産科で出産後の異常出血の患者に対する対応に高度の注意義務違反があったとして損害賠償請求を認めた事件
東京地裁 平成28年(ワ)第24922号
判決日 令和2年1月30日
主 文
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,6272万2148円及びこれに対する平成27年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,6107万2148円及びこれに対する平成27年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その7を被告らの負担とし,その余を原告らの負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,8624万3750円及びこれに対する平成27年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,8324万3050円及びこれに対する平成27年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告Cが開設,運営する被告クリニックにおいて,亡Dが原告Bを出産したものの,その後死亡したことにつき,亡Dの法定相続人である原告らが,被告クリニックの担当医師であった被告E医師には,分娩後の異常出血ないし産科危機的出血の状態に陥っていた亡Dに対する対応を誤った過失があり,これにより,亡Dは異常出血による出血性ショックに陥ったことを原因として死亡した旨主張し,被告Cに対しては,債務不履行又は平成27年法律第74号による改正前の医療法(以下,単に「医療法」という。)68条(現行法46条の6の4)の準用する一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団・財団法人法」という。)78条に基づき,被告E医師に対しては,債務不履行又は不法行為に基づき,連帯して,原告Aにつき損害賠償金8624万3750円,原告Bにつき損害賠償金8324万3050円及びこれらに対する平成27年1月10日(亡Dの死亡日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,掲記した証拠(枝番のある証拠につき,全ての枝番を含むときには,枝番の記載を省略する。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 亡Dは,昭和〇年〇月○日生まれの女性で眼科医であり,平成27年1月9日に原告Bを出産し,翌10日に死亡した(死亡時35歳)。
原告Aは,亡Dの夫であり,原告Bは,原告Aと亡Dとの間に産まれた長女である。
(甲C1)
イ 被告Cは,被告クリニックを開設,運営する社団たる医療法人である。
被告E医師は,被告Cの理事長かつ被告クリニックの院長であり,亡Dの診療を担当した産婦人科医である。
(2) 診療経過等
ア 亡Dは,妊娠15週まで,〇県〇市内の産科医院に通院していたが,いわゆる里帰り出産を希望し,同医院から被告クリニックへの診療情報提供書(紹介状)の交付を受け,平成〇年〇月〇日(妊娠20週0日),被告クリニックを初めて受診した。
その後,亡Dは,平成26年11月6日(妊娠30週1日)に被告クリニックを受診した後,同年12月になると,4日(同34週1日),18日(同36週1日),25日(同37週1日)及び29日(同37週5日)と被告クリニックを受診するとともに,同月頃,被告クリニックから車で10分程度のところにある亡Dの実家で生活するようになった。
(甲C11,12,乙A2)
イ 亡Dは,平成26年12月18日の被告クリニック受診時の血圧が,収縮期圧126mmHg,拡張期圧80mmHg(以下,血圧については,原則として,「収縮期圧/拡張期圧」の形式で表記し,単位の記載は省略する。)で,同月25日の受診時には137/88(再検査で125/85),同月29日の受診時には142/91(再検査で132/95)と上昇傾向を示した。平成27年1月5日(以下,同年については,原則として表記を省略する。)の受診時でも,143/106(再検査で125/84)であったことなどから,被告E医師は,亡Dが軽度の妊娠高血圧症候群であると診断し,分娩誘発を行った方が良いと判断した。そして,亡Dにその旨説明して承諾を得,同月7日に被告クリニックに入院する予定とした。なお,平成26年12月18日には血液検査を行っており,その結果は,ヘモグロビン(HGB)値が11.6g/dl,ヘマトクリット(HCT)値は35.4%,血小板数は16.1×104/μl(以下,これらの単位の表記は省略する。)であった。
(乙A2,9)
ウ 亡Dは,1月7日,分娩誘発のために被告クリニックに入院した。被告E医師は,同月8日,亡Dに対し,午前7時頃からアトニン-O(子宮収縮薬。以下「アトニン」という。一般名はオキシトシン。)を点滴静注して分娩誘発を開始したが,午後4時頃,分娩までなお時間がかかると見込まれたことから,アトニンの投与を中止し,経過を観察することとした。
被告E医師は,1月9日午前7時25分頃から,亡Dに対するアトニン投与による分娩誘発を再開したが,結局,分娩が停止した状態となったため,同日午後5時30分頃,緊急帝王切開術を実施することとなった。
(乙A3,9)
エ 亡Dは,1月9日午後6時3分頃から,被告E医師の執刀による緊急帝王切開術(以下「本件帝王切開術」という。)を受け,同日午後6時10分頃,身長49cm,体重2964gの女児(原告B)を分娩し,同日午後6時40分頃に本件帝王切開術は終了した。
なお,診療録には,本件帝王切開術中の出血量が525g(羊水込み),輸液量が700ml(ヘスパンダー500ml,ラクテック200ml),尿量が120ml(ただし,午後3時15分から本件帝王切開術終了まで)であったとの記載がある。
(乙A3,9)
オ 亡Dは,1月9日午後6時50分頃,リカバリー室に入室した。同室における亡Dの血圧,心拍数等は継続的にモニターされており,F助産師は,これらに加えて悪露の量,尿量等の経過を,帝王切開クリニカルパス(乙A3の42頁,乙A6。以下「本件クリニカルパス」という。)に記載した。本件クリニカルパスには,悪露の量として,リカバリー室入室後1時間時点及び2時間時点につきそれぞれ「多100」と,同3時間時点につき「100+α」と,同4時間時点につき「200」と記載されている。
被告E医師は,1月9日午後6時50分頃に亡Dがリカバリー室に入室してから2時間以上が経過した後に被告クリニックから外出していたが,同日午後10時40分頃,F助産師から電話で,亡Dのリカバリー室入室後の出血量等に係る報告を受け,F助産師に対し,出血量を再度確認することなどを指示した上で,被告クリニックに向かった。これを受け,F助産師は,同日午後10時50分頃,亡Dのパッド内の出血量を計測し,本件クリニカルパスに悪露の量として上記のとおり「200」と記載した。また,このときの血圧は107/71,心拍数は106回/分,SpO2は96%(以下,これらの単位の表記は省略することがある。)であった。また,この頃,被告E医師の指示によりF助産師が行った亡Dの血液検査の結果,ヘモグロビン値は7.8,ヘマトクリット値は23.2,血小板数は11.1であった。
(乙A3,4,6,8)
カ 被告E医師は,1月9日午後11時頃,被告クリニックに到着し,同10分頃,リカバリー室において亡Dを診察したところ,子宮内及び膣内にコアグラ(凝血塊)が認められたことから,これを除去した。排出された凝血塊は約370ml(370g)であった。被告E医師は,上記診察時の亡Dについて,診療録に「shock index 133/101 <1.5」と記載した。
上記診察の終了後,亡Dは,ガーグルベースン4分の1程度の量の嘔吐をした。
(乙A3,6,9)
キ 被告E医師は,翌1月10日午前零時以降になって,亡Dを高次医療機関に救急搬送することを決定し,a病院の産婦人科に電話をして,亡Dの受入れを依頼した。診療録上,この頃の亡Dの血圧は90~100/50~60,心拍数は130台とされている。
救急隊には,1月10日午前1時3分頃に出動要請がされ,午前1時10分頃,救急隊が被告クリニックに到着した。その頃の亡Dは,意識レベルがJCS10(普通の呼びかけで容易に開眼する。),心拍数144,収縮期血圧は90であった。
(甲A19,24,乙A3,6)
ク 亡Dは,1月10日午前1時18分頃,救急車で被告クリニックを出発したが,搬送途中に心肺停止の状態となり,蘇生措置が試みられている状態で,午前1時27分頃,a病院に到着した。その後,心肺蘇生法や双手圧迫による止血等が試みられ,同日午前1時41分頃,自己心拍が再開したが,午前1時47分頃には心室細動となり,午前3時8分頃に再び自己心拍が開始したものの,循環維持が困難な状態が継続し,午前7時30分過ぎ頃,再度心室細動となり,心肺蘇生が行われたが,自己心拍は再開せず,午前7時57分頃,亡Dの死亡が確認された。
(甲A18,19,24)
ケ 亡Dにつき,病理解剖はされなかった。
もっとも,a病院は,1月10日頃,原告Aの同意を得た上で,亡Dの血清をb大学産婦人科に送付し,同科において同血清の血清マーカーの測定がされ,その結果,羊水及び胎便に多く含まれる成分であるZn-CP1及びSTNは陰性,抗原抗体反応を補助する酵素(補体)であるC3は21.0mg/dl(基準値80~140mg/dl),C4は3.0mg/dl(基準値11.0~34.0mg/dl。ただし,C3及びC4の基準値は非妊時のものであり,妊娠期は基準値が上昇する。),補体因子であるC1の活性化を阻害する蛋白質であるC1インヒビターは25%以下であった(下記(3)ウ(ウ)c参照)。
(甲A17,24,乙A5)
(3) 医学的知見
ア 産科出血及び産科ショックへの対応
(ア) 産科ショックとは,一般的には,妊娠又は分娩に伴って発生した病的状態に起因するショックと定義され,出血性ショックは,出血に起因して貧血・血圧低下・脈拍増加・尿量減少などのショック症状を呈する病態である。出血により循環血液量が減少してショック状態となると,血圧低下・腎血流量低下,その代償としての尿量減少,頻脈等が生じ,血中のヘモグロビン,ヘマトクリットが減少すると,酸素の運搬機能が障害され,全身が低酸素状態に陥る。そして,血管内の血球成分や血漿成分のバランスが失われると,血液凝固能等にも異常が起き,その状態が改善されないと,DIC(播種性血管内凝固症候群)の状態に至る。
(甲B6,9)
(イ) 平成22年4月,日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会等5団体により,「産科危機的出血への対応ガイドライン」(以下「本件対応ガイドライン」という。)が作成,公表され,平成26年4月,上記学会及び医会が共同して,本件対応ガイドラインを援用しつつ「産婦人科診療ガイドライン-産科編2014」(以下「本件診療ガイドライン」といい,本件対応ガイドラインと併せて,「本件各ガイドライン」という。)を作成,公表した。本件診療ガイドラインには,概要以下のような記載がされている。
a 産後の過多出血(PPH)は,一般に,経膣分娩では産後24時間以内に500mlを超えるもの,帝王切開では1000mlを超えるものと定義されており,症状を伴いやすい。通常の出血量計測では本来の出血量の半分程度しか推定できないとされており,そのため産後出血量が500mlを超えた場合はPPHとして母体に対する注意が必要である。本邦における産後出血量(羊水込み)の90パーセンタイル値は,経膣分娩で800ml,帝王切開で1500mlである。PPHの全てが産科危機的出血に移行するわけではないが,帝王切開では1000mlを超えた場合はPPH及びそれに引き続く産科危機的出血を懸念し,系統的な原因検索及び治療を行うことが安全な母体管理につながる可能性がある。
