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大阪地方裁判所判決 平成30年(ワ)第1128号

 

       主   文

 

 1 被告は、原告に対し、4405万7671円及びこれに対する平成27年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用は、これを10分し、その7を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

   被告は、原告に対し、6244万5174円及びこれに対する平成27年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

   亡●(以下「本件患者」という。)は、公立大学法人▲大学が設置する△病院(以下「被告病院」という。)において、頸椎後方固定術(以下「第1手術」という。)を受け、さらに、第1手術で挿入したスクリューの抜去・再挿入術(以下「第2手術」といい、第1手術と併せて「本件各手術」という。)を受け、その後、四肢麻痺となり、転院先の病院で心不全により死亡した。本件は、本件患者の相続人である原告が、本件患者は、被告病院の医師が本件各手術の際の注意義務等に違反したために、脊髄損傷を生じ、四肢麻痺の後遺障害が残存したと主張して、公立大学法人▲大学の権利義務を承継した被告に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、損害合計6244万5174円及びこれに対する平成27年12月11日(第1手術の日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

  (1) 当事者等

   ア 本件患者(昭和10年○月生まれ)は、本件各手術の当時80歳であり、平成29年1月7日、心不全により死亡した(甲△1)。

     本件患者の相続人は、妻である原告及び子らであるところ、同相続人間の遺産分割協議により、原告が、本件患者の本件の損害賠償請求権を取得した(甲△2)。

   イ 本件当時、公立大学法人▲大学は、被告病院を設置、運営していた。

     原告は、公立大学法人▲大学を被告として本件訴訟を提起したが、本件訴訟係属中である平成31年4月1日、公立大学法人◆大学及び公立大学法人▲大学の合併により被告が設立され、公立大学法人▲大学の権利義務を被告が承継したことにより、被告が公立大学法人▲大学を訴訟承継した。

     ◇医師(以下「◇医師」という。)及び■医師(以下「■医師」という。)は、本件各手術の当時、被告病院の整形外科に所属する医師であり、本件患者に対し、本件各手術を施行した。

  (2) 診療経過

   ア 平成27年12月9日(以下、平成27年については年の記載を省略することがある。)夜、本件患者は、自宅で飲酒後、7段ほどの階段から転落した(以下「本件転落事故」という。)。

     同日午後10時40分頃、本件患者は、医療法人○病院に緊急搬送された。同病院に搬送された本件患者は、右手指は運動可能であったが、右上肢挙上保持はできない状態であった。また、本件患者は、右上肢のしびれは訴えたものの、左上肢や両下肢の麻痺症状は認められなかった。△T検査により、頸椎脱臼骨折が認められたことなどから、本件患者は、被告病院に転送された。(甲●1p4,6)

   イ(ア) 12月10日未明、本件患者は、被告病院に入院した。同日の診察の結果、本件患者は、上肢の筋力低下が認められたほか、右上肢に麻痺があり、第5頸椎(以下「△5」などという。)から△6の髄節高位にかけて痛覚の減弱が認められた。また、同日の△T検査の結果、本件患者の左△5の椎間関節が△6の前方に脱臼しており、△4及△6の椎弓根に骨折線があったほか、△5の椎弓に骨折が認められ、△6及び△7にびまん性特発性骨増殖症(◆IS□)が認められた。また、同日のMRI検査の結果、△5及び△6のレベルで、頸椎骨折に伴うと考えられる椎体のすべりが見られ、同部の脊柱管の狭小化が疑われる状態であった。

      同日、上記脱臼の整復が行われた(乙●2の1p48)。

    (イ) 12月11日、◇医師を執刀医、■医師を助手として、第1手術(△3~△7の頸椎後方固定術)が行われた。

      第1手術は、全身麻酔にて、うつ伏せの状態で、頭部をピンで3箇所固定し、金属のスクリューを頸椎の後方に挿入した上ロッドで連結し、骨盤から移植骨を採取してこれを同部位に移植することにより、頸椎の不安定さを改善するというものである(乙●1)。第1手術では、△3~△6(△5の右側を除く。)には外側塊スクリューが挿入され、△7には椎弓根スクリューが挿入された。なお、△5の右側は骨折のためスクリューは挿入されなかった。(乙●2の1p1184)

      外側塊スクリューとは、頸椎の外側塊にスクリューをアンカーとして設置する方法である。椎弓根スクリューとは、椎弓根にスクリューを刺入する方法であり、手技は難しいが最も強固なアンカーであるとされている(甲▲2)。

      また、第1手術の際、ナビゲーションシステム(△Tで撮影した患者の骨の3次元情報と光学方式のステレオカメラ等により実際の骨に取り付けた複数箇所の目印や骨に触れさせたポインターを認識させた情報をコンピューター内で照合させ、ディスプレイのバーチャルリアリティー上で手術器具と骨との3次元的位置関係を認識できるようにするもの〈乙▲3〉)は使用しておらず、神経モニタリングは実施していなかった。

    (ウ) 第1手術後、神経学的には著変がなかった(乙●2p156)。

    (エ) 12月14日、△T検査により、第1手術で挿入したスクリューの逸脱が認められた(その評価については争いがあるが、少なくとも、△4及び△5に挿入した外側塊スクリューが脊柱管内に入り本来の計画から逸脱があり、△6及び△7に挿入したスクリューが脊柱管内ではなく下方に逸脱があったことについては争いがない。)。

      ◇医師は、スクリューの入れ替えが必要と判断した。(乙●2の1p156)

    (オ) 12月15日、◇医師及び■医師を執刀医として、第2手術(スクリューの抜去・再挿入術)が行われた。

      第1手術と同一皮切がされ、スクリューヘッド、コネクター、ロッドが露出され、セットスクリューの抜去、ロッドの抜去がされ、△4、△5外側塊スクリューの入れ替えが行われた。(乙●2の1p211,1186)

    (カ) 第2手術後、本件患者は、四肢に高度の麻痺が生じた。

    (キ) 12月16日、◇医師は、追加手術は行わず、脊髄の腫脹軽減の目的で、ステロイドパルス療法を行うこととし、同日から同月18日まで、ステロイドパルス療法が行われた。

    (ク) その後、本件患者は、知覚の回復は見られたが、運動機能は回復しなかった。

    (ケ) 平成28年2月8日、本件患者は、リハビリ目的で、独立行政法人□医療センターに転院した(乙●2の1p212,225,618,768,1158)。

  (3) 障害の認定

    本件患者は、被告病院退院時である平成28年2月8日に症状固定となり(争いがない)、同年7月15日、本件患者は、両下肢機能全廃の障害により、身体障害1級に認定された(甲△7)。

  (4) 本件患者の死亡

    平成29年1月7日、本件患者は、心不全の急性増悪により死亡した(甲△1)。

 3 争点及びこれに関する当事者の主張

  (1) 第1手術における注意義務違反

   ア ナビゲーションシステムを使用すべきであったか

   (原告の主張)

    (ア) 中下位頸椎の脱臼骨折に対する椎弓根スクリュー固定は外傷性分離をしたものがナビゲーションシステムの最もよい適応とされており(乙▲2p691)、まさに本件患者に対する頸椎後方固定術がナビゲーションシステム使用の適応例である。

      特に、変性の進んだ症例や外傷でその解剖学的l●n◆m●rkに損傷が及んだ症例では、側面透視のみでは正確な椎弓根スクリューは困難であり、逸脱率は高かったとの研究報告があるところ(乙▲7p41)、本件患者の頸椎は、◆IS□により変性が進み、脱臼や複数箇所の骨折により、解剖学的l●n◆m●rkに損傷が及んでいるといえる状態であった。被告も、本件患者の頸椎は◆IS□を罹患していて通常の頸椎とは異なり骨が増殖した状態となっていたため、スクリューの挿入は容易でなかった旨主張している。

    (イ) 中位頸椎椎弓根は、水平方向角度も大きく径も小さいため、その刺入は難しいとされ、さらに矢状方向の椎弓根径の傾きもその高位により異なることから、ナビゲーションシステムと側面透視を併用した刺入が必須であるとされている(甲▲2p90)。

      そして、外側塊スクリューであれ、椎弓根スクリューであれ、ナビゲーションシステムや透視装置、その他種々の工夫を駆使して、可能な限り安全にその操作を行うべきとされている(甲▲2p93)。

