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採血ミスにより献血者が死亡した事案で1億円以上の賠償を命じた件。

千葉地裁佐倉支部 昭和46年3月15日

昭和44年(ワ)第38号

 

       主   文

 

 一、被告は

(一) 原告XAに対し金五千二十二万八千二十六円、

(二) 同XBに対し金三千二百六十一万四千十三円、

(三) 同XC、両XDに対し各金一千万円、を各支払うべし。原告XA、同XB両名のその余の請求を棄却する。

 二、訴訟費用は被告の負担とする。

 

       事   実

 

 原告等訴訟代理人は請求の趣旨として被告は原告XAに対し金五千二百三十三万五千百四十四円、同XBに対し金三千三百六十六万七千五百七十二円、同XC、同XDに対し各金一千万円宛各支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として原告XAは訴外亡X1の未成年の長男(0年0月0日生)原告XBは右X1の妻(0年0月0日生)原告XCは右X1の実父(0年0月0日生)原告XDは右X1の実母(0年0月0日生)であるところ、訴外亡X1はその存命中の昭和0年0月0日夕刻被告国の開設せるA病院に病気入院中の知人のために献血を申し出て、これに対し同病院第二内科に勤務して医療業務に従事せる医師訴外XE及び同所に勤務せる看護婦訴外XDなをの両名において、右採血を担当したのであるが、両人等は採血にあたり採血器の点検を怠り本来の常法に従つて採血器を陰圧装置とすべきものを誤つて逆に陽圧装置にしたまま陽圧側パイプの針を右X1の左正中静脈に押しモーターを始動したため採血ビンの空気がX1の静脈内に逆流し、この異状なできごとに痛く狼狽した看護婦訴外XDはX1の腕に巻いてあつたゴムの駆血帯をほどいたため却つて数秒間のうちに推定約二○○ccの空気が一挙にX1の静脈に流入しその紅果X1は著しく苦悶し眼を上方に見開き強直性痙れんを起してそのまま意識不明となつた爾来X1は生ける屍として近親者等の願望も空しく奇禍後四十二日目の同年六月七日午前七時三十分に遂に永眠した。

 右採血に際してのXE医師及びXD看護婦の所為は(1)吸引器使用上の過失並びに静脈内への空気の流入に対し駆血帯を解いたことの二重の過誤を犯したものである。

 然るところ、右X1の死亡事故は国の医療業務に従事する人の行為及び人格に対し全幅的信頼をもつて献血のために自己の身体をこれに一任したことにより発生したものであつて、同じく過失致死事件として多く見られる交通事故の場合などとはその本質を異にする特殊性を有するものである。蓋し後者においては加害者の人格の認識若くはこれに対して自己の身体を一任するが如き特殊な信頼関係は存在せず、従つて本件はそれらの事故と同日に論ずることはできない。

 もとより医師訴外XE及びその補助者である看護婦訴外XDなをは上記過失ある直接の共同不法行為者として被害者側原告等に対し与えた損害につき民事上賠償責任のあることは当然ではあるが、これは措て置き被告国においては文部大臣の所轄する国立A病院の開設者にして同病院に所属しその被用職員である前記医師XE及び看護婦XDなをの使用者として右両名の右病院における担当業務の遂行につき前記過失ある所為に基く不法行為に対しては一般的に指揮監督の義務を負う者として民法第七百十五条の規定により被害者側の原告等に対しその与えた損害を賠償する民事上の責任があるものである。

 然るところ、被告は右不法行為に因る損害賠償就中慰藉料額につき原告等との接渉の経過においてややともすれば、その数額を最少限度に止めようとするが如き口吻を洩らして来たものであるが、かかる被告の態度は本件の特殊性及び被害者遺族の心理を了解せるや否やにつき深い疑問を抱かしめるものである本件が直接人権の基礎に関する深刻な問題であることを率直に理解され、その賠償責任を果たさなければならない。本件が人権即ち人の生存権の侵害であることに異論あるべきでなく、この侵害に対する慰藉の方法が金銭以外にないとすれば、この慰藉の尺度も亦金銭の多寡による外はないのである。而して凡そ文化国家として我国における一般慰藉料の数額が他の文化国家に比し著しく低額であることは嘆すべき事実として何人も認めざるを得ないところ、我が国における人権に対する保障はやや前進しつつあるとはいえ未だ満足するものとは言えず、低額に甘じて怪しまざるが如き実に封建思想の遺風である切り捨て御免の人権軽視の観念に胚胎するものである。果して然らば被告は今こそ慰藉料に対する態度を改め一段と前進せしめ、もつて今回の人命毀損に対する償の一端たらしめると共に爾後一層人権の尊重すべき所以を徹底せしめなければならない。かくて始めて故人の霊も徒死から救われるべく、この趣旨において原告等の請求する後記移藉料の数額はもとより当然というべく被告はこれに応ずべき絶対の義務がある。

