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無断で歯のホワイトニング施術時に過失により,薬物性口唇炎が生じたものと認め,施術内容やリスクに係る説明義務違反を認めて相当額の慰謝料は認めた事例

 

 

 

横浜地裁 平成30年9月25日判決

事件番号 平成26年(ワ)第397号

 

       主   文

 

 1 被告は,原告に対し,89万3000円及びこれに対する平成24年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用はこれを20分し,その17を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

   被告は,原告に対し,589万8482円及びこれに対する平成24年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

   本件は,原告が,被告が運営するA歯科医院(以下「被告医院」という。)において,無断で歯のホワイトニングの施術をされたこと等により,歯肉及び下口唇の下部分の白変並びに下口唇の強い痛み等の傷害や後遺障害等級14級相当の後遺障害を負ったとして,説明義務違反及び施術における過失等を主張し,不法行為に基づき,治療費,慰謝料及び逸失利益等合計589万8482円及びこれに対する不法行為の日である平成24年8月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 1 前提事実(当事者間に争いがない事実又は後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠等を付さない事実は当事者間に争いがない。)

  (1)ア 原告は,昭和10年○月○○日生まれの男性である(弁論の全趣旨)。

   イ 被告は,川崎市内において被告医院を運営する法人であり,代表者理事長はB医師(以下「B医師」という。)である。

  (2) 原告は,遅くとも平成6年頃から被告医院に通院しており,当初は虫歯治療等を受けていたが,その後,テンプレートというマウスピース型のものを使い,かみ合わせの調整を行う治療を受けるなどしていた(被告代表者本人,原告本人)。また,原告は,被告医院において,少なくとも,平成24年4月及び同年6月に歯面清掃の処置を受けた(甲A14の1,乙A12)。

  (3) 原告は,同年8月21日に被告医院を受診した。B医師は,原告に対し,歯面清掃等をした(乙A12)後,原告から同意書を取ることなく,後記(5)の「beyond POLUS」(以下「ビヨンドポーラス」という。)で20万ルクスのライトを1回10分間,合計2回照射する方法で,ホワイトニングの施術をした(甲A3,被告代表者本人,原告本人。以下,この施術を「本件施術」という。)。原告は,本件施術中,異変を訴えたり,本件施術をすることについて異議を述べたりすることはなかったが,本件施術が終わった直後,B医師に対し,唇がヒリヒリする旨を訴えた(なお,この際,原告がB医師に対し歯茎がヒリヒリする旨訴えたか否かについては,後記のとおり争いがある。)。被告は,原告に対し,本件施術について治療費を請求していない。

  (4) 被告は,原告に対し,平成24年10月12日,10万円を交付した。

  (5) 歯科治療において,歯面清掃とは,機器を用いて歯の根元等に付着している歯石を除去したり,ブラシを使って歯面の汚れを取ったりすることをいう(甲B6,被告代表者本人)。

    また,ホワイトニングとは,過酸化水素又は過酸化尿素を含有する漂白剤を使い,歯の中の着色物質を分解し,歯を白くする治療である(甲B3,B9)。ビヨンドポーラスという機器を用いるビヨンドホワイトニングでは,過酸化水素を含有するホワイトニングジェルを歯面に塗布し,そこに光を当てることによって,過酸化水素の漂白機能をより活性化させる(甲B2,B4,B5,B7,乙B1,B2)。

  (6) ビヨンドポーラスを使用したホワイトニングの術式は,要旨,次のとおりである(甲A3,B7,乙B18)。

   ア 患者にインフォームドコンセントを実施し,同意書にサインをしてもらう。

   イ 患者とともに,歯の白さの程度を確認する。

   ウ 患者に保護メガネを着用させる。

   エ TamTamプランプエッセンスという保湿剤を口唇に塗布する(この後も,必要に応じて同様に塗布する。)。

   オ 患者に開口器を装着する。

   カ 患者にフェイスプロテクションカバーをかけ,ロールワッテを開口器の上下左右に入れ,口唇を持ち上げる。

   キ マージン部から歯肉側約2mmから約3mmの幅で歯肉を保護するビヨンダムを塗布する。

   ク LEDキュアリングライトを使用してビヨンダムを硬化させる。

   ケ 過酸化水素を含有するホワイトニングジェルを歯面に約2mmから約3mmの厚さで塗布する。

   コ 患者にワイヤレスリモコンを渡し,使用方法を説明する。

   サ 歯面にライトを照射する。

   シ 1回日の照射が終了した後,ホワイトニングジェルを吸引する。この際,水洗はしない。再度,ホワイトニングジェルを塗布し,ライトを照射する。

   ス 照射終了後,ホワイトニングジェルを吸引し,ビヨンダム,ロールワッテを除去し,フェイスプロテクションカバー,開口器,保護メガネを外す。

   セ 患者に口をゆすいでもらう。

  (7) ビヨンドホワイトニングで使用される過酸化水素は,皮膚に触れると激しい痛みを伴った薬傷を起こし,濃厚なものは皮膚に触れると水腫を生じるとされている(甲B8,B9,B17)。

