡Fの右胸腔内出血は,本件手術直後から始まり,11日午前1時50分頃行われた血液検査では,ヘモグロビン値が7.9g/dlであり,この時点で,亡Fの全血量約5300mlの3分の1に相当する約1800mlの血液が流出したところ,その後も,緩やかに出血が継続し,同日午前4時30分頃,亡Fの聴診による血圧測定が困難となった時点で,出血性ショックの程度が4段階中最も重度であるClassⅣに至り,亡Fの死亡という結果が生じた。

     被告病院医師は,亡Fの右胸腔内出血の可能性を認識することができた10日午後10時から,亡Fの血液検査の結果が判明した11日午前3時頃までの間に,亡Fに対し,打診,聴診,超音波検査等を行って,右胸腔内出血を同定し,輸液・輸血を行いながら,外科医と連携の上で,開胸手術等を行うなどして右胸腔内の止血措置をとれば,同日午前7時10分の時点で,亡Fが生存している高度の蓋然性があった。

     したがって,被告病院医師の過失と亡Fの死亡との間には因果関係がある。

   イ 被告の主張

     亡Fの右胸腔内出血は,本件手術時に,横隔膜の胸腔側の静脈が損傷し,一旦は止血したものの,10日午後9時頃,亡Fが座位をとって嘔吐した際の胸腔内圧や腹圧の急激な変化による横隔膜の大きな動きによって血栓がはがれ,再度出血したものと推測される。もっとも,ショック指数(心拍数を収縮期血圧で除した数値)から推定される亡Fの本件手術後から11日午前4時30分頃までの間の出血量は,約1.5l程度にとどまっており,同時点の出血性ショックの程度としては,4段階の中位度のClassⅡ又はⅢにとどまっていたところ,同日午前1時50分頃に実施された血液検査以降に発症したと考えられる出血性の播種性血管内凝固症候群(DIC)により,急激かつ大量の出血が生じ,亡Fの死亡という結果が生じた。

     被告病院医師が,亡Fの右胸腔内出血の可能性を認識することができたのは,早くとも11日午前0時頃であり,その後,超音波検査やCT画像検査を行うことで,同日午前1時頃に亡Fの右胸腔内出血を同定することができたとしても,それから最低でも1時間程度経過観察をした上で,再度血液検査やCT画像検査を行う必要があり,止血措置のための開胸手術等を開始することができたのは,同日午前3時以降であった。そして,亡Fが,同日午前1時50分頃以降,出血性の播種性血管内凝固症候群を発症していたと考えられることからすると,止血は極めて困難であり,被告病院医師において,亡Fが急激かつ大量の出血を生じて死亡するという結果を回避することはできなかった。

     したがって,被告病院医師の過失と亡Fの死亡との間には因果関係はない。

  (3)原告らの損害(争点③)

   ア 原告らの主張

     被告病院医師の過失により,亡F又は原告らは,次の損害を被った。

    (ア)亡Fの逸失利益 588万6232円

     a 基礎収入 254万3132円

     b 生活費控除率 40%

     c ライプニッツ係数 5.7864(7年)

     d 亡Fの余命について

       亡Fは,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)による肝硬変に肝細胞癌を発症していたが,肝硬変の重症度の評価法であるChild-Pugh分類は9点で,3段階中の中位度(グレードB)にとどまり,上記分類で10点以上の重度(グレードC)とされる非代償性肝硬変には至っていなかった。また,亡Fの肝細胞癌は,単発で長径2.3cmと比較的小さく,腫瘍病変は横隔膜に近接しているものの,浸潤は見られず,早期に発見されたことにより根治が期待できるものであり,不良予後因子もなかった。

       非アルコール性脂肪性肝炎による肝硬変に至った患者の5年生存率が70%から80%であり,Child-Pugh分類がグレードA又はBで,肝細胞癌の腫瘍が3個以内で,最大径が3cm以下の症例における5年生存率が71.1%であるとの報告があることからすれば,死亡当時73歳であった亡Fは,適切な医療行為を受けていれば,少なくとも7年生存することができた。

    (イ)亡Fの慰謝料 2400万円

      被告病院医師の過失が重大であり,亡Fが本件手術後の翌日に死亡したこと,亡Fが一家の支柱であったこと,被告が被告病院医師の責任を否定し,誠意ある対応をとっていないことを考慮すれば,亡Fが死亡するに至ったことにより被った精神的苦痛を慰藉するための慰謝料は,2400万円を下回るものではない。

    (ウ)亡Fの葬儀費用 20万4200円

    (エ)原告ら固有の慰謝料 各500万円

      原告X1は,亡Fとともに,両下肢障害のある原告X2を介助しており,原告らの生活は,亡Fに負うところが大きかったことを考慮すると,亡Fが死亡したことにより,原告らがそれぞれ被った固有の精神的苦痛を慰藉するための慰謝料は,各500万円を下回るものではない。

    (オ)診療情報開示に要した費用 3760円

    (カ)弁護士費用 400万円(原告ら各200万円)

     亡Fの損害は,上記(ア)ないし(ウ)及び(オ)の合計3009万4192円となり,原告らは,これを法定相続分割合(各2分の1)に応じて1504万7096円ずつ取得したところ,これに上記(エ)の原告らの固有の慰謝料各500万円と上記(カ)の弁護士費用(原告ら各200万円)を合算すると,原告らの損害額は,それぞれ2204万7096円となる。

   イ 被告の主張

    (ア)主張事実は否認し,法的主張は争う。

    (イ)亡Fの余命について

      亡Fは,平成27年11月9日の入院時点で,Child-Pugh分類がグレードCに近いグレードBであり,非代償期肝硬変に至っていたから,その余命は肝細胞癌がない場合でも5年程度であった。また,亡Fの逸失利益を算定する上で,亡Fが本件手術を受けなかった場合に想定される予後も考慮されるべきところ,亡Fの肝細胞癌の腫瘍病変の位置からすると,肝細胞癌の成長過程で被膜が破裂して腹腔内出血する可能性があったことを踏まえると,亡Fが1年以内に死亡する事態も想定し得た。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   前記前提事実に後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

  (1)入院に至る経過

   ア 亡Fは,平成24年頃から,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)による肝硬変症の治療のために,約2か月に1回の頻度で,被告病院の消化器内科に通院していたところ,平成27年8月の定期検査で,肝S8領域(右葉前上区域)に腫瘍の存在が疑われ,同年10月に,同病院の肝胆膵内科で行われた精密検査で,肝S8領域に23.5mm×20mmの腫瘤影1個が認められ,原発性肝細胞癌と診断された(甲A1,2,甲C8,乙A3,原告X1本人尋問の結果(以下「原告X1」と表記する。)。

   イ G医師は,平成27年10月21日,被告病院の肝胆膵内科の外来を受診した亡F及び原告に対し,亡Fの病状及び治療手段(亡Fの肝機能が低下していることから,外科的開腹手術の適応がなく,ラジオ波焼灼術が適応すること),ラジオ波焼灼術の手順及びそれに伴う合併症として,痛みや炎症(腹腔内汚染)のほか,腹腔内出血,気胸や胸水等の肺合併症,臓器損傷等が生じることがあること,出血予防のために術後6時間は絶対安静とする必要があり,最初の3時間は30分間隔で血圧及び脈拍を測定することを説明した。(甲A3,甲C8,乙A3,原告X1)

  (2)術前の経過

   ア 亡Fは,同年11月9日,原発性肝細胞癌の治療として,ラジオ波焼灼術を受けることを目的として,被告病院7階西病棟に入院した。同病棟は,肝胆膵内科を含む4診療科の混合病床(病床数51床)であった。入院当時の亡Fの肝硬変は,肝障害度が3段階中の中位度であるBであり,同じく肝障害度の評価法であるChild-Pugh分類9点では,3段階中の中位度(グレードB)の段階にあった。また,亡Fの肝細胞癌の腫瘍は単発性で,腫瘍病変が横隔膜に近接した肝臓の天頂部に存在し,浸潤は見られなかった。同日実施の亡Fの血液検査では,赤血球数335万/μl,ヘモグロビン値11.9g/dl,ヘマトクリット値36.1%,血小板数5.2万/μlであった。(甲A1,2,乙A3,5,乙B18,証人G)

   イ 同日,被告病院の肝胆膵内科医局において,亡Fの事例検討が行われた。被告病院の医師らは,亡Fにラジオ波焼灼術の適応があることを確認し,検査結果から亡Fの腫瘍病変が横隔膜に近接した肝臓の天頂部に存在していることから,超音波での腫瘍の描出と穿刺針による横隔膜損傷を回避するため,施術前にブドウ糖を注入して人工腹水を作成すること,血液検査の結果,血小板数は適応基準値(5万/μl)を満たしているが,安全のため,施術前に血小板投与を行うことを確認した。(甲A1,2,乙A3,証人G)

   ウ 被告病院で使用するラジオ波焼灼術用のクリニカルパスに従い,10日午前10時頃測定された亡Fのバイタルサインは,収縮時血圧132mmHg,脈拍87回/分,酸素飽和度98%であった(甲A1,乙A3)。

  (3)本件手術について

    亡Fは,10日午後2時頃,被告病院7階西病棟の処置室に入室し,G医師は,同日午後2時15分頃から午後3時35分頃まで,I医師及びH医師らを介助医として,本件手術を施術した。G医師は,亡Fの疼痛を軽減するため,ペンタゾシン(鎮痛剤)15mgを筋肉注射で投与し,前日の事例検討に従って亡Fに濃厚血小板10単位を投与し,超音波誘導により,仰臥位をとった亡Fの右季肋下部中腋窩線上の右側皮膚から,14G気腹針の先端を腹腔内に挿入し,5%ブドウ糖約600mlを注入して人工腹水を作成した。次に,G医師は,超音波誘導により,ラジオ波焼灼術専用針(17G,20cm長,先端シールド長3cm)を,亡Fの右第7,8肋間から肝内に刺入し,その先端を腫瘍のほぼ中央部分から背側やや奥に留置し,9分30秒間にわたり最出力120Wで通電焼灼を行い,焼灼終了時,最高温度が65℃に達したことを確認して超音波画像の記録を行い,抜針後に,超音波検査を行い,亡Fの腹腔内及び胸腔内に出血等の異常がないことを確認した。なお,G医師は,本件手術中に疼痛を訴えた亡Fに対し,ペンタゾシン15mgを追加投与した。(甲A1,2,乙A3,4,G医師)

  (4)本件手術後から10日中の経過

   ア 亡Fは,本件手術後,ストレッチャーで被告病院7階西病棟の病室に戻った。10日午後3時35分の亡Fのバイタルサインは,収縮期血圧122mmHg,脈拍77回/分,酸素飽和度93%であり,疼痛等の訴えはなかった。(甲A1,2,乙A6)

   イ 病棟の看護師(日勤看護師の勤務時間は,当日午前9時15分から同日午後8時45分まで,夜勤看護師の勤務時間は,当日午後8時45分から翌日午前9時15分まで)は,その後,前記クリニカルパスに従い,術後6時間が経過する同日午後9時35分まで,定期的に亡Fのバイタルサインの測定を行った。亡Fのバイタルサインは,同日午後4時5分頃が収縮期血圧114mmHg,脈拍86回/分,酸素飽和度93%,同日午後4時35分頃が収縮期血圧120mmHg,脈拍86回/分,酸素飽和度93%で推移した(乙A5,6)。

   ウ H医師は,同日午後5時から当直勤務に入ったところ,同日の被告病院7階西病棟には,20~30人の患者がいた。亡Fのバイタルサインは,同日午後5時5分頃が収縮期血圧120mmHg,脈拍89回/分,酸素飽和度93%,同日午後5時35分頃が収縮期血圧112mmHg,脈拍89回/分,酸素飽和度92%で推移したところ,亡Fは,同日午後5時頃,嘔気を訴え,日勤看護師は,同日午後5時35分頃,入院時からの継続指示(主治医であるI医師が入力し,その指示状態となったときに,医師に指示を仰ぐことなく行ってよい処置に関する指示)に従い,亡Fに対し,メトクロプロミド(鎮痛剤)10mgを静脈内注射で投与した。(甲A1,乙A4,6,証人H)

   エ 亡Fのバイタルサインは,10日午後6時5分頃が収縮期血圧110mmHg,脈拍91回/分,酸素飽和度90%,同日午後6時35分頃が収縮期血圧110mmHg,脈拍91回/分,酸素飽和度92%で推移した。同日午後6時30分頃,亡Fは,穿刺部の疼痛を訴え,日勤看護師から報告を受けたH医師は,病室で亡Fの穿刺部を診察したが,穿刺部には異常を認めず,疼痛もペインスケール(我慢できない痛みを最大値10とした場合の痛みの程度)で4/10程度で,反跳痛も見られなかった。H医師は,亡Fの穿刺部痛が本件手術の影響によるものと考えて,ジクロフェナク坐薬(鎮痛剤)25mgを挿肛した。(甲A1,2,乙A4,6)