 然るところ亡X1はその父原告XCを社長とする千葉県下著名の酒類卸売問屋株式会社A本店(資本金四百十万円年間営業高二億二千万円)の専務取締役として死亡当時年収約百六十万円の所得を有する前途有望の青年実業家であつた。原告である父XCは齢既に六十余歳を迎えたので、近く社長の地位をX1に譲り業務の発展を所期していたもので、尚XCは会社経営の外時価一億一千三百万円の財産(内不動産約八千万円相当)を有し、X1の相談役として平隠裡に余生を送ることをその妻原告XDと共に老後最大の楽しみとしていたものである。次に原告XBは0市0家から昭和四十一年十二月七日訴外X1に嫁し長男である原告XAを儲け、多幸なる人生を約束されていた。而して原告XAは家庭的幸福の中心たる存在であつたが、僅かに一歳にして突然父X1を失い遂に親父の愛情を生涯知ることを得ない不幸な存在となつた。以上の重なる不幸は止だX1の死という現実により一瞬にして生じ、しかも原告等の終生を通じて暗影を投ずるものである。

 ところで被告国は、原告等に対する損害賠償として(1)亡X1の将来の逸失利益金二千二百八十四万一千九百六十六円、(2)慰藉料、亡X1に対し金五十万円及び外原告等四名に対し夫々金五十万円宛、合計金二百万円を提示し来つた。右(1)の計算は三十二才をもつて死亡したX1の場合、この就労可能年数を三十一年とし、月収金十万円、基準年収を金百二十三万九千九百九十六円としてホフマン式により計算したものである。然れども本件の場合、被害者X1は近く訴外株式会社A本店の社長の地位を約束されていて、この地位は自ら退かざる限り終生保証され、従つて三十二才をもつて死亡した者の余命(厚生大臣官房作成余命表に拠る)平均三十八年(死亡当時の年齢との合計七十年)が即ち故人の就労可能年数と看るべきで(この場合余命と就労可能年数は一致する)右の基準年収にホフマン係数二○、九七○を乗した金二千六百万二千七百十六円が将来得べかりし利益の総額である。次に(2)の慰藉料については、これが算出の基礎に多大の疑問を禁じ得ない。もとより慰藉料であるからある程度の幅は已むを得ないとはいえ、貴重なる人生を無慙にも抹殺された代償として僅かに金五十万円とは到底納得し得るものではない。右の数額は或は逸失利益の算出において多額の金銭を予定されるので、この点を斟酌したのではないかとも想像されるが逸失利益は生きていれば当然に収得さるべき金銭で慰藉料とはその性格を異にするものである。即ち前者は純然たる物質的観点に立つに対し生命喪失の慰藉料は人生の価値評価に基くものである。更に同じ慰藉料においても人事問題或は傷害虐待などの場合と、たつた一度の人生そのものを喪失した場合とでは一は相対的の問題であり、他の絶対的の問題で本質的に立脚点を異にする。しかも本件の場合故X1は社会人としての善意のみがあつて所謂法律上過失相殺の介入する余地さえもないのである。

 以上の事実に基き、原告等は、被告国に対し(1)被害者本人亡X1の逸失利益として曩の如く金二千六百万二千七百十六円及び(2)右本人の慰藉料として金三千万円、右二口合計金五千六百万二千七百六十円のところ、右遺産につき原告XAは亡父X1の長男たる直系卑属として三分の二、原告XBは亡夫X1の妻とルて三分の一の夫々相続をし、尚右原告両名は民法第七百十一条の1規定による各固有の慰藉料請求権を有するので、これが慰藉料各金一千五百万円を加算するにおいて、原告XAは合計金五千二百三十三万五千百四十四円原告XBは合計金三千三百六十六万七千五百七十二円、亡X1の父原告XC、母原告XDは夫々慰藉料金一千万円をもつて相当とすべく、而して原告等は被告に対し右各金の支払いを求めるため本訴請求に及んだと陳述した(証拠省略)。