 2 争点及びこれに関する当事者の主張の要旨

  (1) 無断で必要のないホワイトニングをした過失の有無

   (原告の主張)

    被告は,原告から依頼もなく,何らの必要がない施術をしない義務があるにもかかわらず,これに反して,原告に対し,原告から何らの依頼もなく,何らの必要もない身体侵襲行為である本件施術をした。

   (被告の主張)

    否認する。B医師は,原告に対し,取り切れないステインがあることを告げ,原告もこれに応じているから,原告から何らの依頼もなかったとはいえない。また,原告の歯面のステインの付着は相当進んでいたから,ホワイトニングをする必要性もあった。

  (2) 説明義務違反の有無

   (原告の主張)

    被告は,本件施術をするに当たり,原告に対し,ホワイトニングの施術内容やデメリット等を説明すべき義務があったのに,これを怠り,原告に本件施術をした。

   (被告の主張)

    否認する。B医師は,原告に対し,いつもとは別の方法でステインを取って歯を白くする旨の説明をしており,本件施術が歯面清掃の一環として実施されたものであること及びビヨンドポーラスの機器としての安全性が極めて高いことに照らせば,事前の説明内容として十分である。

  (3) 施術における故意過失の有無

   (原告の主張)

   ア ホワイトニングの施術は,傷害につながる危険性を有する行為であるから,原告の同意を得ずに行われた以上,B医師にはこれにより発生した傷害に対する故意がある。

   イ 被告は,本件施術をするに当たり,同意書の作成,歯の白さの程度の確認,プランプエッセンスの使用,顔面保護マスクの使用,ビヨンダムによる十分な歯肉の保護,口腔内をすすぐよう指示すること,本件施術後に原告の状況を確認することといった義務があったのに,これらを怠り,いずれの行為もしなかった。

   (被告の主張)

   ア 故意が認められるためには,行為者が結果の発生を認識しながらそれを認容して行為するという心理状態が認められることが必要であるところ,本件施術で使用されたビヨンドポーラスは,全国各地の歯科医院で広く使用されている安全性の確立された機器であることに加え,B医師自身も本件施術をするまでに約30人以上の被施術者に対してホワイトニングを実施し,ビヨンドポーラスの安全性に対する信頼を形成した上で本件施術をしているから,B医師が本件施術によって原告に何らかの傷害結果が発生することを認容する心理状態にはなかった。

   イ B医師が,原告から同意書を取らなかったこと及び歯の白さの程度を確認しなかったことは認めるが,その余は否認する。B医師は,本件施術時,所定の保護具等を適切に使用した。

  (4) 救護義務違反の有無

   (原告の主張)

    被告は,原告に無断で本件施術をしたから,原告に生じた被害を救護する義務があったのに,これを怠り,本件施術後に痛みを訴えていた原告に対して何らの救護をしなかった。

   (被告の主張)

    原告は,本件施術後,唇がヒリヒリする旨訴えただけで,痛みは訴えていないから,B医師に救護義務はない。また,B医師は,本件施術を終了させるに当たり,原告の歯面に塗布したジェルの吸引,水洗をした上で,うがいするように指示している。

  (5) 傷害発生の有無

   (原告の主張)

   ア 原告は,本件施術直後から,歯肉及び下口唇の下部分の白変並びに下口唇の強い痛みという傷害を負った。

   イ 原告は,B医師に対し,本件施術直後に,唇のみでなく歯茎もヒリヒリする旨を訴えている。

     また,原告の歯肉及び下口唇の下部分は,本件施術から間もない時点では白かったのに,その数年後には通常の色に戻っているから,歯槽粘膜との赤みの濃淡差で説明できるものではない。

   ウ 上下顎の強いかみしめ(以下「クレンチング」という。)による咬傷の可能性があるのは,下口唇右側部にある歯で噛んだような傷だけで,原告の主張する部位の一部にすぎず,下口唇粘膜全域にクレンチングによる咬傷が広がることは考えられない。

