下肢の骨接合術等の手術の合併症による後遺症が残ったことにつき,医師らが適切な医療行為を受ける期待権の侵害を理由とする不法行為責任を負わないと判断された事例
最高裁 平成23年2月25日判決
事件番号 平成21年(受)第65号
本件は,上告人が開設する病院において同病院に勤務していた上告人医師の執刀により下肢の骨接合術等の手術を受けた被上告人が,上記手術による合併症として下肢深部静脈血栓症を発症しその後遺症が残ったことにつき,上告人らに対し,
①上告人医師は,必要な検査を行い,又は血管疾患を扱う専門医に紹介する義務があるのにこれを怠り,その結果,被上告人に上記後遺症が残った,仮に上記義務違反と上記後遺症の残存との間の因果関係が証明されないとしても上記後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害された,
②仮に,上記因果関係及び上記可能性が証明されないとしても,上告人医師はその当時の医療水準にかなった適切かつ真しな医療行為を行わなかったので,被上告人は,そのような医療行為を受ける期待権を侵害された,
などと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
原審は,上告人医師が,必要な検査を行い又は血管疾患を扱う専門医に紹介する義務を怠ったことにより被上告人に本件後遺症が残ったとはいえず,また,被上告人が,本件後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたともいえないとしたものの,上告人医師は専門医に紹介するなどの義務を怠り,被上告人はその時点においてなし得る治療や指導を受けられない状況に置かれ精神的損害を被ったということができるから,上告人らは被上告人に対し,上記損害を賠償すべき不法行為責任を負うとして被上告人の請求を慰謝料300万円の限度で認容した。
しかしながら,原審の上記判断は是認することができず,その理由は患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が患者に対して適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件はそのような事案とはいえない。したがって,上告人らについて上記不法行為責任の有無を検討する余地はなく,上告人らは被上告人に対し,不法行為責任を負わないというべきである。以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れず,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきであるとした。