【弁護士法人ウィズ】医療ミス医療事故の無料電話相談。弁護士,医師ネットワーク

大腿骨骨腫瘍の生検手術を受けたが急性肺血栓塞栓症を発症し死亡した事例

平成24年5月30日判決言渡
平成19年(ワ)第34044号 損害賠償請求事件
判 決
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して5505万8725円及びこれに対する平成 19年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して2906万6181円及びこれに対する平成 19年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告Cに対し,連帯して2906万6181円及びこれに対する平成 19年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告らが,被告公益財団法人D(旧名称財団法人E。以下「被告D」とい う。)の運営するD病院(旧E病院。以下「被告病院」という。)において大腿骨骨腫 瘍の生検(生体組織診断)手術を受けたF(以下「F」という。)が急性肺血栓塞栓症 を発症し死亡したのは被告病院の医師らの注意義務違反によるものであるなどと主張 して,被告らに対し,不法行為又は債務不履行に基づき損害賠償金及び平成19年3 月23日(不法行為の後の日)からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支 払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠〔[]内は当該証拠の関係頁である。以 下同じ。〕により容易に認定できる事実)
(1)当事者等 ア 原告A(以下「原告A」という。)とF(1953年7月16日生,平成19 年3月17日死亡。アメリカ合衆国国籍)は,昭和63年12月8日に婚姻を した夫婦であり,原告B(以下「原告B」という。)及び原告C(以下「原告C」 という。)は,同夫婦の子である。原告らのほかに,Fの相続人はいない(甲C 1及び2)。 イ 被告Dは,被告病院を設置,運営する公益財団法人であり,被告G(以下「被 告G」という。)は,当時,被告病院の医師(救急部長)である。
(2)診療経過等
ア Fは,平成18年6月12日(以下,月日のみ記載するときは,全て平成1 8年である。),右膝痛を訴えて,近医に紹介されたH病院を受診した(乙A1 [1])。
イ Fは,H病院の医師から,右大腿骨骨腫瘍との診断を受け,6月14日及び 同月22日,同医師に紹介された被告病院を受診して,I医師(以下「I医師」 という。)の診察を受けた。 I医師は,上記腫瘍につき生検手術(以下「本件手術」という。)を実施する ことにし,F及び原告Aにその旨を説明した。(乙A1[4~12,74,15 5])
ウ Fは,6月26日,被告病院に入院し,同月28日,本件手術を受けた。 被告病院の医師らは,術中,Fの左下肢(以下「健肢」という。)につき間欠 的空気圧迫法(下肢に巻いたカフに機器〔フロートロン〕を用いて空気を間欠 的に挿入しマッサージすること)を実施し,術後,右下肢(以下「患肢」とい う。)に弾性包帯を巻いた。(乙A1[49,64,68,69,71])
エ Fは,7月10日午前10時過ぎ頃,肺血栓塞栓症を発症し(以下,これを 「第1次アタック」という。),被告Gを含む被告病院の医師ら(以下「被告G 医師ら」という。)は,Fに対し,ヘパリン(抗凝固薬)を1日当たり2万単位 投与することにした(抗凝固療法。乙A1[88~90])。
オ Fは,7月11日午後4時頃,再び肺血栓塞栓症を発症し,意識障害を発症 した(以下,これを「第2次アタック」という。)。 被告G医師らは,Fに対し,人工呼吸を実施し,同日午後6時36分,ウロ キナーゼ(血栓溶解薬)の投与(血栓溶解療法)を開始した。(乙A1[99, 100,135])
カ 被告病院の看護師らは,7月12日午前2時10分過ぎ頃,Fの対光反射が 消失し,瞳孔が5.0mmに拡大していることを確認した(乙A1[118,2 88,293])。 被告病院の医師らは,単純CT検査により,Fが脳障害を発症していること を確認し(乙A1[253,356]),同日午後12時18分頃,FをJ病院に 転院させた(乙A1[1,140])。
キ Fは,平成19年3月17日午後4時43分,J病院において,肺血栓塞栓 症に起因する腎不全を直接の原因として死亡した(甲A1)。
(3)医学的知見等
ア 肺血栓塞栓症,深部静脈血栓症 肺血栓塞栓症は,肺動脈が閉塞する疾患のうち,塞栓子が血栓であるものを, 深部静脈血栓症は,深部静脈(深筋膜より深部を走行する静脈)に血栓が生じ, 静脈還流に障害を与えるものをいう。肺血栓塞栓症は,そのほとんどが深部静 脈血栓症に起因するもので,肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症とは連続した病態 (静脈血栓塞栓症)である(甲B1[1083,1087])。