   (被告の主張)

   ア いずれも否認する。

   イ 原告は,B医師に対し,本件施術直後に,歯茎がヒリヒリする旨を訴えていない。また,歯頚部直下の歯肉(以下「付着歯肉」という。)は,歯槽骨に密着した動かない粘膜であるため血流量も少なく,ピンク色や灰色がかった色合いを呈するのに対し,歯槽粘膜は,その表面下に多くの血管が走行しているため,付着歯肉に比して濃い赤色を呈するのが解剖学的に正常な状態であるから,原告の付着歯肉と歯槽粘膜との間に色彩差があるのは何ら異常なことではない。したがって,原告の付着歯肉に白変は生じていない。

   ウ 原告の口唇部内側の浮腫様のものは,本件施術の前から原告に認められていたクレンチング又は過蓋咬合による咬傷である。また,原告が本件施術直後に訴えたヒリヒリ感は,開口器によって口唇部が長時間にわたって伸展されていたことによるものである可能性が高い。

  (6) 過失行為と傷害との間の因果関係の有無

   (原告の主張)

   ア 無断で必要のないホワイトニングをした過失

     被告が,原告の依頼の有無や治療の必要性等について確認する義務を履行していれば,原告は本件施術をするよう依頼せず,原告に傷害は生じなかったから,因果関係がある。

   イ 説明義務違反

     原告は,昭和10年○月○○日生まれの高齢男性であり,一般的に美容に関心がない層に当たる上,実際に歯を白くすることに価値を見いだしておらず,ホワイトニングに関心もないから,リスクをとってまでホワイトニングを受ける動機はない。したがって,被告が説明義務を履行していれば,原告はホワイトニングを受けなかったから,因果関係がある。

   ウ 施術における過失

     被告が,保護具を適切に使用するなどの義務を履行していれば,原告の傷害は低減されるなどしたから,因果関係がある。

   エ 救護義務違反

     被告が救護義務を履行していれば,原告の傷害は低減されたから,因果関係がある。

   (被告の主張)

   ア 無断で必要のないホワイトニングをした過失

     否認する。

   イ 説明義務違反

     原告は歯牙の審美性に強い関心を有する者であるから,B医師がホワイトニングに関する全ての情報を伝えれば,高度の蓋然性をもってホワイトニングを回避したとはいえない。

   ウ 施術における過失

     否認する。

   エ 救護義務違反

     否認する。

  (7) 損害

   (原告の主張)

   ア 治療費等 5万7950円

     原告は,本件不法行為日である平成24年8月21日から症状固定日である平成25年8月27日までの間に,5万7950円の治療費や交通費等を支出した。

   イ 慰謝料

    (ア) 通院慰謝料 119万円(通院12か月)

    (イ) 後遺障害慰謝料 110万円

      原告は,下口唇に痛みが残存し,日常的に痛みを感じているから,その程度は「通常の服務に服することはできるが受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」として後遺障害等級14級に該当する。

    (ウ) 加重慰謝料 229万円

      本件は,口腔内をケアすることにより人の健康の増進に努めることを存在意義とする被告医院のB医師が,原告に対し,無断で薬品塗布,光線照射の傷害行為をしたものであり,被告が通常の傷害事件・医療事故等の場合に比べてはるかに重い責任を有することは当然である。原告は,口腔の健康のために信頼し長年通い続けていた被告医院のB医師に自ら希望していないどころか,存在さえ知らなかったホワイトニングを行われ,それによって長期にわたって治療を余儀なくされたばかりか,今後の人生において消えない痛みのために快適な食事をすることができなくなったから,慰謝料の金額は通常の交通事故の倍の水準を下らない。

   ウ 逸失利益 82万0484円

     原告は,症状固定時に78歳であったから,労働能力喪失期間は5年(平均余命の9.53年の2分の1である4.765年を切り上げたもの),賃金センサスは年収379万0200円を基礎に計算するのが相当である。

   エ 弁護士費用 54万0048円

   オ 既払金 10万円

   カ 合計 589万8482円

   (被告の主張)

   ア 既払金は認めるが,その余は否認する。

   イ C病院(以下「C病院」という。)の歯科医師D(以下「D医師」という。)は,平成24年9月21日の時点で「視診上,明らかな病変は確認できません」としていることからすると,仮に原告の口唇部に何らかの傷害が発生していたとしても,遅くとも,同日までには原告の傷害は完全に治癒していたから,通院期間は1か月間となり,治療費,交通費及び通院慰謝料はその限度に限られる。