    (ウ) 第1手術当時、被告病院にはナビゲーションシステムが設置されていた。被告病院に設置されていたナビゲーションシステムが術前に撮影した△T画像を用いるタイプであったとしても、わかりやすい骨上のランドマークを利用し、頻繁に精度を確認すること、精度に確信がもてなければためらわず初めからレジストレーションをやり直すことなどの対処法(乙▲6p100)を採ることが可能であった。

    (エ) したがって、◇医師及び■医師には、第1手術においてナビゲーションシステムを使用すべき注意義務があった。

      にもかかわらず、◇医師及び■医師は、第1手術においてナビゲーションシステムを使用しなかった。

   (被告の主張)

    (ア) 原告が依拠する文献(甲▲2)は、執筆した一医師の意見にすぎず、当時の医療水準を示すものではない。また、同医師の他の論文(甲▲3p65)でも、ナビゲーションシステムを併用することが必須であるとは述べていない。

      他の文献(甲▲1、乙▲1、2)ではナビゲーションシステムが必須であるとの記載はない。平成28年の論文(乙▲5p362)においても、イメージ操作法(第1手術で用いた、X線透視装置による側面透視等を行いながら実施する手術)もナビゲーションと併記されている。

      平成26年の報告によれば、日本に脊椎外科用のソフトを組み込んだナビゲーションシステムは300台以上販売されているが(乙▲3p469)、病床数が400床以上ある病院が日本に807もあることからすると、脊柱手術を行う全ての医療機関にナビゲーションシステムが導入されていなかったことは明らかである。

      したがって、ナビゲーションシステムを併用することが当時の医療水準であったとはいえない。

    (イ) ナビゲーションシステムを用いた手術を行う場合には、装置の取扱いに慣れた専門技師による操作が必要となるため、使用できる曜日や時間に制約があるところ、本件各手術はいずれも緊急手術として行われたものであるから、ナビゲーションシステムを利用できる状況にもなかった。

      また、被告病院に導入されていたナビゲーションシステムは、術前に撮影した△T画像を用いるタイプのものであり、術前撮影する△Tは仰臥位であるのに対し、手術は腹臥位で行うというように体位が異なることから、ナビゲーションと術野の間にずれが生じるという問題があり(乙▲6p100)、椎弓根スクリューの逸脱率は1.2~18.7%と報告されていて安全性が担保されているとはいい難いとされている(乙▲7p41)。手術時間が長くなるといった問題もある。

      したがって、第1手術においてナビゲーションシステムを使用しなかったものである。

    (ウ) よって、第1手術においてナビゲーションシステムを用いなかったことについて注意義務違反はない。

   イ スクリューの刺入方向を誤ったか

   (原告の主張)

    (ア) ◇医師及び■医師は、第1手術において、スクリューの刺入方向を明らかに誤った。

      すなわち、△4の外側塊スクリューは、左側も右側も、脊髄や神経根がその内部に存在する脊柱管を突破した。△5の外側塊スクリューの左側も脊柱管を突破し、かつ、脊柱管を狭くした。△6の外側塊スクリューも、右側左側とも椎骨動脈が内部に存在する動脈孔の壁を突破し、かつ、右側は脊柱管の壁を突破している。

      頸椎椎弓根について逸脱のレベルを4段階に分類した文献があるが(甲▲3p61)、脊柱管内に侵入するような異常なものは、「逸脱」としては想定されていない。

    (イ) 被告は、第1手術においてスクリューが逸脱したことは不可避の合併症であると主張する。

      しかし、被告が依拠する文献(乙▲8)で外傷例に対する椎弓根スクリュー固定883本のうち107本(12.1%)で逸脱するとされているが、そのうちスクリュー径の2分の1以上(2mm以上)の逸脱は4.1%にすぎない。また、内側方向の32本の逸脱にはスクリュー径の2分の1未満(2mm未満)の逸脱も含まれており、スクリュー径の2分の1以上(2mm)以上の逸脱は32本よりもっと少ない。

   (被告の主張)

     外側塊スクリューによる神経根損傷は3.6~10.3%あるとされ、椎弓根スクリューが外れたものが6.7%あるとされている(甲▲2p93)。

     また、外傷例に対する椎弓根スクリュー固定883本のうち107本(12.1%)で逸脱があり、うち32本は内側方向であり、非外傷例に対する椎弓根スクリュー固定402本のうち81本(20.1%)で逸脱があったとされている(乙▲8p237)。

     また、そもそも椎弓、外側塊は凹凸が乏しく、ランドマークとなるものがないため、スクリューの刺入部を同定しづらい上、本件患者の◆IS□のように頸椎の変化が強い場合には、至適刺入点と角度をとることが難しく(乙▲7p50)、スクリューを正確に刺入することは、慎重を期しても困難である。

     したがって、スクリューの逸脱は、第1手術に伴う不可避の合併症としてやむを得ないものである。

   ウ 神経モニタリングを実施すべきであったか

   (原告の主張)

     脊髄損傷の手術をする際には術中の神経モニタリングを使用する必要があるとされているから(甲▲5)、第1手術において、神経モニタリングを実施すべきであった。

     にもかかわらず、◇医師及び■医師は、第1手術において、神経モニタリングを実施しなかった。

   (被告の主張)

     原告が依拠する文献は、術中モニタリングを使用していない症例を示すものにすぎず、術中モニタリングを必須とする医療水準を示すものではない。

   エ 椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を実施すべきであったか

   (原告の主張)

    (ア) 脊髄損傷では、二次損傷を予防するための治療として、薬物療法と手術がある。手術では、脊髄の腫脹による二次損傷を予防する目的で、脊髄徐圧術又は徐圧固定術が行われる。徐圧術は、椎弓切除術(又は形成術)により脊髄の入った硬膜嚢が脊椎背側へよく膨らむように処置するのが一般的である。

    (イ) 仮に、被告が主張するとおり、本件患者の神経障害が本件転落事故の二次損傷であったとすれば、第1手術で脊髄除圧を行うことにより、二次損傷を回避できたはずである。

    (ウ) にもかかわらず、第1手術において椎弓切除術や形成術は行われなかった。

   (被告の主張)

     脊髄損傷に対する治療として全ての手術に徐圧術が必要なわけではない。

     第1手術前の本件患者の状態としては、頸椎の脱臼骨折をしていたものの、椎体が複数個の破片になり一部が脊柱管を圧迫するといった骨折はしていなかった。

     そこで、◇医師は、脱臼を元の位置に整復して固定すれば脊柱管のスペースは脱臼骨折前の状態を確保できると考え、それ以上に、除圧術を施工しなかった。

     以上のとおり、第1手術時において除圧術をしなければならない状況にはなかった。

  (2) 第2手術における注意義務違反

   ア ナビゲーションシステムを使用すべきであったか

   (原告の主張)

     前記(1)ア(原告の主張)(ア)から(ウ)に記載の事実からすれば、◇医師及び■医師には、第2手術の際にも、ナビゲーションシステムを使用すべき注意義務があった。

     にもかかわらず、◇医師及び■医師は、第2手術の際にナビゲーションシステムを使用しなかった。

   (被告の主張)

     前記(1)ア(被告の主張)に記載のとおり、第2手術の際に、ナビゲーションシステムを使用すべき注意義務はない。

   イ 神経モニタリングを実施すべきであったか

   (原告の主張)

     脊髄損傷の手術をする際には術中の神経モニタリングを使用する必要があるとされているから(甲▲5)、◇医師及び■医師には、第2手術の際にも、神経モニタリングを実施すべき注意義務があった。

     にもかかわらず、◇医師及び■医師は、第2手術の際に神経モニタリングを実施しなかった。

   (被告の主張)

     前記(1)ウ(被告の主張)に記載のとおり、第2手術の際に、神経モニタリングを実施すべき注意義務はない。

   ウ 第2手術の際に不注意な体位変換を行ったか

   (原告の主張)

    (ア) 本件患者は、第1手術前、△4及び△6の椎弓根に骨折線があり、△5には椎弓に骨折があり不安定であったところ、◇医師及び■医師は、第1手術において、△4と△5の外側塊スクリュー合計3本を脊柱管を突破させ、△4と△5のスクリューが椎弓根の部分でのみ椎骨と接着し、△5についてはその接着箇所の椎弓根が骨折しており、スクリューは椎骨を十分に固定していなかった。そのため、椎体の動きは不安定であった。他方、スクリューはプラグによってロッドに対して一定の角度で動かないように固定されていた。

    (イ) この状態で、第2手術の直前に全身麻酔をする際や挿管後腹臥位にするときには、首がぐらぐら動かないように注意して体位変換を行うべきであった。

      にもかかわらず、第2手術の際に、その注意を怠って本件患者の首がぐらぐらと動くような体位変換を行った。

   (被告の主張)

    (ア) 第1手術後、スクリューと△5の固定性は悪いとしても、△5の椎体は上下の椎間板により上下の椎骨の椎体と固定されているのであり、椎体がぐらぐら不安定になっているわけではない。

    (イ) 第2手術の際に、本件患者の首がぐらぐらと動くような体位変換は行っていない。

    (ウ) 仮に、第2手術での体位変換が本件患者の神経症状に影響を与えたとしても、手術をする際に体位変換をすることは不可欠であり、本件患者の脊髄が本件転落事故の受傷により易損性になっていたところ、体位変換による衝撃が加わったことで、血流障害や炎症、腫脹が悪化した可能性があるにすぎず、不可避の合併症である。

   エ 第2手術において不注意な抜去操作を行ったか

   (原告の主張)

    (ア) 第1手術で刺入された△4と△5の外側塊スクリューは、脊柱管内で頸髄又は硬膜に接していたから、同スクリューを抜去する際には、頸髄を損傷しないように、スクリューの軸をぶれさせずに回転させて、抜去すべきであった。

    (イ) にもかかわらず、◇医師又は■医師は、第2手術において不注意な抜去操作を行った。

   (被告の主張)

     ◇医師及び■医師は、不注意な抜去操作は行っていない。

     第2手術において抜去する外側塊スクリューはロッドに固定されており、ロッドは抜去しない外側塊スクリューによって本件患者の頸椎に固定されており、本件患者の頸椎は手術台に固定されていた。したがって、外側塊スクリューは、ロッドを介し、刺入された進路を元に戻る形で脊柱管外にまっすぐに抜去されるのであり、スクリューと脊髄の間に一定の距離が保たれ、脊髄を損傷することはない。

   オ 椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を実施すべきであったか

   (原告の主張)

    (ア) 前記(1)エ(原告の主張)(ア)と同じ。

    (イ) 仮に、被告が主張するとおり、本件患者の神経障害が本件転落事故の二次損傷であったとすれば、第2手術で脊髄除圧を行うことにより、二次損傷を回避できたはずである。

    (ウ) にもかかわらず、第2手術において椎弓切除術や形成術は行われなかった。

   (被告の主張)

     第1手術後に本件患者の麻痺が増悪しておらず、逸脱したスクリューの入れ直しを行なったにすぎないから、徐圧術を追加で行う必要はない。

   カ 第2手術の際に△5椎体の過矯正及び△5椎弓の前方への押出しを生じさせたか

   (原告の主張)

     ◇医師及び■医師は、第2手術の際、脱臼骨折の矯正をするに当たり、脊髄を圧迫、損傷しないよう、適切な範囲で矯正し、椎体の後方へのすべり等の過矯正をしないようにする注意義務があった。また、スクリュー及びロッドにより骨折した椎弓を固定するに当たり、脊柱管狭窄を起こさないよう、椎弓を前方(腹側)へ押し出さないようにする注意義務があった。

     にもかかわらず、第2手術により、本件患者の△5椎体は、過矯正され、△6椎体に比べて後方にすべっている。また、△5椎弓は、後方に設置された外側塊スクリュー及びロッドにより前方(腹側)に押されている。

   (被告の主張)

     一般論として、過矯正により脊髄を圧迫、損傷しないようにすべき注意義務や、骨折した椎弓を固定する際に椎弓の前方への押出しにより脊柱管狭窄を起こさないようにすべき注意義務があることは争わない。しかし、本件では、本件患者は、もともと、△5/6椎間板や、△5椎弓、外側塊、椎弓根の損傷を含む3コラムの損傷で不安定性の強い頚椎損傷であり、固定する際のスクリューのわずかな角度の違い、力加減、スクリューを締める度合い等により椎弓が移動しやすかったと考えられる中で、第2手術後に認められた△5椎体の後方すべりの程度は約2.5mmとわずかなものであり、術中に使用する透視により覚知することは非常に困難であった。

     したがって、第2手術における手技は、注意義務違反と評価されるものではない。

  (3) 第2手術の後、頸髄の圧迫を防ぐために追加手術を実施すべきであったか

  (原告の主張)

   ア 12月21日のカルテ(乙●2p238)には「△5部の徐圧には再度ロッドを外す必要あり。神経症状悪化のリスクとなる可能性あり」と記載されており、この時点で、◇医師は頸髄圧迫とその放置による症状悪化の可能性を認識していた。

     頸髄の圧迫が麻痺の拡大の原因であった場合には、第2手術による頸髄の圧迫を取り除くために、ロッドを外して△5の椎弓を切除し、ロッドを再固定する追加手術を実施すべきであった。

   イ にもかかわらず、◇医師は、上記の手術を実施しなかった。

  (被告の主張)

   ア 被告病院の脊柱外科を専門とする医師のカンファレンスにより、本件患者の状態からして、追加手術により本件患者の症状が改善する可能性と、追加手術のリスク等を検討し、追加手術のメリットが乏しいと判断したものである。

     除圧をすれば100%麻痺が改善するとはいえない状況の中で、除圧手術により逆に椎弓を腹側に押さえつけることで脊髄症状を悪化させるリスク、再度インプラントを抜去しなければならないリスクなどを考慮して、経過をみると判断したものである。

   イ したがって、追加手術をすべき義務はない。

  (4) 各注意義務違反と本件患者の神経障害との間の因果関係の有無

  (原告の主張)

   ア 四肢麻痺に至る機序

    (ア) 第1手術で刺入されたスクリューにより頸髄が圧迫され、その状態で第2手術が行われ、第2手術の体位変換又はスクリュー抜去操作により本件患者の頸髄が損傷され、四肢麻痺となった。

      第1手術後に神経症状は出ていなかったが、これは神経細胞や神経線維が直接切断されていなかったためである。

    (イ) 上記(ア)の機序でないとしても、第2手術における△5椎体の過矯正及び△5椎弓の前方(腹側)への押出しにより、△5高位及び△5/6高位で脊柱管狭窄を生じさせ、同部位で脊髄が圧迫され、四肢麻痺となった。

    (ウ) 被告は、微小血栓による脊髄梗塞の可能性を主張するが、12月10日午前2時34分のカルテには、「右椎骨動脈は腕頭動脈起始部の先で閉塞。今回の骨折で血管の圧迫や閉塞を疑わせる画像所見は認められない。」と記載されており(乙●2の1p35)、第1手術の前から本件患者の椎骨動脈は閉塞していたのであるから、血栓が移動することはない。左の椎骨動脈も、脱臼整復後はほぼ直線になっており、血栓が発生した可能性は極めて低い。

      また、椎骨動脈は、脳内に入ってから左右の後脊髄動脈、前脊髄動脈に分岐するが、これらは椎骨動脈より細く、血流と反対方向に分岐しているので、血栓が後脊髄動脈や前脊髄動脈に流入することは考えにくい。よって、後脊髄動脈や前脊髄動脈が栄養する脊髄を梗塞することは考えられない。

      さらに、脊髄梗塞について、血栓症が原因であることは少ないとされており(甲▲9)、そもそも脊髄梗塞は脳梗塞に比べて極めて頻度が少ないとされている(甲▲8)。

      したがって、微小血栓による脊髄梗塞の可能性は否定される。

    (エ) 被告は、本件患者の神経症状が悪化した原因は本件転落事故に起因する二次損傷である旨を主張するが、被告が依拠する文献(乙▲9)は、中心性頸髄損傷の自然経過に関するものであり、そこに挙げられている症例は、いずれも本件患者とは異なる重い頸髄損傷の事例であって本件患者は当てはまらないし、そのような二次損傷がたまたま第2手術直後に起きたというのは明らかに不自然である。

   イ 第1手術においてナビゲーションシステムを使用していれば、スクリューの刺入方向を誤ることはなかった。

   ウ 第1手術においてスクリューの刺入方向を誤ったため、スクリューにより頸髄が圧迫された。

   エ 第1手術又は第2手術において神経モニタリングを実施していれば、頸髄が圧迫されることはなかった。

   オ 第1手術又は第2手術において椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を実施していれば、四肢麻痺に至ることはなかった。

   カ 第2手術の際の体位変換又はスクリュー抜去操作により、本件患者の頸髄が損傷された。

   キ 第2手術の際の△5椎体の過矯正及び△5椎弓の前方(腹側)への押出しがなければ、四肢麻痺に至ることはなかった。

   ク 第2手術の後、頸髄の圧迫を防ぐために追加手術を実施していれば、四肢麻痺に至ることはなかった。

  (被告の主張)

    第2手術後に本件患者の神経症状が悪化した原因は、①本件転落事故に起因する二次損傷、若しくは②微小血栓による脊髄梗塞、又は③これらの両方である可能性がある。

   ア 本件転落事故に起因する二次損傷について

     本件患者は、本件転落事故により右上肢を中心とした麻痺症状が出ており、頸椎の脱臼骨折、脊髄損傷を受傷したところ、12月10日に撮影されたMRI画像によれば、脊髄が△5と△6の間で脊髄の直径に相当する長さで前後にずれており、後遺障害としての本件患者の神経症状が△5ないし△6の脊髄損傷により生じていると考えられることと整合的である。また、脊髄は、衝撃を受けると神経線維が断裂し、直接に神経線維が断裂した部位だけではなく、脊髄内で出血や腫脹による圧迫や炎症性物質の発現などを原因として、障害部位より上行性あるいは下行性に神経症状の悪化を呈するのが通常であり(乙▲9)、本件患者の神経症状は、本件転落事故による受傷部位と一致している。

     外傷による脊髄損傷の病変は進行・拡大し、3~7日で最大となり、これに伴い障害部位より上行性に神経症状の悪化を呈する場合がある上(乙▲1、9)、本件患者は◆IS□の症状に罹患していたところ、同症例においては遅発性に脊髄損傷が生じる例が多いとされている(乙▲10)。本件患者について、同月12日に右上肢及び左上肢の筋力低下が出現し、同月16日には左上肢の麻痺の筋力低下、両下肢の麻痺が生じているところ、上記文献に照らせば、本件転落事故による脊髄の損傷に伴い、脊髄内の出血や浮腫が進行したことで、本来の損傷部位の周囲の脊髄にも圧迫が生じ圧迫部位が広がった上、脊髄の出血や浮腫により毛細血管周辺の圧が高まることで微小循環障害が生じてこれが広がったことなどを原因として、麻痺等の症状が直接の脊髄損傷部位のみならず、左上肢や両下肢に生じたものといえる。

     以上のとおり、本件患者の神経症状はいずれも本件転落事故に起因する二次損傷の可能性がある。

   イ 微小血栓による脊髄梗塞の可能性について

     本件患者には、本件転落事故による受傷直後から右椎骨動脈損傷の診断がされており、血栓形成のリスクがあったところ、急性閉塞ではなく右椎骨動脈はすでに閉塞しており追加でコイル塞栓の適応は乏しいとされ、術後に出血の懸念がなくなれば抗凝固療法を行う方針とされた。12月10日の徒手修復後は、神経学的異常は観察されず、その時点では血栓塞栓は否定的であったところ、同月11日に第1手術が実施されヘパリンの投与が開始された。加えて、左椎骨動脈についても、本件転落事故による受傷直後に椎骨動脈は開通しているが、徒手整復前の造影△Tでは脱臼に伴い前方に曲がりながら走行していることが描出され、徒手整復後の造影△Tでは椎骨動脈の走行は直線状になっているものの、一部狭窄しているようにみえる部分もあることから、受傷による損傷が全くなかったわけではない。

     したがって、血栓による脊髄梗塞によって神経症状が悪化した可能性がある。

   ウ 第2手術後の△5椎体の後方すべり等について

     第2手術後に△5椎体の後方すべりは認められるが、約2.5mmにすぎず、脊髄損傷を生じさせるような過度のものではない。また、脊柱管狭窄は、四肢麻痺をきたすほどのものではない。本件転落事故における脱臼骨折の方が、脊髄の直径に相当する長さで前後にずれており、脊髄への影響が圧倒的に大きい。

  (5) 損害額

  (原告の主張)

   ア 治療費        276万1274円

    (ア) 被告病院、□医療センター及びI病院における治療費は、別紙医療費明細一覧記載のとおり、合計276万1274円である。

    (イ) 本件の債務不履行又は不法行為は第1手術から始まっているから、治療費について原告が負担すべきものがあったとしても、第1手術の前日の平成27年12月10日までである。また、本件患者の症状固定日以降の治療費は、本件の債務不履行又は不法行為がもたらした四肢麻痺に伴う合併症に係るものであるから、因果関係があるというべきである。

   イ 入院雑費        59万1000円

     入院日数は394日(平成27年12月10日~平成29年1月7日)であるから、入院雑費は、1日当たり1500円として、59万1000円となる。症状固定日以降の入院雑費についても、前記ア(イ)と同様に、本件の債務不履行又は不法行為との間に因果関係がある。

   ウ 後遺障害逸失利益  1920万7877円

    (ア) 本件患者は、長年、自宅兼工場でJという屋号でプレス加工業を営んでおり、平成25年~平成27年の年収(甲△9の1~3。ただし、現実には支出されていない原告に対する専従者給与と青色申告特別控除額を課税所得に加算して算出。)の平均額は443万7024円であった。本件患者の後遺障害等級は1級であり、症状固定時の年齢は80歳で、就労可能年数は5年(ライプニッツ係数4.329)であるから、後遺障害逸失利益は1920万7877円となる。

    (イ) 本件転落事故による右上肢の麻痺は、被告病院が適切な治療をしていれば治癒していたから、右上肢に後遺障害等級5級1の2に相当する既存障害があるとはいえない。仮に、適切な治療によっても何らかの後遺障害が残存したとしても、後遺障害等級12級の12に該当する程度である。

   エ 入院慰謝料          374万円

     平成27年12月11日から本件患者の死亡日までの入院慰謝料(入院13箇月、重傷基準)が認められるべきである。また、本件転落事故による右上肢の麻痺は、被告病院が適切な治療をしていれば治癒していたから、入通院慰謝料の算定において、本件転落事故による右上肢の麻痺を考慮に入れるべきではない。

   オ 後遺障害慰謝料       2800万円

     後遺障害等級1級の相当額

   カ 弁護士費用      814万5023円

     上記ア~オの合計額5430万0151円の15%相当額

   (以上ア~カ合計6244万5174円)

  (被告の主張)

   ア 治療費について

     第2手術までの治療は本件転落事故に対する治療であり、その治療費は、原告の主張する過失とは因果関係がない。

     症状固定日後の治療費も、原告の主張する過失とは因果関係がない。

   イ 入院雑費について

     原告の主張する過失と因果関係のある治療期間は第2手術の日(平成27年12月15日)から症状固定日(平成28年2月8日)までであるから、入院雑費もその期間についてのみ認められる。

   ウ 後遺障害逸失利益について

    (ア) 本件患者の症状固定時の後遺障害が、後遺障害等級1級に相当するものであったことは認めるが、本件患者は、本件転落事故により既に右上肢に後遺障害等級5級1の2に相当する障害が生じていた。したがって、本件患者の労働能力喪失率は21%(100%-79%)となる。なお、本件転落事故の際、本件患者にされた治療は脱臼の整復をして整復された状態を維持するというものであって、損傷した脊髄を修復するものではないから、本件転落事故による右上肢の麻痺が治癒することはない。

    (イ) 基礎収入額に青色専従者給与を加算することはできない。青色専従者給与は、実際に給与支払がされている場合にのみ適用できる控除である。

   エ 入院慰謝料について

     入院慰謝料についても、上記イと同様に、第2手術の日(平成27年12月15日)から症状固定日(平成28年2月8日)までについてのみ認められる。

     また、本件患者は、第1手術前から重篤な障害を負っていたから、重傷基準を用いるのは適切ではない。

   オ 後遺障害慰謝料について

     上記ウ(ア)のとおり、本件患者には後遺障害等級5級に相当する既存障害があったから、後遺障害慰謝料は1360万円(2800万円-1440万円)とするのが相当である。