イ ガイドライン 日本血栓止血学会等の10学会(研究会)が参加した肺血栓塞栓症/深部静 脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会が平成16年6月に 公表した「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライ ン」(以下「予防ガイドライン」という。)は,静脈血栓塞栓症発症のリスクレ ベルを低リスク,中リスク,高リスク及び最高リスクに階層化し,低リスクの 場合には早期離床及び積極的な運動,中リスクの場合には弾性ストッキングの 着用又は間欠的空気圧迫法の実施,高リスクの場合には間欠的空気圧迫法の実 施又はヘパリンの投与,最高リスクの場合には弾性ストッキングの着用又は間 欠的空気圧迫法の実施とヘパリンの投与との併用等,各リスクレベルに対応す る予防措置を講ずることを推奨している(乙B7[19])。 日本循環器学会等の7学会が参加した合同研究班が平成16年6月に公表し た「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドラ イン」(以下「治療ガイドライン」といい,予防ガイドラインと併せて「予防ガ イドライン等」という。)も,予防ガイドラインと同じく,静脈血栓塞栓症発症 のリスクレベルを階層化し,各リスクレベルに対応する予防措置を講ずること を推奨するとともに,肺血栓塞栓症の重症度を,血行動態の安定・不安定(シ ョック,収縮期血圧90mmHg未満又は40mmHg以上の血圧低下が15 分以上継続すること),心エコー検査(心臓超音波検査)上の右心負荷(右心機 能不全)の有無に応じて,広汎型(massive。血行動態不安定,右心負荷あり), 亜広汎型(submassive。血行動態安定,右心負荷あり),非広汎型(non-massive。 血行動態安定,右心負荷なし)に分類し,これに対応して,抗凝固療法,血栓 溶解療法等の治療を実施することを推奨している(甲B1[1084,1092 ~1099,1123])。 なお,予防ガイドライン等の公表後,被告病院を含む多数の医療機関等にお いて,現に予防ガイドライン等に準拠した静脈血栓塞栓症発症の予防措置が講 じられている。
2 争点
(1)肺血栓塞栓症の予防措置に係る注意義務違反及び因果関係の有無
(2)第1次アタックの際の治療に係る注意義務違反及び因果関係の有無  損害の有無及び損害額 3 争点についての当事者の主張
(3)肺血栓塞栓症の予防措置に係る注意義務違反及び因果関係の有無 (原告らの主張)
ア 本件手術は予防ガイドライン等にいう中リスクレベルの手術であるが,① Fが当時53歳の白人で,軽度の肥満(BMI値〔ボディマス指数〕は25. 26である。)であったこと,② Fが下肢に静脈瘤を有し,子宮筋腫の既往も 有していたこと,③ 術後,患肢に膝装具(ニーブレース)が装着され下肢下 腿の運動が制限されていたこと,また,12日間の臥床安静を要したことなど の付加的な危険因子を考慮すると,Fの静脈血栓塞栓症発症のリスクレベルは 高リスク以上というべきである。しかるに,被告病院の医師らは,Fに対し, 術後も十分な歩行が可能となるまで間欠的空気圧迫法を実施し,又はヘパリン の投与を行うべきであったのに,これらの予防措置を講ぜず,肺血栓塞栓症発 症の予防に係る指導もしなかった。 なお,仮にリスクレベルが中リスクであったとしても,被告病院の医師らは, Fに対し,弾性ストッキングを着用させることも,術後に間欠的空気圧迫法を 実施することもしておらず,いずれにせよリスクレベルに見合った予防措置を 講じたとはいえない。被告Dは予防措置として弾性包帯を巻いた旨の主張をす るが,健肢に弾性包帯は巻かれていないこと,患肢に巻かれた弾性包帯は安静 期間中の7月5日に除去されていることからすると,弾性包帯を巻いたことを もって,被告病院の医師らがリスクレベルに見合った予防措置を講じたとはい えない。
イ 被告病院の医師らが,Fの静脈血栓塞栓症発症のリスクレベルを的確に評価 し,これに見合った予防措置を講じていれば,Fが肺血栓塞栓症を発症して死 亡することはなかった。
(被告Dの主張)
ア 本件手術(整形外科領域における下肢の手術であり,手術範囲は1×2㎝大 にとどまる。)は,予防ガイドライン等にいう中リスクレベルの手術であるとこ ろ,被告病院の医師らは,静脈血栓塞栓症発症の予防措置として,術中,健肢 につき間欠的空気圧迫法を実施したほか,術後,患肢に弾性包帯を巻き,ベッ ド上での下肢の運動を励行するよう指導を行っているのであって,被告病院の 医師らに,肺血栓塞栓症発症の予防措置に関し注意義務違反はない。