   ウ 後遺障害の主張に関し,原告がどのような末梢神経組織の損傷を主張しているのか定かでないが,下歯槽神経やオトガイ神経等の下顎部の末梢神経は,いずれも下顎骨内部や歯肉組織の深層部に存在しているものであり,少量の過酸化水素含有ジェルが付着した程度で損傷を受けるものではない。

     また,原告が訴えている疼痛は非定型歯痛によるものであると考えられる上,原告が,不定愁訴と診断されたり,多数の既往歴を有していたりすること等からすれば,原告が訴える残存症状は心因性のものであるとも考えられるから,原告が訴える残存症状と本件施術との間には因果関係がない。

  (8) 素因減額

   (被告の主張)

    原告には残存症状を裏付ける他覚的所見が確認されていない一方,非定型顔面痛,不定愁訴等の診断を受けていたり,過去に多数の既往症を訴えていたりするなどしていることからすると,原告は,身体表現性障害,特に,医学的に説明がつかない慢性的な疼痛を主症状とする疼痛性障害等の精神面の疾患を心因的素因として抱えていた可能性が高く,原告が長期間にわたって訴え続けている残存症状は,いずれも本件施術前から原告が抱えていた精神面の疾患に起因するものであるから,本件において,素因減額率が9割を下回ることはない。

   (原告の主張)

    否認又は争う。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   前記前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1) 原告は,遅くとも平成6年頃から被告医院に通院しており,当初は虫歯治療等を受けていたが,その後,テンプレートというマウスピース型のものを使い,かみ合わせの調整を行う治療を受けるなどしていた。また,原告は,被告医院において,少なくとも,平成24年4月及び同年6月に歯面清掃の処置を受けた。(前記前提事実(2))

  (2) 原告は,同年8月21日に被告医院を受診した。B医師は,原告に対し,クリーニングの一環としてくすみを取る旨の説明をし,原告の了解を得て歯面清掃等をした後,原告から同意書を取ることなく,ビヨンドポーラスで20万ルクスのライトを1回10分間,合計2回照射する方法で,本件施術をした。本件施術に要した時間は約30分であった。原告は,本件施術中,異変を訴えたり,本件施術をすることについて異議を述べたりすることはなかったが,本件施術が終わった直後,B医師に対し,口唇がヒリヒリする旨を訴えた。その後,B医師は,原告に対し,ホワイトニングのアフターケアについて記載された「術後のケアについて」と題するパンフレット(甲A2)を渡した。

    なお,被告医院においてビヨンドポーラスを正式に導入したのは同月6日であった(乙A13)。

    被告は,原告に対し本件施術について治療費を請求していない。(前記前提事実(3),原告本人,被告代表者本人)

  (3) 原告は,その後も下口唇等の痛みが続いたので,同月27日に被告医院を訪れたが,B医師作成の同年10月15日付け「情報提供書(貴院控)」(甲A9)には,原告について「8/27再来 下唇内面に低温熱傷状の浮腫が見られ痛を共っていたのでデキサルテン処方」と記載されている(原告本人)。

  (4) 原告は,同年8月30日にC病院を受診し,D医師に対し,「30年くらい通っている歯医者で21日になんの説明もなく処置された。終わってから歯の付け根と下唇がひりひりする。左の頬もひりひりする気がする。」と述べた。D医師の所見は,「下唇部周囲皮膚 発赤わずか。ひりひり感(+)」,「視診上はとくに異常を認めず」というものであった。(乙A7[13,15頁])

  (5) 原告は,同年10月24日,Eクリニック(以下「Eクリニック」という。)を受診した。歯科口腔外科の医師F(以下「F医師」という。)の所見は,顔貌について肉眼では異常はなく,下唇粘膜について下顎右側犬歯及び下顎左側犬歯相当部に歯牙圧痕があるが,発赤や腫脹はなく,「咬筋,側頭筋に圧痛が強いこと,口腔粘膜に歯牙圧痕を認めることより,強いクレンチングがあると考えられ」,「下唇粘膜のヒリヒリはホワイトニング剤や光照射による熱傷の可能性が高いので,軟膏にて経過観察する」というものであった。(乙A10[2,3枚目])