b 分娩時の出血は,床や寝具等に漏出しやすいこと,羊水が混入していること,腹腔内・後腹膜腔内の出血量は評価が困難であること,まとめて出血量を計測すると過少評価しやすいことなどから,緊急輸血を準備(決定)する際の分娩時出血量(循環血液量不足)の評価は,外出血量の測定と共に,血圧と心拍数により算出された循環動態の指標であるショックインデックス(SI=心拍数〔回/分〕/収縮期血圧〔mmHg〕)を用いて判断することが重要である。
循環血液量不足はSIの上昇(心拍数は増加し,収縮期血圧は低下する。)として反映され,妊婦の場合には,SIが1.0で約1.5L,SIが1.5で約2.5Lの出血量に相当するとされている。
c 経膣分娩では1.0L,帝王切開では2.0L以上の出血量となった場合,又はこのような出血量となることが確実な場合,あるいはSIが1.0を超えた場合には,分娩時異常出血であると判断して,出血原因の探索,除去に努めるとともに,速やかに太めの針(18G以上)で静脈ラインの確保を行い,同時に輸血の発注や高次施設への搬送を考慮する。
輸液は,十分な晶質液(乳酸リンゲル,酢酸リンゲル等の細胞外液製剤)や必要に応じて人工膠質液の投与を行う。細胞外液製剤の輸液は約2000mlまでとし,人工膠質液の輸液は,大量となると腎機能障害や出血傾向を招くとされているため1000ml程度とする。ただし,日本麻酔科学会のガイドラインでは,人工膠質液の中でも我が国で使用しているヒドロキシエチルデンプン配合剤は2000~3000mlを投与の上限の目安とするとしている。
尿量測定も行い,血圧・心拍数を持続観察し,可能な施設にあってはSpO2の持続モニタリングと血液検査(血算,血中フィブリノゲン,プロトロンビン時間,FDP又はD-dimer,アンチトロンビン活性,GOT・LDH等)を行う。
なお,大量出血では複数の静脈ライン確保が必要となることから,早目に複数ラインを確保しておくことが望ましい。
d 出血が更に持続する場合や,SI≧1.5,乏尿・末梢冷感・SpO2低下等のバイタルサイン異常の出現又は産科DICスコア(下記e参照)8点以上のいずれかが認められた場合は,「産科危機的出血」と診断し,輸血の準備が整い次第直ちに輸血開始又は高次施設への搬送を行う。高次施設においては集学的治療が必要なことから可能な限り集中治療部で治療する。
e 産科DICスコア
産科出血の一部ではDICが早期に発生しやすく,羊水塞栓症やDIC型後産期出血では大量出血の前にDICが発生することもある。比較的少量の出血であっても「さらさらした凝固しない性器出血」を見たら,産科DICの可能性を考慮する。DICの基礎疾患(常位胎盤早期剥離,羊水塞栓,DIC型後産期出血等)のある産科出血では高頻度にDICを併発する。この点を考慮して,産科DICスコアが定められており,このスコアは,産科DICの早期診断・早期治療を可能にし,有用である。基礎疾患スコア,臨床症状スコア及び検査スコアを合算し,8点以上であれば産科DICとして対応する。
(a) 基礎疾患スコア
・ 常位胎盤早期剥離(児死亡) 5点
・ 同上 (児生存) 4点
・ 羊水塞栓(急性肺性心) 4点
・ 同上 (人工換気) 3点
・ 同上 (補助換気) 2点
・ 同上 (酸素療法) 1点
・ DIC型出血(低凝固) 4点
・ 同上 (出血量:2L以上) 3点
・ 同上 (出血量:1L以上) 1点
・ 子癇 4点
・ その他の基礎疾患 1点
(b) 臨床症状スコア
・ 急性腎不全(無尿) 4点
・ 同上 (乏尿) 3点
・ 急性呼吸不全(人工換気) 4点
・ 同上 (酸素療法) 1点
・ 臓器症状(心臓) 4点
・ 同上 (肝臓) 4点
・ 同上 (脳) 4点
・ 同上 (消化器) 4点
・ 出血傾向 4点
・ ショック(頻脈:100以上) 1点
・ 同上 (低血圧:90以下) 1点
・ 同上 (冷汗) 1点
・ 同上 (蒼白) 1点
(c) 検査スコア
・ FDP :10μg/dl以上 1点
・ 血小板 :10万立方ミリメートル以下 1点
・ フィブリノゲン:150mg/dl以下 1点
・ PT(プロトロンビン時間):15秒以上 1点
・ 出血時間 :5分以上 1点
・ その他の検査異常 1点
f 一般的な輸血の基本的方針,各成分輸血の方法及び抗DIC療法については,おおむね以下のとおりである。
(a) 産科出血はDICに移行しやすいので,RCC(赤血球濃厚液)だけでなく,FFP(新鮮凍結血漿)を投与する。
(b) 極端にヘモグロビン値が低下すると,組織の低酸素状態が起こるところ,RCCは,ヘモグロビン値の上昇に効果がある。
(c) FFPには止血凝固因子が多量に含まれる。血液製剤の使用指針においては,FFP投与の適応はフィブリノゲン値が100mg/dl未満とされているが,同値が150mg/dl未満で産科DICスコアは加点され,フィブリノゲン製剤の投与によって止血が得られたとの報告もあることから,産科出血では150mg/dlとなった時点で投与することを目指すべきかもしれない。初回投与量は,960~1200ml(12~15単位)とする。それでも非凝固性の出血が持続する場合には,更に増量する。
(d) 血小板数が2万以下の場合,肺出血等の出血が発生しやすくなるので,産科危機的出血では血小板濃厚液の輸血が必要となることが多い。
(e) 抗DIC薬としては,アンチトロンビン製剤を第1選択として1500~3000単位を静脈投与するのが望ましい。ウリナスタチン,FOY等の抗DIC製剤を適宜使用する。これでも止血できない場合には,保険適用外ではあるが,国内外で実績のあるノボセブンの使用を考慮しても良い。
DICであっても,産科危機的出血中にヘパリンを投与することは勧められない。ヘパリンは,凝固性亢進の時期のみ効果的であり,消費性凝固障害になりきったような産科DICの大多数例では,効果が期待できないばかりか,出血を助長する可能性が高い。
(甲B69,乙B1)
(ウ) 本件診療ガイドラインでは,上記(イ)dの「産科危機的出血」について,その診断に至るまでの過程がフローチャート(以下「本件フローチャート」という。)にまとめられているが,このフローチャートは,本件対応ガイドラインにあるものをそのまま援用したものである。なお,平成28年,本件対応ガイドラインが改訂され,本件フローチャートについて,分娩時異常出血の評価基準において,出血量の過少評価による対応の遅れを防ぐためとして,SIを中心として判断することとし,出血量については括弧書きとされたほか,危機的産科出血の判断につき,分娩時異常出血後に,「出血持続とバイタイルサイン異常(乏尿,末梢循環不全)or SI:1.5以上 or 産科DICスコア8点以上(or フィブリノゲン150mg/dl以下)」の場合に産科危機的出血を宣言することとされ,出血持続が同宣言の必要条件であることが明確にされるなどした。
(甲B60,69,乙B1)
イ 弛緩出血(甲B6,41,65,76)
(ア) 病態
通常,胎盤の娩出後,子宮腔が空虚となり子宮筋の収縮が起こることにより,胎盤剥離面からの出血は減少し,血栓が作られて止血されるところ(生物学的結紮),子宮筋の収縮不良や血栓の形成不全のためにこのような生物学的結紮が起こらず,胎盤剥離面からの出血が続く状態を弛緩出血という。
弛緩出血の原因としては,遺伝的素因,遷延分娩や子宮の過度伸展による子宮筋の疲労,子宮腔内の遺残物(癒着胎盤,胎盤片,凝血塊等),子宮型羊水塞栓症,血液凝固障害,峡部裂傷等が挙げられている。
(イ) 症状
胎盤娩出直後から子宮腔内より暗赤色の出血が起こり,子宮自体は軟らかく収縮不良を呈する。子宮底輪状マッサージによって子宮は収縮するものの,すぐにまた軟らかくなる。子宮腔内に出血や凝血塊が貯留すると子宮底は上昇し,子宮底の圧迫により血液が噴出する(凝血塊の貯留は子宮収縮を妨げる結果となる。)。出血が増量すると,消費性凝固障害によるDICを発症する。
(ウ) 診断
上記(イ)の症状が出現し,他に出血を起こす原因疾患がなければ弛緩出血と診断する。特に,子宮底の圧迫により凝血塊等が噴出すれば確定できる。
(エ) 治療
子宮内を触診して遺残物の有無を確認し,遺残物があればこれを全て排除する。その上で,子宮筋の収縮を促進するために,子宮収縮剤の投与,子宮底輪状マッサージ(片手を恥骨結合上に置き,他方の手を子宮底周囲にかぶせ円を描くようにマッサージすること),双手圧迫(膣内に挿入した内手と腹壁上の外手の間に,子宮体及び子宮頚を挟んで,恥骨結合に向けて強く圧迫すること。数分ないし数十分間圧迫する。)等を行う。
保存的療法が無効な場合は,時期を失することなく全身管理下に内腸骨動脈結紮術や子宮摘出術を行う。
ウ 羊水塞栓症(amniotic fluid embolism:AFE)
(ア) 病態(甲B9,12,40,53,54,乙B7から9まで,11,14)
羊水塞栓症は,羊水中の胎児成分(胎便,扁平上皮細胞,毳毛,胎脂,ムチン等)又は液性成分(胎便中のプロテアーゼ,組織因子等。以下,胎児成分と併せて「羊水成分」ということがある。)が母体循環に流入することにより発症するものと考えられている。羊水の流入経路は,卵膜の断裂部位から羊水成分が卵膜外漏出し,子宮筋の裂傷部位や子宮内腔に露出した破綻血管から母体循環系に入る機序が多いとされ,帝王切開,分娩誘発,遷延分娩等がハイリスク因子とされている。また,胎児先進部のステーションが高い位置での人工破膜,展退していない症例の破膜もリスク因子とされている。
流入した羊水成分は,胎児成分が母体の肺内の小血管に物理的閉塞を来たす場合と,液性成分がアナフィラクトイド反応(アナフィラキシー様ショック)を起こし(夫の抗原由来の異種蛋白を含む羊水が母体血中に流入し,母体の自然免疫系が過剰に反応するものと考えられている。),肺血管の攣縮,血小板・白血球・補体の活性化を来たす場合とがあり,後者の方が多いと考えられている。
なお,平成元年から平成16年までの間の剖検が実施された母体の死亡原因は,羊水塞栓症が最も高く24.3%,弛緩出血と原因不明のDICは8.3%で,病理解剖で羊水塞栓症と診断された例は,死亡前にはしばしば弛緩出血又は原因不明のDICと診断されていた旨の報告がある。
(イ) 分類(甲B9,40,53,54,乙B7,8)
病型として,呼吸困難,胸痛,ショック症状等の心肺虚脱を主体とするもの(心肺虚脱型)と,DICや弛緩出血を主体とするもの(DIC先行型又は子宮型)とがあり,心肺虚脱型とDIC先行型の混合型もある。
心肺虚脱型は,突然胸内苦悶を訴え,不穏状態を呈し,チアノーゼ,呼吸困難,咳,痙攣発作を起こすものであり,羊水塞栓症の10~15%の患者にあり,初発症状から心停止までの時間は平均約30分と非常に短く,一旦発症すると短時間で生命危機に瀕する重篤な疾患となる。
一方,DIC先行型は,分娩後に「凝固しないさらさらした血液」の出血から始まり,その後,弛緩出血,大量出血という経過を経てショックに至ることを特徴としている。
(ウ) 診断(甲B9,12,40,53,54,乙B3,7から9まで)
a 死亡例については,剖検により肺組織に羊水成分が認められることによって羊水塞栓症の確定診断がされる。
b 救命例においては上記aのような確定診断をすることが難しいため,臨床的には,以下(a)から(c)までを全て満たすものを臨床的羊水塞栓症と診断するという基準(以下「臨床的診断基準」という。)が使用されている。
(a) 妊娠中又は分娩後12時間以内に発症した場合
(b) 次に示した症状・疾患(一つ又はそれ以上でも可)に対して集中的な医学治療が行われた場合
・ 心停止
・ 分娩後2時間以内の原因不明の大量出血(1500ml以上)
・ 播種性血管内凝固症候群(DIC)
・ 呼吸不全
(c) 観察された所見や症状が他の疾患で説明できない場合
ただし,臨床的診断基準は,飽くまでも早期に治療を行うための基準であり,これを満たすものの中には羊水塞栓症以外のものも含まれる可能性があるとされている。
c 羊水塞栓症の補助診断として,血清学的な方法が用いられている。測定される血清マーカーとしては,亜鉛コプロボルフィリン1(Zn-CP1),シリアルTN(STN),C3,C4,C1インヒビターなどがある。
Zn-CP1及びSTNは,羊水及び胎便中に多く含まれるものであり,これらが検出されれば,胎児成分が母体血中に流入したと考えられる。もっとも,大量輸液,大量輸血後の検体,遮光が十分されていない検体などでは,剖検で確定した羊水塞栓症でも検出されないことが考えられる。C3及びC4は,抗原抗体反応を補助する酵素(補体)であり,炎症やアレルギーで活性化され低下する。C1インヒビターは,補体因子であるC1の活性化を阻害する蛋白質であり,補体系,血液凝固系等を調整する生体内防御因子として循環血液内に存在している。これらのマーカーは,羊水塞栓症では,アナフィラクトイド反応の関与により,低値となるものと考えられており,C1インヒビターについては,臨床的診断基準で羊水塞栓症と診断された106例のうち生存群(85例)では平均値32.0%であったのに対し,死亡群(21例)では同22.5%であったという報告がある。
なお,母体への羊水流入は正常分娩でも起こっていることから,羊水マーカーの測定は羊水塞栓症の補助診断にとどまるとされている。
(エ) 治療(甲B9,12,40,53,乙B8)
治療の中心は,抗ショック療法,抗DIC療法であり,速やかに高次施設に搬送して,同施設では早期よりICUで集中管理をすることが望ましいとされている。
抗DIC治療としては,アンチトロンビン製剤及び多酵素阻害薬を投与し,十分なFFP(新鮮凍結血漿)を投与することが挙げられている。血液凝固因子を補充するため,RCC(赤血球製剤)よりもFFPを優先して輸血し,FFP:RCC比1.5以上を目指すとする文献がある。また,過剰な輸液は消費性凝固障害を更に増悪させる希釈性凝固障害を引き起こすため,簡便な血清フィブリノゲン値測定によるモニタリングが有効であるとも指摘されている。
(オ) 予後(甲B17,甲B40,53,乙B2,14)
羊水塞栓症による母体死亡率については,平成14年時点で「86%」とするもの(乙B2),平成22年時点で「60~80%」とするもの(乙B14参考資料5)がある一方,平成24年ないし平成25年の文献(甲B40,53)では,以前は60~80%と非常に高率であったが,最近の方向は20~40%とするものが多いなどとされている。
なお,海外(アメリカ合衆国カリフォルニア州)においては,平成6年及び平成7年の2年間において,羊水塞栓症と診断された母体の死亡率は26.4%であったとする報告(甲B17)がある。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 亡Dの産科危機的出血に適切に対応すべき注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア 亡Dの本件帝王切開術後の状態
(ア) 本件帝王切開術後の亡DのSIは,1月9日午後7時50分が0.6(≒心拍数76/収縮期血圧121)であったのに対し,午後10時50分が1.0(≒心拍数106/収縮期血圧107),午後11時10分が1.31(≒心拍数133/収縮期血圧101),翌10日午前零時10分が1.5(≒心拍数131/収縮期血圧90)であり,経時的な悪化傾向が認められる状況であった。この点について,仮に被告らが主張するとおり,亡Dが子宮型羊水塞栓症による凝固因子消費型DICを発症していたとするならば,上記のSIは実際よりも低く計算されたものであるといえるから,SIが1.5に到達しなくても前もった対応をすべきこととなる。
そして,本件対応ガイドラインには,「妊婦のSI:1は約1.5L,SI:1.5は約2.5Lの出血量であることが推測される。」と明記されており,これによれば,亡Dの1月9日午後10時50分の出血量は約1.5L,午後11時10分の出血量は約2Lと推定される。この出血量は,ヘマトクリットの減少割合(平成26年12月18日〔35.4%〕→1月9日午後11時頃〔23.2%〕)からもほぼ同程度と推定される。この点,看護記録における午後11時頃までの合計出血量は1395mlであるが,午後9時50分に産褥パッドから出血が横漏れし,病衣まで汚染されていたことからすると,この時点での出血量は,看護記録の100mlでなく,少なくとも同パッドに吸水可能な1000ml(甲B67)以上であったといえるから,午後11時までの実際の出血量は,看護記録よりも900ml多い2295ml(羊水込み)であったといえ,これも上記推定とほぼ同量である。被告らは,カルテの記載から午後11時頃までの出血量が1395mlであり,本件対応ガイドライン作成前の文献である乙B第15号証を引用して,輸血なしの対応が十分に可能な量である旨主張するが,通常,出血量の測定値は30%程度少なめに評価される場合が多いと考えられる(甲B7。被告らは,原告らがこの文献の評価を誤っている旨主張するが,この文献の評価を誤っているのは被告らの方である。)上,出血量についてのカルテ記載は,それ自体不自然で,これを記載したF助産師の証言も不合理であって,これを前提とすることは誤りである。
なお,被告らは,1月9日午後11時10分頃のSIが0.76(心拍数101/収縮期血圧133)であることについて自白が成立する旨主張するところ,確かに,原告らは訴状にその旨記載したが,本件訴え提起前に被告E医師からその旨虚偽の説明を受け,それを信じたことに基づく誤記であって,上記のとおり,実際の午後11時頃のSIは1.31であるから,この点につき被告らの主張する自白が成立するとしても,これを撤回する。
(イ) 亡Dは,1月9日午後7時50分から午後11時頃までの間,出血が持続していた。
この点,被告らは,午後11時10分頃には止血傾向にあった旨主張するが,被告E医師は,翌日午前零時20分頃に家族に対して出血が続いている旨の説明をしており,診療録(甲A9)でも「ほとんど流血なし」と流血自体は認め,午後11時30分にパスロン10を5%グルコースに混注して持続投与していることなどからも,被告E医師自身,午後11時10分の時点で出血傾向を認めていたものといえる。しかも,被告E医師の供述やカルテの記載によっても,午後11時15分から午後11時45分までの30分で120ml,午後11時45分から翌日午前零時15分までの30分で210mlの出血が認められ,午後11時頃の時点ではおよそ「止血傾向」にあるとはいえない。
(ウ) 亡Dは,時間経過と共に尿量が減少し,1月9日午後11時頃には尿が一切排出されず,無尿ないし乏尿の状態となった。亡Dに対しては,輸液が継続されていながら尿量が測定されていないのであり,バイタルサイン異常としての乏尿であることは明らかである。
この点,被告らは,尿量は数時間単位の時間経過を踏まえて評価するのが通常である旨主張するが,単位時間当たりで判断されるべきものである(甲B58)。
(エ) 亡Dは,1月9日午後7時頃から,顔面蒼白の症状が生じ,午後7時50分から疼痛を生じ,その後,激しい疼痛が一貫して続いた。また,午後9時50分には体動が減少し,午後11時10分頃には,嘔吐や血圧低下がみられた。これらの事情からすると,亡Dは,午後11時頃には末梢循環不全となっていたといえる。
被告らは,血圧が100以上に保たれていた旨主張するが,特定の一時点の血圧のみが看護記録等に残され,その他の血圧の記録は廃棄されており,実際には90を下回ることも生じていたと考えられる。
(オ) 亡Dの産科DICスコアをみると,1月9日午後11時頃において,少なくとも,無尿(4点),出血量1~2L(1点),頻脈100以上(1点)の合計6点であり,産科DICの成立に向かって状態が徐々に悪化していた。
イ 注意義務違反
(ア) 本件対応ガイドラインでは,産科危機的出血だと判断すると,直ちに輸血を開始するか高次施設へ搬送することが医療機関に義務付けられているところ,被告クリニックは,本件対応ガイドラインが産科危機的出血への対応として想定している体制を整えていない。
したがって,産科危機的出血に該当する要件の充足を確認してから,輸血や高次施設への搬送をしているようでは不適切であり,本件対応ガイドラインより早期に対応することが求められている(甲B72,75)。すなわち,胎児娩出後,500ml以上継続して出血していれば,人員を確保してバイタルサイン,皮膚所見,意識レベル,出血量等を確認し,双手圧迫や子宮収縮薬投与などで止血を試み,それでも出血が持続し,SIが1以上又は出血が1L以上となれば,スーパー母体として搬送することとされている。
そうすると,上記アのとおり,亡Dは,1月9日午後11時頃の時点には産科危機的出血の要件が満たされていたのであるから,同時点又は遅くとも翌10日午前零時15分の時点で,被告E医師には,亡Dを高次医療施設へ転送すべき注意義務があった。
それにもかかわらず,被告E医師は,上記の注意義務を怠り,翌1月10日午前零時50分に漸くa病院に連絡をし,同日午前1時3分に救急隊の出動を要請した。亡Dは,同日午前1時27分にa病院に救急搬送されるに至ったが,この転送は,産科危機的出血の対応としては遅すぎる。
(イ) なお,被告らは,人工膠質液については,1月9日午後5時50分から午後6時40分までの間に500mlを投与した旨主張する。
しかしながら,上記の人工膠質液の投与は帝王切開時の出血に備えたものにすぎず,その後の出血に対応するものではない。
(被告らの主張)
ア 亡Dの本件帝王切開術後の状態
(ア) 亡Dは,本件帝王切開術時に羊水込みで525mlの出血があり,その後,1月9日午後10時50分頃までに500mlの出血となり,午後11時10分頃に370mlのコアグラを排出しており(コアグラの排出により子宮収縮を促して止血が可能となることが予測された。),合計出血量は羊水込みで1395mlであった。
原告らは,午後9時50分頃に産褥パッドから出血が横漏れし,病衣が汚染されたことをもって,パッドに吸水可能な1000ml以上の出血があった旨主張するが,この主張は,パッドが1000mlの血液を吸水したのに,その重量を計測せずに廃棄したという極めて非常識なものである上,パッドが吸水不能とならなくても出血が横漏れすることはままあることを理解しないもので,いずれにしろ理由がない。クリニカルパスの「悪露」の記載については,パッド確認時にまず悪露の量を「多」とした上で,内診等を経てパッドを取り外した後に重量を計測し,具体的な出血量が記載されること自体は特段不自然ではなく,本件クリニカルパス記載の出血量以外に出血があったとはいえない。a病院でも,腹腔内出血がないことや明らかな頸管裂傷,膣壁裂傷がないことが確認されている。原告らは,出血量の測定値は30%程度少なめに評価される場合が多いとも主張するが,これは,文献(甲B7)の評価を誤るもので,そのような医学的知見はない。なお,原告らが主張するような,1箇月前に測定されたヘマトクリット値からの減少割合で出血量を推測することは無理がある。
(イ) 亡DのSIについては,1月9日午後10時50分頃に最大の0.99(心拍数106/収縮期血圧107)となり,その後,午後11時10分頃には,0.76(心拍数101/収縮期血圧133)にまで低下した。SI1.0は約1500mlの出血量に相当するため(乙B1),亡DのSIと出血量は合致する。
1月9日午後11時10分頃のSIの値について,原告らは,「133/101」という診療録の記載(乙A3の7頁)が正しいものとして約1.31である旨主張するが,上記記載は「101/133」の誤記であるにすぎない(甲A21参照)。この点については原告らの自白が成立しており,その撤回には異議がある。上記記載に続けて「<1.5」とあるのも,本件各ガイドライン上,輸血や搬送が求められるのはSIが1.5を超えてからであることからすれば,特に不自然なものではない。
イ 注意義務違反がないこと
(ア) 上記アのとおり,本件帝王切開術後の亡Dは,午後11時頃まで,SIが1未満であり,出血量も2L未満であって,そもそも分娩時異常出血にも該当しない。
(イ) 仮に1月9日午後11時10分頃のSIが原告ら主張のように1以上であったとしても,産科危機的出血には該当しない。