イ 原告らは,Fの静脈血栓塞栓症発症のリスクレベルは高リスク以上である旨 の主張をする。 しかしながら,① Fが本邦に長期間在住していたこと,② 予防ガイドラ インはBMI値が30以上の場合を高度肥満として危険因子の一つとするなど, 静脈血栓塞栓症発症の危険因子となり得るBMI値はいまだ確立されていない こと,③ 静脈血栓塞栓症発症の危険因子となり得る年齢についても定見はな いこと,④ Fの下肢静脈瘤は軽度であったこと,⑤ Fは,本件手術の日の 翌日,健肢を自由に動かすようになり,車いすによる移動も開始していた上, 7月2日には,ベッド上で膝装具を除去し患肢の屈伸をしていたこと,⑥ F の子宮筋腫は「巨大な腹部腫瘤」には該当しないことからすると,Fに付加的 な危険因子があったとはいえない。 原告らは,被告病院の医師らは,弾性ストッキングを着用させることも,術 後に間欠的空気圧迫法を実施することもしておらず,いずれにせよリスクレベ ルに見合った予防措置を講じていない旨の主張もするが,① 他の医療機関も, 弾性包帯を弾性ストッキングと同様に使用していること(弾性包帯には,創部 の清潔を保ち,また,症状に応じて圧迫の程度を変更し得るという利点もある。), ② 上記のとおり,Fは,本件手術の日の翌日には車いすによる移動を開始し ていた上,7月5日(弾性包帯を除去した日)までには,疼痛も消失し,その 活動性が増進していたことからすると,肺血栓塞栓症発症の予防措置は尽くさ れていたというべきである。
(2)第1次アタックの際の治療に係る注意義務違反及び因果関係の有無
(原告らの主張)
ア Fの肺血栓塞栓症の重症度は,広汎型に限りなく近い亜広汎型である。 治療ガイドラインによれば,被告G医師らは,肺血栓塞栓症の発症が疑われ た時点(7月10日午前11時頃)で,Fに対し,5000単位のヘパリンを 急速静注し(以下,これを「ボーラス投与」という。),以後,APTT値(活 性化部分トロンボプラスチン時間,血液凝固時間)を測定しつつ,ヘパリン濃 度が0.3ないし0.7U/ml に相当する治療域,すなわちコントロール値の 1.5ないし2.5倍となるよう投与量を調整しながら,1時間当たり140 0単位のヘパリンを持続静注し,又は1日2回約1万7500単位のヘパリン を皮下注射して,翌11日午前0時頃までに,約2万単位(ボーラス投与を含 む。)のヘパリンを投与すべきであった(以下,これを「原告主張の抗凝固療法」 という。)のに,漫然と1日当たり2万単位のヘパリンを投与するのみで,これ を実施しなかった。 また,治療ガイドラインによれば,被告G医師らは,肺血栓塞栓症発症の確 定診断がされた時点(7月10日午前11時43分頃)で,原告主張の抗凝固 療法の実施に加え,モンテプラーゼ又はウロキナーゼ(いずれも血栓溶解薬) を投与すべきであったのに(血栓溶解療法),これを実施しなかった。 被告G医師らには,第1次アタックの際の治療に関し注意義務違反があった というべきである。
イ 被告らは,Fの肺血栓塞栓症の重症度は非広汎型である旨の主張をする。 しかしながら,肺血栓塞栓症の重症度は,① 臨床症状,② 臨床所見,③ 心エコー検査の所見(右心負荷の有無)により判断し,血行動態が安定してい ても右心負荷を有する場合にはこれを亜広汎型と評価して,原告主張の抗凝固 療法に加え血栓溶解療法を実施すべきである。Fにつき,① 著明な四肢冷感, 顔面蒼白,悪心,胸痛(前胸骨部拘扼感,心窩部痛)が出現し,前ショック状 態(pre-shock)に陥っていたこと,② (a)心電図検査により心室性期外収 縮(PVC)が確認されたこと,(b)血液検査により重篤な低酸素血症の発症 (PaCO2〔動脈血二酸化炭素分圧〕32.9torr,PaO2〔動脈血酸素 分圧〕68.4torr)が確認されたこと,(c)レントゲン撮影により心拡大及 び右縦隔陰影の拡大が確認されたこと,(d)CT検査により,両側肺動脈分枝 部から左右肺動脈にかけての太紐状の血栓の存在が確認されるなど,右肺動脈 の上葉枝及び下葉枝並びに左肺動脈の上葉枝に広範囲にわたる閉塞が確認され たこと,③ 心エコー検査は実施されてないものの,左右肺動脈の閉塞状況に 鑑みると,肺高血圧(肺血管床の30%以上が閉塞すると肺高血圧が出現する とされている。)とそれに伴う右心負荷の出現を認め得ることからすると,Fの 肺血栓塞栓症は広汎型に限りなく近い亜広汎型というべきであり,これを非広 汎型と評価することはできない。
ウ 第1次アタックの際に,被告病院の医師らが,Fの肺血栓塞栓症の重症度を 的確に評価し,原告主張の抗凝固療法及び血栓溶解療法を実施していれば,第 2次アタックは発生せず,Fが死亡することもなかった。 なお,被告らは,Fは,心房の卵円孔(以下「本件卵円孔」という。)を介し て飛来した血栓により出血性脳梗塞を発症し死亡した旨の主張もするが,Fは, 7月11日午前8時50分頃から第2次アタックまでの間に下肢に新たに形成 された血栓が遊離し,これが肺動脈を閉塞(第2次アタック)して心肺停止状 態に陥り,蘇生後脳症を発症して死亡したというべきである。