 被告代理人は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決並びに仮執行免脱の宣言を求め、仮に仮執行の宣言を求め、仮に仮執行の宣言を附与する場合の担保を条件とする執行免脱の宣言を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実のうち、訴外亡X1と原告等との身分上の関係、訴外亡X1が昭和四十四年四月二十七口午後国立A病院において採血中担当の医師訴外XE、同看護婦訴外XDなをの両名が原告主張の如く採血器の点検操作を誤るの過失ある所為に因り右X1の左正中静脈内に空気を急速に流入するに至らせ、その結果同人が強直性痙れんを起して意識を喪失し満三十二才にして同年六月七日死亡した(直接の原因は脳内出血)こと、右不法行為によつて生じた損害賠償請求につき、原告等が被告国に賠償責任ありとすることにつきその法的根拠として民法第七百十五条一項があることは、孰れもこれを認めるが、爾余の主張事実就中損害額については総て争う。事情として、訴外X1が入院中の知人のために進んで供血を申し出てその採血中に担当医師XE、同看護婦XDなをの採血上の過誤により死亡するに至つたことは誠に遺憾なことであつて、原告等近親者にとつては大なる不幸といわなければならず、被告国においても同情の念を禁じ得ないところであるが、これを法律的観点からすれぱ本件が極めて初歩的な過失によるという点を除き通常の医療過誤、交通事故等による死亡と著しく異るとは考えられない。被告国は適正妥当な慰藉料を支払うことを惜しむものではないが、原告等主張の損害額就中慰藉料はその算出について充分理解し難く金額も妥当とは認め難い。よつて、原告等の請求に応ずることはできないと陳述した(証拠省略)。

     理  由

 審按するに訴外亡X1と原告等との身分上の関係、被告国の開設に係る国立A病院において昭和0年0月0日午後同病院に勤務せる担当の医師訴外XE、同看護婦訴外XDなをの両名が供血者訴外X1から採血するにあたり原告等主張の如く採血器の点検を怠り本来の常法に従い採血器の陰圧装置とすべきものを逆に陽圧装置に取り違えて陽圧側のパイプの針をX1の正中静脈に挿してモーターを始動したため、同静脈からX1の体内に約二○○ccもの空気を急速に流入させその結果同人が強直性痙れんの発作を起して急に意識を失い、これが原因で同年六月七日死亡したことは被告の答弁の要旨及び本件口頭弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがないものと認める。然らば右X1の死の原因は被告の被用者たる右訴外医師XE、同訴外看護婦XDなをの前記A病院における医療業務の執行につき発生したことに囚るものと認むべきであるから、被告は右両名に対する一般的監督の地位にある使用者として原告等に対し右XE、XD両名の過失ある所為によりX1郎をば死亡するに至らせたことによつて、民事上与えた損害を賠償する責任があるものいわなければならない。

 もとより医師及びこれを補助する看護婦らによる供血者からの採血は供血者に対し所謂治療を施すものではないが、他の本来患者とせられる者に対する輸血と直接的に表裏一体を為し、両者不可分的に相通じるものであつて、総じて医療行為の範鴫に属するものと認められることは常識上一般公知の事実であり訴外XEは医師として、又同XDはその補助者たる看護婦として、夫々採血の実施にあたつては採血器の点検操作について、専門的技術的見地に立つて、互に緊密な連携を保ちつつしかも個別的にある程度の独立性を固有しているものであつて、本件X1の死は、この同人等の前記過失ある所為に因るものではあるが、その実施面において被告国は前記の如く、右医師及び看護婦らに対し病院の開設者にして、徂つ使用者として包括的一般的監督を為す地位にあるものと認められるのであつて、然るに本件において被告は訴外XE及び同XDらの採血の実施にあたり、前記過誤のあつたことにつき使用者としての免責事由の主張立証がないのみならず、却つて賠償額の多寡を除いては原告等主張の民事上賠償責任のあることにつき、前記の如く争いのないことが認められる以上被告の原告等に対する賠償責任を肯認するのが相当である。