すなわち,分娩時異常出血の状態であったとしても,それに対する対応をしてもなお出血の持続等を認めた場合に,産科危機的出血と宣言するものであるところ,1月9日午後11時頃の時点では,コアグラの排出により止血傾向が認められている。コアグラの排出により止血がある程度期待できるということは,原告らの協力医であるG医師も認めている(同医師の証人調書4頁)。したがって,亡Dについては,上記時点で出血の持続が認められず,この点で産科危機的出血には当たらない。
また,原告らは乏尿である旨の指摘もするが,尿量は,本来的には24時間で評価するものであって,周囲の環境,体温,精神状態等に影響される上,尿量の測定は目測で行うため数十ml程度の誤差は当然に生じ得るのであり,本件クリニカルパスに記載された術後2時間時点の尿量と同4時間後の尿量が同じであることをもって,この間,全く尿が出ていないと評価されるものではない。そして,帝王切開術後,一過性に尿量が減少することは日常臨床でまま見られることであり,その場合には輸液を増量して経過観察をするのが一般的であるから,亡Dについて,乏尿や無尿と評価すべきものではない。
(ウ) 被告E医師は,本件帝王切開術時に,亡Dに対し,ヘスパンダー(人工膠質液)500ml及びラクテック(細胞外液補充液〔晶質液〕)200mlを投与し,術後も,午後6時50分頃からラクテック500ml,午後10時頃から2本目のラクテック500mlの投与をそれぞれ開始した。このように,午後11時頃までに約1300~1400mlの輸液がなされており,亡Dの出血量に対して十分な量といえる。そして,午後11時10分頃には,輸液の投与速度を速めており,適切な対応をしており,輸液に関しても被告E医師に注意義務違反はない。
(エ) したがって,被告E医師において,原告らの主張する注意義務違反があったとはいえない。
ウ 原告らの主張するその余の事情について
(ア) 原告らの主張する末梢循環不全の状態について,亡Dに1月9日午後11時頃までに蒼白の症状があったことは否認する。そして,疼痛,嘔吐は,ショックや末梢循環不全とは関係がない。むしろ,午後11時頃までの間,収縮期血圧は100以上に保たれており,会話をしたり,自力で動いたりすることは可能な状態で,意識障害,呼吸不全,脈拍触知不能等は認められなかったことからすれば,ショック状態に至っていたとはいえない。したがって,亡Dが末梢循環不全であったとは評価されない。
(イ) 産科DICスコアについては,亡Dは無尿とは評価されないから,出血量と頻脈の2点にとどまる。
(2) 死因ないし因果関係
(原告らの主張)
ア(ア) 亡Dは,弛緩出血を生じ,これに対する措置が遅れたために,異常出血(90パーセンタイルである1500mlを超える出血)となり,これによって出血性ショックに陥ったことを原因として死亡したものである。a病院の医師も,その旨診断している。
亡Dの弛緩出血は,本件帝王切開術の前に,自然分娩のため多量の子宮収縮剤(オキシトシン〔アトニン〕)が使用されたことによって子宮が疲労し,収縮力が低下していたことによるものと考えられる。
そして,産科危機的出血の統計報告(甲B63,64)によれば,弛緩出血に対する適切な治療が施された場合の救命率は非常に高いため,被告E医師が上記(1)の原告らの主張の注意義務を尽くしていれば,亡Dを救命することができたはずである。すなわち,1月9日午後11時頃の時点で転送を実施していれば,高次医療施設において,輸血はもちろんのこと,抗ショック療法,抗DIC療法を行うことができ,弛緩出血であった場合はもとより,仮に羊水塞栓症であったとしても,十分に治療可能であった(甲B59)。いずれにしろ,同月10日午前零時45分頃のイベントを回避することができ,同日午前7時57分の時点で生存していた可能性は極めて高い。
(イ) 被告らは,下記被告らの主張アの諸事情を指摘し,亡Dが弛緩出血による出血性ショックとなったことを否定するが,1月10日午前零時15分に会話可能で見当識が保たれていた事実はないこと,同月9日午後10時50分から翌10日午前零時45分までの間,SpO2は測定されておらず,突如としてSpO2が80%台後半に低下したとはいえないこと,上記(ア)のとおり,子宮収縮剤の多量使用のため亡Dの子宮が疲労し収縮力が低下していたことなどから,被告らの指摘は失当である。
イ 被告らは,亡Dの死因が羊水塞栓症である旨主張するが,以下のとおり,理由がない。a病院においても,羊水塞栓症のDICを想定してFFPをRCCに優先して輸血するといった治療(甲B53,54)はされていない。
(ア) 被告らが指摘する羊水塞栓症の臨床的診断基準(上記1(3)ウ(ウ)b)は,飽くまで早期に治療を行うための診断基準にすぎず,これを満たすからといって羊水塞栓症以外の可能性が否定されるわけではない(乙B7)。
これを措くとしても,亡Dが上記臨床的診断基準(c)(観察された所見や症状が他の疾患では説明できない場合)に該当するとはいえない。上記アのとおり,亡Dにおいて観察された所見及び症状は一般的な弛緩出血とそれによる出血性ショックとして説明することができる。
(イ) 羊水塞栓症の典型的な臨床経過は,破水を原因として分娩中又は分娩直後に,突然の呼吸困難や胸痛を訴え,ショックに陥り,意識が回復しないまま死亡に至るというものである(甲B24)。亡Dは,本件帝王切開術時に人工破水したものの,分娩中及び分娩直後に羊水塞栓症を発症していない。
そして,亡Dは,初期症状として典型的なさらさらとした出血がなく,DICを先行して発症していたとはいえないから,子宮型(DIC先行型)羊水塞栓症であったとはいえない。純粋な弛緩出血を原因としてDICを発症することもあるから(甲B41),亡DがDICであったとしても直ちに羊水塞栓症であったということにはならない。
また,亡Dは,発症後短時間に死亡に至ったわけではなく,多臓器不全に陥った結果,死亡したというものでもないから,心肺虚脱型羊水塞栓症というにも無理がある。
(ウ) 亜鉛コプロポルフィリン(Zn-CP1)及びSTN(シリアルTn)は,胎便・羊水中に多く含まれる物質であり,羊水塞栓症の補助的診断に有用な数値であるが,亡Dの数値は基準値以下の陰性であった。
(エ) 被告らは,C1インヒビター,C3及びC4の数値の低下を羊水塞栓症であったことの根拠として挙げるが,この数値が測定された血液サンプルがどの時点で亡Dから採取されたか不明であり,同数値を1月9日午後11時頃の病態を表す数値として評価できない。また,これらの数値の低下と羊水塞栓症との関係は未だ不明であり,これらの数値によって羊水塞栓症と確定的に診断できる医学的知見は存在せず,帝王切開時の子宮内感染によるエンドトキシンショックなどの他の原因によって低下することも考えられる。そして,補体を含む新鮮凍結血漿(FFP)(甲B46)の輸血量よりも,これを含まない赤血球濃厚液(RCC)の輸血及びその他の輸液量の方が多量であるために,上記補体が希釈されたものとも考えられる。
(オ) 亡Dは解剖されていないため,肺組織中に羊水や胎児成分が存在することは証明されておらず,確定的に羊水塞栓症と診断することのできる直接的な証拠は存在しない(甲B12)。
(カ) H医師の鑑定意見書(乙B14,16。以下「H意見書」という。)は,亡Dの死亡に至る正しい経過ないし評価(上記(1)原告らの主張ア(イ)参照)を前提としておらず,信用できない。その上,被告らは,従前,亡Dは子宮型羊水塞栓症であったと主張していたのに,上記意見書で古典的羊水塞栓症とされると(その可能性もないが),これに基づき被告らの主張も大幅に変更された。このような場当たり的な変遷のある被告らの主張は,信用できるものではない。
(被告らの主張)
ア 以下の事情からすれば,亡Dの死因が弛緩出血のための異常出血による出血性ショックであるとは考えられない。
(ア) 帝王切開の場合の出血量の90パーセンタイルは1500mlであり,2L以上の出血となる場合も多くは無輸血で対応できるとされているところ,被告クリニックにおける亡Dの出血量は羊水込みで1825mlにすぎず,異常出血というべき状態ではなかった。
そして,亡Dは,1月9日午後11時10分頃にコアグラを排出した後,午後11時45分頃には止血傾向が認められ,子宮収縮自体は不良でなく,同月10日午前零時15分の時点で,会話可能で見当識は保たれている状態であった。
しかし,亡Dは,その頃から再度出血傾向となり,血液凝固の余りない出血がみられ,1月10日午前零時45分,呼吸苦がみられ,突如としてSpO2が80%台後半に低下し,同日午前零時52分,血圧が急激に低下して測定不能となった。このように,亡Dの状態は非常に急激に変化しており,弛緩出血による通常の出血性ショックの経過においては考え難い急激な悪化であり,羊水塞栓症の可能性が高い。
(イ) a病院における血液検査(午前1時26分採血)の結果,フィブリノゲン40mg/dl以下などの著明な凝固異常が認められた反面,血小板数は減少しておらず,単純な出血性ショックからの血小板費消型のDICとは考え難く,羊水塞栓症による凝固因子消費型のDICを発症したことを示している。
(ウ) 亡Dに対しては継続的にオキシトシンが投与されていたにもかかわらず,出血が続いたのであり,単純な弛緩出血とは考え難い。陣痛促進剤の使用後であっても,オキシトシンの投与により止血傾向が得られることが一般的である(甲B46,乙B10)。
イ 以下の事情によれば,亡Dの死因は羊水塞栓症であるといえる。実際に,a病院においても,羊水塞栓症が疑われ,b大学に血清が送付されている。
(ア) 亡Dには,35歳以上,帝王切開による出産という羊水塞栓症のリスク因子(乙B7)があるところ,分娩後12時間以内に嘔吐し,その後に凝固しにくい性器出血,呼吸不全,心肺停止となっており,臨床的診断基準の(a)及び(b)を満たす。そして,臨床的診断基準の(c)については,そもそも「他の疾患」に弛緩出血を含むものとは考えられておらず,また,上記アのとおり,実際にも亡Dが弛緩出血による出血性ショックであったとは考え難いから,臨床的診断基準の(c)も満たす。
したがって,亡Dは,臨床的診断基準によれば羊水塞栓症と診断される。
(イ)a 羊水塞栓症に伴うアナフィラクトイド反応が生じると,急激な補体の活性亢進によって補体が消費されると考えられ,C3が80mg/dl以下,C4が12mg/dl以下に低下したときは上記反応が考えられるとされ,死亡例ではより低値をとる傾向にある(乙B8)。
C1インヒビターの低下は,補体活性と共に凝固機能異常を起こし,その結果,フィブリノゲンが消費されることにより,血小板消費を伴わない状態でDICを発症させるものである。羊水塞栓症の死亡例では,特にC1インヒビターの低下が著しく,25%を下回る症例が多数存在する(乙B8)。
b b大学で行われた血清学的診断の結果,亡DのC3は21.0mg/dl,C4は3.0mg/dl,C1インヒビターは25%以下といずれも極めて低値で,アナフィラクトイド反応が生じており,亡Dは極めて重篤な羊水塞栓症を発症していたといえる。
原告らは,子宮内感染に起因する補体の数値の低下の可能性を指摘するが,このようなことは重症な感染の状態で起こるのが一般的であり,亡Dはそのような状態に至っていない。
(ウ) 亡Dの血清中マーカー(亜鉛子プロポルフィン‐1及びSTN)が陰性であったことは認めるが,陽性であれば羊水塞栓症と確定診断することができるが,陰性だからといって羊水塞栓症が否定されることにはならない(乙B3,8)。
(エ) 亡Dについて羊水塞栓症の臨床的診断基準を満たしていることは,H意見書(乙B14)からも明らかである。なお,被告らとしては,亡Dの羊水塞栓症はDIC先行型(子宮型)であったと考えているが,H意見書では,心肺虚脱型の古典的羊水塞栓症の可能性が高いとしている。しかし,古典的羊水塞栓症であるか子宮型羊水塞栓症であるかは,心肺虚脱の発症時期及び傾向の程度等から総合的に判定するものであるところ,その判断は正確には難しく,亡Dについて古典的羊水塞栓症の可能性があることに異存はない。
ウ 上記イのとおり,亡Dは羊水塞栓症を発症しており,羊水塞栓症自体,報告によっては母体死亡率86%といわれている(乙B2)。