  (6) D医師作成の同年11月9日付け「診断書」(乙A7[12頁])には,診断として「口唇炎(薬物性),口唇部末梢神経障害(下)」と記載されており,「初診時からびらんなどの他覚的な所見は欠如しているものの,接触痛や日光に当たったときの下唇粘膜の疼痛を訴えている。当科では粘膜庇護作用にあるアズノール軟膏などを処方し経過観察を行っている。」と記載されている。

  (7) B医師は,本件施術以前に,原告の口腔内に咬傷があるのを見たことはなかった(被告代表者本人)。

  (8) 被告は,原告に対し,平成24年10月12日,他院での治療費及び通院交通費の名目で10万円を交付した(被告代表者本人)。

 2 争点1(無断で必要のないホワイトニングをした過失の有無)について

   上記1で認定したとおり,B医師は,原告に対し,本件施術をする前に,クリーニングの一環としてくすみを取る旨の説明をし,原告もこれを了解している上,原告は,本件施術中,本件施術をすることについて異議を述べていない。また,原告の前歯がすり減っていたため,表面のエナメル質にひびが入っており,できるだけ表面のエナメル質が露出するようにくすみを取る必要性もあった(被告代表者本人)から,原告に対してホワイトニングをする必要性もあったといえる。

   本件施術をする前にB医師が何らの説明もしなかった旨の原告本人尋問の結果中の供述部分並びに甲A19及びA21(原告の陳述書)中の陳述記載は,上記1で認定した本件施術前後の経緯に照らしても不自然で,にわかに採用することができず,本件全証拠をもってしても,B医師に,原告に対して同人に無断で必要のないホワイトニングをした過失を認めることはできない。

 3 争点2(説明義務違反の有無)について

   B医師は,原告に対し,本件施術をする前に,上記2のとおり,クリーニングの一環としてくすみを取る旨の説明をしているが,本来,ビヨンドポーラスを使用したホワイトニングにおいては上記前提事実(6)のような術式が求められるのにもかかわらず,歯面清掃の延長であるから同意は不要であるとの考えの下,ホワイトニングの詳しい施術内容やそのリスク等について何ら説明をしていない(被告代表者本人)から,B医師はこの点で説明義務違反を免れない。

 4 争点3(施術における故意過失の有無)について

  (1) ビヨンドポーラスでは,保護具等を適切に使用すれば,ホワイトニングジェルが歯牙周辺の軟組織等に付着して傷害を生じさせることはまずない(乙B1)から,殊更に保護具等を使用しなかったなどの事情がない限り,施術者に故意を認めることはできず,本件では,B医師が殊更に保護具等を使用しなかったと認めるに足りる証拠はないから,B医師に原告に傷害が生じることについて故意があったと認めることはできない。

  (2) 原告は本件施術直後から後記6で認定する傷害を負っているところ,本件施術以外にかかる傷害が生じる原因は本件証拠上見当たらないことからすれば,その傷害の部位や内容に照らし,本件施術の際,B医師に,開口器やロールワッテを適切に使用せず,ホワイトニングジェルを原告の下口唇に付着させる過失行為があったことが推認される。

 5 争点4(救護義務違反の有無)について

   上記1のとおり,本件施術が終わった直後,原告は,B医師に対し,口唇がヒリヒリする旨を訴えたが,その時点で原告の口唇部が白変するなどしていたことを認めるに足りる的確な証拠はないから,B医師に原告が主張する救護義務違反があったと認めることはできない。

 6 争点5(傷害発生の有無)について

  (1) 上記1のとおり,原告は,本件施術が終わった直後,唇がヒリヒリする旨をB医師に訴えている上,平成24年8月27日の時点において,原告の下口唇の内面には低温熱傷状の浮腫が見られ,痛みを伴っていたことは,B医師自身において確認していた。

    また,D医師は,原告の同月30日当時の状況について,「下唇部周囲皮膚 発赤わずか」としており,わずかではあるものの,原告の下唇部周囲の皮膚が赤くなっていたことが認められる上,最終的に,D医師は原告について薬物性口唇炎と診断している。