   オ 亡Fのバイタルサインは,同日午後7時35分頃が収縮期血圧96mmHg,脈拍92回/分,酸素飽和度93%であったが,同日午後8時35分頃が収縮期血圧82mmHg,脈拍84回/分,酸素飽和度88%となり,同日午後8時45分頃行われた,病棟の日勤看護師と夜勤看護師の交替に伴う引継ぎでも,亡Fの酸素飽和度が低いことが申し送られた。(甲A1,2,乙A5,6)

   カ 同日午後9時頃,亡Fは,便意を訴え,夜勤看護師がH医師から連絡を受けたI医師の許可を得て,臥位であった亡Fに座位をとらせたところ,亡Fは,1度目の茶色水様物を嘔吐し,90mmHg台であった収縮期血圧が80mmHgに低下した。同日午後9時30分頃の亡Fのバイタルサインは,収縮期血圧82mmHg,脈拍88回/分,酸素飽和度92%であり,夜勤看護師から報告を受けたH医師は,病室で亡Fの腹部を診察し,吐物の確認をしたところ,診察時には,亡Fから腹痛や嘔気の訴えはなく,腹部も柔らかであり,吐物に鮮血は含まれていなかった。H医師は,亡Fの血圧低下と吐物の色から,嘔吐による咽頭の軽度損傷出血を疑いつつ,肝臓からの術後出血の可能性を考えたが,本件手術後の超音波検査で出血がなかったこと,亡Fの血圧低下が術後数時間経過して生じたこと,当時の亡Fのショック指数(心拍数(bpm)を収縮期血圧(mmHg)で除したもの。)が1程度であって,出血量が約1lと推測されたことから,動脈性の出血は考え難く,静脈性の緩徐な出血であって,自然出血が見込まれる程度のものと考えた。

     また,H医師は,本件手術の際に,亡Fに人工腹水が注入されており,出血の有無や腹水が血性腹水であるか否かを判断できないとして,亡Fの超音波検査を行わず,亡Fが胸部の疼痛等を訴えなかったので,胸部の打診,聴診等の診察をしなかった。

     H医師は,I医師に連絡,相談したが,同医師からH医師に具体的な指示はなく,亡Fの嘔気が臥位から座位に姿勢を変えたことによる起立性低血圧又は本件手術の影響によるものと考えて,経過観察をすることとした。

              (以上につき甲A1,2,乙A4,6,証人H)

   キ 同日午後10時頃の亡Fのバイタルサインは,収縮期血圧82mmHg,脈拍は85回/分,酸素飽和度92~93%であった。亡Fは,夜勤看護師に対し,右肩及び右頸部の疼痛を訴えた。(甲A1,2)

   ク 同日午後11時頃の亡Fのバイタルサインは,収縮期血圧90mmHg,脈拍90回/分,酸素飽和度92%であり,末梢冷感があった。H医師の指示を受けた夜勤看護師は,亡Fの輸液速度を1ml/時間に速め,前記継続指示に従い,亡Fに対し,酸素2lの経鼻投与を開始した。(甲A1,2,乙A4,証人H)

  (5)11日の経過

   ア 11日午前0時頃の亡Fのバイタルサインは,収縮期血圧92mmHg,脈拍92回/分,酸素飽和度93~94%であった。この頃,亡Fは,2度目の茶色水様物80ml程度を嘔吐し,右肩及び右頸部の疼痛の増悪を訴え,末梢冷感もあった。夜勤看護師から報告を受けたH医師は,病室で亡Fを診察して吐物を確認してI医師に連絡し,同医師の了承を得て,亡Fに対し,プリンペラン(嘔気止め)10mgを静脈内注射で投与し,アセリオ(鎮痛剤)700mgを点滴投与した。H医師は,亡Fの収縮期血圧が改善傾向にあったことから,出血は止血傾向にあると考えていたが,このときも,I医師からH医師に対し,具体的な指示はなかった。(甲A1,2,乙A4,証人H)

   イ 同日午前1時30分頃の亡Fのバイタルサインは,収縮期血圧100mmHg,脈拍103回/分,酸素飽和度93~94%であった。この頃,亡Fは,3度目の黒色コアグラが少量浮遊した茶色水様物50mlを嘔吐した。同日午前1時40分頃,夜勤看護師から報告を受けたH医師は,病室で亡Fの右肩と腹部を診察し,吐物を確認したところ,腹部は平坦で柔らかかったが,亡Fが右肩の疼痛を訴え,末梢冷感もあったことから,その原因を調査するために,血液検査を行うこととした。H医師は,このときも亡Fが胸部の疼痛等を訴えなかったので,胸部の打診,聴診等の診察をすることはせず,亡Fの収縮期血圧が改善したことから,出血は止血傾向にあると考えていた。(甲A1,2,乙A4,証人H)

   ウ 同日午前1時50分頃,亡Fの血液検査が行われた後,亡Fは,15分から30分おきにナースコールをし,夜勤看護師に対し,右肩,腰部及び背部の疼痛を訴えるようになり,同日午前2時55分頃,夜勤看護師は,H医師の指示を受けて,亡Fに対し,ソセゴン(鎮痛剤)15mgを静脈内注射で投与した。同日午前3時頃に判明した亡Fの血液検査の結果は,血球数218万/μl,ヘモグロビン値7.9g/dl,ヘマトクリット値25.1%,血小板数8.3万/μlであり,H医師は,亡Fのヘマトクリット値が低下し,貧血が進んだことから,亡Fの出血を認識し,I医師に連絡,相談の上,輸血用赤血球2単位をオーダーしたが,このときも,同医師からH医師に具体的な指示はなかった。(甲A1,2,乙A4,証人H)

   エ 亡Fは,ソセゴン投与後30分程度沈静したが,再度疼痛を生じ,大声で腰痛を訴え,同日午前3時頃以降,救急外来で急患の診察を行っていたH医師は,同日午前3時30分頃,夜勤看護師から報告を受け,亡Fに対し,ヒドロキシジン(鎮痛剤)を静脈内注射で投与するように指示した。(甲A1,2,乙A4)