その上,亡Dの羊水塞栓症は重症なものであったといえる。すなわち,① 羊水塞栓症のうち,C3及びC4の数値が低いほど死亡例が多いとの報告があるところ,亡Dのこれらの数値は極端に減少しており,このような数値で生存している例はほとんど認められない(乙B8)。また,②発症から短時間で出血量に比例しないフィブリノゲンの低下がみられた症例では,より死亡例が多いとの報告があるところ(乙B8),亡Dのフィブリノゲンは40mg/dlと極端に減少している。さらに,③ C1インヒビダーの数値は25%以下と極めて低く,羊水塞栓症のうち死亡群に該当し(乙B8),a病院において,C1インヒビターが豊富に含まれている新鮮凍結血漿(FFP)の投与がされているが,状態は回復しておらず,このような場合には,予後が極めて悪いとの報告がある(乙B9)。加えて,④ 被告クリニックにおける出血量は2000mlを超えていなかったにもかかわらず,亡Dの状態は急激に悪化している。
したがって,原告らの主張する注意義務が尽くされていたとしても,亡Dの救命は困難であって,因果関係は否定される。
(3) 損害額
(原告らの主張)
ア 亡Dの損害額
(ア) 逸失利益 1億2148万6100円
亡Dは,死亡時35歳の健康な女性であり,眼科医であったことからすれば,基礎収入は,平成24年賃金構造基本統計調査による職種別・男女計・医師・企業規模計(10人以上)の賃金額である年額1098万2400円となる。
そして,生活費控除率を30%,労働能力喪失期間を32年とすると,亡Dの逸失利益は,以下の計算式により,1億2148万6100円となる。
(計算式)
1098万2400円×(1-0.3)×15.8027(32年に対応するライプニッツ係数)
(イ) 死亡慰謝料 2400万円
(ウ) 合計 1億4558万6100円
イ 原告Aの損害額
(ア) 上記アの相続分 7274万3050円
原告Aは,法定相続分に従って,上記アの損害額の2分の1である上記金額を相続した。
(イ) 葬儀費用 300万0700円
(ウ) 固有の慰謝料 300万円
(エ) 弁護士費用 750万円
(オ) 合計 8624万3750円
ウ 原告Bの損害額
(ア) 上記アの相続分 7274万3050円
原告Bは,法定相続分に従って,上記アの損害額の2分の1である上記金額を相続した。
(イ) 固有の慰謝料 300万円
(ウ) 弁護士費用 750万円
(エ) 合計 8324万3050円
(被告らの主張)
いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件帝王切開術までの経過等
ア 亡Dは,前記第2の1(2)ア及びイの経緯を経て,平成27年1月7日,分娩誘発のために被告クリニックに入院した。被告E医師は,ノンストレステスト(NST)で胎児心拍に問題のある所見がなかったことから,予定どおり分娩誘発をすることとした。
被告E医師は,翌8日午前7時頃,陣痛室において,亡Dに対し,アトニン5単位(5%ブドウ糖注射液500mlと混和したもの)を12ml/時の投与量で点滴静注して,分娩誘発を開始した。その後,最低30分以上の間隔を空けてアトニンの投与量を12ml/時ずつ増加させ,最終的には同日午後2時45分頃に96ml/時としたが,分娩には至らず,午後4時頃,被告E医師が内診をしたところ,子宮口開大3cm,展退度60~70%,児頭位置-1~-2で,分娩までにまだ時間がかかることが見込まれた。そのため,被告E医師は,この日の分娩誘発を中止することとし,亡Dは病室に戻った。
(乙A3,9,被告E医師本人)
イ 被告E医師は,1月9日午前7時25分頃から,陣痛室において,亡Dに対し,12ml/時の量でアトニンを投与して,分娩誘発を再開した。その後,30~60分の間隔を空けて投与量を増加させ,最終的には同日午後零時30分頃に許容最大投与量の120ml/時としたが,同日午後零時45分頃,被告E医師が内診をしたところ,子宮口開大3cm,展退度40~50%,児頭位置-2と進行がみられなかった。そのため,被告E医師は,メトロイリンテルを挿入して分娩の進行を図った。
1月9日午後3時15分頃,亡Dが右上腹部の痛みを訴えたため,被告E医師が内診をしたものの,所見に変化はなく,メトロイリンテルを抜去したところ,腹痛の訴えもなくなった。被告E医師は,同日午後3時30分頃,人工破膜をするとともに,アトニンの投与量を108ml/時に減量した上,経過を観察していたが,内診の所見に変化はみられず,分娩の進行が停止した状態であったため,同日午後5時30分頃,緊急帝王切開術を実施することとし,亡D及び原告Aに説明してその同意を得た。
(甲B1,乙A3,9,原告A本人,被告E医師本人)
ウ 亡Dは,1月9日午後5時50分頃,手術室に入室し,同日午後6時3分頃から,被告E医師の執刀による緊急帝王切開術(本件帝王切開術)を受け,同日午後6時10分頃,身長49cm,体重2964gの女児(原告B)を分娩し,同日午後6時40分頃に本件帝王切開術は終了した。本件帝王切開術においては,亡Dに対し,局所麻酔として脊椎麻酔がされた。
本件帝王切開術中の出血量は羊水込みで525g,輸液量は700ml(ヘスパンダー500ml,ラクテック200ml),尿量は120ml(ただし,午後3時15分から本件帝王切開術終了まで)であった。本件帝王切開術終了時の亡Dの血圧は100/55,心拍数は104,SpO2は99%で,半覚醒状態であった。
なお,F助産師は,本件帝王切開術の途中から本件帝王切開術の間接介助に当たり,亡Dの状態の観察,出血量の測定,必要な物品の準備等を行った。
(乙A2,3,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
(2) 本件帝王切開術後からa病院搬送までの経過等
ア 亡Dは,1月9日(以下ケまでについて,同日の日付の記載は省略する。)午後6時50分頃,リカバリー室に入室し,血圧,心拍数,SpO2等を継続的に測定するモニターが装着され(なお,血圧は,術後2時間までは15分間隔,その後は30分間隔で測定されるものであった。),酸素3L/分の投与(当初予定4時間後まで)とアトニン5単位を混和したラクテック500mlの点滴静注がそれぞれ開始された。同室入室時の亡Dの体温は36.2度,血圧は103/56,心拍数は93,SpO2は99%,尿量は100mlであり,帝王切開術後として特に異常所見は認められなかった。なお,尿量は,カテーテルによりメモリの付いたバッグにためられ,目測で計量されるようになっていた。また,同室における亡Dの経過については,帝王切開クリニカルパス(本件クリニカルパス)に記載するものとされた。
(乙A3,4,6,8,9,B18,証人F助産師,被告E医師本人)
イ リカバリー室入室から1時間後の午後7時50分頃,F助産師は,亡Dのバイタルサイン,出血量等を確認し,本件クリニカルパスに記載した。この時点のバイタルサインは,体温が36.2度,血圧が121/84,心拍数が76,SpO2が98%,尿量(術後の累計)が250mlであった。また,本件クリニカルパスの「悪露 色/量」の欄には,「赤/多100」(「100」は「多」のやや右肩に記載されている。)と記載されている。F助産師は,亡Dの子宮底の高さは臍上1横指で,子宮の硬度は良好であると判断したほか,輪状マッサージをしたが,流出血はみられなかった。
(乙A3,6,8,証人F助産師)
ウ リカバリー室入室から2時間後の午後8時50分頃,F助産師は,亡Dのバイタルサイン,出血量等を確認し,本件クリニカルパスに記載した。この時点のバイタルサインは,体温が37.2度,血圧が122/85,心拍数が79,SpO2が99%,尿量(術後の累計)が300mlであった。また,本件クリニカルパスの「悪露 色/量」の欄には,「赤/多100」(「100」は「多」のやや右肩に記載されている。)と記載されている。F助産師は,亡Dの子宮底の高さは臍上1横指で,子宮の硬度は良好であると判断した。なお,同じ頃,亡Dが強い疼痛があるとして痛み止めの投与を求めたため,F助産師は,あらかじめ被告E医師が疼痛時の処方として指示していたインダシン坐薬を,午後8時55分頃に亡Dに挿肛した。また,この頃,被告E医師は,被告クリニックから外出した。
(乙A3,6,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
エ リカバリー室入室から3時間後の午後9時50分頃,亡Dはなお強い疼痛を訴えるとともに,産褥パッドから出血が漏れ,亡Dの病衣に付着していた。F助産師は,亡Dの子宮底の高さが臍上2横指とやや上昇していたものの,輪状マッサージを行ったところ,子宮の硬度はすぐに良好になったものと判断した。本件クリニカルパスには,リカバリー室入室から3時間後のデータを記載する欄は設けられていないが,F助産師は,「2時間値」欄と「4時間値」欄の間に挿入記号を付して,「3h 100+α」と記載した。
また,F助産師は,出血が付着した亡Dの病衣を交換することとし,これを始めたが,亡Dが疼痛のために体を動かすことに相当の時間がかかり,休みながら更衣をしなければならない状態であったことから,病衣の交換が終わるまでに30分程度を要した。
この間の午後10時頃,上記アの点滴静注が終了したため,新たにラクテック500ml(アトニンが混和されていないもの)の点滴静注が開始された。
(乙A3,6,8,証人F助産師)
オ 亡Dの更衣が終わった後の午後10時40分頃,F助産師は,被告E医師に電話をし,亡Dの状態につき,インダシンを投与しても疼痛が強い旨や,リカバリー室入室後3時間(午後9時50分頃まで)の出血量を伝えた。これを受け,被告E医師は,F助産師に対し,疼痛に対してはソセゴンを投与するとともに,ラクテックにアトニンを追加し,出血量を再度確認するよう指示した上で,被告クリニックに戻ることとした。
(乙A3,6,8,9,被告E医師本人,証人F助産師)
カ F助産師は,上記オの指示を受け,午後10時50分頃,亡Dに対し,ソセゴン30mgを筋注するとともに,残量400ml程度となっていたラクテックにアトニン5単位を混和した。また,出血量を確認したほか,亡Dの子宮底の高さを確認すると臍上2横指で,子宮の硬度はやや不良であると判断した。上記出血量に関し,F助産師は,本件クリニカルパスの「悪露 色/量」欄に「赤/200」と記載した。そして,リカバリー室入室から4時間後の時間帯であったことから,F助産師は,亡Dのバイタルサインの確認も行い(ただし,体温は確認しなかった。),血圧107/71,心拍数106,SpO2は96%であったほか,尿量は午後8時50分頃からの増量を認めず,本件クリニカルパスに2時間値と同じ「300」と記載した。
他方,被告E医師は,被告クリニックに戻る途中,被告クリニックに電話をし,F助産師に出血量の計測結果を確認した上,F助産師に対し,亡Dの血液検査(血算)をするよう指示した。F助産師は,これに従って亡Dの同検査を実施した。なお,酸素投与は,当初の予定に従って,この頃に一旦中止された。
(乙A3,6,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
キ 午後11時頃,被告E医師は,被告クリニックに到着し,午後11時10分頃,リカバリー室において亡Dを診察した。このとき,亡Dは「ソセゴンの効き目なのか,少しぼーっとする」旨訴えており,疼痛が軽減し,傾眠の状態であった。被告E医師は,内診により,子宮内及び膣内にコアグラ(凝血塊)を認めたことから,これを除去した。排出された凝血塊は,約370mlであった。また,上記カの血液検査の結果,ヘモグロビンが7.8,ヘマトクリットが23.2,血小板数が11.1などであった。上記内診後,亡Dは,ガーグルベースン4分の1程度の量の嘔吐をしたが,その後は「大丈夫です」と述べ,嘔気は認められなかった。この頃,被告E医師は,輸液速度を上げた。
なお,被告E医師は,この頃以降の経緯につき,被告クリニックの診療録に記載しているところ(乙A3・7~9頁(甲A9)。以下「本件医師記録部分」という。なお,F助産師が,亡Dのリカバリー室入室後の経緯につき,下記(3)エのとおりa病院から帰院後に上記診療録に記載した部分(乙A3・20~22頁(甲A7))を,以下「本件助産師記録部分」という。),そこには,「shock index 133/101 <1.5」との記載がある。