(被告らの主張)
ア Fの肺血栓塞栓症の重症度は非広汎型と評価されるところ(Fの血行動態は 安定し,右心負荷の所見もなかった。),被告G医師らは,7月10日午後1時 頃,Fに対し,ヘパリンの持続静注(抗凝固療法)を開始するなど,上記重症 度に対応する治療を行っているのであって,被告G医師らに,第1次アタック の際の治療に関し注意義務違反はない。 治療ガイドラインによれば,肺血栓塞栓症の治療として,原告主張の抗凝固 療法の実施が推奨されることになるが,これは診断,治療等に関する一つの目 安にすぎず,個別の患者にいかなる治療を行うかは具体的な状況を勘案し担当 医の責任において決定すべきである。本件の場合,① 本件手術の日の12日 後で,いまだ手術創から出血する危険性が高い状況であったこと,② CT検 査において,下肢深部静脈に血栓は確認されなかったこと,③ 7月11日午 前8時50分頃のAPTT値はコントロール値(32.0秒)の約1.47倍 (46.9秒)であり,被告G医師らによる抗凝固療法が十分に奏効していた ことからすると,原告主張の抗凝固療法を実施しなかったからといって,医師 としての裁量を逸脱するわけではない。
イ 原告らは,Fの肺血栓塞栓症の重症度は広汎型に限りなく近い亜広汎型であ り,原告主張の抗凝固療法の実施に加え,血栓溶解療法も実施すべきであった 旨の主張もするが,① 第1次アタックの際の四肢冷感,顔面蒼白,悪心,胸 痛等の症状は数分以内に消失していること,② PaO2値は,いったん68. 4torr まで低下したものの,上記の値自体は,直ちに人工呼吸管理を要するほ どの重篤な低酸素血症の発症を示すものではないこと,③ 収縮期血圧は15 0mmHgまで上昇したが,その後,正常値に戻っていること,④ SpO2 値(経皮的酸素飽和度)は,いったん80%台に低下したものの,酸素投与後, 95%ないし98%を維持していること,⑤ 右心負荷をうかがわせる所見は 確認されていないことなどからすると,Fの肺血栓塞栓症の重症度は,前記の とおり,非広汎型と評価すべきであって,そもそも血栓溶解療法の適応はない し,上記のとおり,手術創から出血する危険性が高い状況であったことからす ると,その実施はむしろ不適切である。
ウ 血栓が形成され下肢静脈に形態異常(拡張,変形)が発生すると,同一部位 において繰り返し血栓が形成されるようになり,これが遊離して肺動脈を閉塞 するようになる。血栓溶解療法の実施により,上記の下肢静脈の形態異常が治 癒するわけではなく,第1次アタックの際に血栓溶解療法を実施したからとい って,第2次アタックの発生を防止することはできなかった。 なお,Fは,本件卵円孔を介して飛来した血栓により出血性脳梗塞(奇異性 脳塞栓症)を発症し死亡したと考えるのが合理的であり,第2次アタックによ り蘇生後脳症を発症して死亡したとはいえない。
(3)損害の有無及び損害額 (原告らの主張)
ア F関係
(ア)治療費等 1105万9690円 FのJ病院における入院治療費(平成18年7月12日から平成19年3月 17日まで)は1105万3390円であり,その文書料は6300円である。
(イ)付添看護費 163万1500円 付添看護費(平成18年7月10日から平成19年3月17日まで)は,1 63万1500円(6500円×251日)である。
(ウ)入院雑費 37万6500円 入院雑費(平成18年7月10日から平成19年3月17日まで)は,37 万6500円(1500円×251日)である。
(エ)近親者の通院交通費 31万4260円 通院交通費は,原告Aにつき7万9900円,原告Bにつき7万7500円, 原告Cにつき10万2920円,K(原告Aの母)につき5万3940円であ る。
(オ)逸失利益 4459万2680円 Fは専業主婦であるが,その英会話能力を活かし就労することを予定してい たのであるから,その基礎収入は585万4600円(全年齢賃金センサス) とすべきである。 そうすると,Fの休業損害(平成18年7月10日から平成19年3月17 日まで)は402万6040円(585万4600円×251日÷365日) となり,また,労働能力喪失期間は14年,生活費控除率は30%とすべきで あるから,その逸失利益は4056万6640円(585万4600円×0. 7×9.8986〔ライプニッツ係数〕)となる。
(カ)慰謝料 2800万円 Fの死亡慰謝料は2500万円であり,傷害慰謝料は300万円である。
(キ)相続 相続割合は,原告Aにつき2分の1,原告B及び原告Cにつき各4分の1で あり,相続分は,原告Aにつき4298万7315円,原告B及び原告Cにつ き各2149万3657円である。
イ 原告ら関係
(ア)葬儀費用 192万6361円 原告Aは,平成19年3月23日,Fの葬儀代として192万6361円の 支払をした。