   オ 同日午前4時30分頃,亡Fは,夜勤看護師に対し,腹痛を訴え,聴診による血圧測定が困難となったことから,24時間心電図モニターが装着された。亡Fのバイタルサインは,触診による収縮期血圧80mmHg,脈拍110~120回/分,酸素飽和度が感知しにくく,末梢冷感もあった。夜勤看護師から報告を受けたH医師は,亡Fの出血の有無,出血量を調査するために,腹部の単純CT検査をオーダーした。(甲A1,2,乙A4,証人H)

   カ 同日午前5時頃から,亡Fの意識レベルが低下し(JCSⅢ100),努力様の呼吸をし,橈骨触知ができなくなった。夜勤看護師から報告を受けたH医師は,亡Fの輸液を全開にするよう指示をして病室に向かったが,亡Fは,呼びかけに反応しなくなり(意識レベルJCS300),脈拍も90回/分台から40回/分台にまで低下し,同日午前5時13分頃,心室粗動の状態となり,同日午前5時15分頃,心停止の状態に至った。H医師は,亡Fに対し心肺蘇生措置を開始し,連絡を受けて病室に赴いたI医師,G医師らがアドレナリン(興奮剤)を静脈内注射により投与した結果,同日午前5時50分頃,亡Fの脈拍が50~60回/分に回復したが,同日午前6時25分頃,亡Fは,再度心停止の状態に至り,被告病院の医師らがアドレナリン及びアトロビン(強心剤)を静脈内注射により投与したが奏功せず,同日午前7時10分,亡Fの死亡が確認された。(甲A1,2,乙A4,5)

   キ 同日午前9時頃から被告病院で実施された病理解剖の結果,亡Fの右胸腔内には,6400mlの血性胸水が残存し,右第7,8肋間の壁側胸膜下に,1.3cm×0.8cmの出血巣があった。また,横隔膜胸腔側表面に新鮮な凝血塊を伴う10cm×6cmの出血巣があり,針で突いたような跡が複数あった。他方で,同部の反対側の腹腔側表面は平滑で,凝血塊や出血巣はなかった。(甲A1,2)

  (6)事実認定の補足説明

    原告らは,被告病院の診療記録(甲A1)及びそれに基づく被告病院の医療事故調査報告書(甲A2)の記載に不自然・不合理な点があると主張して,その信用性を争った(平成29年6月26日付け原告準備書面2)が,被告側から当該記載の経緯等について説明がされた(同年8月4日付け被告準備書面(2))後は,それ以上にその信用性を争う旨の主張をしておらず,むしろ,上記各証拠に基づいた主張をするという訴訟態度をとったことに照らすと,上記各証拠の記載は十分に信用することができるというべきである。

    そこで,H医師及びG医師の各供述及び同医師らの各陳述書(乙A3,4)のうち,前記認定の亡Fの病状や診療経過に関し,前記各証拠と符合する部分については,その限度で採用することができる。

  (7)医学的知見等

   ア ラジオ波焼灼術について(甲B1ないし4,11,17,乙B21)

    (ア)ラジオ波焼灼術(ラジオ波熱凝固療法)は,治療に伴う侵襲が少ないため,肝切除術などの外科的治療に比べて,より早期の退院が期待できるが,超音波検査をガイドとして,体内にラジオ波電極を穿刺するという手技で行われるから,誤った部位を穿刺しないようにCTやMRIによる画像検査や術前超音波検査によって腫瘍の局在を明らかにして穿刺ルートを策定し,腫瘍が腸管,胆嚢,中枢部胆管,横隔膜等に隣接する場合には,施術の適応を慎重に検討し,術後も注意深く経過観察を行う必要がある。

    (イ)ラジオ波焼灼術の合併症として,施術中の疼痛,施術後の発熱・疼痛,嘔気・嘔吐,出血,腹水,胸水,消化管出血などのほか,横隔膜損傷,血胸を発症した症例もある。

      胸水は,横隔膜直下の腫瘍を治療した後に生じることがあり,胸腔液体貯留が認められる場合には,血胸(多量の血液が胸腔内に存在している状態であり,外傷性のほか医原性のものがある。)の可能性があるため,同部位の施術後に,血液検査,胸部レントゲン,超音波検査(US)による画像診断による経過観察が必要であり,上記画像診断を行うことにより,多くの場合,胸腔内の液体の貯留を発見することができる。血胸に対しては,チェストチューブによる胸腔内のドレナージが行われ,持続する出血がみられる際には,開胸手術やビデオ下胸腔鏡手術(VATS)による止血が必要となる。

    (ウ)本件手術に使用されたラジオ波焼灼システムの添付文書(甲B17)には,ラジオ波焼灼術において,組織の穿刺による出血,消化管,血管及び隣接する組織の穿孔,血胸,肝道内出血,腹腔内出血等の有害事象が認められた場合は,直ちに適切な処置をとるべき旨の注意喚起がされている。

   イ 出血性ショックについて(甲B11,12,乙B1,2,4,22)

    (ア)出血性ショック(循環血液量減少性ショック)とは,出血や脱水により末梢組織への有効な血流量が減少することにより,臓器・組織の生理機能が障害される状態である。

      体内の循環血液量が減少すると,心臓の前負荷の減少,心拍出量の減少,血圧低下が生じることにより,交感神経系が刺激され,心拍数増加と末梢血管収縮により血圧を維持しようとする代償機転が働く。

    (イ)出血性ショックの重症度に応じて現れる兆候として,5P(蒼白,虚脱,冷感,脈拍触知不能,呼吸不全)があり,出血量(循環血液量比較)からみた脈拍,血圧,意識レベルとショックの重症度は,次のとおりである。

     a ClassⅠ(出血量(循環血液量比較)~15%)

       軽度の頻脈があるが,血圧,呼吸などの変動はない。

     b ClassⅡ(15~30%)

       頻脈,頻呼吸がある。収縮期血圧はほとんど変化しないが,拡張期血圧が上昇し,脈圧が減少する。CRT(毛細血管再充満時間)の遅延,皮膚の冷感,湿潤がある。

     c ClassⅢ(30~40%)

       頻脈,頻呼吸は明らかとなり,収縮期血圧が低下する。また,不穏など,明らかな意識レベルの変化が出現する。

     d ClassⅣ(40%~)