    以上によれば,本件施術直後から,原告の下口唇に浮腫を伴う薬物性口唇炎(以下「本件傷害」という。)が生じたものと認められる。

  (2) 原告は,本件傷害に加え,歯肉及び下口唇の下部分の白変が傷害として生じた旨主張している。

    しかし,上記1のとおり,D医師は,原告の同月30日当時の状況について,下唇部の周囲の皮膚がわずかに発赤していたほかは,視診上特に異常はないとしている。また,歯科医師のG(以下「G医師」という。)及びH(以下「H医師」という。)は,原告の口唇部付近の写真(甲A6)のうち,写真1及び2については歯肉に異常はなく,写真3ないし5については口唇に生理的範囲内の乾燥所見が認められるものの,他に異常はない旨述べている(乙B14[質問⑨に対する回答])。さらに,原告がB医師に対し本件施術直後に歯茎がヒリヒリする旨訴えたことを認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると,本件全証拠をもってしても,原告に,本件施術直後から歯肉及び下口唇の下部分の白変が生じたものと認めることはできない。

  (3) 一方,被告は,G医師及びH医師の意見(乙B14[質問⑨に対する回答(ア)])を引用し,原告の口唇部内側の浮腫様のものは,本件施術の前から原告に認められていたクレンチング又は過蓋咬合による咬傷である旨主張するとともに,原告が本件施術直後に訴えた唇のヒリヒリ感は,開口器によって口唇部が長時間にわたって伸展されていたことによるものである可能性が高い旨主張する。

    しかし,原告の負った傷がクレンチング等による咬傷であるとすれば,原告には同様の咬傷が本件施術以前にも生じているはずであるが,上記1のとおり,原告は被告医院に平成6年頃から通院しているのに,B医師は原告に同様の咬傷があるのを見たことがない。また,本件施術から間もない時期に原告の口唇部の状態を確認した医師らのうち,B医師は自ら,平成24年8月27日時点で「低温熱傷状の浮腫」と判断している上,D医師は,同月30日に原告を診察し,最終的に「薬物性口唇炎」と診断している。そして,同年10月24日に原告を診察したF医師も,原告には強いクレンチングがあるとの所見を示しているものの,下口唇粘膜のヒリヒリの原因はホワイトニング剤や光照射による熱傷の可能性が高い旨の所見を示している。

    したがって,原告の口唇部内側の浮腫様のものがクレンチング又は過蓋咬合による咬傷であったり,原告が本件施術直後に訴えたヒリヒリ感が開口器によって口唇部が長時間にわたって伸展されていたことによるものであったりする可能性は乏しく,これらの点に関する被告の上記主張は採用することができない。

 7 争点6(過失行為と傷害との間の因果関係の有無)について

  (1) 説明義務違反

    上記1のとおり,被告は原告に対し本件施術について治療費を請求していないこと及び原告は本件施術中に本件施術をすることについて異議を述べなかったことに加え,原告は,本件当時,B医師を信頼しており,B医師からの勧めにはそのまま従っていたこと(原告本人)等からすれば,原告が本件当時77歳の男性である上,これまで歯の白さに特段関心を払っていたような様子がうかがえないこと等の本件全証拠で認められる事実をもってしても,原告が,B医師からホワイトニングに関する適切な説明を受けていれば,ホワイトニングの施術を受けなかったであろうという高度の蓋然性があると認めることはできない。したがって,B医師の説明義務違反と本件傷害との間に因果関係があるとは認められない。

  (2) 施術における過失

    上記4で説示したところによれば,B医師のホワイトニングの施術における過失行為により,本件傷害が生じたことは明らかであるから,B医師の本件施術における過失と本件傷害との間には因果関係があると認められる。

 8 争点7(損害)について

  (1) 認定事実

    後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

   ア 原告は,C病院に,平成24年8月30日,同年9月6日,同月20日,同年10月5日,同月19日,同年11月9日及び同月30日に通院している。

     D医師の所見は,同年8月30日のものは上記1(4)のとおりであるが,同年9月6日,同月20日(診療録(乙A7[17頁]には同月「21日」との記載があるが,医療費請求書兼領収書(甲C2の9)によれば,受診日は「20日」と認められる。)及び同年10月5日のものは下顎歯肉及び口唇粘膜について視診上は特に問題がない旨の内容であり,同月19日のものは「下唇粘膜の腫脹は軽減している,最終的には精神的に処置をした歯科医に対する不満が強く,これが解消されない限り,自覚症状は消えないのではないか」という内容であり,同年11月9日及び同月30日のものは下唇部の粘膜は視診上特に問題がない旨の内容で,同月30日のものには「本人の感覚だけの問題」という内容も付け加えてある。(乙A7[13頁ないし21頁])