(甲A9,乙A3,6,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
ク 平成26年12月18日の検査では血小板数が16.1であった(前記第2の1(2)イ)のに対し,上記キの検査結果では血小板数が11.1と相当程度低下していたこともあり,被告E医師は,DICを懸念し,午後11時30分頃,亡Dの左前腕に18Gのルートを確保するとともに,効能・効果にDICが含まれるパスロン(蛋白分解酵素を阻害し,また,血小板凝集を抑制する薬剤)1Aを5%ブドウ糖注射液500mlに混和し,2時間かけて投与するものとして点滴静注を開始した。
(甲B3,乙A3,6,8,9,被告E医師本人)
ケ 午後11時45分頃,亡Dは,横向きの方が痛みが軽減される旨述べた。被告E医師が診察をしたところ,亡Dの産褥パッド内に出血はほとんど認められず,膣内にも凝血塊は認められなかったが,子宮底圧迫をしたところ,約120mlの出血がみられた。被告E医師は,1月10日午前零時頃,パルタンM(子宮収縮止血薬)1Aを点滴静注した。なお,本件医師記録のこの頃の欄には,「1hで120g 止血傾向ありと判断」,「30分後に再checkとす」,「Div追加 ラクテック500ml+アトニンO10 200ml/hr」といった記載がある。
(甲B2,乙A3,6,8,9,被告E医師本人)
コ 1月10日午前零時30分頃(この頃以降の時刻の認定については,下記2参照。),被告E医師が亡Dを診察すると,子宮底の高さは臍上2横指であり,輪状マッサージをした上で内診をしたところ,約210mlの出血がみられた。この出血について,被告E医師は,血液凝固が余りなく,再度の出血傾向が認められたものと判断した。本件医師記録ないし本件助産師記録によれば,この頃の亡Dの血圧は90~100/50~60,心拍数は130回台であった。また,亡Dは,顔面蒼白の状態であり,少量の嘔吐をした。
被告E医師は,これらの所見から,亡Dに対し輸血及び外科的止血を検討した方が良いと判断して,亡Dを高次医療機関に救急搬送することを決定した。そして,この頃以降,被告E医師は,亡Dに対し,輪状マッサージをすると子宮が収縮して止血するが,すぐに緩んで出血が多くなること,外科的処置及び輸血を実施した方が良いかもしれないため,児と離れるのは残念だが転院することを説明した。被告E医師は,当時,この頃までの亡Dの出血量につき,本件帝王切開術後に1300ml,本件帝王切開術中のものを併せると1800~1900mlになると認識していた。また,同じ頃,上記エで開始されたラクテックの輸液が終了したため,被告E医師の指示により,亡Dに対し,新たにラクテック500mlにプリンペラン(消化機能異常治療剤)1A及びアトニン5単位2Aを混和した薬剤の点滴静注が開始された
(乙A3,6,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
サ 1月10日午前零時43分頃,F助産師は,原告Aの携帯電話に電話をしたが,応答がなかったため,亡Dの実家の固定電話に電話をし,亡Dの母であるIに対し,亡Dを搬送することとなったために被告クリニックに来院するよう伝えた。また,これに先立つ頃,F助産師は,オンコールのJ助産師を呼び出した。
他方,被告E医師は,1月10日午前零時50分頃,a病院の産婦人科に電話をし,亡Dについて,本件帝王切開術後,1時間当たり100mlの出血を認め,午後11時頃の採血でヘモグロビンが7台,血小板数が11万台であり,その後も1時間当たり150mlの出血が持続するとして,搬送受入れを求めた。a病院では,これに応じ,被告E医師に対し,東京都母体救命搬送システム(いわゆるスーパー母体)による搬送を指示した。被告E医師がa病院のために作成した診療情報提供書には,「術後弛緩出血を認め,現在までに約1500mlの出血を認めております。」,「(各種薬剤)の投与を行いましたが,一時的には収縮し止血するものの再度弛緩し,1時間あたり150ml程度の出血を現在まで繰り返しております。Shock indexは1.5以下ではありますが,性器出が凝固しにくい状態と思われ,輸血およびDICの治療も必要と思われ」などと記載されている。
(甲A24,B5,C2,11,12,乙A3,8,証人I,証人F助産師,原告A本人)
シ 1月10日午前1時3分頃,F助産師は,119番通報をして亡Dの救急搬送を要請した。
同じ頃,亡Dは,自力で側臥位となり,F助産師に対し,疼痛が再び強くなっており,ソセゴンを投与してもらいたい旨訴えたため,F助産師が被告E医師に確認したところ,ソセゴンの投与はしないとの判断がされた。そのため,F助産師が亡Dに対し,亡Dの出血量が多いため,意識レベルを確認するためにも傾眠傾向となる薬を投与しない方が良いと考えられる旨説明すると,亡Dは,「そうですよね。少しボーっとした方が楽で…」と述べ,自力で仰臥位となったが,その直後にSpO2が80%台後半に低下し,少し息苦しい旨を訴えたため,F助産師は亡Dに対して酸素3L/分の投与を開始した。
他方,被告E医師は,1月10日午前1時頃に被告クリニックに到着した原告A及び亡Dの両親に対し,亡Dの病状,a病院への搬送等についての説明をしていた。そうしたところ,F助産師から,上記のような亡Dの状況について報告を受けたため,リカバリー室に赴いた。すると,亡DのSpO2は70%台に低下していたことから,酸素投与量を5L/分に増量した。
(甲A10,18,19,C11,12,乙A3,8,9,証人I,証人F助産師,原告A本人)
ス 1月10日午前1時10分頃,救急隊が被告クリニックに到着し,午前1時12分頃,亡Dに接触した。その時点での亡Dの意識状態について,救急隊は,JCSで10(普通の呼びかけで容易に開眼する。),GCSでE4(刺激がなくても開眼している),V4(錯乱状態(ここはどこ?),見当識障害),M6(指示に従う(手を握って,開いて))の14点と評価した。また,上記時点のSpO2は酸素5L/分投与下で90%,心拍数は144,血圧は測定不能,対光反射は鈍いと判断された。
(甲A10,18,19,乙A3,6,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
セ 1月10日午前1時18分頃,救急隊は亡Dの救急搬送のために被告クリニックを出発した。これに先立ち,亡Dがリカバリー室を退出する際,被告E医師の指示により,2本のルートの点滴がヘスパンダー500mlとラクテック500mlにそれぞれ交換された。また,この際確認された尿量は,本件帝王切開術後の累計で300mlのままであった。
亡Dは,搬送途中の同日午前1時24分頃,心肺停止の状態となり,CPR(心肺蘇生法)が開始され,電気的除細動もされたが,心肺停止の状態のまま,同日午前1時27分頃,a病院に到着した。なお,救急車には,被告E医師,F助産師及び原告Aが同乗した。
(甲A10,19,24,C11,乙A8,9,原告A本人,証人F助産師)
(3) a病院への救急搬送後の経過について
ア a病院に到着した時点で,亡Dは,心静止(Asystole)の状態であったものの,活動性(active)の性器出血は認められなかった。そのため,蘇生を優先して行うこととなり,胸骨圧迫が継続して行われ,気管挿管が施行されるとともに,ボスミンの投与が開始された。
しかし,心肺蘇生の途中において,子宮内から活動性の出血が認められ,凝固しないようなさらさらとした血液であったことから,双手圧迫による止血が試みられたところ,一時的に止血されたが,再度の出血が認められたため,双手圧迫が継続された。
なお,a病院に到着直後の血液検査の結果,ヘモグロビンが4.6,ヘマトクリットが16.6,血小板数が11.1,フィブリノゲンが40mg/dl,PTが360.0秒であった。また,経膣及び経腹超音波検査の結果,亡Dに腹腔内出血がないことが確認され,膣鏡診の結果,明らかな頸管や膣壁の裂傷は認められなかった。
(甲A18,19,24,乙A9,被告E医師本人)
イ 1月10日午前1時41分頃,亡Dの自己心拍が再開したが,同47分頃,心室細動となったことから,胸骨圧迫が再開され,除細動が実施された。その後,同日午前3時8分頃,自己心拍が再開したが,循環維持が困難な状態は継続し,同日午前7時30分過ぎ頃,再度心室細動となり,心肺蘇生法が行われたが,自己心拍は再開せず,同日午前7時57分頃,亡Dの死亡が確認された。
その後,亡Dについては,家族の意向が踏まえられ解剖はされなかったが,解剖以外の死因究明方法の一つとして,羊水塞栓症について研究しているb大学に血清マーカー検査を依頼することとなり,検体が送付された。その結果,Zn-CP1及びSTNは陰性であったが,C3は21.0mg/dl(基準値80~140(ただし非妊時)),C4は3.0mg/dl(同11.0~34.0(同))及びC1インヒビターは25%以下と,いずれも低値であった。
(甲A17,18,24,乙A5,原告A本人)
ウ a病院における亡Dに対する輸血は,1月10日午前1時50分頃から午前2時54分頃までの間にRCCが20単位,同日午前3時10分頃から午前4時39分頃までの間にFFPが10単位,同日午前4時18分頃から午前6時50分頃までの間にRCCが10単位であった。
(甲A18)
エ 被告E医師及びF助産師は,1月10日午前4時頃,被告クリニックに戻り,被告E医師は本件医師記録を完成させ,F助産師は本件助産師記録を作成した。なお,被告クリニックにおける亡Dのリカバリー室入室以降のモニターのデータは,印刷前にJ助産師により電源が切られてしまったため,保存されていない。
(乙A3,8,9,証人F助産師,被告E医師本人)
2 上記1の認定事実の補足等
(1) a病院搬送決定等の時刻について
ア 被告らは,被告E医師がa病院への搬送を決定したのは1月10日午前零時15分頃である旨主張し,本件医師記録及び本件助産師記録にはこれに沿う記載があるほか,F助産師及び被告E医師は同旨の陳述(乙A8,9)及び証言又は供述をする。
イ しかし,搬送決定時刻が1月10日午前零時15分頃であるとすると,a病院が搬送に係る連絡を受けたと認識している時刻が同日午前零時50分頃であること(甲A12等),原告Aの携帯電話に被告クリニックから連絡があったのが同日午前零時43分頃であること(甲C2),被告クリニックからの119番通報の時刻が同日午前1時3分であること(甲A19等)といった客観的な裏付けのある事実関係との間隔が空きすぎているといえる。
他方,被告らの主張する時刻は,F助産師ないし被告E医師の記憶か,時刻が不正確であることを被告らにおいて自認している被告クリニックのインターホンの録画時刻によるというのであり,いずれにしろ客観性があるとはいえない。
そして,本件クリニカルパスには,「0:30(決定時)210g/1300」との記載があり,これは,1月10日午前零時30分頃に,210gの出血があったことを踏まえ,搬送を決定した趣旨の記載と解されること,同月9日午後11時45分頃からの被告E医師の診察(上記1(2)ケ)は,これに係る本件医師記録の「am0°(pm11:45)」の欄に記載されていることなどにも照らし,同月10日午前零時頃までかかったものと認められ,本件医師記録に「30分後に再checkとす」と記載されていることからすれば,次の被告E医師の診察時刻は同日午前零時30分頃であったと認めるのが合理的であること,本件医師記録において,同日午前零時15分頃の記録の時刻部分は,当初「0:30」と記載されたものを「0:15」に訂正されたものであること,搬送決定時刻が同日午前零時30分頃であれば,上記客観的な裏付けのある事実関係との間に不自然な間隔があるとはいえないことといった事情を考慮すれば,被告E医師が亡Dの高次医療機関への搬送を決定したのは,同日午前零時30分頃であったと認めるのが相当である。また,これに伴い,その後実際に搬送に至るまでの経過における本件医師記録及び本件助産師記録記載の時刻(これと同旨のF助産師及び被告E医師の上記陳述等を含む。)は,他に客観的ないし的確な裏付けがない限り,採用することはできないというべきである。