 そこで先ず亡X1の将来の逸失利益の損害額につき考察するに訴外X1はその死亡せる昭和0年0月0日当時満0才であつたことは本件口頭弁論の全趣旨によつて当事者間に争いがないものと認められるところ、(証拠省略)によれば亡X1は死亡当時0町において酒類の卸売問屋を営む訴外A本店の専務取締役として報酬一ケ月金十万円を支給され、これが一ケ年計百二十万円及び年間を通じ償与金四十万円以上年収合計金百六十万円を収得していたものであつて而して生活費一ケ月金三万円にして、これが一ケ年計金三十六万円であることが認められるので、亡X1の一ケ年の純収入が金百二十四万円であることは計算上明らかであるものと認める。而して一般公知の事実と認められる厚生大臣官房統計調査部の調査結果による第十一回生命表によると男満七十才まで生存可能であることがほぽ認められるから、X1においても、右の例に洩れることなく、本件の如き奇禍に遭遇しなかつたならば、前記平均生存年齢満七十才まで生存し得て余命年数三十八年を保持したものといわなければならない。ところで原告XA、同XB等は満三十二才で死亡した本件亡X1の場合余命生存年数三十八年であると共に、同人は行く行くは将来父原告XCの後継者となつて、前記訴外株式会社A本店の社長に就任し、その余命年数三十八年と同年数は就労可能であつたものであり、従つて余命年数と就労可能年数とは一致し優に満七十才まで生存して余命年数三十八年間に相当する期間就労しその間に少くとも前記一ケ年金百二十四万円の割合いによる純収入を挙げ得たと主張するのであるが、原告本人XCに対する尋問の結果によれば、訴外株式会社A本店の社長の地位は六十才位を目標にして後継者に譲り隠退後は新社長の相談相手となつて、専らその余生を送るおおかたの方針であることが認められるので、仮に亡X1が生存して右会社の社長に就任したとしても到底七十才まではその地位に止どまることなく特段の事情がない限り矢張り父XCにならいXCと同様六十才を僅かに越える程度の年齢で後継者に跡を譲つて隠退し、就労年数三十八年には達しないことを疑い知ることができるものである。そうだとすると満0才で死亡したX1の就労可能年数は当裁判所に顕著な就労可能年数及び新ホフマン計算方式読賛係数表によつて明らかな0で死亡した者の推定就労可能年数0年に該当するものと認めるのが相当であつて、これを動かすに足りる確実な資料は存しない。

 されば、右の観点に立つて亡X1の前記一ケ年の基準純収入金百二十四万円の割合いによる就労可能年数三十一年間に亘るその間の得べかりし逸失利益については、ホフマン式計算法による民法所定の年五分の率による中間利息を控除して、右死亡当時の現価を算出すると一ケ年の純収入金百二十四万円へ新ホフマン計算方式読替係数一八、四二一を乗じて得た金額即ち金二千二百八十四万二千四十円が亡X1の将来得べかりし逸失利益額とみるのが相当である。            、