  (6) 素因減額

  (被告の主張)

    本件患者の損害の大部分は本件転落事故に起因するから、80%を超える大幅な素因減額がされるべきである。

  (原告の主張)

    本件転落事故による右上肢の麻痺は、被告病院が適切な治療をしていれば治癒していたから、素因減額をすべきではない。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  (1) 本件転落事故から被告病院退院までの診療経過

    本件転落事故から被告病院退院までの診療経過は、別紙診療経過一覧表記載のとおりであり、主要な経過は次のとおりである。

   ア 平成27年12月9日午後9時頃、本件患者は、自宅で飲酒後、7段ほどの階段から転落し(本件転落事故)、頭部より出血しているとのことで、同日午後10時40分頃、○病院に緊急搬送された。同病院に搬送された本件患者は、右手指は運動可能であったが、右上肢挙上保持はできない状態であった。また、本件患者は、右上肢のしびれは訴えたものの、左上肢や両下肢の麻痺症状は認められなかった。△T検査の結果、△4前方すべりがあり、頸椎脱臼骨折が認められ、同病院では対応困難ということで、被告病院に転送された。(甲●1p4,6、乙●2の1p3,31)

   イ 12月10日未明、本件患者は、被告病院に入院した。

     同日午前1時43分頃の診察では、右△5領域の痛覚低下があり、筋力は、上腕二頭筋が右1/左4、上腕三頭筋が右3/左4、手関節伸展筋群が右3/左4、手関節屈曲筋群が右3/左4、大腿四頭筋が右5/左5、ハムストリングスが右5/左5、前脛骨筋が右5/左5、下腿三頭筋が右5/左5であった。△T検査では、左△5の椎間関節が△6の前方に脱臼し、△4及び△6の椎弓根の骨折線、△5の椎弓に骨折が認められた。また、△6、7には◆IS□が認められた。(乙●2の1p31,32)

     同日午前2時16分頃の診察では、右上肢に麻痺があり、△5~△6領域にて痛覚の減弱があり、触覚には異常がなかった。MRIでは、△5/△6のレベルで、頸椎骨折に伴うと考えられる椎体のすべりが見られ、同部の脊柱管の狭小化が疑われる状態であった。また、この部分で脊髄が脊柱管の狭小化に伴い扁平化していると考えられた。(乙●2の1p34、p1201)

     同日午前4時13分頃の診察において、透視下に頸椎の脱臼の整復が行われ、フィラデルフィアカラーにて固定された。整復後、左上肢、右上肢遠位、両下肢のmotionは比較的良好で、神経症状の悪化は認められなかった。比較的容易に整復できたので、容易に脱臼位になる可能性があった。できるだけ早期に頸椎固定術を行うこととなった。(乙●2の1p48)

     同日午後6時47分頃の診察では、筋力は、三角筋が右1/左5、上腕二頭筋が右1/左5、上腕三頭筋が右3/左5、手関節伸展筋群が右3/左4、手関節屈曲筋群が右5/左5、知覚鈍麻は、右△5、△6領域2/10、左△6領域2/10、下肢筋力低下はなかった(乙●2の1p74)。

   ウ 12月11日午前9時51分~午後1時58分、◇医師を執刀医、■医師を助手として、第1手術(△3~△7の頸椎後方固定術)が行われた。

     △3から△7まで傍脊柱筋を両側展開し、△3~△6(△5の右側を除く。)には外側塊スクリューが挿入され、△7には椎弓根スクリューが挿入された。△5右は、骨折のため挿入することができなかった。

     スクリューの挿入は、エアードリルを用いてスクリュー刺入孔を作成し、プローブを用いて骨に下穴を開けて、その下穴にスクリューを刺入するという手技であり、プローブを用いた下穴の作成及びスクリューの刺入の際には、X線透視装置を用いてその方向について確認をすることとなっていた。◇医師が左側のスクリュー挿入を行い、■医師が右側のスクリュー挿入を行ったが、刺入の位置及び方向は、全て◇医師の指示の下に行われた。

     in-situ ■usionとなるようにロッドを曲げ、スクリュー間に固定し、外側塊スクリューと椎弓根スクリューの連結のため、ヘッドが外側にある椎弓根スクリューの方にオフセットコネクタを挿入し、ロッドと連結された。

     被告病院にナビゲーションシステムはあったが、ナビゲーションシステムを使用するには、そのための技師の確保が必要であり、第1手術は緊急手術として行われたため、同技師を手配することはできなかった。◇医師は、外側塊スクリューを主とした手術を行うときにはⅩ線透視法によって行うことが一般的であると考え、ナビゲーションシステムは使用せずにできるだけ早く手術を行うことを優先した。

     被告病院に神経モニタリングはあり、◇医師は、症例によっては、頸椎後方固定術において神経モニタリングを使用することはあったが、第1手術においては、神経モニタリングは使用しなかった。

     ◇医師は、脊柱管の狭窄症のある患者が脊椎外傷を起こしたときには除圧術を行う必要はあるものの、本件患者には狭窄症は認められないため、脱臼を整復し固定することで足り、かつ、骨母床を残しておくメリットがあると考えて、第1手術において除圧術を行わなかった。

     (乙●2の1p102,109,1184、乙●3の2の2、乙●5、証人◇p13,40,41,47)

   エ 12月12日の診察において、筋力は、三角筋が右1/左4、上腕二頭筋が右1/左4、手関節伸展筋群が右3/左5、上腕三頭筋が右2/左4、前脛骨筋が右5/左5であった。神経学的には著変がなかった(乙●2p127)。

   オ 12月14日、頸椎の△T検査を実施したところ、△4の左右と△5の左に挿入した外側塊スクリューが、いずれも脊柱管内に逸脱していることが判明した。いずれもスクリューの大部分が脊柱管内に逸脱し、骨への固定性が得られていなかったため、これらのスクリューを挿入しなおす必要があった。

     同日の本件患者の筋力は、12月12日のそれと同じであり、神経学的には第1手術前と変わりはなかった。

     (乙●2の1p156,1202、乙●3の2、乙●3の2の2、証人◇p30,55,57)。

   カ 12月15日午後4時11分~午後6時21分、◇医師及び■医師を執刀医として、第2手術(スクリューの抜去・再挿入術)が行われた。

     手術に先立ち、仰臥位にて全身麻酔がされた後、腹臥位に体位変換がされた。腹臥位への体位変換の際には、本件患者の頭部を固定するメイフィールドを◇医師が持ち、助手及び看護師らが本件患者の身体を保持し、◇医師の合図で本件患者を腹臥位にした。

     第1手術と同一皮切がされ、スクリューヘッド、コネクター、ロッドが露出され、セットスクリューの抜去、ロッドの抜去がされ、△4、△5の各外側塊スクリューの入れ替えが行われた。各スクリューの抜去は、刺入時に骨に作成された雌ねじ(経路)に沿って行われ、抜去後に髄液の漏出は認められなかった。

     第1手術と同様に、ナビゲーションシステムや神経モニタリングは使用されず、除圧術も実施されなかった。

     (乙●2の1p210,211,1186、乙●5、証人◇p37)

   キ 12月15日午後11時02分頃、本件患者は、意識が覚醒してきたところ、上下肢に関して感覚はあるが、運動でMMT1/5と低下していた。意識にむらがあるため、しっかり覚醒してから再評価することとなった。(乙●2の1p212)

     12月16日午後0時34分頃の診察では、筋力は、三角筋が右1/左2、上腕二頭筋が右1/左2、手関節伸展筋群が右0-1/左0-1、上腕三頭筋が右0-1/左0-1、大腿四頭筋が右0-1/左0-1、腓腹筋が右0-1/左0-1であった。感覚は、△6より上位は痛覚が保たれていた。△7以下の痛覚は右0/左10であった。(乙●2の1p227)

     同日の△T検査の結果、△5の△6後方へのすべりが強くなっていることが認められた(乙●2の1p1205)。また、同日のMRI検査の結果、△5/6に狭窄があり、脊髄に高信号変化があり、腫脹があった。血腫はなく、椎間板の著しい膨隆は認められなかった。(乙●2の1p230,1205,1207)。