(2) 1月9日午後11時10分頃のSIについて
ア 被告らは,本件医師記録中にある1月9日午後11時10分のSIを「133/101」とする記載につき,「101/133」の誤記である旨主張し,被告E医師は,同旨の陳述(乙A9)及び供述をする。
イ しかし,心拍数を収縮期血圧で除して算出するSIにおいて,心拍数が101で収縮期血圧が133であれば,SIが1.0を下回ることは一見して明らかであり,あえて「shock index」と記載してその数値を記録する実質的意味は乏しく,単にバイタルサインの数値として心拍数と血圧の記載をすれば足りるといえる上,DICを考慮して抗DIC薬のパスロンを点滴静注する必要性にも疑問が生ずる。本件医師記録中の「133/101」の記載が,「shock index」として,「<1.5」との記載と共に残されていることをも考慮すれば,これらの記載は,被告E医師において,SIが分娩時異常出血の基準となる1.0を超える水準にはあるものの,産科危機的出血の基準となる1.5には達していない状態にあると判断し,その旨を本件医師記録に残したものと認めるのが相当である。
また,このような理解は,亡Dのバイタルサインの経過とも整合する。すなわち,上記1(2)認定のとおり,本件帝王切開術後である1月9日午後6時50分頃から翌10日午前零時30分頃までの亡Dの心拍数及び収縮期血圧の推移(ただし,同日午前零時30分頃は本件医師記録ないし本件助産師記録の記載)は,次のとおりである(日の記載は省略する。)。
午後 6時50分頃 心拍数 93,収縮期血圧103
午後 7時50分頃 同 76,同 121
午後 8時50分頃 同 79,同 122
午後10時50分頃 同 106,同 107
午前 零時30分頃 同 130台,同 90~100
このように,この期間において,本件帝王切開術直後を除き,亡Dの心拍数は増加傾向に,収縮期血圧は低下傾向にあったものであり,仮に,1月9日午後11時10分頃の心拍数が101,収縮期血圧が133であるとすると,この時刻だけこの傾向に反することとなるが,そのような経緯となる合理的事情を認めるに足りる証拠はない。
こうした事情のほか,下記(3)のとおり,亡Dの出血量についての被告らの主張等は容易に採用し難いことを考慮すれば,被告らの上記アの主張に沿う被告E医師の陳述等は採用することができないというべきであり,他に同主張を認めるに足りる証拠はない。
ウ なお,被告らは,本件医師記録中の「133/101」の記載が「101/133」の誤記であり,1月9日午後11時10分頃のSIが0.76であることについては自白が成立している旨主張する。しかし,仮にこの事実を過失の評価根拠事実として主要事実と解し,自白の拘束力が認められるものとしても,上記イのとおり,上記SIが0.76であることは真実に反し,かつ,原告らがこれを自白したことについては錯誤によるものと認められるから,自白の撤回が認められるべきものと解される。
(3) 亡Dの出血量について
ア 被告らは,亡Dの本件帝王切開術後の出血量につき,本件クリニカルパスの記載に基づき,1月9日午後11時10分頃の時点で羊水込みで合計1395mlであった旨主張し,本件クリニカルパスを記載したF助産師は,同記載が正確である旨陳述(乙A8)及び証言する。
イ(ア) しかし,F助産師は,本件クリニカルパス中,本件帝王切開術後1時間値(1月9日午後7時50分)と2時間値(同日午後8時50分)の「悪露」欄の「量」の記載につき,「多100」と,定性的表現と定量的表現を併用した理由について,全く合理的な説明ができておらず,「多」という記載の定量的意味も説明できない(F助産師の証人調書12~14,26~27頁)。上記「多100」の記載が,「100」が「多」のやや右肩に記載されているという形式(上記1(2)イウ)をも考慮すれば,この記載は,まず「多」を記載した後,いずれかの時点で「100」の記載を付加したものと推認されるが,当初から計測した出血量を記載する意思があれば,あえて「多」と先行して記載する合理性はない。現に,被告E医師の指示により出血量を計測したという4時間値(同日午後10時50分)の「悪露」欄については,「多」という記載はなく「200」とのみ記載されている。
このような事情に加え,計測した出血量が「100」という極めて切りのいい数字が続くこと(上記4時間値の「200」を含めれば3回連続となる。)は不自然であることをも考慮すれば,上記1時間値と2時間値の各「100」の記載は,実際の計測値を記載したものと認めることはできないというべきである。
(イ) F助産師は,1月9日午後9時50分頃,亡Dの産褥パッドから出血が漏れていたことから,亡Dの病衣を交換しているが(上記1(2)エ),その際の出血量につき,本件クリニカルパスの「2時間値」欄と「4時間値」欄の間に挿入記号を付して「3h 100+α」と記載している。
しかし,上記(ア)のとおり,1月9日午後7時50分頃と午後8時50分頃の出血量の記載が実際の計測値とは認められないことや,午後9時50分頃の出血量として計測できた分が「100」という切りのいい数字になっていることからすると,午後9時50分頃の出血量の記載についても,実際の計測値とは認め難いというべきである。
もっとも,この点につき,原告らは,産褥パッドに吸水可能な1000mlを超える出血があったため横漏れが生じた旨主張するが,そこまでの出血があれば,病衣の交換前に被告E医師に連絡をするものと考えられ,同主張は採用の限りではない。
ウ 上記ア及びイの事情に加え,1月9日午後10時50分頃のSIはほぼ1であり,前記第2の1(3)ア(イ)bのSIと出血量との関係性に当てはめると,同時刻頃の出血量はおよそ1.5Lになることも考慮すれば,上記アの被告らの主張は採用し難いというべきである。
なお,上記(2)で説示したとおり,1月9日午後11時10分頃のSIは約1.3と認められるところ,上記SIと出血量との関係性に当てはめると,同時刻頃の出血量は,2L弱程度であったものと推認される。
3 争点(1)(亡Dの産科危機的出血に適切に対応すべき注意義務違反の有無)について
(1) 亡Dの産科危機的出血該当性について
ア 原告らは,亡Dについて,1月9日午後11時頃の時点で既に,産科危機的出血の状態にあった旨主張するのに対し,被告らはこれを否定する。そこで,まず,亡Dが産科危機的出血の状態にあったか否かについて検討する。
イ(ア) 上記2(2)の説示によれば,1月9日午後11時10分頃の亡DのSIは1.0を超えていたといえ,亡Dは,少なくとも同時刻において,分娩時異常出血の状態であったと認められる。
(イ) 次に,出血の持続状況についてみると,上記1(2)アからカまで認定の事実によれば,亡Dは,本件帝王切開術後から1月9日午後11時頃までは出血が持続していたものと認められる。そして,同キ認定のとおり,被告E医師は,同日午後11時10分頃,亡Dを内診して,子宮内及び膣内のコアグラを除去したものであるが,同日午後11時45分頃には,子宮底圧迫により約120mlの出血がみられており,なお出血は持続していたと認められる。
この点,本件医師記録には,1月9日午後11時10分頃の記載と同月10日午前零時頃の記載との間に,「Coagla排出 30分後ほとんど流血なし」との記載があるが,これは,産褥パッドへの流血がほとんどなかった趣旨と解され,この記載をもって,子宮内又は膣内において出血が持続していたことを否定することはできない。なお,本件医師記録の同日午前零時頃の記載部分には,「1hで120g 止血傾向ありと判断」との記載もあるが,仮にこの頃認められた約120mlの出血がコアグラ排出後約1時間での出血量であるとしても,その直前の約1時間の出血量よりは少なくなっていたことはうかがえるものの,この時点までの出血量に照らし,産科危機的出血該当性を判断する上で「止血傾向」と認め得る量であるとはいえないというべきであり,上記記載が出血持続という上記認定を覆すものとはいえない。
(ウ) そして,尿量についてみると,上記1(2)認定のとおり,亡Dの本件帝王切開術後の尿量は,1月9日午後8時50分頃に累計で約300mlとなった後は,a病院への搬送のため同月10日午前1時10分過ぎ頃にリカバリー室を出る頃まで,増加が認められなかったものである。この間,亡Dに対しては,継続的に輸液(ラクテック等の点滴静注)がされていたにもかかわらず,同月9日午後8時50分頃以降,尿量の増加が全く認められていないことからすると,同日午後11時頃の時点では無尿又は少なくとも乏尿の状態であったと認められる。
この点,被告らは,尿量は,周囲の環境,体温,精神状態等によって影響される上,尿量の測定は目測で行うため数十ml程度の誤差は当然に生じ得るのであり,本件クリニカルパスに記載された尿量に変化がないからといって,全く尿が出ていないと評価されるものではない,帝王切開術後,一過性に尿量が減少することは日常臨床でまま見られることであり,その場合には輸液を増量して経過観察をするのが一般的であるから,亡Dについて,乏尿や無尿と評価すべきものではない旨主張し,被告E医師はこれに沿う陳述(乙A9)及び供述をし,H医師も,H意見書(乙B14,16)に同旨の記載をし,同旨の証言をする(以下,これらを併せて「H意見」ということがある。)。また,K医師の鑑定意見書(乙B17。以下「K意見書」という。)にも同旨の記載がある。
しかし,1月9日午後8時50分頃以降2時間以上にわたり尿量の増加が認められていない以上,尿量バッグの形状(乙B18)を考慮して無尿とは認められない余地があるとしても,少なくとも乏尿とは認めることができるというべきである。
また,本件各ガイドラインには,産科危機的出血の判断要素たる「乏尿」について,被告ら主張のような留保が付されていることをうかがわせる記載はない。他方で,産科ショックへの対応に関する医学文献としては,尿量につき,0.5ml/kg/時間以上を確保することとするものもあり(甲B58),帝王切開術に関する医学文献にも,尿量は1時間ごとに数時間計測し,上記と同様の1時間当たり尿量を確保することとするものもある(甲B8)。また,H意見を考慮したとしても,亡Dは,本件帝王切開術後尿量が確保されていたのに,1月9日午後8時50分頃以降その増加が認められなかったのであるから,本来であれば,その約1時間後頃から輸液の増量を行い,尿量の変化をみるべきであったといえるにもかかわらず,被告E医師が被告クリニックから外出していたこともあり,実際に輸液を増量したのは同日午後11時10分頃であった上,その後輸液の増量を行っても,結局,同月10日午前1時過ぎの時点まで,尿量は300mlのままであったのである。このような事情を考慮すれば,少なくとも下記(2)で被告E医師の注意義務違反を認める同月9日午後11時40分頃の時点において,亡Dは乏尿の状態にあったと認めることができるとともに,被告E医師は,これを認識し得たものと認められる。なお,K意見書によれば,亡Dの乏尿は,出血量と比較して相対的に補液量が不足していたことによる正常な生理的反応であるとされるが,問題はこの不足量がどの程度かということであり,上記事情の下においては,K意見書は上記認定を左右するものではない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
ウ 上記イの説示によれば,亡Dについては,遅くとも,1月9日午後11時10分頃にコアグラを除去してから,止血の有無を確認するための経過観察時間を考慮した約30分後の同日午後11時40分頃の時点では,本件帝王切開術後から出血が持続した状態であり,かつ,少なくとも乏尿の状態であって,本件各ガイドラインでいう産科危機的出血の状態であったと認められ,被告E医師は,これを認識し得たものと認められる。
(2) 被告E医師の注意義務違反の有無について