 次に慰藉料につき按ずるに亡X1の死亡原因は前記の如く被告国の被用者訴外XE医師及びXD看護婦らの採血にあたつて採洫器に対する常法に従つた基本的な点検を怠り操作した過誤に基因するものであることは、曩に認定の通りであつて、人の生命及び健康管理を責務とする医師及びこれを補助する看護婦の過誤としてはその程度及び態様から見て結果に対する民事上の責任は決して軽いものではないとしなければならない。然るに一方被告国は前記病院における被用者XE医師及びXD看護婦に対する使用者にして一般的監督の責任ある地位にある者として本件事故の発生を未然に防止するに足りる必要な責務を果したものとは到底認められない。尤も(証拠省略)によれば、X1が意識を失つた後において病院の医師看護婦等によりX1に対する最善の治療と手厚い看護の処置を講じられたことが認められ、この点誠に了とすべきではあるが、それにも拘らず、X1の容態は悪化の一途をたどり、遂に再起せしめることができず、徒労に終つたものであつて、この事実に鑑みても、本件事故が元々本質的に再起不能にあらしめる程の前記重大な死の原因を与えたこそに基因することを認めしめるものである。結局被告つ執つた最善の処置も所詮はあとの祭に帰したものと認めざるを得ないのであつてたとえ前記の処置を執つたとしても、それは寧ろ事故を惹起せしめた加害者側として当然に為すべき最後の処置であつたと認められるのに過ぎず、慰藉料算定にはさ程減額を価値付けるまでには至らないものと思われる。又(証拠省略)によれば、本件X1に対する採血上の過誤を惹起せしめたことが当時報道機関によつて世上に公表され、且つ国会における論議の対象となつたことが認められるのであるが、これは本件事故が採血上嘗つて例のない特殊性のある事故であると共にそれだけに供血者X1の死の結果に対する被害者側の打撃の著大さを如実に示したものとして注目に値いするものと考える。即ちX1に対して採血にあたつた訴外XE医師及びXD看護婦は多かれ少なかれ採血器の点検、操作その他採血に関する専門的知識を有し、医師及び看護婦として夫々本件の如き結果発生に対する予見義務と又、その危険発生の回避義務を課せられていて、所謂実験上要求される最善の注意義務を尽し、よつてもつて危険の発生を未然に防止する責務を負う者と認められるのに比べ、X1は極めて人道的にも善意にして、しかも単純な無智の供血者であるのに過ぎず、ひとえに右XE医師及びXD看護婦をば信頼して自己の生命の危険あることに何の疑いをも抱かず挙げて自己の身体を同人等にゆだねて採血に協力寄与し、これにつきいささかも過失の責を負はしむべき余地の存しない被害者であつたことが認められる。

 ところで、従来人の生命侵害に対する損害賠償就中直接の被害者本人に対する慰藉料について被害者に何等責むべき過失がないでも理論上の理由で全くこれを否定し、或はこれを否定しないまでも生命の重大さに比べともすると、その賠償額に至つては極めて少額に終らせる傾向がないではなく、而して本件の場合、被告は直接の被害者X1に対する慰藉料請求権につき全くこれを否定するとまではいかなくとも、その額については極めて消極的であることは口頭弁論の全趣旨に徴し容易に認められるのであるが、一般的に言つてこれは改めるべきであり能う限り被害者側に対しても合理的な納得のいく額と、これが慰藉料請求権の相続性を容認し、救済の道を講すべき現実的な必要と充分の理由が存するものと考える。而して本件についても、これと同断であるところ、加えて【判示事項】本件加害者側の初告国は単なる一個人と異なり一般的に財産的資力が大であり、たとえ予算上の制約を受けるにしろ、不法行為の場合の賠償能力においても亦右財産的資力に比例して一個人よりも遥に優つているものと認められることは一般公知の事実であるので、これを本件の賠償額の認定には重要な参酌事由の一つに加えて然るべきものと思われる。この場合、使用者である被告国から直接の加害者訴外XE、同XDなをに対する事実上求償権の行使の能、不能は考慮に容れる必要も理由も存しないことは当然である。それは加害者側の内部的事情に過ぎないことと、被告国は対外的な被害者側に対しては右の被用者とは別個に賠償責任を負うべきものと認められるからである。

 さて(証拠省略)によれば、亡X1は父原告XCの長男として生れ長ずるに及んで0学校を卒業し、死亡当時は父原告XCの社長である前記酒類卸売問屋にして千葉県下における同種会社0軒のうち営業高0番に相当し、年商約0億0万円の業績を誇る訴外株式会社A本店(資本金約0円位)専務取締役として前記認定の如く報酬及び償与共年額金百六十万円を支給され、父社長の跡目を継ぐ地位にあつて青年実業家として将来を嘱望され、毎日を健康で、右会社の業務に精進していたこと、X1には妻原告XBとの間に当時生後0才0月の原告XAがあり、右会社資産の他にX1は土地約百六十坪、預金額約二百万円位を有し、何不自由のない円満な家庭生活を営んでいたこと、然るに前記の如く知人のために人道上善意の供血者として前記病院に赴き、被告の被用者訴外XE医師及びばXD看護婦らの採血上の過誤により生命を失うの悲しむべき結果となつたものであつて、これこそ正に人生最大の痛恨事としなければならない。そこで敍上認定の事実竝びに全事情を通観した結果に基き、被告国は亡X1の蒙れる右無形的損害に対する賠償即ち慰藉料として金三千万円を支払う義務があるものというべく、右義務を履行されることによつて漸くにして慰藉されるのに過ぎないものと認定する。