     同日、◇医師は、第2手術後に四肢麻痺が生じた原因を確定することは困難であったことから、考えられる要因として、易損性の脊髄部に手術や体位変換により衝撃が加わり悪化した可能性、血流障害、脊髄の炎症、腫脹を挙げて、本件患者及び家族に説明をした。

     脊髄の腫脹軽減のために、同日から同月18日まで、ステロイドパルス療法が行われた。(乙●2の1p230,243,258、証人◇p20,21)

   ク 12月21日の◇医師による診察では、筋力は、僧帽筋が右4/左4、三角筋が右0-1/左0-1、上腕二頭筋が右2/左2、手関節伸展筋群が右0-1/左0-1、上腕三頭筋が右0-1/左0-1、大腿四頭筋が右0-1/左0-1であり、知覚は、左下肢は痛覚があり、右下肢は触覚のみであった。腱反射の出現はなかった。◇医師は、△5部の除圧には再度ロッドを外す必要があり、神経障害悪化のリスクとなる可能性があると考えた。(乙●2の1p300)

     同月21日、被告病院整形外科の脊椎グループでカンファレンスが行われ、追加で除圧術を行うことも検討されたが、麻痺発生の原因が明確でなく、除圧術により症状が改善する可能性が不確実であること及び追加手術が本件患者の身体的負担や術後合併症の増加につながるリスクが高いと考えられたことから、追加手術のメリットに乏しいとの結論となり、リハビリを開始することとなった(乙●2の1p300,318、乙●の5、証人◇p25,26)。

   ケ 本件患者は、12月17日より喀痰排出困難となり、喀痰から緑膿菌が検出された。12月21日には気管切開術が施行された。その後、喀痰からMRS●が検出された。

     平成28年1月12日、呼吸器離脱となり、トラキオマスクに変更となった。(乙●の2p5)

   コ 平成28年1月27日の診察では、筋力は、僧帽筋が右4/左4、三角筋が右0-1/左0-1、上腕二頭筋が右2/左0-1、手関節伸展筋群が右0-1/左0-1、上腕三頭筋が右0-1/左0-1、大腿四頭筋が右0-1/左0-1、前脛骨筋が右0-1/左0-1であった。下肢の知覚はなく、T10以上は触覚に対する認知があった。腱反射の出現はなかった。(乙●2の1p697)

   サ 平成28年2月8日、本件患者は症状固定となった(争いがない)。

     同日、本件患者は、□医療センターに転院した(乙●2の1p6,765,1158)。

  (2) 被告病院退院後の経過

   ア 平成28年7月15日、本件患者は、両下肢機能全廃の障害により、身体障害1級に認定された(甲△7)。

   イ 平成28年9月7日、本件患者は、□医療センターから医療法人I病院に転院した(甲△8の2の26、甲△8の4の1、弁論の全趣旨)。

   ウ 平成29年1月7日、本件患者は、I病院において、心不全の急性増悪により死亡した(甲△1)。

 2 争点(1)ア(第1手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったか)について

  (1) 原告は、第1手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったと主張する。

  (2) しかし、第1手術のような場合にナビゲーションシステムを使用することが医療水準であったと認めるに足りる証拠はない。

    第1手術は、△3~6(△5の右側を除く)に外側塊スクリューを、△7に椎弓根スクリューをそれぞれ挿入するものであったところ、鑑定の結果によれば、頸椎外側塊スクリュー挿入は、椎弓根スクリューと比べると椎骨動脈損傷のリスクが低く、必ずしもナビゲーションシステムの使用が必須とはいえず、△7の椎弓根スクリューについては、△7高位は椎骨動脈が横突孔外に存在することが多いため、必ずしもナビゲーションシステムの使用が必須とはいえない。文献(甲▲2、3、乙▲2、3、5、6)及び医師の意見書(甲▲6)によれば、ナビゲーションシステムが有用であることは認められるが、第1手術のような場合にナビゲーションシステムを使用しなければならないとまでは認めることはできない。

    また、前記認定のとおり、ナビゲーションシステムを使用するには、そのための技師の確保が必要であるところ、第1手術は緊急手術として行われ、被告病院において、当時、ナビゲーションシステムを使用するための技師を手配することはできなかった。

    以上によれば、第1手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったとはいえない。

 3 争点(1)イ(第1手術においてスクリューの刺入方向を誤ったか)について

  (1) 前記認定のとおり、第1手術において挿入されたスクリューのうち、△4の左右及び△5の左に挿入された各外側塊スクリューは、いずれもスクリューの大部分が脊柱管内に逸脱し、骨への固定性が得られておらず、挿入のし直しを要するものであった。

  (2) 被告は、第1手術において、スクリューを正確に刺入することは、慎重を期しても困難であり、上記の各スクリューの逸脱は、不可避の合併症としてやむを得ないものであると主張する。

    しかし、鑑定の結果によれば、外側塊スクリューは、一般的には外側塊の中央を挿入ポイントとするところ、第1手術で△4と△5に挿入されたスクリューは、いずれも明らかに挿入ポイントが内側で、かつ挿入角度も明らかに内側に向いていて、大きな逸脱であり、基本手技に従っていないと評価されるものと認められる。さらに、鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、本件転落事故による本件患者の頸椎損傷は、△5/6椎間板や△5椎弓、外側塊、椎弓根の損傷を含む3コラムの損傷であり、不安定性の強い脊椎損傷であったところ、そのような場合、矯正不足又は過矯正ということを念頭において手術をすべきであるので、術中のアライメント確認を行い、その際に同時に著しいスクリューの逸脱や位置不良を第1手術中に認識することは可能であったと認められる。

    以上によれば、第1手術における△4の左右及び△5の左の各外側塊スクリューの刺入方向は誤っており、上記各スクリューの逸脱は、不可避の合併症であるとはいえず、執刀医である◇医師の過失によるものというべきである。

 4 争点(1)ウ(第1手術において神経モニタリングを実施すべきであったか)について

   鑑定の結果によれば、本件転落事故による本件患者の傷害は、不安定性の強い脊椎損傷に合併した頸髄損傷であることから、術中の些細な手術操作によって易損傷性の脊髄に有害事象を生じる可能性があるため、当時被告病院において神経モニタリングを使用できる状況にあったのであれば、神経モニタリング使用下で手術を行うべきであったといえる。そして、証拠(証人◇)及び弁論の全趣旨によれば、第1手術当時、被告病院に神経モニタリングは設置されており、第1手術に神経モニタリングを使用することができなかった事情は見当たらないから、第1手術において、神経モニタリングを実施すべきであったといえる。

   にもかかわらず、第1手術において、神経モニタリングを実施しなかったのであるから、これは、執刀医である◇医師の過失に当たるというべきである。

 5 争点(1)エ(第1手術において椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を実施すべきであったか)について

  (1) 原告は、本件患者の神経障害(第2手術後の四肢麻痺)が本件転落事故の二次損傷であった旨を指摘する被告の主張を前提にして、そうであれば、脊髄の腫脹による二次損傷を予防する目的で、第1手術において椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を行うべきであった旨を主張する。

  (2) しかし、後記13(1)のとおり、本件患者の第2手術後の四肢麻痺が本件転落事故の二次損傷であったとは認め難いから、原告の上記主張はその前提を欠くといえる。

    また、前記認定のとおり、◇医師は、脊柱管の狭窄症のある患者が脊椎外傷を起こしたときには除圧術を行う必要はあるものの、本件患者には狭窄症は認められないため、脱臼を整復し固定することで足り、かつ、骨母床を残しておくメリットがあると考えて、除圧術を行わなかったものであるところ、この判断が不適切であると認めるに足りる証拠はない。鑑定の結果によっても、第1手術で必ずしも椎弓切除術が必須であるとはいえないとされている。

    したがって、第1手術において椎弓切除術(又は形成術)による脊髄徐圧を実施すべきであったとはいえない。

 6 争点(2)ア(第2手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったか)について

  (1) 原告は、第2手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったと主張する。

  (2) 第2手術は、△4及び△5の外側塊スクリューを抜去し、適切な刺入方向に入れ直す手術であったところ、このような手術においてナビゲーションシステムを使用することが医療水準であったと認めるに足りる証拠はない。