   イ I病院(以下「I病院」という。)の歯科医師J(以下「J医師」という。)は,平成25年2月14日の原告の所見として,「現在,粘膜に異常はないが,他院の紹介状や経過を加味すると,下唇にやけど様の変化があったとすることから,ニューロパシックペインの可能性が大きい。しかし,接触痛が著しくないこと,熱・冷刺激にそれほど反応がないことを考えると,非定型顔面痛の性質もある」としている(甲A24[2丁目])。そして,J医師は,同年8月27日,原告について,下口唇のニューロパシックペイン,下顎右側犬歯及び下顎左側犬歯相当部の歯肉及び粘膜部分の非定型顔面痛と診断している(甲A4,A25)。

     ニューロパシックペインとは,体性感覚神経系の病変や疾患によって引き起こされる神経障害性疼痛のことであり,末梢神経から大脳に至るまでの侵害情報伝達経路のいずれかに病変や疾患が存在する際に生じるものである(甲A25)。

   ウ Kクリニックの医師Lは,同年2月22日付け「診療情報提供書」(乙A8の1)において,治療経過として「不定愁訴に対し,ソラナックス,デパスで対処し,現在はデパスのみです。」と記載している。

   エ 医療法人社団Mクリニックの医師N(以下「N医師」という。)は,同年10月11日に原告を診察し,「昨年8月21日歯科にてホワイトニングの処置を受けた後,口唇,口腔内に上記異常が出現。紹介されていくつかの病院を受診したがよくならず来院する」との経過を踏まえ,「両口唇炎症後色素沈着と下口唇の知覚障害」と診断している(甲A5)。

   オ O病院の原告に関するカルテには,既往症として,平成12年から平成25年にかけ,神経痛,神経症,神経症の疑いのほか,腹痛症,狭心症といった36項目の病名や血液凝固異常の疑いといった「疑い」がつく30項目の病名が記載されている(乙A9)。

  (2) 治療費等 1万3000円

   ア 上記(1)アのとおり,C病院のD医師の所見は,平成24年10月19日時点において,原告の下口唇粘膜の腫脹は軽減しているというものであった。また,上記1(5)のとおり,原告が同月24日に受診したEクリニックのF医師の所見は,肉眼では異常がなく,下口唇粘膜に発赤や腫脹はなかったというものであった。

     そうすると,原告の下口唇粘膜の腫瘍は,同月19日の時点で相当軽減しており,同月24日の時点では確認できなかったものと認められるから,原告の薬物性口唇炎は同日で完治したものと認められる。

     これに対し,被告は,同年9月21日時点(これが同月「20日」であることは上記(1)アのとおり。)でD医師は「視診上,明らかな病変は確認できません」と述べているから,原告の傷害は同日までに完全に治癒していた旨主張する。しかし,上記(1)アのとおり,D医師は,同年10月19日時点で,原告の下口唇粘膜の腫脹は「軽減」している旨の所見を示しているから,同年9月21日時点で本件傷害が治癒していたものと認めるのは相当でなく,この点に関する被告の上記主張は採用することができない。

   イ 原告は,平成24年8月24日から同年10月24日までの間に,次のとおり治療費等を支出しているところ,これらは本件施術と因果関係がある損害である。

    (ア) Kクリニック(川崎市高津区(以下略))

      通院日 平成24年8月24日

      治療費 420円(甲C2の2)

      薬代  250円(甲C2の4。ただし,□□薬局西部店)

      交通費 400円(甲C3の2,C4。片道200円)

    (イ) 被告医院

      通院等日 平成24年8月27日,同月28日,同月29日,同年9月18日,同年10月12日,同月15日(当事者間に争いがない。)

      交通費  2400円(甲C3の1,C4。片道200円)

    (ウ) C病院(東京都品川区(以下略))

      通院日 平成24年8月30日,同年9月6日,同月20日,同年10月5日,同月19日

      治療費 1690円(甲C2の5,C2の8,C2の9,C2の11,C2の12)

      薬代  780円(甲C2の10,C2の13,C2の14。ただし,△△薬局)

      交通費 4100円(甲C3の3,C4,C5。片道410円)

    (エ) Pクリニック(川崎市宮前区(以下略))

      通院日 平成24年9月5日,同年10月13日

      治療費 530円(甲C2の6,C2の15)

      薬代  510円(甲C2の7,C2の16。ただし,◇◇薬局蔵敷店)

      交通費 800円(甲C3の4,C4。片道200円)

    (オ) Eクリニック(横浜市神奈川区(以下略))

      通院日 平成24年10月24日

      治療費 200円(甲C2の18)

      交通費 920円(甲C3の5,C4,C5。片道460円)