(イ)近親者慰謝料 合計1500万円 Fが死亡したことに加え,被告病院の医師らが,静脈血栓塞栓症の予防措置 につき何らの説明もしなかったこと,第1次アタックの際,肺血栓塞栓症の重 症度を正確かつ具体的に説明しなかったこと,第2次アタックの際,Fが心肺 停止状態に至り蘇生後脳症を発症する可能性があることを説明しなかったこ とをも考慮すると,原告らの慰謝料は各500万円が相当である。
(ウ)弁護士費用 合計1029万0099円(原告Aにつき514万049 円,原告B及び原告Cにつき各257万2524円)
(被告らの主張)
争う。なお,Fは,第2次アタックの際,心肺停止状態には陥っていない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実に加え,掲記の証拠(次の認定に反する部分は,いずれも採用する ことができない。)及び弁論の全趣旨によれば,Fの診療経過等につき,次の事実を 認めることができる。
(1)Fは,6月12日,右膝痛を訴えて,近医に紹介されたH病院を受診した(乙 A1[1])。
(2)Fは,H病院の医師から,右大腿骨骨腫瘍(右大腿骨骨幹部に腫瘍を認める) との診断を受け,6月14日,同医師に紹介された被告病院を受診して,I医師 の診察を受けた(乙A1[1,155])。 I医師は,同日,CT検査,心電図検査,血液検査(なお,APTT値は32. 0秒である。)等を(乙A1[3~5,8~10],乙A2[2]),同月22日には, CT検査,全身骨シンチ検査,単純及び造影MRI検査等を実施した上(乙A1[5, 6,10,11]),軟骨肉腫の疑いがあると判断して,F及び原告Aに対し,生 検手術(本件手術)を実施する旨の説明をした(乙A1[74,348~351])。
(3)Fは,6月26日,被告病院に入院した。なお,被告病院の医師らは,術前, Fの下腿に静脈瘤(膨隆を伴わない網状の微少毛細血管の拡張)が存在すること, 及び,Fが子宮筋腫の既往を有することを確認している(乙A1[1,49],乙 A10,12)。
(4)被告病院の医師らは,6月28日午前9時49分から同日午前10時54分ま で,Fに対し,全身麻酔下で,右大腿外側の皮膚を切開し,ノミを使用して大腿 骨を1×2㎝大に開窓し,鋭匙を使用して腫瘍を掻爬し,セメントを充填する生 検手術(本件手術)を実施した。迅速病理診断の結果,上記腫瘍は良性の内軟骨 腫(enchondroma)と診断されている。(乙A1[1,12,13,63~70], 証人I) 被告病院の医師らは,術中,Fの健肢につき間欠的空気圧迫法を実施したほか, 術後,患肢(足先から大腿まで)に弾性包帯を巻き,ベッド上での下肢の運動を 励行するよう指導を行い,更に,出血,骨折等の予防措置として患肢に膝装具を 装着する措置を講じた。もっとも,健肢に弾性ストッキングを着用させるなどの 措置は講じていない。(乙A1[64,69,71],証人I)
(5)Fは,6月29日(本件手術の日の翌日),離床して車いすによる移動を開始し (乙A1[75,76]),7月2日には,被告病院の医師から,ベッド上では膝装 具を除去してよいとの説明を受けた(乙A1[80],乙A12[6])。 なお,被告病院の医師は,術後の経過が順調であり,手術創にも問題が認めら れないことから,同月5日,Fの患肢に巻いた弾性包帯を除去している(乙A1[8 3],乙A12[5])。
(6)Fは,7月10日午前10時過ぎ頃,コールを受けて病室に駆けつけた被告病 院の医師らに対し,① 胸部絞扼感が30秒間程度出現したこと,② 心窩部痛 も出現したが既に消失したことなどを訴えた(第1次アタック)。その際,Fにつ き,① 四肢冷感,顔面蒼白,著明な湿潤の出現,② 心室性期外収縮の出現, ③ SpO2値の低下(80%台),④ 血圧の上昇(150mmHg〔収縮期〕/ 95mmHg〔拡張期〕。以下「収縮期圧/拡張期圧」の要領で示す。)が確認され, ⑤ その後,同日午前11時には,血圧の低下(99/65)が,同日午前11 時17分には,PaO2値の低下(68.4torr)がそれぞれ確認されている。 (乙A1[88~90,262],乙A2[6],丙A2[2])
(7)連絡を受けた被告Gは,7月10日午前11時頃,病室に駆けつけ,肺血栓塞 栓症等の発症を疑い,他の医師らと共にFに対する治療を行った。 被告G医師らは,同日午後0時12分頃,胸部造影CT検査を実施し,① 両 側肺動脈分岐部から左右肺動脈にかけての太紐状の血栓,② 上葉枝根幹部の血 栓による右肺動脈の閉塞,③ 左肺動脈の上葉枝,下葉枝内に連続する太紐状の 血栓等を確認して(乙A1[1,89,90,352],丙A2[3,11]),肺血 栓塞栓症と診断した。被告G医師らは,1日当たり2万単位のヘパリンを投与す ること(持続静注)とし,同日午後1時5分,午後10時49分及び同月11日 午前11時27分,Fに対し,各1万単位のヘパリンを投与した(乙A1[90~ 93,97,98,238])。