    鑑定の結果によれば、スクリューを抜去する際には挿入時と同じルートを抜けてくるので、スクリュー抜去の操作で脊髄損傷を起こす可能性は低いといえる。また、争点(1)ア(第1手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったか)において説示したとおり、頸椎外側塊スクリュー挿入に際して必ずしもナビゲーションシステムの使用が必須とはいえない。

    したがって、第2手術においてナビゲーションシステムを使用すべきであったとはいえない。

 7 争点(2)イ(第2手術において神経モニタリングを実施すべきであったか)について

   鑑定の結果によれば、本件転落事故による本件患者の傷害は、不安定性の強い脊椎損傷に合併した頸髄損傷であることから、術中の些細な手術操作によって易損傷性の脊髄に有害事象を生じる可能性があるため、当時被告病院において神経モニタリングを使用できる状況にあったのであれば、第2手術についても、神経モニタリング使用下で手術を行うべきであったといえる(これを覆すに足りる証拠はない。)。そして、証拠(証人◇)及び弁論の全趣旨によれば、第2手術当時、被告病院に神経モニタリングは設置されており、第2手術に神経モニタリングを使用することができなかった事情は見当たらないから、第2手術においても、神経モニタリングを実施すべきであったといえる。

   にもかかわらず、第2手術において神経モニタリングを実施しなかったのであるから、これは、執刀医である◇医師及び■医師の過失に当たるというべきである。

 8 争点(2)ウ(第2手術の際に不注意な体位変換を行ったか)について

  (1) 原告は、第1手術のスクリューは椎体を十分固定していない一方で、スクリューはロッドに対して一定の角度で固定されていたから、この状態で第2手術の直前に全身麻酔をする際や挿管後腹臥位にするときには、本件患者首がぐらぐらと動かないように注意して体位変換を行うべきであったのに、これを怠った旨を主張する。

  (2) しかし、第2手術の際に、本件患者の首がぐらぐらと動くような体位変換がされたと認めるに足りる証拠はない。

    鑑定の結果によれば、両側△4、左△5に挿入された外側塊スクリューの位置が不適切であり、この部位での固定力はよくないものの、両側△3外側塊スクリューや両側△7椎弓根スクリューは妥協しうる位置に挿入され、かつ各スクリューはロッドにて固定されているといえるため、第2手術の体位変換によって首がぐらぐらと動くような状態であったとは認め難い。

    したがって、第2手術の際に不注意な体位変換がなされたとはいえない。

 9 争点(2)エ(第2手術において不注意な抜去操作を行ったか)について

  (1) 原告は、第2手術において、スクリューを抜去する際には、頸髄を損傷しないように、スクリューの軸をぶれさせずに回転させて抜去すべきであったのに、これを怠ったと主張する。

  (2) しかし、第2手術において、スクリューの軸をぶれさせて抜去したことを認めるに足りる証拠はない。

    前記のとおり、鑑定の結果によれば、スクリューを抜去する際には挿入時と同じルートを抜けてくるので、スクリュー抜去の操作で脊髄損傷を起こす可能性は低いといえる。

    したがって、第2手術において不適切な抜去操作を行なったとはいえない。

 10 争点(2)オ(第2手術において椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を実施すべきであったか)について

  (1) 原告は、本件患者の神経障害(第2手術後の四肢麻痺)が本件転落事故の二次損傷であった旨を指摘する被告の主張を前提にして、そうであれば、脊髄の腫脹による二次損傷を予防する目的で、第2手術において椎弓切除術(又は形成術)により脊髄徐圧を行うべきであった旨を主張する。

  (2) しかし、後記13(1)のとおり、本件患者の第2手術後の四肢麻痺が本件転落事故の二次損傷であったとは認め難いから、原告の上記主張はその前提を欠くといえる。

    前記のとおり、◇医師は、脊柱管の狭窄症のある患者が脊椎外傷を起こしたときには除圧術を行う必要はあるものの、本件患者には狭窄症は認められないため、脱臼を整復し固定することで足り、かつ、骨母床を残しておくメリットがあると考えて、除圧術を行わなかったものであるところ、この判断が不適切であると認めるに足りる証拠はない。鑑定の結果によっても、第2手術で必ずしも椎弓切除術が必須であるとはいえないとされている。

    したがって、第2手術において椎弓切除術(又は形成術)による脊髄徐圧を実施すべきであったとはいえない。

 11 争点(2)カ(第2手術の際に△5椎体の過矯正及び△5椎弓の前方への押出しを生じさせたか)について

  (1) 鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、第1手術後の△T画像(平成27年12月14日撮影)と第2手術後の△T画像(平成28年1月5日撮影)との対比及び第2手術後のMRI画像(平成27年12月16日撮影)から、第2手術によって、①△5椎体が△6椎体に比べて後方にすべって過矯正され、また、②△5椎弓が外側塊スクリュー及びロッドにより前方に押されており、これらにより、△5、△5/6に脊柱管狭窄が生じていることが認められる(これらの画像の読影及び評価を覆すに足りる証拠はない。)。

  (2) 補充鑑定の結果によれば、上記①の原因は、スクリューロッドを用いた頸椎後方再建固定術では、ロッドの前弯形状に頸椎の配列が沿う形となるところ、本件患者の場合には、△5/6での不安定性が強かったため、△5椎がロッドに沿った結果△6に対して後方にすべった位置で固定されたためであると認められるが、第2手術における手術操作が医学的に不適切であったことを認めるに足りる証拠はない(補充鑑定においては、上記の過矯正を回避することは可能であったとされるものの、医学的に不適切であったとはいえないとされている。)。

    また、補充鑑定の結果によれば、上記②の原因は、外側塊スクリューを△5左側の外側塊に挿入した際に、骨折して浮遊した状態の△5椎弓をスクリューヘッドの腹側で押してしまったためであると認められるが、第2手術における手術操作が医学的に不適切であったことを認めるに足りる証拠はない(補充鑑定においては、押し込みは軽微であり、スクリューを深くねじ込みすぎているとはいえず、医学的に不適切であったとはいえないとされている。)。

  (3) 以上によれば、第2手術の際に、△5椎体の過矯正及び△5椎弓の前方への押出しを生じさせたことは認められるものの、これらを生じさせた手術操作に医学的に不適切な点があったとまでは認められないから、これらについて◇医師又は■医師に過失があるとはいえない。

 12 争点(3)(第2手術の後、頸髄の圧迫を防ぐために追加手術を実施すべきであったか)について

  (1) 原告は、第2手術による頸髄の圧迫を取り除くために、ロッドを外して△5の椎弓を切除し、ロッドを再固定する追加手術を実施すべきであったと主張する。

  (2) 前記認定のとおり、第2手術後に本件患者に四肢麻痺が生じたことから、被告病院においては、追加で除圧術を行うことも検討されたが、麻痺発生の原因が明確でなく、除圧術により症状が改善する可能性が不確実であること及び追加手術が本件患者の身体的負担や術後合併症の増加につながるリスクが高いと考えられたことから、追加の除圧術は行わないことになったものであるところ、追加の手術によって四肢麻痺が改善する可能性が高かったとは認められないこと(鑑定の結果)に照らすと、上記のような判断・経過の下で除圧術を行わなかったことが、医学的に不適切であったとは認められない(認めるに足りる証拠はない。)。

    以上によれば、第2手術の後に、原告の主張する追加手術を実施すべきであったということはできない。

 13 争点(4)(注意義務違反と本件患者の神経障害との間の因果関係の有無)について

  (1) 本件患者に四肢麻痺が生じた機序について

   ア 前記認定のとおり、本件患者は、本件転落事故後、右上肢に麻痺が生じていたが、左上肢や両下肢に麻痺症状は認められておらず、第1手術後もそれらの症状に著変はなかったが、第2手術直後に本件患者に高度の四肢麻痺が生じている。