 尚亡X1本人の慰藉料請求権を認めるについては、X1は元々死の結果を招来した程の重大な障害を蒙つたのであるから、この事実に鑑みその障害を受けた昭和四十四年四月二十七日事故発生の時点において、この時既に死の結果の発生を停止条件とする条件付慰藉料請求権(もとより障害そのものに対する慰藉料請求権ではない。)を取得したものと認むべく、而して死の結果を惹起することのない単純な傷害に因る被害者本人に対し、当然に慰藉料請求権の容認せられるのとの均衡上かく認める民事上充分の法律的価値があるものというべきである。然るところ、右停止条件付慰藉料請求権は現実に本件事故が原囚でX1の死の結果が発生したことによつて即ち停止条件が就成することにより、これと同時に時間的間隙をおくいとまもなく即、自動的に停止条件付慰藉料請求権は現実的な慰藉料請求権に転化し、これと同時に言い換えればX1の死による権利主体の消滅と引換えに、これ亦時間的にはいささかも間隙をおく余馳もなく、又事前に慰藉料請求権行使の意思を表示すると否とにかかわりなく、既に現実化した慰藉料請求権はそのまま当然に相続に因り別な権利主体である後記相続人原告XA、同XBの両名に夫々の相続分に応じて転移承継されたものと認むべきである。尤も事実行為である不法行為に対し法律行為の附款である筈の停止条件の理念を導入することはいかにも奇異の感を抱かしめないでもないけれども、生命を失つた者に対する慰藉料請求権とこれが相続を認めるためには敢えてここに停止条件の理念を導入して適用する必要があるものと考える。

 次に(証拠省略)を総合すると、原告XCは前記認定の如く千葉県下においても著名な酒類卸売問屋株式会社A本店の社長の地位にあつて、その個人資産としても約一億二、三千万円位を有し、而して社会的地位も相当と認められ齢既に六十余才を迎え、近く社長の地位を長男X1に譲り余生をX1の相談役として平隠裡に送ることをその妻原告XDと共に老後最大の楽しみとしていた矢先に突如として、長男X1の死に遭邁し、一瞬にして右の望みは挫折して仕舞つたこと、原告XBは昭和四十一年十二月七日X1に稼し一男原告XAを儲け将来多幸なる人生を約束されていたこと、又原告XAは当時僅かに齢0才余にして父を喪い生涯親父の愛情を知ることのできない不幸な存在となつたことを夫々認めることができる。近親者原告等にとつてX1の死は実に断腸の思いであり、想像するに余りあるものと推察し得るのであつて、加えてこの先原告等の終生を通じて、暗影を投ずることは否定し得ないものと思われる。以上の事実に基き直接の被害者本人X1の曩に認定の(1)逸失利益の損害賠償金二千二百八十四万二千四十円及び(2)右本人の慰藉料として金三千万円、右二口合計金五千二百八十四万二千四十円であるところ、右X1の被告に対し取得せる右(1)(2)の損害賠償請求権は亡X1の遺産として相続の対象となるものと認むべく、その直系卑属たる長牙原告XAがその法定相続分三分の二亡X1の配偶者たる妻原告XBは同三分の一の割合いで夫々相続に因り承継した外、右原告両名は前記X1の死に因り夫々固有の慰藉料請求権を取得し、右慰藉料各金一千五百万円宛請求し得るものと認めるのが相当であるから、右金を前記相続に因り承継取得した請求金額に夫々加算するにおいて、原告XAは合計金五千二十二万八千二十六円、原告XBは合計金三千二百六十一万四千十三円、原告XC及び同XDは夫々慰藉料金一千万円を請求し得るものと認めるのが相当である。従つて、原告XA、同XBの請求は、右の限度額において正当として認容するが、爾余は失当として排斥すべく、原告XC、同XDの請求は孰れも全部その理由があるものとして正当としてこれを認容する。

 よつて、被告国は原告XAに対し右金五千二十二万八千二十六円、原告XBに対し金三千二百六十一万四千十三円、原告XC、同XDに対し各金一千万円宛を各支払う義務があるものと認定する。尚本件においては仮執行の宣言を付するのを相当でないと認め、これを付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。

 



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