   ウ 以上に加え,原告は,平成24年8月21日に被告医院において治療費4220円及び交通費400円,同年10月19日にC病院において治療費220円及び薬代110円並びに同月24日にEクリニックにおいて治療費520円及び薬代250円を支払った旨主張する。

     しかし,上記1のとおり,原告は,本件当日,被告医院において歯面清掃等を受けているため,その治療費である4220円(甲C2の1)及び交通費の400円は本件施術と因果関係のある損害ではない。また,同年10月19日のC病院に関し,治療費及び薬代を支払ったと認めるに足りる証拠はない。さらに,同月24日のEクリニックに関し,200円を超える治療費及び薬代を支払ったと認めるに足りる証拠はない。

     したがって,この点に関する原告の上記主張は採用することができない。

  (3) 慰謝料 90万円

   ア 原告は平成24年8月24日から同年10月24日まで通院していることに加え,上記3のとおり,B医師には原告に対する説明義務違反がある上,その態様は,歯面清掃の延長であるから同意は不要であるとの考えのもと,ホワイトニングの施術内容やリスク等について何ら説明せず,原告から同意書を取ることもしなかったというもので,義務違反の程度は重いこと等からすると,その慰謝料は90万円とするのが相当である。

   イ 原告は,現在も下口唇に強い痛みが残存し,これは「通常の服務に服することはできるが受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」として後遺障害等級14級に該当するとして後遺障害慰謝料を請求する。

     しかし,上記(1)イのとおり,I病院のJ医師は,平成25年2月14日の段階で,原告について神経障害性疼痛であるニューロパシックペインの可能性が大きいとの所見を示しているものの,それに続けて非定型顔面痛の性質もある旨の所見を示している上,I病院を受診したときの痛みの部位の状況と痛みの性質から発症原因を特定することは不可能である旨の意見を述べている(甲A25[質問3に対する回答])。

     また,上記(1)エのとおり,N医師は,同年10月11日に原告を初めて診察し,「下口唇の知覚障害」と診断しているが,本件施術から既に1年以上が経過している上,その診断根拠が明確でなく,その証明力は低い。

     むしろ,上記(1)イ,ウ及びオのとおり,原告は,非定型顔面痛や不定愁訴といった診断を受けたり,O病院において,平成12年から平成25年にかけ,多数の症状を訴え,そのうちの半分近くが「疑い」にとどまる上,端的に,神経痛,神経症,神経症の疑いと診断されたりしていることからすると,原告が長期間にわたって訴えている下口唇の強い痛みは原告の精神的な問題から生じている可能性も少なくない。

     その他,原告に後遺障害があることを認めるに足りる証拠はない。

   ウ 以上に加え,本件証拠上,上記アの慰謝料を加算すべき特段の事情は認められない。

  (4) 逸失利益 0円

    上記(3)イのとおり,原告に後遺障害があると認めることはできないから,逸失利益は認められない。

  (5) 既払金 10万円

    上記1(8)のとおり。

  (6) 弁護士費用 8万円

    原告は,本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人弁護士に委任し,報酬を支払う旨合意したところ(弁論の全趣旨),本件事案の内容,性質,立証の難易等を考慮すると,本件と相当因果関係のある弁護士費用は以上の損害額合計の約1割に当たる8万円とするのが相当である。

  (7) 合計 89万3000円

 9 争点8(素因減額)について

   被告は,原告が長期間にわたって訴え続けている残存症状は,いずれも本件施術前から原告が抱えていた精神面の疾患に起因するものであるから,本件において,素因減額率が9割を下回ることはない旨主張する。

   しかし,被告の上記主張は,主に原告が長期間にわたって訴え続けている残存症状に対するものであるところ,本件の場合,上記6のとおり,原告は浮腫様の他覚的所見がある傷害を負っている上,上記8(2)アのとおり,本件施術と因果関係のある損害の範囲は平成24年10月24日までの約2か月間に限定されているから,同損害についての治療が被告の素因を原因として長期化しているということもできない。その他,本件で素因減額をすべき事情を認めるに足りる証拠はないから,被告の上記主張は採用することができない。

 10 よって,原告の請求は主文第1項の限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

    横浜地方裁判所川崎支部民事部

        裁判長裁判官  飯塚 宏

           裁判官  佐々木清一

           裁判官  本多 進

 

横浜地方裁判所川崎支部 平成26年(ワ)第397号 損害賠償請求事件 平成30年9月25日

 

 

 

 



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