   イ 上記四肢麻痺の原因について検討すると、鑑定の結果によれば、①第1手術における△4、△5の外側塊スクリューが脊柱管内に逸脱していたことは認められるが、第1手術後に神経症状の悪化が認められないことからすると、第1手術におけるスクリューの逸脱が四肢麻痺の原因とは考え難い。②第1手術において、両側△3外側塊スクリューや両側△7椎弓根スクリューは妥協しうる位置に挿入され、かつ各スクリューはロッドにて固定されていたから、第2手術における体位変換の際に頸髄が損傷された可能性も低い。③第2手術におけるスクリュー抜去は、挿入時と同じルートを抜けてくるため、スクリュー抜去操作で脊髄損傷を起こした可能性も低い。④第1手術後に脊髄損傷の症状は悪化しておらず第2手術直後から四肢麻痺が出現しているため、第2手術の介入が脊髄損傷を悪化させた第1成因と考えるのが妥当であり、本件転落事故に起因する二次損傷や微小血栓による脊髄梗塞とは考え難い(以上の鑑定の内容に不合理な点は見当たらず、また、これを覆すに足りる証拠もない。)。

     そして、前記のとおり、第2手術によって、(ア)△5椎体が△6椎体に比べて後方にすべって過矯正され、また、(イ)△5椎弓が外側塊スクリュー及びロッドにより前方に押されており、これらにより、△5、△5/6に脊柱管狭窄が生じているところ、鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、この脊柱管狭窄は著しいものであり、これにより脊髄が圧迫され、四肢麻痺を生じさせた可能性が極めて高いとされており、これは、第2手術直後から四肢麻痺が生じていることに沿うものといえること及び他に考えられる原因が見当たらないことからすると、第2手術によって生じた上記の脊柱管狭窄による脊髄圧迫が、四肢麻痺の原因であると認めるのが相当である。

  (2) 第1手術においてスクリューの刺入方向を誤った過失と本件患者の四肢麻痺との間の因果関係について

   ア 前記のとおり、第1手術において、△4の左右及び△5の左の各外側塊スクリューの刺入方向を誤った結果、上記各スクリューの大部分が脊柱管内に逸脱し、骨への固定性が得られなかったため、上記各スクリューを挿入し直す必要が生じ、第2手術を行うことになったものである。そして、補充鑑定の結果によれば、第1手術において、スクリューを逸脱させずに、かつ、過矯正や椎弓の前方への押しを生じさせないことは困難であったとはいえない。

     そうすると、第1手術において△4の左右及び△5の左の各外側塊スクリューの刺入方向を誤らなければ、第2手術が行われることはなく、したがって、△5椎体の過矯正及び△5椎弓の前方への押しによる脊柱管狭窄及び脊髄圧迫を生じさせることもなかったといえる。

   イ よって、第1手術においてスクリューの刺入方向を誤った過失と本件患者の四肢麻痺との間には因果関係が認められる。

  (3) したがって、被告は、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、本件患者に四肢麻痺が生じたことについて損害賠償責任を負うと認められる。

 14 争点(5)(損害額)について

  (1) 治療費        37万6166円

   ア 弁論の全趣旨によれば、平成28年2月8日(症状固定日)までの被告病院における治療費、器具費(振込手数料を含む)及び文書料の合計36万7266円(甲△8の1の1~8の1の5)は、賠償されるべき損害と認められる。

   イ □医療センターにおける治療費のうち、症状固定日(平成28年2月8日)までの治療費合計8900円(甲△8の2の27・28、弁論の全趣旨)は、賠償されるべき損害と認められる。その余の□医療センターにおける治療費については、その治療内容が明らかではなく(認めるに足りる証拠はなく)、相当因果関係のある損害と認めることはできない。

     I病院における治療費についても、症状固定日後のものであって、その治療内容も明らかではないから、相当因果関係のある損害と認めることはできない。

  (2) 入院雑費            9万円

    賠償されるべき入院雑費は、第1手術(平成27年12月11日)から症状固定日(平成28年2月8日)までの60日分について、1日当たり1500円として、9万円と認めるのが相当である。

    1,500円×60日=90,000円

  (3) 後遺障害逸失利益 1339万1505円

   ア 症状固定時において本件患者に四肢麻痺が残存し、これが後遺障害等級1級に相当することについて争いはない。

     他方で、前記のとおり、本件患者は、第1手術前において、本件転落事故により頸椎を脱臼骨折し、右上肢に麻痺が生じていたところ、前記認定の診療経過に照らせば、この右上肢の麻痺は、上記脱臼骨折により脊柱管が狭小化し、脊髄が扁平化して損傷されたためであると認められる。そして、上記脱臼骨折は、不安定性の強い脊椎損傷であって軽微なものとはいえないことからすると、これにより生じた上記右上肢の麻痺が、その後の治療によって完全に治癒していたはずであったとは認め難く(認めるに足りる証拠はない。)、被告の債務不履行又は不法行為がなかったとしても、右上肢に一定の後遺障害を残していた蓋然性が高いというべきであり、上記頸椎脱臼骨折の態様や本件患者の年齢、症状経過等に照らせば、12級相当の神経症状は残存していたものと認めるのが相当である(被告は、右上肢に5級相当の後遺障害が残存していた旨を主張するが、本件転落事故による頸椎脱臼骨折が上記のような態様のものであったにもかかわらず、本件患者の神経障害は右上肢にとどまっていたこと、本件転落事故後比較的速やかに脱臼の整復が行われ、整復後の神経症状の悪化は認められなかったこと及び本件患者の症状経過等に照らすと、被告の主張するような高度の後遺障害が残存したとまでは認めることはできない。)。

   イ 証拠(甲△9の1~3)及び弁論の全趣旨によれば、本件患者は、本件転落事故までは、自宅兼工場でプレス加工業を営んでおり、平成25年~平成27年の青色申告特別控除前の所得金額の平均額は359万7024円と認められ、これを後遺障害逸失利益算定の基礎収入額と認めるのが相当である(原告は、上記各年における専従者給与84万円は実際には支給されていない旨を主張するが、本件患者は、上記各年の青色申告においてこれを支給したものとして申告しているから、原告の上記主張は採用することができない。)。

     賠償されるべき後遺障害逸失利益は、就労可能年数(症状固定時80歳)を5年(5%ライプニッツ係数4.329)とし、労働能力喪失率を86%(本件転落事故による右上肢の後遺障害による労働能力喪失率を14%とみて、100%からこれを控除するのが相当である。)として算定し、次のとおり、1339万1505円と認めるのが相当である。

     3,597,024円×0.86×4.329=13,391,505円(円未満四捨五入)

  (4) 入院慰謝料         100万円

    第1手術(平成27年12月11日)から症状固定日(平成28年2月8日)まで被告病院に入院したことを踏まえ、賠償されるべき入院慰謝料は100万円が相当と認める。

  (5) 後遺障害慰謝料      2520万円

    上記(3)のとおり、本件患者には本件転落事故により12級相当の後遺障害は残存していたものと認めるのが相当であるから、賠償されるべき後遺障害慰謝料額は、1級相当の後遺障害慰謝料額2800万円から12級相当の後遺障害慰謝料額280万円を控除した2520万円と認めるのが相当である。

  ((1)~(5)小計    4005万7671円)

  (6) 原告による本件患者の損害賠償請求権の取得

    本件患者は、平成29年1月7日に死亡し、その相続人は、妻である原告及び子らであるところ、同相続人間の遺産分割協議により、原告が、本件患者の損害賠償請求権を取得した(甲△1、2)。

  (7) 弁護士費用         400万円

    本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に照らすと、賠償されるべき弁護士費用損害額は、400万円と認めるのが相当である。

  ((1)~(7)    合計4405万7671円)

 15 争点(6)(素因減額)について

  (1) 被告は、本件患者の損害の大部分は本件転落事故に起因するから、80%を超える素因減額がされるべきであると主張する。

  (2) 第2手術後に本件患者に四肢麻痺が生じた機序は前記13(1)のとおりであるところ、素因減額をすべきような素因が本件患者に存したとは認められない(認めるに足りる証拠はない。)。

    なお、前記のとおり、本件転落事故により右上肢の麻痺が生じており、その後遺障害が残存していた蓋然性は高いから、これを損害額の算定において考慮すべきことは、前記14(3)、(5)のとおりである。

 16 結論

   以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として、4405万7671円及びこれに対する平成27年12月11日(不法行為の日である第1手術の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(選択的請求である債務不履行に基づく損害賠償請求の認容額は上記認容額を上回るものではない。)。よって、主文のとおり判決する。

    大阪地方裁判所第20民事部

        裁判長裁判官  冨上智子

           裁判官  長谷川利明

 裁判官大西康平は、差支えのため署名押印することができない。

        裁判長裁判官  冨上智子



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