(8)Fの四肢冷感,湿潤等の症状は,7月10日午後2時頃までに改善し(乙A1[9 4]),その血圧も正常値(113/70)を示すようになった(乙A1[302])。 また,SpO2値は,酸素投与後,おおむね95%ないし98%を維持するよう になり(乙A1[94,96,7]),PaO2値も,同月10日午後4時に8 0.0torr まで,同月11日午前8時50分に76.3torr まで改善した(乙A 1[97],乙A2[9])。 なお,FのAPTT値は,同月10日午後4時42分時点で39.1秒(乙A 2[7]),同月11日午前8時50分時点で46.9秒である(乙A2[9])。
(9)Fは,7月11日午後4時頃,被告病院の看護師に対し,「何かが変。いつもと 違う感じ」などと告げ,眩暈の出現を訴えた後,顔面蒼白となり,意識障害(意 識レベルはJCSⅢ-300〔痛み刺激に反応しない〕である。)を発症(第2次 アタック)した(乙A1[99])。 被告病院の医師らは,Fの橈骨動脈及び頸動脈を触知することができないこと, 自発呼吸が消失し,SpO2値も70%台に低下したことから,直ちにアンビュ ーバックによる人工呼吸を実施した(乙A1[99,100])。 また,連絡を受けて駆けつけた被告Gは,同日午後4時20分頃,Fに対し, 気管内挿管を実施し,ドルミカム(鎮静薬),マスキュラックス(筋弛緩剤)を投 与した上,人工呼吸器による人工呼吸を実施した(乙A1[100~104,11 1])。
(10)被告Gは,カテーテル及びガイドワイヤーの操作による血栓の破砕及び吸引を 試みるとともに,血栓溶解療法を実施することにし,原告Aの同意を得た上,7 月11日午後6時36分から午後7時38分までの間,合計48万単位(4回, 各12万単位)のウロキナーゼを投与した(乙A1[111,135,272,3 54])。
(11) 被告病院の医師らは,7月11日午後9時頃,FをICUに移して治療を継続 した(乙A1[130~136])。 被告病院の医師らは,Fの意識レベルはJCSⅢ-200(痛み刺激に対して 少し手足を動かす)から回復せず(乙A1[130~136,273]),7月12 日午前2時10分過ぎ頃には,微弱ながら認められていた対光反射の消失,瞳孔 の再度の拡大(5.0mm)が(乙A1[118,288~294]),また,同日 午前9時33分頃に実施した単純CT検査により,脳実質の吸収値の低下,脳溝 の消失が確認されたことから(乙A1[253,356]),大脳両半球の広範な脳 梗塞と判断し,頭蓋内圧の亢進等に対応する処置を講ずるため,同日午後12時 18分,FをJ病院に転院させた(乙A1[1,140])。
(12)Fは,平成19年3月17日,J病院において,肺血栓塞栓症に起因する腎不 全を直接の原因として死亡した(甲A1)。
2 争点(1)(肺血栓塞栓症の予防措置に係る注意義務違反及び因果関係の有無)につ いて
(1)予防ガイドライン等が,静脈血栓塞栓症発症のリスクレベルを低リスク,中リ スク,高リスク及び最高リスクに階層化し,各リスクレベルに対応する予防措置 を講ずることを推奨しているのは,前記前提事実のとおりである。また,予防ガ イドライン等は,リスクレベルは予防の対象となる処置や疾患自体のリスクに付 加的な危険因子の有無等を加味して決定されるとした上(甲B1[1123],乙 B7[19]),整形外科領域に関し,① 上肢の手術を低リスク,② 脊椎手術, 骨盤・下肢手術(股関節全置換術,膝関節全置換術,股関節骨折手術を除く。)等 を中リスク,③ 股関節全置換術,膝関節全置換術,股関節骨折手術等を高リス ク,④ 高リスクの手術を受ける患者に静脈血栓塞栓症の既往,又は血栓性素因 が存在する場合を最高リスクに分類し,静脈血栓塞栓症発症の予防として,低リ スクの場合には早期離床及び積極的な運動を,中リスクの場合には弾性ストッキ ングの着用又は間欠的空気圧迫法の実施を,高リスクの場合には間欠的空気圧迫 法の実施又はヘパリンの投与を,最高リスクの場合には弾性ストッキングの着用 又は間欠的空気圧迫法の実施とヘパリンの投与との併用を推奨している(甲B1 [1120~1125],乙B7[18~20])。
(2)ア 本件手術は下肢手術であるから,予防ガイドライン等によれば,そのリスク レベルは中リスクと評価され,弾性ストッキングの着用又は間欠的空気圧迫法 の実施が推奨されることとなる。