上記(1)によれば,被告E医師においては,遅くとも1月9日午後11時40分頃までに,亡Dが産科危機的出血に陥ったものと判断すべきであったと認められる。そして,被告クリニックでは輸血及び開腹止血措置等の外科的処置を実施することはできなかった(被告E医師本人)のであるから,亡Dを高次医療施設へ転送すべき注意義務があったものと認められる。それにもかかわらず,上記1(2)コ認定のとおり,被告E医師は,翌10日午前零時30分頃に至って亡Dを救急搬送することを決定したのであるから,上記注意義務の違反があったものと認められる。
4 争点(2)(死因ないし因果関係)について
(1) 原告らは,被告E医師が注意義務を尽くしていれば亡Dを救命することができた旨主張するのに対し,被告らは,亡Dの死因が重症の羊水塞栓症であったことを前提に,亡Dの救命は困難であった旨主張する。
(2) 亡Dについては,死後の剖検が行われていないため,羊水塞栓症の確定診断をすることはできない。
しかし,亡Dには,帝王切開,分娩誘発,胎児先進部のステーションが高い位置での人工破膜といった複数の羊水塞栓症の発症リスクがあった(前記第2の1(3)ウ(ア))。また,上記2(3)ウ認定のとおり,亡Dの出血量は1月9日午後11時10分頃の時点で2L弱と推認され,その後も出血が持続し,翌10日午前零時30分頃には,被告E医師が,血液凝固の余りない出血を確認していた(上記1(2)コ)にもかかわらず,血小板数は,同月9日午後11時10分頃も(同キ),翌10日午前1時27分頃のa病院到着の直後も,11.1と変わっておらず(同(3)ア),この経過は,単なる弛緩出血や通常のDICとは異なる機序をうかがわせるといえる。そして,補助診断として用いられる基準ではあるが(前記第2の1(3)ウ(ウ)c),血清マーカーのC3,C4及びC1インヒビターにつき,亡Dの検体は羊水塞栓症をうかがわせる程度に低値であった(上記1(3)イ)。
このような事情を考慮すれば,亡Dについて羊水塞栓症の発症を否定することは困難といえる。
(3) 羊水塞栓症には,呼吸困難,ショック症状等の心肺虚脱を主体とする心肺虚脱型,DICや弛緩出血を主体とするDIC先行型及びこれらの混合型があるとされる(前記第2の1(3)ウ(イ))。
被告らは,亡Dについては,DIC先行型の羊水塞栓症である旨主張するが,H意見は,心肺虚脱型であるとする。しかし,H意見は,1月9日午後11時10分頃の時点で亡Dが止血ないし止血傾向にあったことを前提としているが,この前提に誤りがあるのは,上記3(1)で説示したとおりである。また,H意見は,翌10日午前1時過ぎ頃の亡Dの急変(上記1(2)シ。H意見書では午前零時45分頃以降とされている。)まで末梢循環不全は認められないことも前提としているが,同日午前零時30分頃(H意見書では午前零時15分頃)の時点で亡Dの顔面が蒼白であったこと(上記1(2)コ)は,被告E医師も自認するところであり(乙A9),亡DのSpO2も,既に同月9日午後10時50分頃の時点で96%(同カ),本件医師記録には,信用性はともかく,搬送決定5分後の記載部分に「95%」と記載されていることなどから,上記前提にも問題があるといえる。
そうすると,亡Dの羊水塞栓症については,H意見によって心肺虚脱型と認めることはできないというべきであり,被告らが当初から主張しているように,1月10日午前零時30分頃の血液凝固が余りない出血を発症時期とするDIC先行型(子宮型)の羊水塞栓症であったと推認される。
(4) 上記(2)及び(3)を踏まえ,亡Dの救命可能性について検討する。
ア 羊水塞栓症の予後については,前記第2の1(3)ウ(オ)認定のとおり,母体死亡率につき,平成14年時点で「86%」とするものがあるが,平成24年ないし平成25年の文献では,最近は20~40%とするものが多いとされている。また,これらの死亡率は,重篤な症例やショック状態となった後に治療が開始された症例も含まれていると考えられる。
イ 亡Dについては,被告E医師が上記3認定の注意義務を尽くしていれば,1月9日午後11時40分頃に救急搬送に着手したこととなる。上記1(2)サからセまで認定の事実によれば,被告E医師は,同月10日午前零時30分頃に搬送決定をし,亡Dがa病院に到着したのは同日午前1時27分頃と,搬送決定からa病院到着まで約1時間を要しているが,当時,被告E医師には,緊急性についての認識が希薄であったものとうかがわれ,本来であれば,この間の時間は更に短縮し得る可能性が高いと推認される。
もっとも,限られた人員により,搬送の手配,診療情報提供書の作成,亡Dの家族への連絡といった種々の作業をこなす必要があることを考慮すれば,上記時間を大幅に短縮することは困難であったといえ,このような事情も考慮すれば,搬送決定からa病院到着までに必要な時間としては,最大で50分程度と認めるのが相当である。
そうすると,被告E医師が上記注意義務を尽くしていれば,亡Dは,遅くとも1月10日午前零時30分頃にはa病院に到着していたものと認められる。
ウ 上記(3)説示のとおり,1月10日午前零時30分頃は,亡Dに血液凝固が余りない出血が認められた頃で,DIC先行型(子宮型)の羊水塞栓症が発症したとみられる頃であった。
もとより,この段階で羊水塞栓症と鑑別し得たものとはいえないが,いずれにしろ,ショックとなる前ないし軽度のショックであった段階であり,治療としては主として抗DIC療法を開始することになったものと認められる。そして,「(羊水塞栓症に対する適切なDIC療法を)早期に行えば,多くのDIC症例で改善が得られる。」(甲B54・12頁),「子宮型羊水塞栓症はDICの早期対応によって救命率は上がると考えられる」(乙B8・810頁)などとする文献があることをも考慮すれば,上記時刻頃に抗DIC療法を開始していた場合の亡Dの死亡率は,羊水塞栓症における一般的な母体死亡率より相当程度低くなるものと認めることができる。
これに対し,被告らは,亡Dの血清を検査した結果,C3,C4及びC1インヒビターの各血清マーカーについていずれも極めて低値であったこと,a病院到着時点でフィブリノゲンが極端に減少していたことなどを挙げて,亡Dの羊水塞栓症が極めて重篤であった旨主張する。しかし,亡Dの血清検査が決まった経緯(上記1(3)イ)に照らせば,同検査のための検体は,亡Dの死後か,少なくとも1月10日午前零時30分頃の羊水塞栓症発症から相当時間経過後に採取されたもので,その検査結果は発症時の数値を示すものではないと認められることのほか,被告らの主張の基礎となる文献(乙B8,9)によれば,これらの血清マーカーの値が亡Dの検査結果程度に低値であっても救命されている例がみられること,そもそもこれらの血清マーカーと羊水塞栓症との関係はなお研究途上にあるとされていることなどを考慮すれば,亡Dについての上記各血清マーカーの値をもって,亡Dの羊水塞栓症が重篤であったと認めることはできない。また,フィブリノゲン値については,被告ら主張の文献(乙B8)において,子宮型羊水塞栓症の早期診断基準として扱われているが,上記各血清マーカーと異なり救命率との関係については分析されておらず,フィブリノゲンの低値が羊水塞栓症の重篤度に関係があることを認めるに足りる証拠はない。したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
エ 以上の事情を総合すれば,遅くとも1月10日午前零時30分頃に亡Dがa病院に到着していれば,その時点から抗DIC療法を含む治療が開始されることにより,亡Dは救命し得たものと認めるのが相当である。
(5) 以上によれば,被告E医師は,上記3認定の注意義務違反という不法行為に基づき,亡Dに対して損害賠償責任を負い,被告Cも,その代表者である被告E医師の上記不法行為により,医療法68条の準用する一般社団・財団法人法78条に基づき,亡Dに対して損害賠償責任を負うものと認められる。
5 争点(3)(損害額)について
(1) 亡Dの損害額
ア 逸失利益8504万0270円
前記第2の1の前提事実に加え,証拠(甲C11,13,21から23まで)によれば,亡D(死亡時35歳)は,眼科医として,平成24年にはc病院等に勤務して約1021万円の給与収入を得,平成25年には同病院等に勤務して約821万円の給与収入を得,平成26年には実父が開設する眼科クリニック等に勤務して約383万円の給与収入を得ていたこと,原告Bの他に複数の子の出産を望んでおり,将来的には浜松市内でクリニックの開業を想定していたことが認められる。
このような事情を考慮すれば,亡Dの基礎収入については,長期的には不確定な要素が多いといえ,賃金センサス(甲C16)による額をそのまま認めることは困難であり,その7割相当額である768万7680円をもって逸失利益算定の基礎収入と認めるのが相当である。
そうすると,亡Dの逸失利益の額は,生活費控除率を30%として,次のとおり8504万0270円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。
計算式 7,687,680×(1-0.3)×15.8027(32年間のライプニッツ係数)
イ 死亡慰謝料 2200万円
亡Dの死亡時の年齢,初めての子である原告B出産直後の死亡であることその他本件に現れた一切の事情を考慮すれば,亡Dの死亡慰謝料額は,2200万円と認めるのが相当である。
(2) 原告Aの損害額
ア 亡Dの損害額の相続分 5352万0135円
原告Aは,亡Dの夫として,上記(1)の損害額の2分の1を相続しており,その額は,5352万0135円となる。
イ 固有の慰謝料 200万円
亡Dとの初めての子である原告B出産直後に亡Dをうしなったことその他本件に現れた一切の事情を考慮すれば,原告Aの固有の慰謝料額は,200万円と認めるのが相当である。
ウ 葬儀費用 150万円
被告E医師の不法行為と相当因果関係のある葬儀費用としては,150万円と認める。
エ 弁護士費用 570万2013円
上記アからウまでの合計額である5702万0135円の1割相当額である570万2013円について,被告E医師の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用と認める。
(3) 原告Bの損害額
ア 亡Dの損害額の相続分 5352万0135円
原告Bは,亡Dの子として,上記(1)の損害額の2分の1を相続しており,その額は,5352万0135円となる。
イ 固有の慰謝料 200万円
出生直後に母である亡Dをうしなったことその他本件に現れた一切の事情を考慮すれば,原告Bの固有の慰謝料額は,200万円と認めるのが相当である。
ウ 弁護士費用 555万2013円
上記ア及びイの合計額である5552万0135円の1割相当額である555万2013円について,被告E医師の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用と認める。
第4 結論
以上の次第で,原告Aの請求は,被告らに対し,連帯して6272万2148円及びこれに対する不法行為後である平成27年1月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告Bの請求は,被告らに対し,連帯して6107万2148円及びこれに対する同日から支払済みまで上記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって,原告らの請求を上記の限度で認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する(なお,被告らは,令和2年1月22日付けで,口頭弁論の再開を求めるとともに鑑定の申出をするが,当裁判所が被告らに,被告E医師の過失と亡Dの死亡との間の相当因果関係の存在についてはともかく,被告E医師の過失について,これがないと判断している旨を示唆したことはないことなどに照らし,口頭弁論再開の必要性及び相当性を認めることはできない。)。
東京地方裁判所民事第14部
裁判長裁判官 伊藤正晴
裁判官 小島清二
裁判官 大須賀謙一