       収縮期血圧は著しく低下し,頻脈もさらに高度となるが,これが徐脈に変化するときは,心停止寸前で瀕死の状態といえる。皮膚は,冷たく蒼白で,意識は,不穏状態から無気力,無反応に変化する。

    (ウ)出血性ショックは,外傷を原因とするものが多いが,内因性疾患や術中・術後出血などが原因となることもあり,血胸の場合,1000ml以上の出血が急速に起こると,循環血液量の減少に加え,胸腔内圧の上昇による静脈還流の障害により,出血性ショックに至りやすい。

    (エ)出血性ショックの早期認知には,皮膚所見(色調・湿潤の有無)や脈の触知(数・強弱・リズム)など,身体所見の観察が重要であり,特に持続する頻脈は,出血性ショックの重要な早期サインとなる。

      一般的に,収縮期血圧90mmHg以下をショックの指標とすることが多いが,血圧低下は既に代償機転が破たんした状態であり,進行したショックと認識する必要がある。

      呼吸不全の指標としては,酸素飽和度が参考となり,測定値(100%表示)が95%以上では優,90%以上では良,90%未満では不良と評価される。

      また,循環血液量の喪失量を簡便に推定する指標として,心拍数を収縮期血圧で除した数値であるショック指数(正常値が0.5~0.7)があり,この指数が1.0で約1l,1.5で約1.5lの循環血液量の喪失があると推定することができる。

    (オ)体内の出血が疑われた場合の診断には,単純X線写真,超音波検査,CT検査等の画像検査が必要となることが多く,出血源の同定は,通常,造影CT検査で行う。超音波検査による出血源の同定は難しいが,他方で,超音波検査は,腹腔や腹腔内液体貯留量の変化から出血の進行度を把握することができる上,心腔内容量,下大静脈の径や呼吸性変動に注目すれば,循環血液量の大まかな把握も可能であり,これらはベッドサイドで簡便に行うことができる点で有用であり,大量血胸,腹腔内出血の検索のために,超音波検査を繰り返し行うことが推奨されている。

    (カ)出血性ショックに対する治療は,酸素需給バランスの是正を目的とした,①出血源のコントロール(止血)と,②血液・体液の補充(輸液・輸血)である。ショックの重症度がClassⅢを超えると,輸液のみでは対応困難で,輸血が必要となり,ClassⅣでは不可逆的になる可能性があり,速やかな輸血及び止血を要する。

 2 争点①(被告病院医師の過失の有無)についての判断

  (1)前記認定事実(7)のとおり,ラジオ波焼灼術は,体内にラジオ波電極を穿刺するという手技で行われ,腫瘍が横隔膜に隣接する場合には,誤って穿刺しないように注意するとともに,術後も注意深く経過観察を行う必要があり,合併症として,施術後の疼痛,嘔気のほか,胸水,横隔膜損傷,血胸を発症した症例もあり,本件手術に使用されたラジオ波焼灼システムの添付文書(甲B17)にも,組織の穿刺による出血,血胸等の有害事象が認められた場合には,直ちに適切な行為をとるべき旨の注意喚起がされている。また,出血性ショックには,術中・術後出血などが原因となることもあり,血胸の場合,1000ml以上の出血が急速に起こると,循環血液量の減少に加え,胸腔内圧の上昇による静脈還流の障害により,出血性ショックに至りやすいとされている。

    そして,前記認定事実(1)イのとおり,G医師は,亡Fに対し,ラジオ波焼灼術の手順及びそれに伴う合併症として,痛みや炎症(腹腔内汚染)のほか,腹腔内出血,気胸や胸水等の肺合併症,臓器損傷等が生じることがあること,出血予防のために術後6時間は絶対安静とする必要があることなどを説明しており,また,前記認定事実(3)のとおり,H医師は,本件手術の介助を行ったほか,術後管理として肝臓からの出血に注意すべきことや施術後に嘔気を訴える患者が多いこと及び胸腔穿刺の際に血胸が生じることがあることを一般的知識として知っていたというのである(証人H)。

    上記の医学的知見及びH医師の認識に加えて,前記認定事実(2)アのとおり,亡Fの肝細胞癌の腫瘍が横隔膜に近接した肝臓の天頂部に存在し,G医師が,本件施術に際し,亡Fの肋間下から肋間上に向けて,穿刺しなければならず(証人G),穿刺ルートや呼吸による横隔膜の移動に伴い,気腹針や電極が横隔膜を損傷するおそれがあり,その結果,合併症としての横隔膜からの出血が発生する可能性が高かったことを総合すると,①H医師は,本件手術後の術後管理として,亡Fに対し,横隔膜からの出血をも念頭に置き,腹腔内及び胸腔内の如何を問わず出血の有無を経時的に観察し,出血の可能性を認識した場合には,打診,聴診,画像検査等を行って,出血の有無や出血部位を精査し,これを同定した上で,止血措置や輸液・輸血措置を行うべき注意義務を負っていたと認められる。また,②仮に,執刀医でなければ,上記①の症状の鑑別が難しく,かつ,被告病院において執刀医が当直医を担当する体制を構築することが不可能ないし著しく困難であるとしても,被告病院を管理運営する立場にある被告としては,そのような実情を踏まえて術後管理の在り方を定めるべきであるから,術後に定型的な手順として経時的に上記各検査を行うべき注意義務を負うものであると認めるのが相当である(なお,被告病院医師の注意義務の内容に関する原告らの主張は,上記②の趣旨を含むものと解することができる。)。

  (2)しかるところ,前示のラジオ波焼灼術の合併症や出血性ショックのリスクに関する医学的知見や,肝臓の天頂部に存在する亡Fの肝細胞癌の腫瘍病変を,肋間下から肋間上に向けて,穿刺しなければならないという本件手術における手技の内容に加えて,前記認定事実(4)の診療経過のとおり,亡Fは,10日午後8時35分頃に,収縮期血圧がそれまでの90mmHg台から82mmHgと低下し,酸素飽和度もそれまでの90%台から不良とされる88%に低下し,看護師の交替に伴う引継ぎでも,亡Fの酸素飽和度の低下が引継ぎ事項とされるなど,亡Fについて,ラジオ波焼灼術に通常合併するとされる症状のほかに,体内の何らかの部位からの出血を疑わせ,出血性ショックの兆候となる事象が複数生じていたこと,亡Fは,同日午後10時頃から,右頸部から右肩の疼痛を訴えており,G医師は,亡Fが訴えた嘔気や放散痛が本件手術による横隔膜に対する刺激から生じたものであると説明しており(乙A4,証人G),少なくとも亡Fの横隔膜に何らかの異変が生じていたことを推認させる事象であること,H医師も,同日午後9時30分頃,1度目の茶色水様物を嘔吐した亡Fを診察した際に,当時の亡Fのショック指数が1程度であって,出血量が約1lであると推測していたことを併せ考えると,H医師は,遅くとも同日午後10時の時点で,亡Fの横隔膜からの出血の可能性及び亡Fが出血性ショックに至り,最悪の場合死亡する可能性があることを認識することができたものと認められる。

  (3)したがって,H医師は,10日午後10時の時点で,前記認定事実(7)ア,イの医学的知見に従い,横隔膜からの出血に由来する血胸の可能性をも念頭に置き,亡Fに対し,血液検査,胸部レントゲン,超音波検査(US)による画像診断を行うなどして,出血の有無や出血部位を精査し,これを同定した上で,止血措置や輸血措置を行うべきであったところ,前記認定事実(4)のとおり,H医師は,亡Fの出血の可能性を考えたが,本件手術後の超音波検査で出血がなかったこと,亡Fの血圧低下が術後数時間経過して生じたことなどから,亡Fの出血が静脈性の緩徐な出血であって,自然出血が見込まれる程度のものと安易に考え,亡Fに対し,超音波検査等の画像検査を行うことをせずに漫然と対処的治療を継続した。しかも,当直医であるH医師から主治医であるI医師に対し,報告及び相談がされたものの,I医師からH医師に対し具体的な指示がされることはなく,さらに,H医師から施術医であるG医師に対しては,報告,相談がなかったなど,被告病院医師間の適宜適切な報告や必要な情報共有がされなかった結果,出血に対する措置が遅れ,これにより,亡Fを出血性ショックにより死亡させたものと認められる。以上によれば,H医師には,前示(1)の①の注意義務を怠った過失があるというべきであり,仮に,そうでないとしても,被告には,前示(1)の②の注意義務を怠った過失があるといえる。

  (4)これに対し,被告は,被告病院医師には過失がない旨主張し,その根拠として,①a ラジオ波焼灼術の合併症としての出血として最も頻度が高いのは肝臓からの出血であり,横隔膜からの出血は通常想定できないこと,①b 亡Fは本件手術終了後の超音波検査でも出血はなく,H医師は,経時的に亡Fのバイタルサインや主訴を確認し,10日午後9時30分頃に,少量の消化器出血を疑っていたが,出血源として大きな動脈は想定し難く,比較的末梢の静脈損傷によるウージングのような出血が続いているだけで,自然出血に至るものと考えていたこと,①c 亡Fの収縮期血圧の低下がジクロフェナク坐薬の挿肛による一過性のものであり,亡Fが訴えた嘔気や放散痛が本件手術による横隔膜に対する刺激から生じたものと考えられるなど,亡Fの症状がラジオ波焼灼術後に通常生じる合併症と鑑別できないものであったことから,10日午後10時の時点で,H医師は,亡Fの横隔膜からの出血の可能性を認識することはできず,その後,亡Fが出血性ショックにより死亡するという結果を予見することはできなかった旨,②一般に,多くの病院で,専門医の負担軽減及び研修医等への教育的配慮から,経験の乏しい研修医等を当直医に充てることが広く行われており,H医師は,当直医としてなすべきことは行っており,H医師から報告を受けた上級医が出血に対する措置が後手に回ったとしてやむを得ないところがあった旨を主張し,G医師及びH医師はこれに沿う供述をし,同医師らの陳述書(乙A3,4)には,これに沿う記載がある。

    しかし,被告の主張①aについてみると,前示のとおり,ラジオ波焼灼術の合併症は,肝臓からの出血に尽きるものではなく,横隔膜損傷やこれに伴う血胸を発症した症例が存在しており,被告病院医師としては,そのような可能性を念頭に置くことは当然である。

    また,被告の主張①bについてみると,亡Fについて被告が主張する事象があったとしても,このことにより,亡Fの出血が自然止血に至ると考えるのは根拠不足であり,出血性ショックの可能性を除外することができない以上,鑑別のための検査を尽くすべきであった。この点,前記認定事実(4)の診療経過のとおり,H医師は,当時,本件手術による亡Fの腹部の異変を疑って,腹部の触診等の診察を行ったことがうかがわれるが,腹部に異常がないと判断したにもかかわらず,亡Fのバイタルサインが低下している原因を解明する措置をとらず,亡Fが訴えた右肩から頚部の疼痛が,本件手術中に右腕を上げる姿勢をとったことを原因とするのではないかと考えたなどと供述しており(証人H),鑑別のための検査を尽くしたと評価することはできない。

    そして,被告の主張①cについてみると,前示のとおり,亡Fの症状がラジオ波焼灼術後に通常生じる合併症とは別に,横隔膜損傷に伴う出血による出血性ショックを示唆するものであったといえる。

    したがって,10日午後10時の時点で,H医師は,亡Fの横隔膜からの出血の可能性を認識することはできず,その後,亡Fが出血性ショックにより死亡するという結果を予見することはできなかった旨の被告の主張①を採用することはできない。

  (5)また,被告の主張②についてみると,一般に,多くの病院で,専門医の負担軽減及び研修医等への教育的配慮から,経験の乏しい研修医等を当直医に充てることが広く行われていることは公知の事実であり,前記前提事実(2)ウのとおり,10日午後5時から11日朝まで,被告病院の肝胆膵内科では,当直医であるH医師を,亡Fの主治医であり,第一次支援医であるI医師,第二次支援医である勤務6年目の医師がバックアップ支援し,G医師は,亡Fの容体に応じて相談を受ける体制がとられていたが,このことにより,当直医の注意義務の程度が軽減されるものではないから,被告の主張②を採用することはできない。なお,仮に,執刀医以外の当直医が術後管理をする場合において,症状の鑑別が困難である等の事情があるとしても,被告病院を管理運営する被告としては,術後に定型的な手順として継時的に検査を行う等の仕組みを含めた術後管理の在り方を定めるべきであり,この点において,被告の過失が認められることは,前示のとおりである。

 3 争点②(被告病院医師の過失と亡Fの死亡との因果関係の有無)についての判断

  (1)訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。このことは,医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく,経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し,医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと,換言すると,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば,医師の上記不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである(最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決・民集53巻2号235頁参照)。

  (2)これを本件についてみると,前記認定事実(5)キのとおりの病理解剖における,亡Fの横隔膜の損傷状況に,前記認定事実(3)のとおりの本件手術の手技の内容を総合すると,本件手術において,亡Fの右季肋下部中腋窩線上の右側皮膚から挿入された4G気腹針又はラジオ波焼灼術専用針が横隔膜の胸腔側を損傷し,同部から出血を来したものと推認することができるところ,G医師の陳述書(乙A3)も,横隔膜の胸腔側損傷の原因が,本件手術における人工腹水作成時又は焼灼時の穿刺による可能性が高いとの記載がある。このことに,前記認定事実(5)オ,カのとおり,亡Fには,11日午前4時30分頃以降,聴診による血圧測定が困難となり,収縮期血圧の著しい低下,頻脈,努力様呼吸,意識レベルの低下といった症状が出現していることを総合すると,亡Fは,本件手術から約11時間が経過した同日午前4時30分頃に,出血性ショックClassⅣに至ったものと推認することができるから,亡Fの横隔膜損傷による出血は,本件手術後,緩徐に進行したものと認めるのが相当である。

    前示のとおり,H医師は,遅くとも10日午後10時の時点で,横隔膜からの出血の可能性を認識することができたところ,その時点で,亡Fについて,血液検査及びCT画像検査を行うことができれば,採血後,血液検査の結果が出るまでに1時間程度を要し,CT画像検査の実施に30分程度を要する旨のG医師の供述を前提としても,同日午後11時頃には,血液検査の結果を把握することができ,再検査の時間等を踏まえても,遅くとも11日午前0時頃には,亡Fの右胸腔内出血による血胸を把握することができたものと認められるから,その後,亡Fに対し胸腔部からのドレナージを行うとともに輸血・輸液を実施して,出血性ショックの進行を遅らせることにより,11日午前3時頃には,止血措置のための開胸手術等を開始することができたと認められる(なお,仮に,H医師の上記過失が認められないとしても,被告において,術後に定型的な手順として経時的に上記各検査を行うべき注意義務を尽くしていれば,遅くとも10日午後10時の時点で,横隔膜からの出血の可能性を認識することができたから,上記と同様に,11日午前3時頃には,止血措置のための開胸手術等を開始することができたと認められる)。

    したがって,H医師が前記注意義務を尽くして(又は,被告が上記注意義務を尽くして)診療行為を行っていたならば,亡Fはその死亡の時点である11日午前7時10分においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があると認められるから,H医師(又は被告)の不作為と亡Fの死亡との間の因果関係は肯定されるというべきである。

  (3)これに対し,被告は,被告病院医師の過失と亡Fの死亡との間の因果関係がない旨主張し,その根拠として,①被告病院医師が,亡Fの右胸腔内出血の可能性を認識することができたのは,早くとも11日午前0時頃であり,その後,超音波検査やCT画像検査を行うことで,同日午前1時頃に亡Fの右胸腔内出血を同定することができたとしても,それから最低でも1時間程度経過観察をした上で,再度血液検査やCT画像検査を行う必要があり,止血措置のための開胸手術等を開始することができたのは,同日午前3時以降であった旨,②亡Fが,同日午前1時50分頃以降,出血性の播種性血管内凝固症候群を発症していたと考えられることからすると,止血は極めて困難であり,被告病院医師において,亡Fが急激かつ大量の出血を生じて死亡するという結果を回避することはできなかった旨を主張し,G医師は,これに沿う供述をするとともに,同人の陳述書(乙A3)にはこれに沿う記載がある。

    しかし,被告の主張①についてみると,前示のとおり,H医師は,遅くとも10日午後10時の時点で,亡Fの横隔膜からの出血の可能性を認識していたと認められ,被告病院医師が亡Fの右胸腔内出血の可能性を認識することができたのが早くとも11日午前0時頃であるとする被告の主張は,その前提を欠くものである。また,被告の主張②についてみると,亡Fが,同日午前1時50分頃以降,出血性の播種性血管内凝固症候群を発症していたと考えられる旨のG医師の供述等を裏付けるに足りる亡Fの症状や検査結果等に関する証拠はない。したがって,この点に関する被告の主張を採用することはできない。

  (4)以上の次第で,被告は,民法715条(又は同法709条)に基づき,亡F又は原告らが被った損害を賠償すべき義務を負う。

 4 争点③(原告らの損害)についての判断

  (1)亡Fの逸失利益 207万7637円

   ア 基礎収入 254万3132円

     証拠(甲C1)及び弁論の全趣旨によれば,亡Fは,死亡当時,年額254万3132円の公的年金を受給していたことが認められるから,同額を基礎収入と認める。

   イ ライプニッツ係数 2.7232(3年)

    (ア)亡Fの余命について検討すると,前記前提事実(1),前記認定事実(1)ア及び同(2)アのとおり,亡F(死亡当時73歳)は,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)による肝硬変症を発症し,精密検査により,肝S8領域に23.5mm×20mmの腫瘤影1個が認められ,原発性肝細胞癌と診断されたこと,入院当時の亡Fの肝硬変は,肝障害度が3段階中の中位度であるBであり,同じく,肝障害度の評価法であるChild-Pugh分類9点で,3段階中の中位度(グレードB)の段階にあり,亡Fの肝細胞癌の腫瘍は単発性で,主要病変が横隔膜に近接しているものの,浸潤は見られなかったことが認められる。

    (イ)上記(ア)の認定事実に加えて,後掲証拠によれば,肝細胞癌1個(腫瘤径2~3cm)を有する患者におけるラジオ波焼灼術後の3年生存率は73.4%,5年生存率は51.4%であること(甲B6,乙B19),肝細胞癌に対し肝切除をした患者の5年生存率及び7年生存率は,肝障害度Bの場合に,それぞれ47.1%,34.4%であり,最大腫瘍径超2~3cmの場合には,それぞれ63.1%,49.6%であり,腫瘍個数1個の場合には,それぞれ67.0%,54.7%であること(甲B7)が認められることを総合すると,亡Fの3年生存率は約70%であるが,5年生存率は約50%にとどまると認めるのが相当であり,亡Fには,肝細胞癌の予後を悪化させる6因子(病因にB型肝炎ウイルス(HBV)が関与すること,臨床病期がⅢ期であること,腫瘍が多発していること,腫瘍径が5cmを越えること,AFPが100ng/ml以上であること,門脈腫瘍塞栓が存在すること(甲B8))の存在がうかがわれないことを踏まえても,亡Fは,仮に適切な医療行為を受けたとしても,その余命は3年程度であったと認めるのが相当である。

    (ウ)これに対し,原告らは,死亡当時73歳であった亡Fは,適切な医療行為を受けていれば,少なくとも7年生存することができた旨主張し,後掲証拠には,非アルコール性脂肪性肝炎による肝硬変に至った患者の5年生存率が70%から80%である旨の記載(甲B5),Child-Pugh分類がグレードA又はBで,肝細胞癌の腫瘍が3個以内で,最大径が3cm以下である症例における5年生存率が71.1%であるとの報告がある旨の記載(甲B6)があり,これらの記載は原告らの主張に沿うものである。

      しかし,甲B第5号証の統計数値には,Child-Pugh分類が亡Fより軽度のグレードAである症例も相当数含まれている可能性を否定することができず,甲B第6号証は,その出典(乙B19)から,いかなる過程で上記統計数値が導き出されたか必ずしも明らかではなく,亡Fの病状に類似する症例を集計したと考えられる乙B第19号証の2図3表Dの統計数値と比較しても看過できない程度の差異が認められることに照らして,直ちに採用することはできず,他に,原告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

    (エ)他方で,被告は,①亡Fが平成27年11月9日の入院時点で,Child-Pugh分類がグレードCに近いグレードBであり,非代償期肝硬変に至っていたから,余命は,肝細胞癌を合併しないとしても5年程度であった旨,②亡Fの逸失利益を算定する上で,亡Fが本件手術を受けなかった場合に想定される予後も考慮すべきところ,亡Fの肝細胞癌の腫瘍病変の位置からすると,肝細胞癌の成長過程で被膜が破裂して腹腔内出血する可能性があったことを踏まえると,1年以内に死亡する事態も想定し得た旨主張し,G医師はこれに沿う供述をし,同医師の陳述書(乙A3)にはこれに沿う記載があり,被告の主張に沿うものである。

      しかし,被告の主張①についてみると,亡Fの非アルコール性脂肪性肝炎が非代償期肝硬変に至っていたとのG医師の供述等を裏付けるに足りる亡Fの症状や検査結果等に関する証拠はなく,被告の主張①は,その前提を欠くものであって,採用することはできない。また,被告の主張②についてみると,被告病院医師の過失による損害としての逸失利益を検討する際の亡Fの余命は,本件手術が適切な医療行為として行われたことが前提条件となっているのであって,そのような余命の検討において,本件手術が行われなかったことを考慮することは相当ではない。

      したがって,この点に関する被告の主張は,いずれも採用することはできない。

   ウ 生活費控除率 70%

     前示の亡Fの非アルコール性脂肪性肝炎による肝硬変症及び肝細胞癌の進行状況に,前記前提事実(1)及び証拠(甲C8,原告X1)を総合して認められる,亡Fが妻である原告X1及び子である原告X2と同居し,両下肢障害のある原告X2を介助していたとの家族関係,生活状況を総合すると,亡Fが受給する年金は,その大部分が生活費及び医療費等に充てられるものと推認されるから,生活費控除率は,70%とするのが相当である。

   エ 小括

     したがって,亡Fの逸失利益は,207万7637円となる(計算式・254万3132円×2.7232×(1-0.7)=207万7637円(1円未満切捨て。以下同じ))。

  (2)亡Fの慰謝料 700万円

    前示2(3)の過失により,亡Fが死亡するという重大な結果が生じており,証拠(甲C8,原告X1)によれば,亡Fが原告ら一家の支柱であったことが認められる。もっとも,他方で,亡Fが非アルコール性脂肪性肝炎による肝硬変症及び肝細胞癌を発症しており,仮に適切な医療行為を受けたとしても,その余命は3年程度であったこと,その他本件審理に現れた一切の事情を考慮すると,前示2(3)の過失により死亡するに至った亡Fの精神的苦痛に対する慰謝料の額は,700万円とするのが相当である。

  (3)亡Fの葬儀費用 20万4200円

    証拠(甲C2)によれば,亡Fの葬儀費用として20万4200円が支出されたことが認められるところ,当該費用は,前示2(3)の過失と相当因果関係のある亡Fの損害に当たるものと認められる。

  (4)原告ら固有の慰謝料 各50万円

    証拠(甲C8,原告X1)によれば,亡Fの妻である原告X1と亡Fの子である原告X2は,亡Fの死亡により,固有の精神的苦痛を被ったことが認められるところ,前示(2)で指摘した諸事情に,本件審理に現れた一切の事情を総合して考慮すると,原告ら固有の慰謝料は,各50万円とするのが相当である。

  (5)診療情報開示に要した費用 3760円

    証拠(甲C3)及び弁論の全趣旨によれば,亡Fの診療情報開示の費用として3760円を要したことが認められ,本件事案の内容や経過に鑑みて,上記費用は,前示2(3)の過失と相当因果関係のある亡Fの損害に当たるものと認める。

  (6)弁護士費用 100万円(各原告50万円ずつ)

    弁論の全趣旨によれば,原告らは,弁護士を訴訟代理人に選任して本件訴訟を遂行したことが認められるところ,本件事案の性質,審理の経過及び認容額等諸般の事情を考慮して,各50万円(合計100万円)をもって,前示2(3)の過失と相当因果関係のある弁護士費用と認める。

  (7)小括

    上記(1)から(3)及び(5)の亡Fの損害額合計928万5597円に原告らの法定相続分割合(各2分の1)を乗じた金額である464万2798円に,上記(4)の原告ら固有の慰謝料各50万円及び上記(6)の弁護士費用(各原告50万円)を合算すると,原告らの認容額は,それぞれ合計564万2798円となる。

 5 結論

   よって,原告らの請求は,被告に対し,それぞれ564万2798円及びこれに対する亡Fの死亡日(不法行為の日)である平成27年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその範囲でこれを認容し,その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    金沢地方裁判所民事部

        裁判長裁判官  加島滋人

           裁判官  吉川健治

           裁判官  小椋智子

 

 



医療過誤・弁護士・医師相談ネットへのお問い合わせ、関連情報

弁護士法人ウィズ 弁護士法人ウィズ - 交通事故交渉弁護士 弁護士法人ウィズ - 遺産・相続・信託・死後事務 法律相談窓口

ページの先頭へ戻る