イ 原告らは,付加的な危険因子を加味すると,Fの静脈血栓塞栓症発症のリス クレベルは高リスク以上であり,術後も十分な歩行が可能となるまで間欠的空 気圧迫法を実施し,又はヘパリンの投与を行うべきであった旨の主張をする。 そして,予防ガイドライン等は,弱い付加的な危険因子として肥満,下肢静脈 瘤を,中等度の付加的な危険因子として高齢,長期臥床,悪性疾患を,強い付 加的な危険因子として血栓性素因,下肢ギプス包帯固定を挙げ(甲B1[112 1],乙B7[8]),また,医学文献には,欧米人は先天性危険因子(血栓性素 因)を有する(甲B12[662],甲B44[65]),カリフォルニアにおけ る白人の深部静脈血栓症(原発性)の発生率はアジア人に比し高い(乙B2の 1及び2,乙B3[3,4])などと指摘するものもあるところ,① Fが当時 53歳の白人で,そのBMI値が25.26であったこと,② Fが下肢静脈 瘤を有し,子宮筋腫の既往も有していたこと,③ 術後,患肢に膝装具が装着 されていたことは,前記認定事実のとおりであって,L病院副院長M(以下「M 医師」という。)も,その作成の「鑑定書」と題する書面(甲B33)において, 付加的な危険因子を加味すると,Fの静脈血栓塞栓症発症のリスクレベルは高 リスク以上であると述べている。
 しかしながら,① 予防ガイドラインは整形外科領域におけるおおよその目 安としてBMI値が30以上の場合を高度肥満とし重大な危険因子の一つとす るなど(乙B7[56]),静脈血栓塞栓症発症の危険因子となり得るBMI値は いまだ確立されておらず,少なくとも,他の医療機関においてBMI値が26 以下の場合にこれを危険因子とする取扱いはされていないこと(乙B1[30], 乙B12,13,15,18,19),② 静脈血栓塞栓症発症の危険因子とな り得る年齢についても定見はなく,他の医療機関においても,年齢が53歳以 下の場合にこれを危険因子とする取扱いはされていないこと(乙B19),③ Fの下肢静脈瘤は,網状の微少毛細血管が拡張している状態で膨隆を伴うもの でもなかったこと(甲A23[3],乙A10),また,その子宮筋腫も,外腸骨 静脈を軽度に圧排していたにすぎず(甲A1[112]),予防ガイドライン等に いう悪性疾患には該当しないこと,④ Fは,6月29日(本件手術の日の翌 日),離床して車いすによる移動を開始し,7月2日には,被告病院の医師から, ベッド上では膝装具を除去してよいとの説明を受けていること,そして,⑤ 医 学文献には,深部静脈血栓症の発生率の差には人種のほか食生活等の生活習慣 や地理的環境的要因の相違も影響していると指摘するものもあること(甲B4 4[64],乙B3[4],乙B4[5],乙B5[253])が認められ,これらの 事情に照らすと,予防ガイドライン等が「弱い付加的な危険因子の場合でも複 数個重なればリスクレベルを上げることを考慮する」としていること(甲B1 [1123],乙B7[19])を考慮しても,本件において,Fの静脈血栓症 発症のリスクレベルを高リスク以上とまで評価するのは困難である。
(3)ア 原告らは,本件手術のリスクレベルが中リスクであったとしても,そのリス クレベルに見合った予防措置を講じていない旨の主張もする。
イ しかしながら,被告病院の医師らは,Fに対し,術中,健肢につき間欠的空 気圧迫法を実施したほか,6月28日から7月5日までの間,患肢に弾性包帯 を巻き,ベッド上での下肢の運動を励行するよう指導を行っているところ,① 術後,健肢の運動は特に制限されていないこと,② Fは,6月29日(本件 手術の日の翌日),離床して車いすによる移動を開始し,7月2日には,被告病 院の医師から,ベッド上では膝装具を除去してよいとの説明を受けていること, また,7月10日までには,歩行訓練を開始するまでに至っていること(乙A 1[90]),③ 弾性包帯には,弾性ストッキングに比し,創部を清潔に保ち, 症状に応じて圧迫の程度を変更することができるという利点もあり(甲B32 [81],乙A8,12,証人I),静脈血栓塞栓症発症の予防措置として弾性包 帯を使用している医療機関等も少なからず存在すること(乙A8,12,乙B 8~11,14,16,18),また,予防ガイドラインにおいても,その使用 に熟練を要するものの,静脈血栓塞栓症発症の予防措置として弾性包帯を使用 する場合もあるとされていること(乙B7[12])からすると,弾性ストッキ ングを着用させていないことなどの事情があるからといって,被告病院の医師 らに,肺血栓塞栓症発症の予防措置に関し注意義務違反があったとはいえない。
3 争点(2)(第1次アタックの際の治療に係る注意義務違反及び因果関係の有無)に ついて
(1)治療ガイドラインが,肺血栓塞栓症の重症度を,血行動態の安定・不安定(シ ョック,収縮期血圧90mmHg未満又は40mmHg以上の血圧低下が15分 以上継続すること),心エコー検査上の右心負荷の有無に応じて,広汎型(血行動 態不安定,右心負荷あり),亜広汎型(血行動態安定,右心負荷あり),非広汎型 (血行動態安定,右心負荷なし)に分類し,これに対応して抗凝固療法,血栓溶 解療法等の治療を実施することを推奨していることは前記前提事実のとおりであ る。そして,治療ガイドラインは,① ショック(血圧の低下)が遷延する場合 (血行動態不安定)は,血栓溶解療法を積極的に実施する,② 血圧は正常であ るが,高度の右心負荷を認める場合は,抗凝固療法のみならず症例により血栓溶 解療法の実施も考慮する,③ 血圧,右心機能とも正常である場合は,抗凝固療 法のみを実施するとした上(甲B1[1092]),抗凝固療法につき,急性肺血 栓塞栓症の発症が疑われた時点で,原告主張の抗凝固療法を実施することを推奨 し(甲B1[1094]),多数の医学文献にも,これと同趣旨の指摘がある(甲B 11[415],甲B12[668],甲B13[244],甲B59[11],甲B6 0[285],甲B67[1536,1538],甲B68[763,764],甲B 83[7],甲B92[62],甲B102[772])。
(2)ア 原告らは,Fの肺血栓塞栓症の重症度は広汎型に限りなく近い亜広汎型であ るとした上,被告G医師らは,肺血栓塞栓症の発症が疑われた時点において, 原告主張の抗凝固療法を実施すべきであった,また,肺血栓塞栓症発症の確定 診断がされた時点で,原告主張の抗凝固療法の実施に加え,血栓溶解療法を実 施すべきであった旨の主張をし,M医師及びN附属病院循環器内科部長(以下 「N医師」という。)も,肺血栓塞栓症の重症度は,肺動脈閉塞の程度(解剖学 的重症度),右心機能不全・体循環動態障害の程度(機能的重症度)等に応じて 評価すべきとした上,これらに照らすと,Fの肺血栓塞栓症の重症度は広汎型 に限りなく近い亜広汎型と評価され,抗凝固療法の実施に加え,血栓溶解療法 を実施すべきであった(M医師),あるいは,臨床症状等に照らすと,その重症 度は広汎型と評価され,ヘパリンのボーラス投与は必須である(N医師)など と,基本的に原告らの主張に沿う陳述,供述をする(甲B33,甲B115, 証人N)。
 しかしながら,① 第1次アタックの際に出現した胸部絞扼感,心窩部痛は, いずれも数分以内に消失していること,② 血圧は,いったん99/65に低 下したものの,その後,正常値に戻っていること,③ SpO2値も酸素投与 により95%ないし98%を維持するに至っていることからすると,Fの血行 動態を不安定と評価することはできないし,右心負荷の存在をうかがわせる所 見も確認されていない(むしろ,CT検査の結果によれば,心室中隔は右心室 側に偏位していることがうかがわれる〔丙A2,丙A3〕。)のであって,そう すると,Fの肺血栓塞栓症の重症度は非広汎型というべきであり,これを広汎 型に限りなく近い亜広汎型などとするのは困難である。M医師及びN医師が, 肺血栓塞栓症の重症度は解剖学的重症度等に応じて評価すべき旨の陳述,供述 をするのは上記のとおりであるが,日本循環器学会等の9学会が参加した合同 研究班が平成21年に公表した治療ガイドラインの改訂版においても,肺動脈 内血栓塞栓の量,分布,形態によって重症度が分類されるわけではないとして, 血行動態の安定・不安定,心エコー検査上の右心負荷の有無に応じてこれを分 類していることに鑑みると(甲B119[6,7]),M医師及びN医師の陳述, 供述を考慮しても,上記結論は左右されない。
イ この場合,治療ガイドラインによれば,原告主張の抗凝固療法の実施が推奨 されることになるが,① 治療ガイドラインは,深部生検後2週間以内のヘパ リンの投与は原則禁忌であり,ヘパリンの投与により得られる効果と出血の可 能性及び出血に伴う弊害の程度を十分に考慮した上,投与の是非を決定すべき としていること(甲B1[1094]),② 被告G医師らは,第1次アタックの 出現は本件手術の日の12日後で,いまだ手術創から出血する危険性が高い状 況であったことを考慮して,Fに対し,1日当たり2万単位のヘパリンを投与 することにしたこと(丙A2,被告G),③ そして,FのAPTT値は,7月 11日午前8時50分時点で46.9秒(コントロール値32.0秒の約1. 46倍)と,おおむね治療ガイドラインにいう治療域(コントロール値の1. 5倍ないし2.5倍)に達し,被告G医師らによる抗凝固療法が奏効していた ことがうかがわれることからすると,被告G医師らが,原告主張の抗凝固療法 を実施しなかったことをもって,直ちに上記ガイドラインに従った医療行為が されなかったとまでいうのは困難である。被告G医師らに,第1次アタックの 際の治療に関し注意義務違反があったとはいえない。 4 以上によれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由 がないのでこれらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第34部
裁判長裁判官 森 冨 義 明
裁判官 大 澤 知 子
裁判官 西 澤 健 太 郎


医療過誤・弁護士・医師相談ネットへのお問い合わせ、関連情報

弁護士法人ウィズ 弁護士法人ウィズ - 交通事故交渉弁護士 弁護士法人ウィズ - 遺産・相続・信託・死後事務 法律相談窓口

ページの先頭へ戻る